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再生と消失の果て

 先程までの緊張感とはまた違う重い空気に包まれる。ナナキが後ろを振り向くと皆の視線が向けられていた。その目は説明を求める目だった。この中では一番この状況を把握していると思われているのだろう。

 ナナキとしては全てに応えられるわけではないのだが、スキアー達から情報を得られればあるいはと思っている。


「気持ちは分かるが取り敢えずここを出よう。話はここを出てからな」


 まず、ここから出て安全を確保するのが先決である。イヴが周りを警戒してくれているようだが、先ほどの黒の兵士のように突然前触れもなく来られたらおちおち話もできない。


「えっ!出られるの!?」


「それはヴェントゥス次第だけど、どうやら心配はいらなさそうだな」


 ナナキがそう告げると壁に書いた方陣が淡く輝き、呼応するようにヴェントゥスのその身も光を放つ。そして放たれた光がヴェントゥスから離れ、ひとつに集まる。

 そしてそれは揺らめきながら次第に形を変え、現れたのは寸分くるわず同じ姿のヴェントゥスであった。


「あれって・・・」


 口をしめるのを忘れたアシュレイとライラは惚けた表情でその光景を見守っていた。


「新しい写し身をつくっているんだよ。欠けた楔を再生して空間を元の状態にしようとしているんだ」


 ナナキが説明するがアシュレイたちは光から目が離せず上の空である。その様子にナナキは苦笑を浮かべる。 別に知らなくても特に問題はない。むしろ、これまでの体験で怯えて動けなくなったりしないタイプでよかったと思っていた。二人ともどうやら恐怖より好奇心の方が強いようである。


 片方のヴェントゥスはふらりと宙を舞い、地面に突き刺さった杖にそっと触れる。すると杖を中心に風が吹く。これまでの強く荒ぶる風ではなく、優しい涼風。その様子を同じく宙から見ていたスキアーが淡くどこか悲しげに笑みを浮かべヴェントゥスの傍らに舞い降りた。


『どれ、力を少し貸してやろう』


 その言葉にヴェントゥスは答えない。だが拒否することなくそのまま部屋全体を優しい風で包み込む。スキアーは杖に触れるヴェントゥスの手にその手を軽く添える。添えられた手からは光が伝う。その光は染み渡るようにゆっくりと杖に伝わる。

 杖の先端までその光が渡った時、そこから床、壁、天井へと光が伝い、部屋すべてが真っ白になり何も見えなくなる。

 その真っ白な空間で声が聞こえた。


『あーあ。何千もかけてここまで来たのに。いやになっちゃうわね!』


「・・・ヴェントゥス?」


 その声はヴェントゥスのものであった。ナナキは訝しむ。力の欠けたヴェントゥスが元通り意思の疎通ができるまで回復するのはかなりの時間が必要だからだ。ナナキが展開した方陣やスキアーの力を借りたとしても、そこまでの回復は見込めないはずなのである。

 ヴェントゥスはナナキ心を読むかのように話を続ける。


『さすがにナナ坊の方陣とスキアーの力を借りても全快は無理ね。だから今の私は空間の歪みから生まれた欠ける前の私よ。それにしてもすごい偶然だわね。こんな場面に出くわすなんて』


 変わらぬのんきな口調でカラカラとヴェントゥスは笑う。


「どういうことだ?」


『うーん時間が足りないから。言いたいことだけ言うわ。取り敢えず空間は元に戻せそうなんだけどさ、外に対する影響は打ち消せなかったみたい。後、あの黒いやつらヤバイわよ。この先気をつけた方がいいわ。さっきのやつは消えたみたいだけど、始めに来たやつ近くにいないにしても死んでないから』


 ナナキの言葉に答えず思うままにヴェントゥスは語る言葉の内容は忠告だった。


「あいつらが何なのか分かるのか?」


『”何か?”と言われるとそれを指す言葉はないわね。私が言えるのは“いてはいけないもの”だということ。だから排除しなくてはいけないの。でも私はここでお別れよ。私たちに死はないけれど、多分これがの私の最後には違いないか。』


「待ってくれ!最後ってどういうことだ?」


 唐突に別れを切り出したヴェントゥスの真意がわからずナナキは問いかける。


「結論から言うとね、私は多分元に戻る見込みはないと思うの。でも、心配いらないわ。本体わたしが消えたら最後の写し身が本体わたしに成りかわれるように力を注いだから世界のバランスは崩れたりしないわ。丁度いい機会に恵まれたからナナ坊に最後のお別れをしに来たのよ』


「ちょっ、ちょっと待て!欠けたのは写し身だろう?バランスが崩れるのは分かるが本体が消えるって有り得るのか?」


 ヴェントゥスは何でもないように告げられた内容は全く軽いものではなく、ナナキに意味が分からず再び問い返す。


『それ以外いい方法がなかったからそうしたとだけと言っておくわ。時間がないからそこら辺はスキアーに聞いて頂戴。兎に角お別れよ。人間的にはよく見知った者に何も言わずにいなくなるのは失礼ってもんでしょう。本当に丁度いい具合に空間が歪んだものね。最後に会えてよかったわ。さようなら。また会えたらいいわね』


 ヴェントゥスから放たれる言葉は一方的で矛盾を含んでいたがその口調はひどく穏やかだった。その言葉にどう返すべきかわからずナナキが沈黙する。


『やだわー!ナナ坊ったら辛気臭いわねぇ!そこはまたな!っとか会えなくなるのは寂しいよ!っとか滂沱の涙で言うところでしょー?まぁ、いいけどねぇ。あ!そうだ!私が消えたら外の出られるようにしておいてあげたわよ!親切でしょう私!』


 姿は見えないが胸を張る様子が目に浮かぶような口ぶりでそう告げるヴェントゥスは、ナナキのよく知るいつも通りのヴェントゥスだった。きっと何を問いかけても思う通りの言葉は返ってこない。謎だらけだがナナキはヴェントゥスがふざけているわけではないことは分かっている。だから、問いかける言葉を飲み込む。


「ああ、ありがとう」


「ふふっ。どういたしまして。じゃあいくわね」


「ああ」


 白い空間に柔らかな風が吹きナナキの頬を撫でる。

 そして静かに瞬き一つしたあとに映ったのは昨日見た騒がしい町並み。そこは紛れもなく聖霊域の外側であった。既に日が暮れだし、まぶし夕日に目を細める。

 街の人は何事もなかったかのように笑顔を交わしている。

 それが初めて元初聖霊がこの世から消えた日。

 そしてナナキの知るヴェントゥスがこの世界から消えた日であった。


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