進んだ先はそこであってそこでない場所
たどり着いた先には記憶通り町が存在し、活気溢れた変わらぬ朝の風景が目の前にある。今日も祭りのため皆せわしなく準備をしている最中だった。
「…姉ちゃん、みんな普通にしているけど?」
アシュレイは変わらぬ街並みに、ここは聖霊域ではないのではという思いも込めてイヴの方を見ると緩やかに首を振って否定した。
「聖霊域というものはここであってここでない場所。見えるものは私たちが普段見ているものと変わりません。ただ違うのは異なる空間に存在するので触れることもできなければ言葉も届きません。試してみればわかりますよ」
「えっ?」
そう言われてアシュレイは一番近くで掃除をしている老人を凝視した。どう見ても普通だが試さないことには何とも言えない。
「えっと、すみませーん」
アシュレイが若干控えも声をかけるが相手はまるで反応しない。それから少しためらったあと老人の肩にそっと手を伸ばし、もうすぐ触れると思った瞬間その手はするりと老人の体を通り抜けた。
「うえっ」
その様子はまるで自分の手が老人に突き刺さったかのように見え、なんとも気持ち悪かった。
「ここは聖霊域で確定です。このような空間は聖霊域くらいしかないでしょう。それにこの町に入ってから強力な力の気配を感じます。その気配の中心は聖堂のようなのでまずそこに向かってみましょう」
脇目もふらずすたすたと突き進むイヴの後ろを慌ててついて行きながらアシュレイは通りゆく町の人々に視線を送る。中に見知った人がいても誰も彼もアシュレイの存在に気がつかないまま通り過ぎていく。
「・・・なんか居心地悪いな」
アシュレイは視線をそらし、ぽそりとそうつぶやき歩くスピードを早めることにした。
変わらない風景が、初めて訪れた土地よりもさみしいものに思えて仕方がなかった。
まっすぐ進んだその先には町並みと同じく聖堂の姿が見えてきた時計塔の時計の針は丁度七時を示していた。そこでアシュレイが眉根を寄せた。
「あれ?今七時?」
アシュレイが何を思って首をひねったのか。理由は簡単。大空洞で起きた時のナナキの持っていた懐中時計は既に七時を示していた。よって今七時であるはずがないと思ったのである。
「いや、兄ちゃんの時計がずれてたのか」
普通時計塔の時間がずれることはまずないかと思い直しアシュレイがそう呟くとイヴはそれをはっきりと否定した。
「それはありえません。ナナキ様が持っていらっしゃる懐中時計は時の聖霊の力を借りて作り出した呪具です。普通の時計とは根本から作りが違うので、作った術師の誓約した聖霊以上の力をもってすれば時壊れることはありますが、そのような気配は感じませんでした」
「時の聖霊なんてのもいるんだ。時計塔の時間がずれてるのはやっぱり故障かな?でも聖堂の時計ってずれることありえるの?」
アシュレイがなぜそのことに固執するのかは聖堂というものはそういうものという認識が強いからである。どういうものかというとそれは聖堂が不変にして不可侵な領域であるということである。
聖堂の建物というのは老朽化することもなければ雨風にさらされても汚れることもなく、さらに聖堂内で争いが起きることはないがゆえ、何事からも守られた完全な場所であるという共通の認識が人々の中にある。さらに言えば建物自体なんの掃除も調整も必要としないものであり、その一部である時計塔が壊れるという事態は前代未聞の一大事なのである。
「ずれるはずのない時計塔の時刻がずれている。これが私たちの本来いるべき世界でずれているのだとしたら多分町の住人は祭どころではないでしょう。あれだけ普通に過ごしているのですから多分この時刻のずれはこの空間のみだと考えるのが妥当かと」
淡々と推察するイヴにアシュレイは再び疑問を問いかける。
「でもさっき見えているものは変わらないって言ってたじゃん」
「ええ。そうです。本来は寸分狂わず同じはずですが、先程言った通りこの空間は本来の聖霊域に比べて不安定です。状況から見て別の何かの干渉によって空間に若干の歪みが生じている可能性が高いでしょう。アシュレイ。これから何か起こるかもしれないし起こらないかもしれません。けれど、どちらにしても決して私から離れないようにしてください。いいですか」
イヴの言葉は常に冷静で静かな声で話すがこの時はどちらかというと先ほどここに迷い込んだ時のような厳しい声音でそう告げてきたので、必然的にアシュレイの表情もそれに反応して神妙な面持ちになる。アシュレイが真剣な顔で首を縦に降るとイヴも同じように頷き返した。
そして美しい聖堂の扉に手をかけゆっくりと開き、二人は聖堂の中へと姿を消した。




