北の噂
太陽が少し傾いた頃、大陸の北方にある一つの街〈アルビレオ〉はいつにない賑わいを見せていた。今日は収穫祭で街中に隙間なく並んだ路店からはかぐわしい香りが立ち上っていた。誰もが浮かれた様子で、多くの大人たちは酒を酌み交わし、中には歌や踊りを披露する者もいた。
「おお!これうまいよ、おっさん!」
ナナキはそんな街の外れにある店で、焼いたばかりの串刺しにされたジューシーな肉や野菜をハフハフと美味しそうにほうばっていた。それはあまり食べなれない味付けだったが、そんなことは気にもならずぺろりと一気に平らげた。その気持ちのいい食べっぷりに気を良くした店主は、「どんどん食えと!」肉を皿に置いていく。
ナナキは差し出された串をどんどん口に運ぶ。美味しい食べ物は正義とナナキは心の底から思い感嘆の声を漏らす。
「このタレすごいな。何味かと言われると表現できないが、持って帰りたい位うまいよ」
「そりゃあ長年かけて作った秘伝のタレだからな。ここいらじゃどんな料理でもでもこういったタレが基本なのさ」
「確かに今までこういうの見かけなかったな」
ナナキはしみじみとそう言いながら皿の上の肉をじっと見つめた後、再び肉にかぶりつく。
少し外れた位置に構えられた店だが客足もそれなりで、店主は手はまることなく肉を焼き続けている。
「おや?そこの兄ちゃん、珍しい頭してるがどこから来たんだ?」
無心で食べていたナナキに客の一人が話しかけてきた。その男が言っているのは髪の色のことだろう。ナナキのそれはあまり見かけない鮮やかな若草色をしていた。
「中央の方だよ。まぁ、住んでいた所にも同じ髪色の人はあんまり見かけなかったけどね」
聞かれ慣れている様子でナナキが答えると再び男が問い返しえきた。
「中央?もしかして〈聖都〉か?」
「まぁ、一応」
すると、男たちは驚いたようにナナキを見つめた。それもそのはず。〈聖都〉とは、このアウローラ大陸の中央に位置する世界最大の都市で、ここからはかなり遠い。もし最短のルートを通ったとしても半年はかかるだろう。
遠方からこの祭りを見に来る者もいるが、〈聖都〉からくる人間というのは珍しいといえよう。
「随分な長旅だな!それなら随分たくさんの〈ゲート〉を通ったんじゃないか?俺は一回だけ通ったことあるが、ありゃなんとも不思議なもんだよなぁ」
「俺は手だけ突っ込んででみたことあるけど、向こう側ってどんな状態になってるんだろうな?」
店主と男は口々にそう言う。彼らの言う〈ゲート〉とは何か。それは遥か昔より各地に存在する街と街をつなぐ物で、見た目は高さ10メートルほどの歪みのない球体で、中は水を閉じ込めたように光を反射している。その存在は誰もが知っているが、初めて見るものにとってはきっと驚愕を与えるだろう。
徒歩や馬車で移動するよりはるかに楽だがいくつか難点がある。
この〈ゲート〉というものは特定の場所にしかつながっていない上、一方通行なので、間違って〈ゲート〉を通ってしまうと迷子になる可能性がある。その為、旅をしている者は、どの〈ゲート〉がどこに続いているのかよくよく把握しておかなくてはならない。
男たちが〈ゲート〉の話で盛り上がっていると女性客がやってきて肉を注文したあと会話に混ざり始める。どうやら知り合いらしい。
店主がその女性に「この兄ちゃん〈聖都〉から来たんだって」と言うと話の矛先が再びナナキの方に向く。
「〈聖都〉って言えばやっぱりやっぱり神呼様でしょう!聞いた話じゃ、神呼様の〈聖歌〉は傷も癒すって言うじゃないか。あれって本当なのかい?」
女性は注文した肉を受け取った後、その割腹のいい体を揺らしながら詰め寄るように聞いてくる。
「えっと、まぁ、間違いじゃないかな。擦り傷くらいならすぐ消えるし・・・」
気圧されながら返事をすると、今度は男の方が何かに気づいたように声を上げた。その視線の先にはナナキが腰にくくりつけていた小さなハープがあった。
「あれ?兄ちゃんもしかして吟遊詩人かい?」
「いや、本職じゃあないよ。路銀稼ぎにたまに歌ったりするけどね」
話しかけてきた男が「どうりでいい声だと思った!」と言ったので、ナナキは素直に「それはどうも」と答えた。
しかし、その後に「丁度いい!なら、神呼様の話を歌ってくれよ!何でもいいから」と言いだす者が現れた。
