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空間侵略、逃走継続

前半流血表現あります。

 外界と寸分変わらぬ聖霊域。広がる景色は見たことがないものであろうと必ず人の住む世界に存在する。逆を言えば世界に存在しさえすれば聖霊域にも必ず存在する。

 物も人も寸分狂いなく映し出す世界。

 それがこの聖霊域の一つの理。


 その理は歪みを表し、本来あるべき姿を失いだした。それはその聖霊域の主である者にとってその身に異変が起きているのと同義であった。

 ヴェントゥスはその異変を誰よりも早く察知し、排除を試みた。

 そしてそれは成功した。

 いや、成功したように思われた。

 元凶である存在はナナキの手を借りて聖霊域に返ってきた時には既になく、元凶が消えれば歪んだ空間は元に戻るはずだった。


 歪みの元凶とは何か?


 聖霊にとって相反するものであり、聖霊域に映し出されることのない存在がある。

 その存在は今理を無視して聖霊域を蹂躙していた。

 禍々しい黒い鎧で全身を纏う兵士が一人、聖堂の最下層に位置する小さな部屋に足を踏み入れた。


 部屋の中にあるのは石造りの床に無理やり差し込んだような古ぼけた杖。

 その素材は何で出来ているのかわ分からないが特別なものとは思えない。

 黒の兵士はその手を迷いなくその杖に伸ばした。

 その手が杖に届こうという時、鋭い音が響いた。

 その音の先には黒の兵士の手はなかった。

 あったのは手首から下を鋭い刃物で切り取られたような赤黒い腕。

 そして床には血だまりにとそこに動かなくなった黒いがあった。


「・・・」


 黒の兵士は削り取られた腕に顔を向けた。鎧の下に隠れた表情はわからない。だが悲鳴どころか小さなうめき声も上げず、ただ腕のなくなった事実を確認するだけである。兵士は再び頭を杖に向けた。

 その時、静かな怒気を放つ声が狭い部屋に響いた。


『ここはお前のような存在がいていい場所じゃないのよ』


 その言葉と同時に黒の兵士は一瞬のうちに後方へと弾き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられた。

 叩きつけられた壁はひび割れて黒の兵士は壁を突き抜けて、向こう側まで吹き飛ばされあたりに轟音が響いた。

 瓦礫になるはずだったものは粒子となって再び壁をつくりその向こう側には黒の兵士は倒れていた。

 その黒の兵士を吹き飛ばした本人である聖霊域の主ヴェントゥスは不快をあらわにそれを見下ろした。


『手応えがないわね。さっきのやつじゃないみたいだけど。どちらにしてもここに居ることを許しておける存在じゃないのは確かね』


 ヴェントゥスはそう言って手をかざした。その存在を消滅させるために。

 しかしそれは叶わなかった。

 手をかざすまでの僅かな時間、黒の兵士はそれを実行した。


『!!』


 ヴェントゥスの動きがビクリと止まり、振り上げられた手はそのまま虚しく力を失った。

 その胸は切り離された黒く禍々しい手によって貫かれていた。

 それは音もなくヴェントゥスを黒く侵食していく。

 黒の兵士は変わらず無言のままその光景を見守っていた。

 まるでなんの感情も落たない人形のように。

 侵食されたヴェントゥスはあっという間に粒子となって消えた。

 

「・・・」


 目の前に何もなくなった。

 そして黒の兵士はしばし中を見つめた後その空間をあとにする。








 



 その出来事は空間に大きな影響を及ぼした。

 はじめに気がついたのはヴェントゥスに一番近い力を持つスキアーだった。


『・・・これは、いささかまずいの』


 スキアーは顔をしかめそう呟いた瞬間、衝撃が走った。


「!!?」


 先程ヴェントゥスに運ばれたような感覚に似た浮遊感のあとにズンッ!と体に何かが重くのしかかるような感覚が走る。

 痛みではなく強い違和感があり、ナナキは嫌な予感がした。

 

