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見知った顔の変貌を[前編]

 光を纏うヴェントゥスの瞳が静かに開く。しかし、現れた橙色の瞳は意志が薄くその姿も揺らいでいるように見える。それは先程までのヴェントゥストは明らかに違うように見えた。


「ヴェントゥス?」


 声をかけてもそれに対する返事はなく視線が会うこともない。4人それぞれ異変を感じながら言葉が返ってくるのを待った。しかしその兆しはまるでない。


『これはまた酷いものじゃな』


 最初口を開いたのは女性の声。黒い豊かな髪を揺らし神妙な顔を作る。


「スキアーさん!」


 ライラは自分の後ろにふわりと降り立ったスキアーを振り返る。


「えっ!誰!?」


 ライラと同じか後ろを振り仰いだアシュレイは驚きに声を上げた。会っていない上に、イヴのように前もって聞いてないアシュレイとしては当然の反応である。イヴは対面してはいないものの、ナナキから聞いていたので特に驚くことなく様子を見守っている。するとスキアーは視線をイヴとアシュレイに移す。


『ふふ。そなた達は初めてじゃの。わらわはライラの誓約を受けた聖霊。聖霊術師達は元初スキアーと呼ぶ。わらわはこれからずっとライラと共にあるゆえ以後よろしく頼む』


「イーヴァと申します。よろしくお願いします」


「えっと、アシュレイです。よろしく・・・お願いします?」


 貴婦人のような微笑みを浮かべるスキアーに挨拶をする。イヴはいつも通りだが、アシュレイはスキアーに若干気圧されたようでポカンとしながら頷いた。スキアーにしろヴェントゥスにしろ、ドレス姿という外見とそれ以上に特徴的すぎる話し方は大抵の人間は面食らうだろう。


『随分と高位の陣を展開したものじゃな。この空間は安定していて心地よいの。散り散りになりかけたヴェントゥスがここまで戻るのだから大したものじゃ』


 スキアーは視線を巡らしそして最後にヴェントスを見た。


「散り散りって・・・あの兵士にやられたのか?」


 スキアーの言葉を受け取り、ナナキが息を飲んで問い返す。その問にスキアーは視線を遠くに巡らせ静かに語りだした。


『聖霊域を構成するのは4つの楔とわらわ達元初聖霊。楔とはそれを守護する役割を持つ元初の写し身とその寄り代。このヴェントゥスは明らかに欠けておる。本体は無事じゃが写し身か寄り代、はたまた両方かは分からぬが酷い打撃を受けたようじゃ。あの兵士達がやったのかは分からぬが、あれの同類の仕業と考えるのが妥当と言えよう。だがこのようなことができる存在はわらわは知らぬ』


 スキアーはヴェントゥスの頬にそっと手を寄せ、その瞳を望み込む。ヴェントゥスは変わらず意志を失った瞳でそこに佇んでいた。


「ヴェントゥスさんもう元に戻らないの?」


 口を閉ざしてただ話を聞いていたライラが心配そうに顔をしてスキアーに問う。


『本体が無事であり今展開されている陣もある。今は人で言うところの本能のみがヴェントゥスを形作っている。もとの状態のもどるのには少し時間がかかろう』


 スキアー達にとって少しは人間とは違う。聖霊の“少し”は人間からすれば相当な時間がかかるのだろうとナナキは予想した。もっと言ってしまえば人の一生よりも長い時間がかかる可能性もなくはないのだろう。

 そんなことを知らないライラ達からすれば、その言葉を疑うこと素振りもなく素直に納得した様子である。


「ヴェントゥスがここまで追いやられるとはな。イヴたちがヴェントゥスに会った時に現れた奴はあの兵士なのか?ヴェントゥスの話ではあんな大勢いるようには聞こえなかったけど」


 ナナキは疑問をイヴに問いかけた。

 ヴェントゥスを聖霊域の壁を突き破るほどに吹き飛ばしその力を削ぐほどの力が、ただ追いかけてくるだけのあの兵士たちにあるとは思えない。


「私が見たのは頭の先からつま先まで全身黒尽くめのローブ姿の者です。言葉も発しなかったので見た目からは性別も年齢も分かりません」


「共通点は特になしか。判断材料が少ないな・・・。警戒することに越したことないが」


 ナナキは苦い顔で息を吐く。その時ガシャンッと聞き覚えのある音が響く。

 その音の先は入口である。先ほどの兵士達が一列になってこちらに向かってきていた。


「うわっ!来た!!」


 アシュレイとライラが顔を青くする。そして兵士が部屋に踏み込もうとした時、バチッと何かが弾けるような音ともに入口からまるで火花のような光が飛び散り、再びガシャンガシャンと音響く。それは先程と同じくドミノ倒しの状態である。