ナナキは断ろうと思い口を開いたが言葉を挟む隙間もなく、周りの客が「今から吟遊詩人兄さんが歌ってくれるそうだ!」となどと触れ回りだした。結局本人の了承を得ぬままに周りに人が集まっていきた。
皆、酒が入ってだいぶご機嫌な様子である。
このまま逃げてしまおうかと思っていると、客の一人がどこから持ってきたのか、木箱を人だかりの中央において、『さぁ!ここに座って!』と言わんばかりに満面の笑顔を向けてきたので、最終的には逃げ場がなくなってしまった。
仕方がないと気持ちを切り替え、無骨な木箱の椅子に腰を下ろし胸にハープをかかえたひとつ息を吸う。
『さてさてこれより謳うは悠久より神の使えし神呼のお話でございます。』
ナナキが声音を変えてそう口上すると、後に続くのは透き通るような優しい調べ。
数年前に代替わりした神呼の即位式の様子をハープの音色に乗せて歌を紡ぐ。
周りに集まっていた人々はおのおのでその情景を頭の中に思い浮かべるようにうっとりと聴き入っていた。
歌が終わり音楽がやむとパチパチと周りから拍手が上がり、店主が流れるような動きでナナキの前に何も入っていない小ぶりの樽を置いた。すると、皆それぞれそのなかに小銭を投げ込み出す。
しばらくして人混みがまばらになると、近寄ってきた店主が親指を立てて「いい仕事したな!」と言って二カッと笑う。悪気のないその笑顔に毒気を抜かれ、ナナキは苦笑した。
その後、呼び込んでいた客たちも小銭集めを手伝ってくれて、さらには「いいもん聴かせてもらったよ」と言って果物や野菜を押し付けて去っていった。
酔っ払いの勢いに圧倒されつつも、これはこれで良しとしてありがたくお金を懐にしまい果物などは少し考えてから店主に渡す。くれた人には悪いがどう考えても持ち歩けるものではない。店主も同じことを思ったらしく、苦笑しながら快く引き取ってくれた。
「そういや兄ちゃん、これからどこに行くつもりだ?」
「一応、今日はこの街に泊まって明日には北の方へ行こうと思っているけど」
ナナキの言葉を聞いた途端、店主は顔をしかめる。
「そりゃよしたほうがいいぞ」
「どうしてだ?」
ナナキが不思議そうに問い返すと、店主は声を潜めて神妙な面持ちで話し出した。
「大きな声じゃ言えんがな。ここより北にある小さな村があって、そこに出たらしいんだよ」
「何が出たんだ?」
「逸脱者だよ。なんでも黒いモヤに包まれた禍々しいヤツで、数週間前に村中で暴れたらしい。幸い死人は出なかったが、けが人がたくさん出たっていう話だ。しかも、そのあとは行方が分かっていない。悪いことは言わん。北はよしな」
まるで見てきたかのような口ぶりで店主は重ねてそう忠告した。
「その村には聖堂はないのか?」
「あるにはあるらしいが、本当に小さな村だからなぁ。まぁ、とりあえずこの町の中は安全さ。〈聖都〉の大聖堂と比べりゃ規模が小さいが、この街の聖堂にも立派な騎士団があるからな」
店主はそう言って少し遠くに見える高い建物の方を見上げた。確かに街の中で一番高く存在感のある建物である。
「ここの騎士団ってそんなに強いの?」
「もちろん!二週間前この近く洞穴をねぐらにしていた魔物の群れを討伐してくれてな。こうやって安心して祭りが開けるのは彼らのおかげさ!」
この街の〈聖堂〉とその騎士団の信頼は篤いらしい。店主は自分のことのように誇らしげに胸を張っている。
「今日の宿が決まっていないなら聖堂を訪ねたほうがいい。明後日までは祭りで遠方からも客が来ているから今からじゃ宿はとれるかわからん。礼拝堂にいるアルフっていう騎士に肉屋のジェフの紹介だって言えばただ寝床を貸してくれるはずだ」
「アルフ?」
「ああ、息子なんだ」
主人は胸を張って二カッと笑う。自慢げに言うのも納得である。
「そりゃ、ありがたい」
今しがた懐は大分暖かくなったが、旅をしている身にとっては金を使わないで済むに越したことはない。
「行くならあのパン屋の角の細い道を通って、それから右に曲がるといい。一番の近道だ」
「何から何までありがとう。おっさん」
ナナキが礼を言うと店主は「いいってことよ!」といってまた笑う。
そして、よくしゃべる気のいい店主に別れを告げたあと、ナナキは祭りの喧騒に背を向けて、言われた通りパン屋の脇の道から聖堂に向けて歩きだした。




