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少女の誓約とライラの誓約

 ナナキが話を語り終えたあと、ナナキがライラに誓約について教えて始めた。


「まず大前提として聖霊は誓約を捧げない限り人に力を貸し与えることはない。元初聖霊アルポスは少女の“私の全て”という誓約を受け取って力を貸すことにした」


「でもアルポスさんは何を貰ったの?」


「俺たちからすればこの話に出てくるアルポスはただ親切にしてくれたみたいに思える。でもアルポスは聖霊だから人間と同じものを欲しがるとは限らない。アルポスが貰ったものは少女の強い”意思”だ」


「意思?」


「そう。やる気のようなもんだ」


「やる気?」


 ライラは良くわからないといった様子でナナキの言葉をオウム返しにする。人にものを教えるということは得てして難しいものである。相手が幼いのならなおさらだ。ライラのような10歳に満たない少女からすれば抽象的すぎて難しい話であった。アルポスの行動は普通に考えればただの親切だというのが一番しっくりくるが、そこで完結してしまうと話が進まない。ナナキは少し考えてから再び口を開いた。


「おやつで例えよう。誓約は聖霊にとっておやつみたいなもんだ。だから誓約するっていうことは聖霊におやつをあげますよってことになる。おやつはなくても困らないけれどあると嬉しいよな?だから誓約という名のおやつが欲しいとき、聖霊は人間に力を貸してくれる」


 ライラに分かりやすいように例えたら聖霊が一気に俗っぽいものになってしまったが、すでにヴェントゥスと対面してしまったので今更訂正する気も起きない。


「誓約って美味しいの?」


「ああ、聖霊にとってはな」


「聖霊さんは誓約が大好きなんだね」


「そうだ。大好きだ」


 たとえが食べ物だったのでニュアンスが違うがこの際気にしないことにする。


「でも、一口に誓約といっても全てが同じじゃない。おやつのようにいろいろな種類があるように誓約もそれぞれ味が違う。聖霊によっての味の好みも違うから好きなおやつをくれる人にたくさん力を貸してくれる」


「女の子はアルポスさんが欲しいおやつをあげたの?」


「そうだ。アルポスにとって少女の“私の全て”といった時の思いがおいしいおやつだった。ライラにとってはクリームケーキだな」


「そのおやつがあんまり好きなものじゃなかったら聖霊さんは力を貸してくれなかったの?」


「いや、そうでもない。好みはあるが貰えるものは貰うやつらだ。ただ単純に貸す力が少なくなるだけだ。大抵貰えさえすれば文句は言わないよ。」


 聖霊がただの食いしん坊扱いである。本来もっと複雑な話だがようやくライラが話に乗ってきたのでナナキはそのまま話を進めることにした。多分ここにイヴがいたら訂正されるだろうがいないので構わない。


「スキアーさんお腹すいてるの?お腹すいたから黒いの出して知らせてるのかな?」


 ライラは周りに広がるモヤを見つめる。


「それは本人に聞かないとわからないな。でも元初レベルなら意思疎通が当然可能なはずだから普通は自分から催促してくるはずだ。それをしないっていうことは何か理由があるはずだ」


「理由って?」


「理由その1、調子が悪い。、理由その2、ただやりたかったから。理由その3、その他のっぴきならない問題発生。可能性があるのはそれくらいだ」


「のっぴき?」


 ナナキによって身も蓋もない理由が列挙されてライラが反応に困っていた。中には子どもの嫌がらせ以外には思えないものが含まれている。


「別にふざけているわけじゃないぞ。実際そういう性質の聖霊が多いんだ。特に人間と意思疎通ができる奴は気まぐれで人間の真似をするのが好きだ。ヴェントゥスを思い出せ。あれは行き過ぎた例だがあいつを見ればありえると思うだろう」


 さっき全てヴェントゥスみたいだと思わないほうがいいといった口でそんなことを言う。


「えっと。そうだね」


 ライラはヴェントゥスとナナキの会話を思い出してあっさり納得した。話した聖霊がヴェントゥスだけなのだから仕方がない。ナナキにとってその行動や発言の多くは悪気がないが迷惑であり腹立たしいものである。


「あれ?そういえばヴェントゥスさんは?」


 ふと気づいて辺りを見回すが目の前の薄闇に阻まれて見えないし声もしない。


「まぁここはあいつの聖霊域だからな。多分話に飽きたんだろう。気にしなくても大丈夫だ。そのうちひょっこり現れるさ。今はそれよりもスキアーのことを考えたほうがいい」


「うん。わかった」


 ライラは素直に頷いた。話を聞いているうちに自分の中のスキアーというのがどう言う聖霊なのか気になりだした。ずっと気になっていたがそれはモヤが出て困るという点で今は別の意味で興味がわいている。話せるなら話してみたいという気持ちが湧いてきたのである。


「話の続きだけど原因を完全に取り除くまではいかないかもしれないが、ある方法を使えば会話くらいはできるようになるかもしれない」


「えっ!話せるの?」


 思わぬナナキの言葉にライラが喜色を示す。


「ああちょっと待ってくれ」


 そう言いながらナナキはカバンをあさり何かを取り出した。その様子を見てライラは不思議そうに言う。


「ナナキお兄ちゃん?」


「ライラもさっき見たものだよ」


 ナナキがライラの目の前に差し出したのは見覚えのある小さな小瓶。


「これってヴェントゥスさんにかけてあげたものだよね?」


「そうだよ。聖水といって聖霊と同じ要素で構成されている。簡単に言うとこれをかけると大抵の聖霊は元気になるし機嫌も良くなる。今スキアーはライラの中にいるからこれを飲めばスキアーと話せると思う。でもこれを飲む前にライラは自分にあった誓約を考えておかないといけない」


