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知られざる歴史

 朝の森は動物たちが活動しだし、小鳥のさえずりが聞こえてくる。大空洞で一晩過ごした4人は街に向かって歩いていた。ライラに至ってはまだ眠いらしく、ナナキにおぶられて未だに夢の中である。


「ねぇ。昨日話の続きなんだけどさ。聖霊は昔信仰されてたって言ってたけど今は名前すら聞かないのはなんで?」


 一晩あけて少し頭の整理がついたらしく新たに浮かび上がってきた疑問をアシュレイが問う。


「それを理解するにはまず歴史の話になるけど、アシュレイはアウローラ大戦とカルディアーナ神話についてどれくらい知っている?」


「歴史かー。勉強は苦手だけど、小さい頃院長が聞かせてくれた御伽噺なら知ってるよ。確か、アウローラ大戦は、たくさんの国が戦争してる時代に〈破滅の魔人〉が暴れて退治されたやつで、カルディアーナ神話は神呼みこ様が大陸中回って人助けする話だった。」


「なんだそのざっくりした話は」


 呆れたような顔をしたナナキに対し、アシュレイが首をすくめる。


「だって戦争とかよくわからないじゃん。なんでわざわざ戦うの?」


 多分孤児院の院長はもっと丁寧に色々話したのであろうが、実際子どもの記憶に残るのはその程度のようである。確かに戦争などの大規模な争いは大昔の話で、現代の人からすれば夢物語のようなものである。アシュレイにとっては過去の戦争や危機などどうでも良いことだろう。しかし学者であるナナキにとっては興味深いもので、今もなお調べ続ける価値のある研究対象である。


「まぁ、いい。ここで細かく言っても当時の人間の考えを理解できるわけじゃないからな。とりあえず〈破滅の魔人〉についてだ。それと戦った一族が聖霊術師なんだが」


「えっ嘘っ!聖霊術師ってそんな大昔の人?」


 歴史に語られるような存在とは思っていなかったアシュレイは驚いてナナキの言葉を遮る。名前も知らない存在であったのだからその反応も当然である。


「まぁ、それは置いとくとして、問題はその戦いの結果についてだ」


「結果?」


「そう。聖霊術は本来攻撃に向かない術でね。日常生活を助けになるように編み出されたものだったから、戦いで勝てるかどうかはある意味賭けのようなものだった。かろうじて勝てたが、結局その時術師はほぼ戦死。残った一族も殆どバラバラになって歴史の表舞台から姿を消した。そこでカルディアーナの神呼みこの出現だ。ほとんどの人間の心が目に見える神の使者に傾いて聖霊の信仰は薄れていった。さらに追い討ちをかけたのが〈セント・カルディアーナ〉による聖霊の排斥だ」

 

 アシュレイが首をかしげるとナナキが説明を続ける。


「聖霊に関する記述がわずかでも記されている書物は全て処分。口伝の禁止。果ては聖霊術師の殲滅。それらが徹底されその名すら禁異にされてしまったんだ」


「なんだよそれ。助けてもらったのに何でそんなことするんだよ!」


 そんなのはおかしいとアシュレイが異を唱える。その言葉にずっと黙って聞いていたイヴが口を開いた。


「あちらからすれば我らは異端。大陸を統治する上で信じるものが分かれているということは後に不都合を生むと思ったのでしょう。それ以前に〈破滅の魔人〉と拮抗する力を持つことが世間に知らしめられてしまったことで聖霊の力は多くの人間に驚異を抱かせたのです。それを察知した我が先祖は外部から隔離された隠れ里を作りました。けれどその一部の術師は素性を隠し普通に過ごしていたようです。術さえ使わなければ只人ですから。多分ライラはその術師の末裔です。今も時折耳にする逸脱者アウトブレイカーの噂の一部はライラのように自分が聖霊術師の血筋のものだと知らずに育った者の力の暴走により結果でしょう」


 イヴはまるで他人事のように淡々とそう述べる。アシュレイはその様子が理解できないとばかりに納得のいかない顔をする。


「・・・姉ちゃんはそんな一方的に悪者にされて嫌じゃないの?」


 ライラのこともあってアシュレイは感情的にそう尋ねた。


「本来戦いに使うべきでない力を行使したのですから、然るべき代償とも言えるかもしれません。聖霊は便利な道具ではありません。信じ敬い、共に生きる存在。ある意味自業自得の結果なのでしょう」


