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流れる会話と取り残されたアシュレイ

 聖堂の中に入り辺りを見回すと街の活気が嘘のように静まり返り、そこには人影すら見当たらない。もとよりわいわいと騒ぐ場所でもないが、いつも最低でも一人はいるはずの見張りの騎士すらいなかった。


 違和感のある礼拝堂を少しずつ進みながら、その正体を探ろうと目を凝らしているとイヴは足を止めて祭壇のほうを見つめていた。アシュレイも釣られてその先を見ると祭壇の上に白い何かの塊が乗っているのが見えた。


「あれは・・・」


 珍しく驚いたといった顔でイヴはそう呟き祭壇へと駆け上った。アシュレイも慌ててそれについていくと目の前に白い塊が現れた。


「・・・この人誰?」


「元初ヴェントゥスです。寝ているようですね」


「・・・・・・・・聖霊?この人が?」


 アシュレイはたっぷりとした沈黙のあと矛盾した言葉を漏らした。確かに人間離れした容姿であったが問題はそこではない。祭壇の上に寝る男は猫のように丸まって気持ちが良さそうな寝息を漏らし、さらにはヨダレを垂らしながらなにやら寝言を呟いている。アシュレイがなんとなく神がかったイメージを持っていた聖霊像が脆くも崩れ去った。


「本当に?」


「本当です」


 アシュレイが再度確認するも答えは覆らなかった。いいのか悪いのか先程まで緊張感のあった空気はすでになくなっていた。イヴはつかの間の沈黙のあと訝しげにヴェンとぅすの顔を凝視する。


「おかしいですね。異物が侵入したのに領域の主がこのように全くの警戒心を抱かずにいるとは・・・」


「異物って俺たち?」


 イヴの言いように言葉を挟むアシュレイを無視して思考を続けた。


「とりあえず起こしたほうがよさそうですね」


「えっ、ちょっと何する気」


 決断したイヴは手を振り上げたかと思うとそれを思い切り振り下ろした。振り下ろした手は目の前で寝ているヴェントゥスのお腹に音も無く深くめり込んでおり、アシュレイはそんな光景を目の当たりにし顔を青ざめてイヴから一歩遠ざかった。しかし相当強い力でお腹を打たれたはずのヴェントゥスは飛び起きるでもなく少しだけ身じろいだだけだった。


『んんー?』


 寝ぼけたように声を漏らしたかと思うと、次の瞬間に閉じられた目が開き橙色の瞳が覗いた。そして視線をさまよわせたあともぞもぞと起き上がりイヴの方向を見て首をかしげた。


『あら?あんた誰だったかしら?』


「眷属イリアリーゼに誓約を捧げた者です。イーヴァと申します」


「イリアリーゼかぁ。あの子ずっと誓約受け続けてるのねぇ。イーヴァはもしかしてあの里の子かしら?」


 寝ぼけた声で問いかけるヴェントゥスにイヴは淡々と答える。ここで本来ならアシュレイが知り合いじゃなかったの!とかイリアリーゼって誰?とか言いそうなところだったが別のところに驚いていた。


「・・・オカマ?」


 アシュレイは無意識に失礼なことを呟いた。その言葉にヴェントゥスとイヴはアシュレイに視線を向けたあと顔を見合わせた。


『イーヴァ、“おかま”ってなにかしら?』


「“おかま”とは調理器具のひとつです」


「で、調理器具がどうしたの?」


「さぁ、私にもそれはわかりません」


 不思議そうに首をかしげるヴェントゥスとそれに言葉を返すイヴは同時にアシュレイに振り返った。アシュレイからするとどこから話すべきかと一瞬迷ったが、わざわざ失礼な発言を説明するのもどうかと思ったので「なんでもないです」と首をふった。その様子に特に気にする様子もなくヴェントゥスが話しかけた。


『イリアリーゼの気配しかしないわね。あんたは聖霊術師じゃないのかしら?』


「ええっと、違うよ」


 唐突に話しかけられてアシュレイは言葉を詰まらせながら返答した。


「この子はアシュレイ。察しの通り術師ではありません。私とともに迷い込みました。ここは人が脚を踏み入れる場所ではないのは分かっていますが、私たちには出る術がありません。誓約を捧げることはできませんがここから立ち去る手段をお教え願えないでしょうか?」


『ふーん。さっきからちょっと変な感じがしてるのはそのせいかしら?でもなんか気配が違うのよねー?何かしら?』


「私たちがここに迷い込む前に既に空間に歪みがあったようにお見受けします」


『ここ最近たまにあるによね。同族じゃないし。あ、そう。人がここに来るなんて滅多のないしサービスで私の加護をつけてあげよう!』


「ありがとうございます」


 噛み合っているのかそうでないのかよくわからない会話を繰り広げた後ヴェントゥスが笑顔で手を前方にかざした。


 すると昨日の夜、大洞窟で見たような光が眼前に現れてイヴとアシュレイの体を包み込み、すっと体に染み込むように消えていった。アシュレイは初めて体感した感覚に驚きながら昨日のライラのように自分の体を見回した。


「アシュレイ。とりあえずこれで私たちの体が消滅する心配はなくなりましたよ」 


「えっ、本当!?」


「この聖霊域の主たるヴェントゥス様の加護を受けるということは、この領域内での安全を保証されると同義ですのでとりあえず安心してもいいと思います」


 ここに来てやっと安心できる情報を耳にしてアシュレイは大きく息を吐いた。“とりあえず”というイヴの物言いが若干気になるところだが今は普通に喜んでおくことにした。


『別に出て行くのはいいんだけどね、どうも調子が悪いから今出てくと変なとこに出ちゃうかもよ?』


「それは問題ですね」


「それ以前にでられる方法ってわかってるの?」


 普通に話を進める二人に(?)もっともな疑問をアシュレイがすると何とも言えないお知らせが返ってきた。


「ここでのことは全て元初ヴェントゥスの意思次第です」


『そうよー。全部私が決めるのよ。まぁ焦らないでちょうだいな。そのうち出られるようになるんじゃないかしら?』


 気持ちのいい笑顔をたたえるヴェントゥスの言葉はなんとも曖昧で頼りない。ヴェントゥスは“私が決める”と言っているくせに“そのうち出られるようになるとは随分と他力本願な発言である。


「では空間が安定するまでここで待たせていただきます」


『いいわよー。ゆっくりしていきなさいな』


 ヴェントゥスの適当な発言に揺らぐことなくイヴは会話を続けた。アシュレイは一人ではないが精神的に孤立しているような気分を味わいながらも何も言わずにおとなしくでられる時を待つことにした。


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