中心地へ、方陣展開
合流したのも束の間、やることは変わらずただ走る。その中でナナキは周囲を観察した。美しい青みがかった石壁に囲まれた通路は窓がない代わりに何かしらの術によって空間が明るく保たれているといった様子である。
ナナキはスキアーの作った空間から出て初めて今いる場所をはっきりと認識した。
「・・・ここは聖堂の地下か!よし!中心に向かうぞ!」
唐突に確信に満ちた声でナナキがそう言うとイヴがナナキを見やる。ライラに至っては逃げるのに必死で言葉を返すことはかなわないがその耳には届いており、目線だけをナナキに向けていた。
「ちゅっ!中心に行けばどうにかなるの!?」
先程から走りっぱなしのアシュレイは先ほどよりも息の上がった様子で問い返す。走った時間はイヴと同じだが明らかにアシュレイの方が疲れており、限界も近そうだった。実質1時間以上走り続けているのだから当然の結果であった。
そんなアシュレイの様子を見てナナキもその限界を感じ取っていたようで、激励するように一声かけた。
「喜べ!アシュレイ、中心に行けば追いかけっこは多分終わる!理由は後で話す!だからあともう少し頑張れ!!」
「それホント!?嘘じゃないよね!?ていうか中心ってどこ!?」
力強くそう告げるナナキにアシュレイは叫び返す。意外にも元気な反応だった。
「嘘ついてどうする!とにかく後に付いて来い!ライラ!」
「えっ!ふぁっ!?」
呼びかけられてライラが驚きの声を上げると同時に再びナナキに勢いよく抱えられ慌ててしがみつく。終着点が見えてきたので担いだほうがなんぼか早いとナナキは判断したからだ。
「ライラしっかりつかまってろ!」
「うっうん!」
ナナキの言葉に従いライラはしっかりと捕まった。そしてイヴに視線お送り呼びかける。
「イヴ!」
「分かりました」
まるで示し合わせたかのようにナナキの言葉でイヴは素早く体を反転させる。旅の中で自然と身についた互への合図だった。
「えっ!ちょっと、姉ちゃん!?」
アシュレイとライラが驚きをあらわにするがイヴは気にしない。ナナキが足を止めるなと告げるとアシュレイは躊躇いながらも走り続けた。そしてそんな心配をよそにイヴが声を上げる。
「イリアリーゼ!!」
あたりの風が舞い踊る。それと同時にガシャンガシャンと金属がぶつかり合う音が響き、イヴは再び進路方向に走り出した。その後ろにドミノ倒しのように倒れて行く兵士の姿が見える。
「ダメージは殆どないです。時間稼ぎにしかなりません。」
「それで十分だ!」
淡々と報告するイヴにナナキは満足げに頷く。一方でアシュレイは悲愴感あらわに叫んだ。
「こんなこと出来るなら初めにやって欲しかった!」
今のアシュレイにとっては切実である。
「何度もできることではないのです。うまく活用しなくてはなりません」
イヴはにべもない。正論だけにそれ以上何も言えない。
「兎に角、今のうちに距離を稼ぐぞ!!」
ナナキの声で無意味な問答を打ち切り再び走ることに集中した。
ナナキを先頭に突き進むと、しばらくして石壁の道がだんだん狭くなっていく。そして大人二人が並んで通れるくらいに道幅が狭まったところでやっと開けた空間にたどり着いた。そこは見たことがある空間だった。後ろから追いかけてくる足音は今のところ聞こえない。
「ここが中心?」
ナナキが足を止めると抱えられたライラが呟いた。
「そうだ」
ひと呼吸してそう告げたあとナナキはライラをおろす。
ここに来てナナキは既にライラからすると何でも知っている人間として位置づけられているようで、その言葉に深く疑問を持たない。アシュレイに至っては走り疲れてそれどころではないようで肩で息をしながら地面に伏している。
しかし、どちらにしてもナナキの言葉に対し根拠はないが信頼のようなものがあった。
自分たちでは及びつかない事態に次々と巻き込まれているため、ただ流されてしまうという部分もなくはなかったが、それでもそうさせる雰囲気がナナキ達にあったとも言える。
アシュレイも色々言っているがその素振りは疑っているわけではなくただの軽口であることがわかる。
「ここって、礼拝堂だよね?」
ライラは広い空間の最奥に置かれた巨像を見つめた。それは紛れもなくカルディアーナの神像であった。どんな小さな村にも大抵その神像が聖堂の礼拝堂に置かれているためそれを見たライラはそう推察したようである。