「・・・なんか間抜けだね」


『随分と貧弱じゃの』


 アシュレイとスキアーの言葉通り学習能力のない行動である。しかしナナキはそのことよりも、もっと気になる点があり冷静に観察する。

 鎧からする足音がずいぶん軽く、さらに言えば走りがフラフラして安定していない。そこでナナキはある一つの結論に至り険しい顔をする。

 そしてその結論が現実に重なるのかどうか確める為に入口の方へと近づいていく。


「兄ちゃん!?」


「ナナキ様?」


 アシュレイ達の呼びかけをよそに、ナナキは入口に一番近くに倒れている鎧を見下ろした。先頭の兵士は聖水の効力を最も浴びたようでその鎧は胸の部分は抉れ中身が見えている。しかし、抉れた鎧の下に存在するであろうものはない。見えるのは鎧の内側の金属。つまり中身がないということである。


「まさかと思ったけど・・・本当に空っぽとはね」


 ナナキはそう呟いた。それはナナキの予想したところと合致した。しゃがんで鎧を観察するナナキの後ろにほかの面々も近寄ってくる。


「何これ・・・?」


 アシュレイとライラはナナキの後ろから覗き込み呆然とする。先程まで動いていたのにそこに中身がない。化かされたような気分で互に顔を見合わせたあと再び鎧に視線を集中する。


「・・・魔物の類でしょうか。肉体は聖水によって消滅したと仮定してもこの鎧はどういうことでしょう?変異していますが元は人が作った鎧のようですね。私には消滅したものの気配は読めません。元初スキアーはいかがですか?」


 イヴはナナキ同様、観察するようにえぐれた胸部を凝視し思考を巡らせる。


『魔物とな?それにしては気配が妙じゃの。どうも不純じゃ。この世に自然とあるべきものではないように感じるの』


 4人の視線がスキアーに集まった。

 どういうことなのかと問いかけようとするのを遮るようにガシャンと音が静かに響く。その音に続き、後方の兵士が起き上がった。

 子ども二人はその音にびくりと肩を揺らし後ずさるが、その様子にナナキは落ち着くように声をかけた。


「平気だよ。聖水が効いてるしこれだけの効力を受けておいて自滅しに来る程・・・」


 その言葉のさなか、再び足を踏み入れようとした鎧が弾き飛ばされる。ナナキは呆れた様子でその光景を見ながら言葉をつなげる。


「・・・自滅する気満々みたいだし、もうしばらくしたら全滅するからこいつらのことはほっておくといいだろう」


 その鎧を突き動かすのは殺意のみで、臨機応変に行動することはできないことが分かり肩の力が若干抜ける。殺意飲み向けられるという状況は怖いと言えるかもしれないが、目の前の状況を見るとあまり深刻に受け止めるのがバカらしくなる。


 一行は再びヴェントゥスの方に振り向いた。響き渡った音にもまるで反応はないようである。


 しかし、次の瞬間衝撃が走る。

 ヴェントゥスの前に黒い影。音もなく黒い鎧の兵士がそこに現れた。

 そして黒の兵士は何も言わずその手に握られた杖を振り下ろす。だが、誰かが言葉を発する前に激しく風が舞い踊り、さらに奔流のような黒い光が黒の兵士に向けて放たれた。

 そしてそれは一瞬の爆風と共に霧散する。


「きゃあ!」


 悲鳴を上げたライラを支えナナキは目線を上げる。

 その中心にいたのは黒の兵士は無傷でその場に佇んでいた。


『こやつは我らにとって始末せねばなる存在のようじゃ』


 黒い光を放ったスキアーは今までのない硬質な声でそう告げた。言葉なく佇むヴェントゥスも臨戦体勢に入っていた。その様子を目端にナナキはアシュレイ達を見る。どう考えても前に出るのは命取りである。


「アシュレイ、ライラとなるべく隅のほうにいろ。イヴ、二人をよろしく」


 躊躇いなく頷くイヴに笑顔を向けナナキはチョーカーを外した。

 短い緊張を破り聖霊と黒の兵士の激しい衝突が始まった。


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