逃走理由の事の始まり
ライラが元初スキアーとの誓約に臨もうという頃。同じ聖霊域の中心部で悲鳴がこだましていた。
「何あれ!何あれ!何アレ!!?」
アシュレイは果てしなく広い迷路のような空間の中を、ひたすら全力でかけながら頭の中はパニックに陥いらせていた。アシュレイの中では人生で1番必死に走っているんじゃないかと思うくらい限界を超えるスピードを出していた。
「あまり叫ぶと体力を消耗しますよ」
必死に走るアシュレイのとなりでイヴが相変わらずの無表情で冷静に言葉を投げかけた。
「なんでそんな冷静に!?っていうか!姉ちゃん何で息きれないの!!?」
汗を流し、ゼーハー息を切らせて必死に走るアシュレイと対照的にイヴは息を乱さず涼しい顔で走っている。身長的にアシュレイの方が身長が低いのでコンパスも短いが、それを差し引いても二人の疲れ具合に差がありすぎた。
「私の里ではこれが普通です。独特の呼吸法があります」
「おっ俺にもできる!?今すぐ!!」
「無理です」
イヴは迷いもなく即答する。普通の状況だったらぜひ習得したいので時間があったらできるのかと聞きたいところだが今はそんなことを聞く余裕など全くもってない。アシュレイは半ばやけくそ気味に叫びながら走り続けた。
「アー!!?ホントどうなってるの!?アレやばいよ!!俺たち殺す気なの!!?」
足を止めることなく目を細めて視線を若干後ろに流しながらイヴは気配を探る。
「類を見ない殺気を放っているので十中八苦そうかと。とにかく今は走るしかありません」
短調にそんなことを言われてアシュレイの顔から血の気が引き、この窮地にこの落ち着き様はなんなのかとイヴの考えてることがわからなくなった。今はとにかく走る以外に何もできることはなかった。
二人は何故ここにいて一体何から逃げているのか。事の起こりはナナキたちと離れて町に向かった二時間ほど前に遡る。
ナナキたちと別れたあと、イヴとアシュレイが街に向かって歩いている最中にイヴが突然立ち止まり、若干訝しげに辺りを見回し始めた。そんな様子にアシュレイは何かあったのだろうかとイヴを見た。
「ねえちゃん、どうしうた」
アシュレイが最後まで言い切る前にイヴが手でその言葉を制した遠くに視線を送った。その様子を不審に思いつつ、アシュレイは口を閉ざしイヴの視線の先に目をやった。
イヴが神経を研ぎ澄ませるように気配を探っていると次の瞬間、イヴが少しだけ驚いた様子でポツリとつぶやいた。
「まさかこの気配は」
イヴのその言葉に反応するかのように突如リンゴーンリンゴーンという大きな鐘の音が聞こえた。あたり一面に鳴り響いておりどうやら町から聞こえているようである。
「あれ?これって町の時計塔の鐘の音じゃ・・・でもこんな時間に?」
アシュレイは眉をひそめた。どこの聖堂も時計塔の鐘を鳴らす時間は基本真昼の12時のみである。間違いでもこのような朝方から鐘が鳴るはずがないのである。どうしたものだろうかと思ってアシュレイが一歩足を踏み出すと、何かに足を取られたように体のバランスを崩した。
「うえっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げたアシュレイの足元は普通の地面ではなく、グニャグニャと生き物のように歪んだかと思うとそこからその歪みが大きく広がっていった。歪みに飲み込まれるというときアシュレイは頭に衝撃を感じた。
「うわっ!何!?」
驚いて頭に手をやるとそこは濡れていて雫が髪から流れ伝ってきた。何が起きているのか何をかけられたのか分からず、二重に瞠目していると体が浮き上がるような違和感を覚え、イヴは強く声を張り上げた。
「アシュレイ!目を瞑って体を丸めなさい!」
その言葉を聞いたアシュレイは反射的に目を閉じて頭を伏せると、軽く感じた体が急にズン!と重くなる。これから行き着く先を知っているイヴは目を閉じたアシュレイの手を取り守るように抱えた頭の上から覆いかぶさった。
見えない聖霊に囲まれながら二人の意識は静かに溶けていった。




