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大収穫祭-和やかな対面

 メイドがカチャリとテーブルの上に見るからに高そうな茶器を置く。そこに注がれているお茶も普通ではありえないほど芳醇な甘い香りを漂わせている。


「このお茶はこの聖都の城の庭でわずかに採れる特別な花から取ったものなんですよ。今日の訪問をお聞きになった陛下からいただいたので是非と思いましてね」 

 

 対面に座ったアイテール公爵が柔和な笑顔で茶をすすめた。リィオは如才なく笑みを浮かべて礼を言う。


「それはありがたい事です。とても良い香りですね。いただきます」

 

 そう言ってリィオは一口含んで飲み込んだ。リィオはあまり食にこだわりはないが一番最初に思ったのはこれである。

 多分“高い味”だと。

 だがそのまま口にするのははばかられるので「これが毎日飲めるならばきっと幸せでしょうね。」と笑顔で言葉を飾る。実際美味しいので嘘ではない。リィオとしては味よりも他のことに思考が向く。


 王宮で採れる花というのは、その言葉通りそこらへんの花とは違う。そんな花から作られる茶は市場で出回らないのはもちろんのこと、それを飲めるのは王家に連なるものか、王によって許されたものだけである。よってここでそれを出されるということはそれなりの意味が込められているといっていい。


 リィオは老師の養い子で、学術都市では名の知れた研究員であるが、身分としてはただの一般市民である。故に王との謁見はかなわない。だが老師の存在は今のこの国を支える歯車として非常に重要な位置におり、蔑ろにはできないので今回は老師の使者として訪問したリィオにその茶を振舞うことでそれを関節的に示したのである。


 そしてベルの話を参考にするならば、これは王からの指示というよりはこの公爵が進言したのではないのかなどとリィオは思考を巡らせた。

 そんなことを考えながらお茶を飲み公爵の様子を窺う。公爵もカップを口元に運ぶ。それだけでも到底真似できないと思わせる優雅さがあり、さすが大貴族と内心感嘆する。だからといって縮こまるような可愛い性格ではないリィオは公爵の出方を待つことにした。


 メイドがお辞儀を一つして部屋を退室し、人心地つくと再び公爵が口を開いた。


「改めて遠方よりご足労いただき誠に感謝しております」


「こちらこそお時間頂き感謝致します。こちらが老師からの書状です」


 公爵の礼に礼を返し、書状の入った硬い筒を渡した。公爵はそれに頷き筒を受け取り「拝見します」と断りを入れて蓋を開けて中から書状を取り出す。公爵は出来た書状に目を走らせしばらくして笑みを浮かべた。今までの悠然とした笑みでなく、思わずというような自然な笑である。そして公爵は再びリィオに視線を向けた。


「はは、まさかこのような条件を出されるとは思いませんでしたよ」


 そう言う公爵の様子を一言で言えば楽しそうである。楽しそうだが近寄りがたい雰囲気を放っている。

 書状に書いてあるのはに面白いことではない。簡単に言うと次のようなことである。

 



 公爵家が支援を行っている医学協会への最新の技術を提供して欲しいという要請については、セロウ・スプリウス領主・スプリウス男爵の名のもとに正式に受けいれる。

 また研究費用の代わりに今後の技術開発のために医療現場で使われる機材、治療法に記録の複写を要求する。




 というようなものである。

 書面の右下に老師と男爵の署名と印が押されている。


 機材や治療法の記録は交換条件にしては不釣り合いだ。この取引は単純に考えれば相手が得する内容である。一件良心的だが、これを提示したのは知恵者と名高い人間であり、さらに領主と連盟であれば、それなりの地位にいる人間としては何か裏があるのはと勘ぐるのは必然である。


