日付は変わる、真相究明
「随分ゆるいな。こんな簡単に入れちゃ駄目だろう」
密やかにそう呟いたナナキは既に聖堂の地下中心近くまで来ていた。
上にのびる建物ならば簡単だが窓もない地下で、しかも騎士や聖堂の兵士がウロウロしているのだから侵入できたとしても見つからずに脱出となると容易ではない。
ナナキはそう思っていたが、実際は相当なザル警備であった。どうやら夜間は地下の警備はないようである。最も不法侵入している立場としては、警備の緩さに文句などいえない。
『ヴェントゥスの聖霊域でも思ったのじゃが、そなたはここの事をよく知っているように見えるの』
他意なく問いかけるスキアーの姿は院長ではなく、初めて会った時のドレス姿だった。あのままでは動きにくいと言って侵入前に元の戻ったのである。聖霊は姿を変えてもその行動に何ら障害はないはずなのだが、それを問うとスキアーは『気分の問題じゃ』と答えた。実際ならばドレスの方が動きにくのだから確かに理由は気持ちの問題なのだろう。
「昔、聖堂の建築素材の研究目的でいくつかの聖堂にいれてもらったんだ。そこで迷子のふりして地下を少し調べたんだよ。流石に中心まではいけなかったけど通路の法則性を見つけられたんだ」
『ほう、なかなかやるの。じゃが、この聖堂というものを管理する者たちは大分秘密主義じゃったように思っていたが・・・後で罰せられたりはしなかったのか?』
「一応名目上は国の重要機関だからな。本当なら法による罰則があるけど、あの時ははじめからお咎めがないように手を打っておいたから何ともなかったさ。相当睨まれたけど」
ナナキは悪びれもなくそう言った。こうして侵入している時点で迷子程度取るに足らないことである。
ただひとつ言いたいのは他の聖堂これほどまでに無防備ではない。今回侵入しようと思ったのは単にスキアーの存在があったからだ。スキアーなら目くらましていど造作もないことである。そうでなければ流石に踏み込んだりしない。
『ふむ、人の社会は色々ありそうじゃの。わらわ達は個々の人間に寄り添うことはあってもその社会に身を置くことはないからの』
聖霊達がその力を貸すのは集団ではなく個人である。その為大まかな社会知識以外は気に止めることはない。
「まぁ、聖霊がその人間社会のあれこれに参戦したら世の中大変なことになるからな。俺としては基本見守るスタンスでいてほしいと思うよ」
『そうか。ではこれまで通りでいることにしよう。ただ契約者の血筋だけは別じゃがの』
「そこはスキアーに任せるさ。もとより俺が口出しすることでもないけどな」
軽口を叩き合っているうちに昼間見た部屋にたどり着く。礼拝堂に似て非なる儀式場。スムーズに入れたが入り組んだ作りだったのでここまで来るのには相当時間が掛かり、時計を見ればもう日付が変わっていた。
スキアーは静かに目を閉じた。
『ここに既に力は感じられない。もう聖霊域もここから離れておる』
振り返ってそう告げるスキアーにナナキは眉をひそめた。
「聖霊域はここを離れても成立するものなのか?どうやって?」
『ほう、そなたはそのようなことまで知っているのか。流石に驚いたぞ』
スキアーは驚いたと言っているが語調はのんびりとしたままでさほど驚いているようには見えない。好奇心に輝く瞳は先ほどの恋愛事情を聞いてきた時に見せたものとさして変わらない。
「予想はついてただろう?」
『もしかしたら、とは思っていた。そなたはわらわ達のことのみならず方陣を使えるほど熟知しておったからの。じゃが予想は予想でしかない』
「それも一理あるがここまできては知らないってことの方がおかしいんじゃないか?」
『それでも本人の口から聞いたものでなければ所詮予想じゃ。ふふ、屁理屈と思うか?そなたの質問は確認か?』
「スキアーの言うと通り予想は予想でしかないからな」
ナナキの返答にスキアーはいたずらが成功した子どものように笑った。これが皮肉でないのだから始末に負えないと思いつつ、楽しそうなスキアーにナナキは苦笑を浮かべた。
『ふふ、そうか。では答えよう。答えは是じゃ。ただ、存在できるというだけでここを離れてしまえば存在する必要はない。かといって今さら壊すのはこの空間にも影響を及ぼす。今回の影響はそれに比べれば微々たるもの。ヴェントゥスもあの状態でよくやったものじゃ』
「やっぱり・・・」
スキアーの意味深なその言葉にずっと浮かんでいた一つの考えが浮き彫りになり、ナナキの心に複雑な思いが湧きあがる。頭の中に浮かぶ推論はきっと限りなく正解に近いのだろう。だが聞かなければどうしようもない。ナナキは静かに口を開いた。
「あの時ヴェントゥスが楔を修復し、元の位置に戻すのだと思っていた。でもヴェントゥスは楔の一部を担う写身に自分に成り代われるようにしたと言っていた。ヴェントゥスはあの時本当は何をしたんだ?」
ナナキの言葉は何も知らないものが答えを尋ねるものではない。先程と同じく確信を得るためのものであった。それが分かっている様子でスキアーはふと微笑んだ。それはヴェントゥスに力を貸した時に見せた時と同じ悲しげな微笑みであった。
『本当にそなたは本当に聡いの。きっとそなたの思うと通りじゃ。楔がヴェントゥスに成り代わった。そしてヴェントゥスは土台〈・・〉に成り代わった。ここから離れるために』
一体何を話しているのか。それを理解できるのは聖霊域の成り立ちを知る者だけである。