「どうして?」


 ナナキは先ほどより真剣な顔でライラに告げる。


「脅かす気はないがこれは大事なことだからよく聞いてくれ。さっき言った通り聖霊は基本的に気まぐれだ。誓約のタイミングをうやむやにしたりするとこれから一生スキアーの力を制御できなくなる可能性もなくはない。つまりこのモヤは消えないかもしれないっていうことだ」


「えっと・・・それはやだな」


 ライラは今までで一番困った様子である。当然の反応である。


「だろうな。咄嗟に考えるのは難しいだろうから誓約内容が決まってからスキアーと話すのがいい」


「でもどんなものがいいのかな?」


 誓約が大事なのはわかったがその内容をどうしたらいいのかはライラには全くわからなかった。


「結局判断するのはスキアーだからどれがいいとは一概に言えないな。でも考える上で注意しておかないといけないことがある。誓約を捧げたあとにそれを破った場合だが何が起こるかはわからない。だからさほど力を求めていないなら必ず守れる誓約にした方がいいんだ。でもあまりにどうで良すぎる内容の場合、困ったことになるかもしれないから気を付けたほうがいい。誓約がおやつとして貰えるものは貰うといったけれど、もし出されたおやつが真っ黒焦げだったり腐ってたりしたらさすがに嫌だろう?」


 黒焦げたりや腐っているおやつは頼まれても欲しくないだろう。ライラは同意するように深く頷いた。


「えっと、うん。でもじゃあ何がいいのかな?」


 聞いておかないといけない話だったがライラは余計にどうしていいかわからなくなった。


「難しいよな。とりあえず少女とアルポスの話で考えるとしよう。アルポスが”あなたの願いと釣り合う価値のあるものはなんですか?”と聞いて少女が”私の全て”と答えている。この時の対話はあまり具体的じゃないけれど聖霊というのは誓約の言葉を聞けば、相手がどんな思いでその言葉を発したのかがわかる。さっき言ったおやつの話でいうと心を込めた約束ほど聖霊にとっていいおやつになる。だから誓約を決めるなら少なくともライラが心がこもっていないといけない。ライラは何がしたい?そしてそのためにどんな約束をする?」


 ライラが何がしたいかはライラしかわからない。ナナキができるのはライラが誓約を決めるために考えなければならないことを伝えることだけだ。


「・・・」


 ナナキの言葉にライラは少しうつむいて考える。あまり見えないが願い事を考えているにしては表情が暗いように見えた。


「どうした?」


「ううん。なんでもない」


 ライラに首を振って思いつかないといった。ナナキは思うところがあったがライラは話したくなさそうだったのであえて聞くことはしなかった。


「まぁ守り続けられることが重要だから特に願いがないとき最終手段として“生きる”と誓約する場合もあるけど」


「どういうこと?」


 ライラは意味が分からず首をかしげる。


「今の世の中”生きる”っていうことをわざわざ約束することもあまりないかもしれないが、決してくだらない約束じゃないだろう?さらに“生きる”という誓約を破った時点ですでにこの世にいないということになる。誓約者が死ねば誓約はそこで打ち切られる。“生きる”という誓約をすればリスクが0なんだ」


 ナナキはかつてその誓約を捧げた聖霊術師がいたのを知っていたので例としてあげてみた。破ると何が起きるかわからないというが、破るのが死んだ時なら何が起ころうと関係ない。その時自分はいないのだから。

 なんとなくぼんやりとは分かるがそれが何を意味するのかが分からずライラにはさらに首をかしげる。


「つまり“生きると”誓約した場合、借りられる力がどれくらいかは分からないけれど普通に生活していれば何の問題も起きないっていうことだよ」


 ナナキが結論だけ言うとしばらく目を瞬かせたあと意味を理解したライラはぱっと表情を変える。


「私それがいい!」


「即決か。まぁ、普通に過ごす分には無難だけどな」


「だって思いつかないから」


 その気はなかったがナナキの発言がライラの誓約に大きく影響を与えてしまったようである。ナナキ自身無難だとも思ったが、先ほど願いを聞いた時のライラの様子が少し気になっていた。


「本当にそれでいいのか?まだ考えてもいいんだぞ?」


「ううん。これがいい!」


 もう一度聞いてもライラの気持ちは変わらないようである。心の奥では何かしら思うところがあるのかもしれないが、ライラ本人に躊躇いがあるものは誓約にふさわしい願いに足りえない。どんな人間でも同じことを願い続けられるとは限らない上、昨日聖霊を知ったライラに最適な答えを出せというのは無理だろう。だからナナキはそれ以上の追求するのはやめにした。


「じゃあそれでいくか」


「やった!」


 まだ終わっていないが解決の策を導き出すことができて安堵の息を吐く。ナナキとしてはようやく最後までたどり着いて若干疲れていた。ナナキは学者であって教師ではないのでライラほどの年齢の子どもに教えるのは大変肩が凝った。おかしを引用しすぎて若干誤解が生まれている気もしなくはないが、ライラの人生を大きく左右するであろう誓約の内容とタイミングについては、理解してもらえたようなので良しとした。


「じゃあ、スキアーが話せるようにしよう」


 手に握っていた小瓶の蓋を開けライラに差し出した。


「飲みすぎても体に問題はないが多分一口で十分だと思う」


 受け取ったライラはそっと中身を覗き込んでみる。


「これって苦い?」


 子供らしい心配を口にするライラ。


「安心しろ。苦くもまずくもない」


 心配事がなくなったのでライラは少し小瓶を傾け、中の液体をぺろりと舐めた。ナナキの言った通り苦くもまずくもなかったが、味もなかった。少し残念にそうにライラは小瓶をさらに方向けこくりと一口飲み込んだ。


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