大収穫祭-初対面
一つ面倒な用を済ませたリィオは宿屋で部屋を借り、とりあえず一休みしようとその一室の扉をあけた。だが、思いもよらぬことにそこにはクリーム色の髪の先客がいた。リィオは大げさに慌てることはしなかったがしばし沈黙し、青年を凝視した。
そして少し考えたあと先ほど声だけ聞いた青年のことを思い出した。
「・・・もしかしてベルさんですか?」
「ありゃ。分かっちゃった?」
悪びれずそう肯定する言葉を口にするベルは楽しそうな笑みを浮かべていた。リィオはそれを見て肩の力を抜いた。
「この部屋には鍵がかかっていたので、それでも侵入できる可能性の高い人の名前を上げてみただけですよ」
「そっか。さっき驚かられなかったから、リベンジしてみたんだけど。リィオは普段驚いたりしないの?」
「そうですね。あんまり。たまに驚いても表に出にくいんで周りには伝わらないみたいです」
一応自覚はあるので必要な場合は大げさに表情を作っているリィオであるが、今はどう考えても必要ない場面である。
「ふぅん。じゃあ今度リィオが驚くようなのを考えとく」
気持ちのいい笑顔でそんなことを言うベル。どうやら驚かすことを諦めるという選択肢はないらしい。
どこか抜けた会話を交わした後、ベルはベッドの上に腰をかけリィオにも座るよう促した。本来ならリィオが進める立場であるがそれについては特に気にすることなくリィオも荷物をおろし備え付けの椅子に座った。
「さて、公爵との話はどうだった?」
最初に話しかけたのはベッドに座ったベルだった。
「ベルさんの言う通りの方でした。公爵の行動や言葉の全てが僕を試しているような感じでした」
「でしょー。でも流石に誰にでも全力で相手するわけじゃないから。それだけ試すってことはリィオにそれだけのものがあるってことだろうからそこは誇っていいんじゃないかね」
意外なところで褒められてリィオか瞬きをして「そうなんですか?」というと、「そうなんですよ」とベルがふざけた調子で返してきた。
「ところでわざわざこんな所にいらっしゃるなんて何かあったんですか?」
こんな所というのは別にこの宿屋を馬鹿にしているわけではない。
公爵家に使える騎士であるベルが公爵家でコンタクトを取ってくるだろうという予想はあったが、さっき会ってすぐに今度は宿に来るというのはどういうことかわからなかったからだ。気まぐれな性格であると聞いていたが、さすがに世間話をしに来たわけではないだろう。
ベルはポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
「はい、これ公爵から」
「これは・・・」
ベルが差し出したのは封筒である。
リィオは眉根を寄せる。今日の書状の返事としては少々早すぎる上、封筒は既に開けられたあとがある。それに騎士であるベルにわざわざ宿まで届けさせるというのも妙な話である。
リィオがそう思いながら手紙を受け取るとベルの口からは思わぬ情報がもたらされた。
「ルーベン男爵の別邸に招かれた医者の動向が書かれてるよ。今日の夜、宝石商に出入りする予定らしい」
虚をつかれたリィオはその不穏な言葉に眉をひそめた。ルーベン男爵とは例の流れの医者を見初めた貴族のことである。
「宝石商というとやはり?」
「まぁ予想に漏れず目的は水晶だよ。読んでみるといい」
そう言われてリィオは封筒から手紙を取り出した。その内容をひと通り読んでさらに眉根を寄せた。書かれていたのは医者が今夜この街で有数の宝石商に注文しておいた水晶を取りに行くということ。そしてその時間や場所も記されていた。
「これは・・・ルーベン男爵はその医者を支援をすることに決めたということですか?」
名のある宝石商というのはそのお金の出処に信用が置ける人間でなければ客にしない。普通は流れ者には売らないだろう。
その流れの医者が宝石商と取引を行うのであれば、それはルーベン男爵が後ろ盾をしていると考えるのが妥当である。
「いや。むしろ逆。ルーベン男爵はその医者を信用しているわけじゃない。泳がせてるんだよ。実はそれ男爵から公爵宛の密書なんだ」
とんでもない発言をさらっと言われてリィオは目を剥いた。
「それって見せていいものなんですか?」
「公爵が別に見せて困るわけでもないからそのまま持ってけって。あ、でも読んだら返してね」
そう言われてリィオは封筒に手紙をしまいベルに返す。ベルが「どうもね」といってそれをポケットにしまった。
「つまり公爵はもう既にこの状況を把握して動かれていたということですね」
「そゆこと」
