始まりは人の真似事
『私たちの殆どは人の真似で出来ているのよ』
かつてナナキにそう言ったのはヴェントゥスであった。それは姿かたちや物の考え方を写し取ったこと、さらにそれだけではなく聖霊域の存在自体のことも指していた。
聖堂が出来る以前の聖霊域というものは輪郭を持たないあやふやなものだった。聖堂が聖霊域を作ったのかと聞かれたら、そうではない。だが、なければ聖霊域は今の形にはならなかっただろう。
聖堂が建てられた時、それはなんの力もなかった。だが聖霊たちにとっては懐かしさを呼び起こすものだった。
それを呼び起こしたのは聖堂の四隅に打ち込まれた水晶の杖。
それはアウローラ大戦より遥か昔、聖霊が信仰される以前の人間が行っていた方陣という呪いの一種であった。
その方陣の大半は土地の四方に水晶で出来た杖を打ち込み力を宿すというもの。その力を宿した杖を人々は楔と呼んだ。その呪いにも様々な区分があり、使い手はその土地にふさわしいものを施し、それによって力を宿した土地には聖霊たちが自然と集まることで土地が潤っていく。
当時の人間は聖霊の存在を知らなかったが、長い歴史の中で一番聖霊とうまく付き合っていたのはこの時代であったと言えるだろう。
どの聖堂にも昔のような楔が見つけられたので聖霊達からすれば人が昔のように心地の良い空間を作ってくれるのだろうかという思いが少なからずあったらしいが、そう上手くはいかないもの。呪いはいつまでたっても不完全なままそこにありつづけた。
だが、ある時聖霊たちは思わぬ転機を迎えることになる。
それはある元初聖霊が昔を思い出しその呪いに力を加えたことで起こったことである。
それは偶然のことであった。何気なく振るった力が4つの楔に注がれた時、そこにできたのは今まで曖昧にしか認識できなかった空間が確固たる形に変わったのである。
それは自分たちが生まれたであろう空間。その時聖霊たちにとっての故郷というものが”生まれた”。人からすれば故郷が自身のあとに生まれるのはおかしいかもしれないが、それ以外当てはまる表現がなかった。
それは聖霊たちの命の限りがない時間の中では相当衝撃的な出来事だったらしく、その事はたちまち聖霊たちの間に広まって、それぞれの元初聖霊が呪いに力を加えていくことで聖霊域が生まれたという。
眷属の聖霊達も力を加えてみたのだがどうも力不足なのか方陣は完成しなかったので、作られた空間の中に入ることで元初の力を底上げする役割を担うに至った。さらには底上げされた力で元初聖霊は写し身を作って、寄り代となる杖に安定した力を注ぐ手段としたのである。
そして何千年もの月日を重ねた聖霊域は今の形に固定されたのである。
そういった経緯の元、聖霊域が聖堂に存在している。
正確に言えば聖堂がなければ今の聖霊域は生まれなかったし、本来ならそこでしか存在しようもないということなのである。
ナナキの存在できるのかという疑問はここから来ていた。
そのことを踏まえると聖霊域が聖堂から離れるという事実はおかしな話である。
いくら異空間でも聖霊域に至ってはその成り立ち上その地に打ち立てた楔がなくてはならない。それを失ってなお存在するためには代わりになるものが必要なのである。それが容易ではないことは聖霊たちは認識していた。
そう考えればヴェントゥスとの最後の会話の意味も大体理解できる。
写し身を生むだけならナナキの方陣に施した力の底上げとスキアーの力を借りれば、そこまで困難なことではなかった。
それでも力が足りずヴェントゥス自身が消えると言ったのはその通りの意味であるとわかる。ただ言葉が随分と足りていないことは言うまでもない。 スキアーの補足することを前提で話していたのだろう。本当に丸投げである。
ヴェントゥスがしたことをまとめると次のようになる。
自分そのものを使って聖堂という土台を作る。さらにその中心となる自分の代わりを作ってそれと同時に楔の一つを担わせる。それによって聖霊域を存続させられるようにした。
これを実行する場合、今までの力のバランスは崩れ、媒体を失った空間は曖昧な状態になる。下手をすれば自滅するリスクを負う。むしろ自滅する確率の方がずっと高かっただろう。
本体も写し身も見分けはつかないが、やはり力の源となる核が存在するのは本体なので、写し身が土台になるの不可能である。
聖霊域が存続するがナナキが認識しているヴェントゥスは消えた。残ったのは写し身という名の記録でしかない。
ヴェントゥスはそれを分かっていた。
その上でそれを決行したのはヴェントゥスの豪胆さと言い切れなくもないが、確固たる理由をあげるならばあの黒い兵士の存在が起因するだろう。
聖霊に対抗しうる力を持ち、その力の矛先をこちらに向けてくると考えれば当然の思考である。
聖霊域は人の世界に影響を及ぼす。今回のように表面上何もなかったことでと通っているのは奇跡と言える。再び侵入されれば今度こそ取り返しのつかないことになるだろうことは想像に難くない。
ただこれ以上追い込まれてどうしようもないところまで行ってしまうよりは、どうにかなるうちに手を打ったほうがいいとも思える。けれど、手を打つにしてもそれ自体何がどうなるか分からないという賭けならばどちらがいいかは分からない。
だがヴェントゥスは後者を選んだ。スキアーもその選択を否定しない。むしろ感心しているといった様子である。
世界のことを考えればそれは結果的に言えば良い選択と言われるかもしれない。
けれど、笑って消えていったヴェントゥスの声を思い出すと笑えるわけがないというのがナナキの正直な感想である。
子どもたちならばもっと違った言葉が出て来るだろう。どちらも性根が真っ直ぐで優しいと思うから真実を語れば、ヴェントゥスがいなくなったことに少なからず悲しみを感じるのではないだろうか。
ヴェントゥスと共に過ごした時が最も長いナナキだったが、そういった感情はどうやっても抱けなかった。抱かなければならないということはないだろうがナナキの心中は少し複雑であった。
ただその判断を否定することもナナキにはできなかった。




