変わらぬ風景、目指すはどこ?
「アシュレイ、目を開けても大丈夫ですよ」
イヴがアシュレイ上からのいた後、そっと目を開くと目の前は何も変わった様子はなかった。さっきの感覚はなんだったのかと瞬きを繰り返しているとイブは遠くを睨むように見つめていた。
「えっと、何が起きたの?」
アシュレイが当惑した様子で問いかけるとイヴは視線をそらさぬまま話ゆっくりとはじめた。
「先程の衝撃は聖霊の力の塊のようなものです。聖霊の加護がないとその衝撃に体が耐えられず消滅します」
「しょ、消滅!?」
「有り体に言うと死にます。けれどもしそうなっても痛みも感じないうちに体を失うのでそう恐ろしいものでもないかと思います」
「いや十分恐ろしいから!!」
衝撃の発言に顔を青くしながらそう叫ぶアシュレイにイヴは相変わらずの無表情だった。今イヴが言った話はどう考えても同意できない。死ぬとき痛くなくても死ぬのは嫌だ。先程話していて無表情の下にそれなりに人らしい部分を見つけることができて少し安心していたが、やはりイヴという人間の精神構造はどうなっているのか理解できなかった。
「そうですか。結果的に生きているので特に問題はないでしょう。この気配は私と同じヴェントゥス属の聖霊ですね」
マイペースなイヴはアシュレイの言葉は特に気にせず唐突に話を変えた。
「ヴェン・・・トゥス属って何?」
昨日からこういった質問ばかりしているなと思いつつアシュレイが尋ねる。知らない単語ばかりなのだからし方がなかった。
「ヴェントゥスというのは風の聖霊の総称です。聖霊には多様な種属が存在し、元初聖霊という種属の始祖から生まれた聖霊を眷属聖霊といいます。種属の元初は唯一無二に対し眷属は無限。私が誓約を捧げているのはその眷属で今の衝撃と今いる空間には同属の気配で満ちています。ここは聖霊域に似ているのですがそれにしてはどうにも不安定なようで」
「ちょ、ちょっとまって!」
どんどんと先に進む話にアシュレイはたまらず待ったをかけた。出てきた単語のほとんどが耳慣れない言葉ですぐには理解できなかった。
アシュレイはもう一度聞き返そうとしたが、淡々とした様子のイヴを見ているとまた同じ説明が返ってきそうなので、それはやめてゆっくりと聞いた言葉を頭の中で整理し始めた。 イヴはアシュレイの言葉通り話を中断しじっとしてその様子を見守っていた。
「えーと?つまり元初聖霊が親で眷属が子どもみたいなもんか。で、ここにヴェントゥスって言う風の聖霊がいっぱいいて姉ちゃんもおんなじ聖霊と一緒にいるっていうことで・・・」
ブツブツつぶやきながらイヴの言葉を飲み込んでいく。田舎の子であるアシュレイは、一見子どもっぽいが理解力はそれなりに高かった。
「姉ちゃん、聖霊域って何?」
言葉をおおよそ理解してなんとなくイメージを浮かべるに至ったが、最後に出てきた単語は分からなかったので再び訪ねた。
「聖霊域とは聖霊達の故郷でありそれを統べる存在が元初です。本来私たちと同じ場所に存在しながらも人が踏み込むことのない異空間。聖霊にとって最も神聖な場所です。ここの気配はそれに似ていますが違和感があります」
真剣にそう告げるイヴの言葉にアシュレイは当たりを見回す。聖霊術師ではないアシュレイは聖霊が多いかなど分からないのでどう見ても先ほどの同じ風景にしか見えなかった。見えにことは仕方ないがアシュレイはそれよりも気になることがあった。
「もし、ここが聖霊域っていうところだとして何かなにか問題があるの?」
アシュレイはなんとなく嫌な予感がして恐る恐るイヴに問いかけると珍しく間を置いたあと逆に問いかけてきた。
「知りたいですか?」
「い、一応・・・」
もったいぶった言い方に確実に何かあるということが分かってしまったアシュレイだが聞かないでおくのも不安である。
「聖霊域を構成しているのは全て聖霊の力によるものです。それは先程言ったとおり加護のない人間にとっては生きていけない場所で、今は故意に聖霊の力を私とあなたの体に纏わせていますがそう長くは持ちません。私の力が及ばなくなったところで終わりです」
イヴがそう告げると一瞬の静寂が訪れそしてアシュレイが吠えた。
「それ、絶体絶命じゃん!!なんでそんな冷静なの!?」
「ですが今できる対処法は他にありません。慌てても仕方がありません」
イヴは結果的に生きているからいいというがそれはタイムリミットがつていた。聞いたからといって自分にはいい方法など思い浮かばないが、かといって生命の危機に慌てるのは人として当然のことである。
「とりあえずここが聖霊域であるなら元初ヴェントゥスがいる場所を目指したほうがいいでしょう。多分聖霊域の中核に鎮座しているはずです。そうすればここから脱出できるかもしれません」
「“かも”なんだ・・・。もし聖霊域じゃなかったら?」
「聖霊域でない場合はどうなるかはわかりません」
嘘を言わないというのは長所と言えるが、こんな場面では嘘までいかなくてももう少し安心できる情報が欲しいと心の底から思うアシュレイであった。ただ救いなのはここに居るのがライラでなく自分だったことである。この状況もそうだがライラとイヴでは会話は成立しなさそうである。ただの世間話みたいな内容ならまだしも小難しい話は無理だろう。イヴと二人で旅をするナナキはすごいなと思った。
「ほんとになんでそんなにも冷静なの?」
くどいと思われようとアシュレイは言わずにはいられなかった。
「ナナキ様と旅をはじめてからはこのように命の危機に瀕することが何度かありましたので。慣れというものでしょうか」
イヴがそんなことを言う。こんなことが何度かあったというのは衝撃の事実だが、そんなことは何度体験したとしても普通慣れるものではないのではとアシュレイは思う。
「兄ちゃんがイカれた冒険者って呼ばれてるのってこういうとこなの?」
「否定はしません。行くところ行くところで事の大小はありますが何かしら起きるのは確かです」
アシュレイの方ががっくりと下がる。
「ついて行くって言うの早まったのかな?」
「ナナキ様の場合訪れたことによって何か起きるというより、何か起きるところに引き寄せられる部分が強いと思うので多分遅かれ早からこうなっていたのではないかと思います」
その言葉がナナキへのフォローなのか正直な意見なのかといえば、イヴの性格上答えは後者と言えるだろう。アシュレイはより一層肩を下げため息を履いた。
「わかった。じゃあ、姉ちゃんが言う聖霊域の中核に行けばいいんだよね?」
「とりあえずはそれが唯一できることでしょう。一番力が強いところなので私が気配を探りながら行けばたどり着けるはずです」
「わかった。この際やるだけやるっかないよな!よしっ!行こう!」
若干自棄糞気味ではあったが気合を入れてアシュレイは歩き出した。
アシュレイは自分が普通だと思っているがこの状況において気持ちを切り替えて前を進むのはなかなかできないことである。アシュレイも新たな情報をもとにどうすべきか判断できるくらいには冷静なのであった。