探していた盗難事件の手がかりとなる医者はすでに公爵の手のひらで踊らされていたということである。
そしてこの手紙をリィオに見せるということは盗難事件のことも知っていたということになる。リィオも転がされていたのだと思うと若干脱力を覚えるところである。
「公爵は全てお見通しだったんですね」
「そうだなぁ、でも、公爵としては書状にこの件についての協力を要請されると読んでいたからあの内容は予想外だったってさ」
そういえばと書状を受け取ったとき公爵はこのような条件を出されるとは思わなかったと言っていたなと思い出す。
禁異目録の存在を知る者はごく僅かである。だが王家の血をくみ、王に忠臣であるアイテール公爵はその危険性を知る僅かな人間のひとりである。
確かに協力を要請する人間としてはうってつけである。
けれど、公爵に渡した書状に書かれていた要求は、盗難事件で盗まれた禁異目録に記されたている“擬似生命”という方陣を利用された時にその情報を間接的に得られるようするためのひとつの処置であった。
水晶というのは簡単に手に入るものではない上、この国で医療行為を行えるのは医学協会に名前を登録している人間のみである。
だから老師たちは金銭でなくその情報のみ求めたのである。
これについては“擬似生命”を表立って使おうとした場合の処置であって、秘密裏に利用しようとした場合については別ルートで情報が入るので問題はない。
公爵に借りを作ることなく、余計な交渉をせず目的のものだけ得る。それが、今回の老師のやりかただった。
あの様子からして公爵もそのことを瞬時に理解したのだろう。
分かっていることであったが、老師にしても公爵にしてもリィオの及ばない次元で戦っている。改めてそう感じたリィオである。
ことの全貌は大体わかったので、リィオはもう一つの疑問を口にした。
「その情報を僕に提供したのはなぜですか?」
「勘ぐらなくてもいいよ。これはただのサービス。リィオは有能そうだからこの情報を上手く利用してくれるだろうっていう期待がこもってるのさ」
「つまりはのんびり待ち構えてないでさっさと片付けて欲しいということですよね」
「身も蓋もないこと言うねぇ」
「ですが勘ぐらない場合それ以外に思いつきません」
肩をすくめて笑うベルにリィオはそう断言した。
「まぁそういう部分もあるけど。でも期待っていう点は嘘じゃないと思うよ。言ったとおり使えるか使えないかのジャッジが厳しい人で、そのうえ使えると判断した人は容赦なく使うから」
「随分容赦のない期待ですね」
「はは、よかったね」
同意しにくい返事をもらった。ベルは別に嫌味で言っているわけではないとわかる笑顔を浮かべている。
こちらに嘘の情報を流すことで得られる利など公爵にはない。だからその情報はリィオにとっては非常に有益なことである。
それに、わざわざ情報収集のためにあの人ごみに入る必要がなくなるのだと思えばそれ以上文句を言う必要はないのである。
「まぁ、こちらとしてはありがたい情報なので感謝します」
「そうそう素直に受け取っとくといいよ。どうせ公式な話じゃないから。それに俺も一緒に行くし」
思わぬ返事が返ってきた。
「どういうことですか?」
「一応男爵に手紙の内容が事実か見に行こうかと思ってね」
「僕と一緒に行く意味ってありますか?」
リィオの疑問は当然のものである。ベルの能力があればこっそり現場を見るのは簡単なことである。リィオは足でまといにしかならない。だが返ってくる言葉はあっさりとしたものである。
「特に意味はないよ?」
「公爵はこちらに貸しを作りたいということですか?」
リィオとしては真面目に言ったつもりなのに何故かベルは吹き出した。
「ぶっ!ははっ!リィオのなかの公爵って相当アレだね!」
どうやら違ったらしい。ベルは「確かにあの笑顔は企んでそうだよねぇ」と失礼なことを言いながら笑っていた。
「あーおかしい!公爵は関係ないよ。これはただの俺の気まぐれ。断っても勝手について行くから気にしないで。ということでよろしく!」
ベルは相変わらず笑顔でそう言って右手を差し出した。友好的なのにこちらに全く拒否権を与えていないところが凄ところである。
リィオはここで拒否するのは無駄なことと判断し右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
これが今晩限りの凸凹コンビが結成された瞬間であった。
このまま一章が終わるまで主人公不在の話になりますがお付き合いいただけたら幸いです。(汗)
誤字脱字自分でも見ているのですが、どうにも多いので見つけた方教えてくださるとありがたいです。