「作りが同じなだけで役割は違うと思う」
「役割って?」
「見かけは多分偽装だ。ここは昼間言った封印術の儀式場だった場所だろうと思う。俺の考えで言わせてもらうと、聖霊のことを忘れさせるというのは聖霊自体に干渉しない限りは無理だ。そして全ての聖霊に干渉するなら聖霊域を利用するのが一番コストが少ない。まぁ、利用出来る時点でそいつはいろんな意味でとんでもないやつだろうけどな」
とんでもないと言いながらもナナキの表情は特に変化せず、世間話を語るような雰囲気である。
ナナキは話しながら辺りを見回した後、鞄からまた小瓶を取り出しその中身を今入ってきた入口の足元にふりかけた。初めてそれを見るアシュレイは首をかしげた。
「・・・それ何?」
「聖水だ。ライラには少し話したが簡単に言うと聖霊にとっては活力源になる代物で魔除けにもなる。もしあいつらがここに来てもとりあえず侵入はできない。」
息を整えながら小瓶に視線を送るアシュレイの言に答えながらナナキは瓶に蓋をする。
「それ、あいつらに効くの?」
「イリアリーゼが一瞬現れた衝撃で倒れるくらいだから効くはずだ」
「そうなんだ。そういえばイリアリーゼって何度か姉ちゃん言ってるけど・・・。確か眷属って言ってたっけ?」
アシュレイが何か思い出すように言葉を紡ぐ。その言葉に応えたのは当人であるイヴだった。
「アシュレイ、あなたは一度耳にしたと思いますが、イリアリーゼは私が誓約を捧げている聖霊です。元初ヴェントゥスの眷属。人で言うと子孫と言えば良いのでしょうか。そのような存在です」
「可愛い名前だね」
呼び名から女の子の姿をイメージしたらしいライラはそんな感想を漏らした。
ナナキはそんな会話に耳を傾けながら鞄からいろいろ取り出してこれからの準備を始めた。
「眷属の聖霊も元の名は同じく“ヴェントゥス”なのですが、そうするといろいろ不自由なので大抵聖霊自身に個別に識別する名が存在します。名づけたのは初めに誓約を捧げたであろう人間なので、その名に統一性はないのですが人に模した名も多いです。イリアリーゼもそれに含まれます」
「イリアリーゼさんもスキアーさんみたいに会えるの?」
ライラが言いたいのは実体化できるのかという質問だったがイヴはそれに首を振った。
「実体化できなくはありませんが、イリアリーゼはそれをしません。それを好まない性格といえばいいのでしょうか」
「じゃあ、お話はできるの?」
「意思の疎通はできます。ですが基本的に必要以上はしません」
「お話がするのが好きじゃないの?」
「話すよりも会話を聞くことを好んでいるようです」
同じ性別にしても性格も思考も何もかもがかけ離れているように見えた二人が、途切れることなくポンポンと会話を交わすのをアシュレイは意外そうに見つめている。
ナナキからしては特に意外でもなかった。性格は大分違えど双方とも非常に素直で怒りの感情とは無縁そうな性格なので、もっと長い時間一緒にいれば自分よ
りよほど会話がはずもそうだとナナキは考える。ナナキは作業を続けた。
「ところで兄ちゃんは何してるの?」
ナナキのやっている作業とはペンで壁に紋様を書いていることだ。傍から見てナナキの行動は何の意味があるのかわからないだろう。
「これは方陣っていうものだ。聖水をとかしたインクを使って聖霊の力を高める空間を作るんだ。ここは聖霊域の中心でヴェントゥス自身に繋がっている。よって中心の力を高めることはヴェントゥスの力を高め、制御ができていない空間の歪みを一時的に解消し、ここにヴェントゥスを呼び寄せてあいつらを排除する」
説明するナナキは書く事の方に気を向けていて手はよどみなく動きどんどんと書き込んでいく。これまでも何度か利用したことがあるのでさして苦もなく作業が進む。
「そんなものまであるんだ」
ここまで来ると多少驚きはあっても、そんなのがあっても不思議ではないのかアシュレイとライラはあっさりとした反応である。この点は幼いことを除いても順応性が高いさが窺えた。
そんな会話をしているうちに四方の壁に一直線にかきこまれた 紋様の端と端は繋がる。
「よし、完成!」
繋がった紋様が淡く輝きだし足元から光の粒子が舞い上がる。そして溢れる光がゆっくりとひとつの集まり形を作り出す。
光が淡くなり現れた姿は紛れもなくヴェントゥスだった。




