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ヴェントゥス登場

「それにしても遅いな」


 ナナキがそう呟いたのはイヴたちが出て行って2時間ほど経った頃出る。説明に時間がかかったとしてもだいぶ遅い。


「お兄ちゃん達まだお話してるのかな?」


 先程までナナキの話に夢中になっていたライラもさすがに待ちくたびれたようで、近くにあった小さ岩の上に座って足をブラブラとさせている。


 ナナキは何やら嫌な予感がして空を見上げるとそこに小さな影が見え、目を凝らすとその影がどんどん大きくなって次の瞬間には背後からと大きな音が響き続いて地響きが起きる。


「きゃ!」


 音と同時に砂塵が舞い、ライラが悲鳴を上げる。


「ライラ!」


 ナナキが驚いて振り返ると、そこには今の衝撃で岩から落ちたらしライラが倒れていたので咄嗟に抱き起こす。すると次の瞬間、鏡が割れるような音があたり一面に響き渡り見上げれば砂塵の隙間から見るも無残な〈ゲート〉の姿が現れた。大昔からその姿を保ち、誰にも手を加えられることを許さなかった〈ゲート〉がもろく崩れ去る姿に唖然とし、ただただその光景を見守っていた。


「まさか・・・」


 物はいつしか壊れる定めにあることは重々承知だが、この〈ゲート〉に至っては誰もが例外だと思っていて、ナナキ自身もそのうちの一人だった。まさか壊れるとはというのが正直な気持ちである。


「ナ、ナナキお兄ちゃん〈ゲート〉なくなちゃった?」


 幼いライラでさえその事実は衝撃だったようで、崩れ去ったゲートから目が離せないでいる。

年の功もあってかライラより先にその衝撃から目が覚めたナナキはライラに視線を落とす。


「ライラ。怪我はないか?」


 特に外傷もなく痛がる様子もなかったがあえてそう聞くとゆっくりとナナキの方に視線を向け、その目を数回瞬かせてから静かにコクリと頷いた。それにほっとしたナナキは再び〈ゲート〉の方に目を向ける。

 まだ若干砂は舞っているが崩壊は止まったようで見上げていたゲートの残骸が辺り一帯に広がっていた。


「水じゃなかったんだね」


 ライラが地面を見てそう呟く。確かに〈ゲート〉の表面は水面のように見える。通り抜けたことのある者からすれば水でないことは明らかだが、そうでないライラにとっては垂直に立った不可思議な水たまりのように映っていたのだろう。もし水であったら今頃雪崩のように押し寄せてきてナナキたちは当然押し流されていただろう。運が悪ければ溺死もありえる。ナナキは想像して薄ら寒くなった。


「水でなくて感謝したいよ。それにしても一体何が・・・」


 そう言った後若干ならず大分〈ゲート〉の仕組みに興味があったナナキは、周囲を確認したあとライラを立たせるとそっと〈ゲート〉に近寄っていく。


「ナナキお兄ちゃん近づいても大丈夫なの?」


 後ろから心配そう声をかけるライラに大丈夫だと笑いかけ、ナナキは進んでいく。

 散らばった〈ゲート〉の破片は青い輝きを失い、その外見はただの石と変わらないように見えた。しばらく見て回っていると心細くなったのか、ライラが近寄ってきてナナキの裾を握った。もう一度ライラに大丈夫と言って撫ぜたあと、今度は二人で散策し始める。


「あっ、ナナキお兄ちゃんあれなに?」


 ライラがなにか見つけたらしく、その小さな指で指す。指さされた場所をナナキが見ると、そこは直径1メートル程のクレーターが出来ていて、そこは他とは少し違う緑がかった色の石が地面にめり込んでいた。ナナキが触れようと手を近づけるとほんの少しだけ光が舞う。


「ナナキお兄ちゃんこれ昨日の光に似てる」


 ライラが食い入るようにその光を見つめてそう呟いた。


「これはもしかしたら・・・」


 ナナキは腰のカバンから小瓶を取り出す。イヴが持っていたものと違い薬品のようなものが入っており、その蓋を手馴れた様子で開けてその石に数滴かける。


「それは?」


 ライラがそう訪ねナナキがそれに応えようと口を開いた瞬間別の声が響いた。


『びっくりした!なによあいつ!いきなり人のうちに押し入って!!私を誰だと思っているのよ!!!』


 怒りに満ち溢れたキンキン声でそう叫んだ声の主の姿はどこにもない。ただ声ばかりが耳に届く。


『ヴェントゥス様よ!!下等な存在が触れていい存在じゃないんだから!!』


「ナ、ナナキお兄ちゃんこの声って」


 唖然とした顔でぽそりとライラがナナキ声をかける。その言葉の先を読んでナナキは頷く。声はどう考えても石から聞こえていた。石が話すなど夢物語のようだが実際目の前で起きているのだから否定できない。ライラは言葉なく石を見ているが、ナナキは思い当たることがあるらしく、特に驚いた様子を見せずその石に声をかける。