「これは・・・」


 次の瞬間空間が裂ける。

 空間が歪み叫び声が響く。


「きゃあ!?」


「!?うおっと!」


 ナナキは声と共に反射的に腕を差し出し受け止めた。思いのほか軽い衝撃に逆にバランスを崩してたたらを踏んだ。そして目に入ったのは水色の髪。

 叫び声と共に上から落ちてきたのはライラだった。

 衝撃に備えたのかきつくつぶった目をそろりと開けて数回瞬きしたとナナキと目が合った瞬間ほっと息を吐いて肩の力を抜いた。


「ライラ。大丈夫か?」


 安心したもののまだ驚き冷めやらぬといった顔で声なく頷いた。ナナキがライラをそっと下ろすとライラは辺りを見回した。


「何が起きたの?急に足元がぐにゃっとなって・・・そうだ!スキアーさんは!」


 ライラは混乱してそう呟いたあとハッとして辺りを見回した。


『わらわはここじゃ』


 そう言って静かに舞い降りたスキアーは先程と少し違っていた。


「!スキアーさん!?」


 ライラが驚いてスキアーの方を見た。スキアーの姿は変わっていないだがその身は時折ろうそくの火のように揺れていた。ナナキもそれを見て眉をひそめた。


『案ずるな。ヴェントゥスの空間が歪んだ影響を受けただけじゃ。わらわの身には問題ない。だが連れをここに呼ぶなら今のうちじゃ。これ以上空間が歪むと呼び寄せるのが困難というもの』


 笑を消してスキアーはそう告げる。ナナキはいろいろと聞きたいこともあったがイヴたちの安全を優先し頷いた。


「えっと、呼び寄せるってどういうこと?」


『心配することはない。そなたはすでにその力を授けてある。思い描くのじゃ。その者たちの姿を。さすればそなたの影が望みに答える。やっていると良い』


 そんなライラの頭を優しく撫で、スキアーは囁いた。ライラはスキアーの目を見つめたあと、ちらりとナナキを見た。そんなライラの様子にナナキも頭を撫ぜた。


「大丈夫だ。スキアーを信じろ」


 短くそれだけ告げたナナキにライラは少し間を置いたあと深く頷いた。そしてスキアーにまっすぐ目を向けたライラに満足げに微笑んだ。


『ではライラ。目を閉じて頭の中にその顔を思い描いてみよ』


 ライラはその言葉で目を閉じる。思い浮かべるのは二人。いつも隣にいた大切な兄と昨日あったばかりの自分と力を持つ同じ女性。ナナキもスキアーもライラを静かに見守った。

 そして、ライラが再び目を開いたときそれは起こった。


「・・・見つけた」


 ライラが無意識にこぼした言葉を合図にライラの影が湧水のように動き、それが更に激しくなり音もない衝撃とともに影が上空に大きな穴を作った。

 そしてその穴からよく知った声を聞いた。

 

「ぎゃあああああ!!?」


「!!」


 声と共に現れたのは二つの影。片方は絶叫を上げた後べしゃっと地面に倒れこみ、もう片方は若干驚きつつも軽やかに着地した。それが誰であるかは明白であった。


「ぐぅ・・・あだだだ。うおっ!?」


 勢いよく地面に打ち付けた顔を抑えながらうめき声を上げるアシュレイにライラが勢いよく飛びついた。


「よかった!お兄ちゃんだ!」


「えっ!ライラ!なんでライラがここに?」


 喜びをあらわにしたライラに抱きつかれたアシュレイが相次ぐ驚きに目を白黒させている。その一方でナナキとイヴは感動の再会とは程遠い落ち着いた会話を交わしていた。


「無事だったな。イヴ」


「ええ。どうにか。この力はライラが?」


「そうだ。実はライラの聖霊は元初スキアーでね。影を使ってお前たちを引き寄せたんだ」


「それはまた・・・大物ですね。どこにおられるのですか?」


 少し目を見張り周りに視線を送るがその姿は見えない。すると姿無き声が警告してきた。


『ここにおる。わらわは今実体化できない。歪みがさらにひどくなったようじゃ。それよりここから離れよ』


 その言葉でいち早く自体を察知したのはイヴだった。イヴの鋭い視線の先には先程のイヴとアシュレイを追っていた兵士の軍団。


「異形の者です。こちらを殺す気です」


「えっ!まだ来んの!?」


「えっ誰!?」


「これはまた団体さんだな・・・」


 各自それぞれの反応を見せたあと、とる行動はひとつ。


「とりあえず走れ!!」


 ナナキの言葉でその場から駆け出した。

 そして兵士もそのあとを追っていく。不毛な追いかけっこが再び始まった。


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