 だが、公爵はなにも追求することはなくその顔に笑みを浮かべたまま「こちらも後日、合意の書面をお届けします」と言って書状を筒にしまった。


 追求されなくて内心ほっとする。

 実際あみだくじなんかで決められた役割である。なにか問われたところで文面以上のことはリィオは知らないので答えようもない。

 多分公爵もリィオが使い走りに毛が生えたくらいなものだと気が付いているのだろう。

 公爵が丁寧な態度を取っているのはあくまで老師の使いという立場だからである。


 とりあえずこれで一応要件はすんだ。

 お茶を飲みながら、公爵は視線を窓の方に向けながらリィオに問いかける。


「そういえば、使者殿はもう祭り見物などはしましたか?」


「ここに来るまでの間に通りを歩きましたが、あまりの混雑に潰されないようにするのがやっとでした」


「そうですか、学術都市では祭りは行われないと聞いておりますのでさぞ驚かれたことでしょう」


 公爵の問いにリィオは無難な返答をした。


「そうですね。これほど賑やかな祭りはきっと聖都以外ないでしょうね」


「この祭りはただの祭りではありませんからね。この平和な世に生きる国民とこの国の経済の停滞を緩和する最低限必要な措置です。長きに渡る平和というものはある意味では戦争を繰り返す世よりも複雑なこともあります」


 そう言って意味深に微笑みながら公爵は更に言葉を続けた。



「昔ある人物がこんな言葉を言っていたそうです。“平穏な日々への感謝は不遇の時あってこそ真のものとなる。永遠なる平和を得るということは人から平和への価値を奪うものである”と」


 公爵の言葉を聞いてリィオは少し考えた。聞いたことはない。同意できるかといえばどうとも言えないが、その言葉の意味するところはわからなくはない。

 これはある意味今のこの国を批判する内容ともとれる。今この場で口にする意図がわからない。

 リィオは内心眉をひそめて正直に答えた。


「聞いたことはありません。聞いたところ哲学者の言葉のようにも聞こえますが」


「確かにそのようにもとれますね。お聞きになったこともないのは仕方がないかもしれませんね。これは今から100年前に王家に招かれた吟遊詩人バードが言った言葉です。この吟遊詩人バードのことはご存知ですか?」


 不穏な雰囲気を感じながらリィオは首をふる。


「聞いたことがありません」


「貴族たちの間では密かに語り継がれている話です。この吟遊詩人バードを招いたのは当時第三王女だそうです。つまり現スプリウス男爵のお祖母様のことです。大変肝の座った聡明な方だったそうで、男爵もその血を色濃く受け継がれているようですね」


 何の話をするのかと思えばそういうことか思うと同時にリィオは公爵が相当質の悪いたぬきだと実感した。


 公爵は人の良さそうな笑みを浮かべるが、この公爵の言葉は非常に底意地の悪いものである。

 そのまま取れば男爵の悪口にだろう。だが、その公爵の目はこちらを見下すようなものではなく、こちらの反応を窺うようなそんな雰囲気に思える。

 さらに言うとこれは皮肉と取るには非常に回りくどく、また唐突である。


 だから、これはベルの言っていた“使えるか使えないかのジャッジ”の一貫なのだろうとリィオは認識した。


だが、ここで単純に頷くことは間接的にこの国のありようを否定することになる。

 だが、逆に否定の言葉を口にするのはどう考えてもおかしい。それは言葉通りにスプリウス男爵とその祖母の評価を否定することになるからだ。


 リィオは少し考える素振りをして直ぐに微笑みを浮かべて同意した。


「そうですね、男爵のお祖母様についてはあまり聞いたことはありませんが、男爵はさすが王家に血筋をひかれているだけあって聡明な方です。研究にも深く感心を示され、自ら老師に研究を提案することもあります」


 リィオは男爵を王族でひとくくりにした。それによって男爵に対する言葉は王族に対する言葉と同等の意味を持つことなる。リィオがそう告げると公爵はほんの少しだけ目を見開いたあと先ほどとはまた違った様子で面白そうに目を細めた。内心冷や汗ものである。


「そうなのですか。それは素晴らしいことですね。学術都市は良い領主に恵まれているようで何よりです」


 その様子から見て、公爵はリィオが公爵の言葉の裏にあるものに気がついていることが分かっているのだろう。その地位相応の面の皮の厚さである。


 だが、内心はどうあれリィオはそれに怯むような可愛い性格でもなかったので「本当にそう思います」と同意して言って静かにお茶を飲む。

 リィオも自覚はどうあれそれなりの面の皮の厚さである。その様子を見る公爵の目は相変わらず楽しそうである。


「お茶のおかわりはいかかです?」


「いただきます」


 公爵はベルを鳴らしメイドを呼んだ。

 互いの顔に笑みを浮かべ、表面上和やかな対話がまだしばらく続くことになった。


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