 その言葉には憎しみなど負の感情はなく、先程の言葉と同じでとても客観的なものであった。そんなイヴを見てナナキは若干困ったような顔を浮かべた。


「イヴ。それは卑下しすぎじゃないか?イヴの祖先も信念あっての行動だろうし」


「そうだよ!おかしいよっ!ていうか〈セント・カルディアーナ〉ってそんなあくどい組織だったの?」


 憤りを見せるアシュレイにナナキが訂正する。


「あ、そこは誤解するな。現在の〈セント・カルディアーナ〉内でもこのことは記録に残っていない。たぶん構成員のほとんどは知らないんだと思う。当時、徹底した隠蔽工作が行われたらしいからな。そのひとつで〈封印術〉っていうのが使われた」


「封印術?」 

 

 聞きなれない単語をアシュレイが反芻する。


「その名の通り封印する術。人の記憶を封印する術なんだ」


「記憶を封印・・・」


 ピンと来ないようでアシュレイは訝しげな顔をする。


「大陸全土にある古い聖堂にはその術が施されている。これは全て直接調査したわけじゃないからはっきりは言えないけど、術者が設定した事柄に関連する記憶を封じるものらしい。多分その事柄が聖霊についてなんだと思う。特に聖堂を参拝した者はその術から離れることはできない。それによってよりカルディアーナに傾倒するっていう仕組みなんだろう。聖堂にいる人間ほとんどその事実を知らないもしくは忘れている」


「・・・なんていうか。想像を超えすぎて何とも言えないよ。でもやっぱりあくどくない?」


「まぁ否定はできない部分もあるが既にそれを行った当事者はいない。〈封印術〉はもう過去のもので今のところ解ける者はいないし、今の〈セント・カルディアーナ〉を責めても意味がない」


「うーん。納得いくような。いかないような」


 感情論抜きで語れば納得も行くかもしれないが、それによって村を追われた身としては(実際追われたのはライラだが)素直に頷ける話でもない。


「いつの時代も国を統治する立場にいるものは大を生かすために小を殺さなければならない場面があります。当時の祖先もその時代の波に飲まれたのでしょう。場合によっては逆の立場にいたかもしれません。我らは時代に逆らうつもりはありません。同胞と穏やかに暮らせればそれが一番です」


 この中で一番の当事者であるはずのイヴは、まるで悟っているかのようにそう告げる。なぜこんなにもなんでも内容に振る舞えるのかアシュレイには分からなかったが、隣で苦笑しているナナキを見ると、イヴは普段からそういう考え方の人間なのであろうことがうかがい知れる。


「やっぱり納得はいかないけど、理由はわかったよ。それにしても兄ちゃんよく知ってるね。さっきも神官しか知らないって話にも詳しいし」


「長年調べてきたことだしな。そこらへんの人間よりは情報通だぞ」

 

 少し胸を張ってそう言うナナキに対し、アシュレイはいたずら小僧の笑顔を浮かべる。

 

「学者っていうのも伊達じゃないんだね」


 ふざけた口調でアシュレイがそう茶化す。


「お前まだ言うか」


 アシュレイの発言にナナキは青筋をたてて言い返す。この際、鉄拳制裁してもいい気がしたがライラをおぶっているのでそれは諦めた。


「そろそろ町につきますが、ナナキ様達はどちらで待たれますか?」


 二人の会話を気にせずイヴがそう尋ねる。イヴはあまり空気を読むことをしない。読めないわけではない。読むことに意味を感じないのである。怒る気が失せたナナキはそこで終わらせることにした。


「…とりあえず東にゲートがあったと思うからそこにいるよ」


 ナナキがそう答えるとイヴが相変わらずの無表情で頷き、アシュレイについてくるように促す。


「えっと。じゃ兄ちゃんライラをよろしく!」


 アシュレイもそう言うとイヴの後ろについていった。残されたナナキは二人の後ろ姿を見送りながら心配になる。


「・・・今更だがあのペアで大丈夫かね」 


  一見すると親戚には見えない。かと言ってほかにいい案があるわけでもない。

 ふと昨日あった騎士たちを思い出す。


「まぁ、あの聖堂の人間なら平気か」


 彼らは疑うことを知らなさそうだ。それも心配になるレベルで。


「むぅ~」


 ふとライラの寝声が聞こえ、ナナキはそれに小さく微笑みそれ以上心配するのはやめた。そしてライラを起こさないように、静かに東の〈ゲート〉に向かって歩き始めた。


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