見知った顔の変貌を[後編]
激しい衝撃音と共に光の粒子が部屋中に飛び散る。聖霊たちが放つ黒い光と風の衝撃波は容赦なく黒の兵士を攻撃するが、鎧をまとっているにもかかわらず素早い身のこなしで避け、当たったと思った時にはその手に持つ杖で弾き返されてしまう。
このままでは負けなかったとしても勝つことはできない。何か勝機を見出そうとナナキは兵士の様子を観察する。すると黒の兵士が杖を掲げるとあたりに何かが飛び散るのがみえてナナキは不審に思いその手を目で追った。
それは正しく血である。黒の兵士の手は血だらけであった。
動く度に不自然に血が滴るが2体の攻撃が伝わっているわけではないようで杖はびくともしない。その手から血と共に途切れることなく黒い粒子が立ち上る。まるで杖によって侵食されるかのように。
『それを返せ』
静かに響く声と共にヴェントゥスが周囲に竜巻を起こす。
その言葉でナナキは理解した。黒の兵士がその手に持つ杖がなんなのか。ナナキは杖を見据えて大きく息を吸う。口を開くと昨日と同じ現象が起きる。
不思議な音が反響し光が舞い上がる。その光は大空洞の比ではなくあたりが見えなくなる程である。
そして光がはじけてその光は黒い兵士の手元に向かって収束する。光が消えて一瞬の静寂の後、唐突に黒の兵士は杖を投げ捨てた。
宙に投げ出された杖は四方に光を放つ。まるで太陽を直視したかのような強く眩しい光に目を閉じる。
まぶたに透ける光が収まり再び衝撃音に目を開けるとそこには水晶で出来た杖が地面に深く突き刺さってる。視線をめぐらせると粉々に砕かれたカルディアーナの神像とその瓦礫に黒の兵士がうもれていた。
それに追い討ちをかけるように、激しく衝撃波が叩き込まれた。これまでのように光の粒子ではなく土埃が舞い上がる。完膚無きまでに攻撃をその身に受け、もし無事だとしても無傷とはいかないだろう。
土煙が次第に収まっていき、そこに見えたのは瓦礫にうもれたまま動かない黒の兵士。沈黙が訪れナナキ達は視線を知らさず警戒する。だが、一向に動かない黒の兵士にナナキは慎重に近づき、念の為に聖水をところどころ亀裂の入った鎧にかける。だが、動く気配はないようでナナキはホッと息を吐く。振り返ると子ども二人は硬直したままこちらを見つめていた。ナナキはチョーカーを再び付けて声をかけた。
「もう動かないみたいだ。大丈夫だったか?」
「皆外傷はありません」
イヴが答えるとアシュレイとライラも声なく頷いた。今の光景を見て相当驚いたであろうことが伺えたが怯えているのは違うようでナナキは苦笑する。そして相変わらず冷静なイヴを見て彼女はどんな場面なら慌てるのだろうかと改め思った。やっと一段落したと気を抜いたところで、ガラガラッと瓦礫が崩れる音がすると同時にアシュレイたちの顔色が変わる。
ナナキが振り向いた先に映ったのは光る剣先。黒の兵士が瓦礫お蹴散らし腰に剣をナナキに向かって振り下ろされた。後ろで悲鳴が聞こえた。だが、予想した自体にはならずキンっと金属のぶつかる高い音があるこだまする。
ナナキはとっさに腰にハープで剣を受け止めた。ナナキは背筋にひんやりとしたものが走るのを感じた。息を呑む展開に緊張が走る。競り合いながらもナナキは剣をどうにか弾いたあと、たたらを踏んだ黒の兵士の隙をついて体に回転をかけハープでその頭部を力の限り打ち付けた。
壊れかけていた鎧兜が崩れ落ち、鈍い音を立てて床に叩きつけられた。誰もが息を飲むのがわかった。
「!あんたは・・・。」
ナナキは一瞬瞠目したあと目を細めてその黒の兵士を見つめた。アシュレイはふらりと前に進んだ。呆然とした様子のアシュレイの瞳に映ったのは紛れもなく自分の知っている顔であった。
「なんでコウエンさんが?」
ボロボロの鎧を身にまとったのはこの町の騎士コウエンそのものであった。
ただ一つ明らかに違うのはその表情。昨日見た人懐こい微笑みはそこにはなく不気味なくらいその瞳は冷たくまるで別人のようである。
「あんた本当に昨日あったコウエンさんか?」
ナナキはハープを構えたまま、静かに問いかけるとさっきまでの動きが嘘のように立ち尽くし、そこで初めて口を開いた。
「コウエン・・・コノ男クラッタ・・・ダイクウドウ・・・騎士・・・タクサン。仲間・・・一緒。ココモラウ・・・命令・・・」
「命令?」
コウエンの姿で壊れたように語る兵士はその言葉を発し、ナナキ問い返すが答える間もなく鎧は音を立てて崩れ落ち、黒い粒子となって霧散した。そしてそれに引きずられるように、入口に倒れている鎧たちも黒い粒子となって跡形もなく消えた。
一体何が起きているのか分からないまま事態は急展開を迎えた。この事態を全て説明できるものなど誰もいなかった。