「で、そのヴェントゥス様はなんでここにいるんだ」


 呆れた口調でそう告げると先程まで騒がしかった石の声がぴたりと止む。


『あれ?この気配…もしかしてナナ坊?ナナ坊じゃない!?あらやだ、なんでこんなところに?それにしても久しぶりねー!ちゃんと食べてる?』


 先程までの怒りはどこえやら、今度ははしゃいだ様子でその口調は久しぶりに会った親戚のおばちゃんそのものであった。


「ナ、ナナ坊?」


 ライラがそう復唱した。


「ライラそれは忘れてくれ。ヴェントゥスも落ち着け」


『ん?誰かもうひとりいるの?』


 まるで人の話を聞いていないようでヴェントゥスと呼ばれた石は話し続ける。どうやら音は聞こえているが見えてはいないらしい。


「えっとはじめまして。ライラです」


 空気に飲まれたのかライラは思わず自己紹介をて石の前でお辞儀をした。


『ふーん。ライラね。私はヴェントゥス!ナナ坊とマブダチよ』


 会話聞くだけなら和やかな自己紹介だが、実際相手はどう見て石なので異様な光景である。ナナキはどこから収拾をつけようかと頭を抑えた。


「それはあとにしてとりあえず聞いていいか?」


 もう一度ナナキが声をかけるとヴェントゥスは『あっ!!』と叫ぶ。今度は何だと思っているとヴェントゥスが予想外の自事実を口にした。


『そういえばさっき私の家でイーヴァにあったのよ!』


 告げられた内容には聞き捨てならないものだった。いまいち理解しきれずナナキが順を追って問う。


「ちょっと待て。おまえの家ってあれだろ。聖霊域のことだよな?普通にしてればたどり着かないはずだ。なんでイヴがそんなところに?」


『そりゃそうよ。そうそうたどり着いてもらっちゃ困るわ。私たち聖霊にとって大事な故郷だもの』


 勝手に進む会話に追いつくことができず困惑しているライラの存在に気がつきナナキが補足する。


「ごめんな、ライラ。いきなりで驚いたろ。まず言っておくがイーヴァはイヴの本名だ。イヴは愛称。それから聖霊っていうのは格があって恪が高ければ高いほど意識がはっきりしている。つまり人間とも話ができる。で、このヴェントゥスもその最上位の部類の聖霊だ」


 その紹介にヴェントゥスは胸を張る代わりに口で『えっへん』と誇らしげに言う。ナナキは内心俗っぽすぎると思っているがそれは黙っておくことにした。


「聖霊さん!?」


 どうやら聖霊に対してだいぶ違うイメージを思い浮かべていたらしくライラはひどく驚いていた。


「まぁ聖霊も個々でだいぶ違うから全部が全部ヴェントゥスみたいだと思わないほうがいい」


 ライラはそれに頷くがヴェントゥスから目が離せないようで若干上の空である。


「あと聖霊域っていうのはさっきヴェントゥスが言っていたように聖霊が生まれた場所で、まぁ異空間とでも言うのかな。異空間ってわかるか?」


 ライラはしばらく考える様子を見せたあと若干斜め頷いたので、多分よくわかっていないだろうと感じたが、この部類の話は体験しないとわからないだろうと思いそれ以上の説明はしなかった。


「ライラは聖霊術師の血筋だからそのうちわかるようになる」


『あら聖霊術師?それにしては気配がないけど?』


 不思議そうに言うヴェントゥス。


「俺が思うにさっきからヴェントゥスが感じてる気配はライラからしているんと思う。昨日俺がライラの力を一時的に封印したから。で、俺自身はずっと封印してるからほとんど気配がしないはずだ」


『うーん?そういえばちょっと気配が薄い気も?まぁどっちでもいいわ』


 自由人ならぬ自由聖霊である。


『あっ。思い出した!イーヴァと話してたらいきなり変な奴が来たの!気配がおかしいの!すごい気持ち悪くて追い出そうとしたら変な術使って私を吹き飛ばしやがったのよ!!ああ!思い出したらムカついてきたわ!!ナナ坊リベンジよ!私今動けないから運んで頂戴な!!』


 また突然話題が変わったかと思うと今度は先ほどの発言の比にならない程の爆弾発言をした。


「聖霊域に踏み込んだ上、その場の主をはじき出したってことか?」


 ヴェントゥスの言葉を咀嚼するようにナナキがそう聞き返す。そして次の瞬間ナナキの顔色が悪くなる。


「そんなことしでかすやつの所にイヴたちは置き去りになっているってことか?」


『あ、そういえばそうね。もしかしなくてもヤバイわね』


 今気がついたと言わんばかりにあっけらかんと言うヴェントゥスにナナキはさらに血の気が引く。ライラもナナキの様子を見て大変なことが起きているのだと察知し、オロオロし始めた。


「お兄ちゃん達無事なの?」


「イヴがいるからどうにかしていると思うけど・・・とにかく聖霊域に行こう。ヴェントゥス、案内頼むぞ」


 ナナキはそう言ってヴェントゥス(石)を地面から掘り起こし手に握る。


『いいけど。でも今力が弱まってるから地道に行くしかないけど?』


 相変わらずマイペースに話すヴェントゥスにそれでもいいと告げる。


『じゃまず聖堂に向かって頂戴な』


「わかった。ライラ背におぶさってくれ」


 しゃがんで背を向けたナナキにライラは少し戸惑いながらも素直におぶさる。聖堂は怖いがそれよりもアシュレイが心配らしい。

 ライラがおぶさったのを確認したナナキは勢いよく立ち上がり街の方へと走り出した。

 イヴたちの無事を祈りながら。


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