公爵と婚約者と幼馴染み
きらびやかな会場の中央を進むと皆ユウヤを振り返り家臣の礼を取る。そしてその先には、今回の夜会の主催者であるアイテール公爵がほかの貴族に囲まれ談笑していた。ユウヤの目線に気がついた公爵は嬉しそうな笑顔を浮かべて足早に歩み寄ってきた。
「これは姫様。どちらに行かれていたのですか?ご気分でも?」
公爵は、成人した子どもを持つ者とは思えないほど若々しく凛々しい男で、若い令嬢からも熱い視線を向けられることもしばしばである。それゆえユウヤの周りはいつも以上に視線が集まっており、ユウヤは内心早く会話を終わらせてしまいたいと思うがそうはうまくいかないのが常な身分である。
「いえ、少し風に当たりたくなったものですから。そういえばアイテール様、婦人の姿が見られませんがご一緒ではないのですか?」
「ええ。今ちょうど我が愚息と挨拶に回っていますよ」
「ご一緒に回られなくてよろしいの?」
「息子ももう子どもではありませんからね。まぁ母親にとってはいくつになっても子どものようですがね。」
甘いマスクに苦笑を浮かべたあと、アイテール公爵はユウヤの後ろに控えていたオリヴェに目を向ける。
「久しいね、オリヴェ君。君はいつも見えないところから護衛をしているから。それにしても会うたびに驚かされるよ。どんどん彼に似ていく」
アイテール公爵は懐かしいものを見るようにオリヴェを見る。
「私にはわかりかねます」
表情こそ普通だが放たれた言葉はそっけない。けれどそんな様子のオリヴェに対して公爵は特に気分を害した様子もなく穏やかな笑顔で話を続ける。
「いやそっくりだよ。本来なら君の立ち位置もそんなところではないはずなのだろうが」
「そんなことはありません。私はこのお役目を与えていただいたことに感謝しておりますしこれ以上に望むことはありません」
どこまでもきっぱりとしたオリヴェの言葉を気にせずさらに公爵が言葉を紡ぐ。
「その気性も彼譲りかな?彼も一度決めたら何があっても譲らなかったからね。本来なら君は」
「アイテール様それ以上は」
オリヴェは柔和な笑顔を浮かべるがその目は笑っていない。それを見て仕方ないと言う体でアイテール公爵は肩をすくめた。
「まぁここで話す内容ではなかったね。けれどこれは私の本心だ。どうか心に留めておいて欲しい。姫様、我が息子のことですがどうか嫌わないでやってください。少々強引なところもありますが、あれは姫様のことを本当に好いております」
そう言ってにこりと微笑む公爵にユウヤは少し黙る。
「・・・別に嫌ってなどおりませんよ」
突然話題を振られたユウヤは表情には出さなかったが、その言葉の間が嫌ってはいないが好いてもいないという雰囲気をありありと伝えていた。それに再び苦笑を浮かべた公爵は静かにお辞儀をしてその場を去っていった。
「・・・相変わらずタヌキですね」
公爵が去っていった方向を見てユウヤはそう呟く。オリヴェはそれを無言で肯定した。公爵という地位に座るものとしてはそれくらいでなくては務まらないのであろうが、あまり腹芸の得意ではないユウヤにとってあまり対峙したい相手ではない。
「それにしてもあのタヌキからなんであの息子が生まれたのかしら・・・」
失礼な物言いをしていると後ろから名を呼ばれる。
「ユウヤ様!こんなところにいらしたのですか!お探ししました」
やってきたのはユウヤより年かさの青年で、浮かべられた表情は年齢より大分幼い。ユウヤは内心ため息を履きながらも笑顔を作る。
「あら、ガイル様。挨拶はもうよろしいの?」
「ええ。もうすみました。このあと一曲踊っていただきたい。ん、なんだ。今日はお前も一緒なのか」
ユウヤに笑顔を見せていたこと思うと、今度は視界に入ったオリヴェに対して嫌そうな顔をした。
ガイルという男はアイテール公爵と違い、率直にものを言う。好意も悪意も真っ直ぐ向けてくるため考えていることがすぐわかる。ガイルにとってオリヴェは愛しの姫に常にくっついている金魚の糞で邪魔者であった。 さらにその容姿に対するやっかみもある。残念なことにガイルは公爵の容姿を受け継がなかった。彼は完全に母親である公爵夫人に似ている。公爵婦人は美人だがガイル本人としては彼女に似た華奢な体と女顔というのはあまり嬉しくないようで、男らしい容貌の人間を酷く嫌っている。
「お久しぶりです。ガイル様」
そう言ってオリヴェが礼をとると、ガイルはフンっと息を吐いて憎々しげに言う。
「ここは我が屋敷。姫は私がお守りするがゆえお前は下がっているがいい。姫はこれから私と踊る。お前は邪魔だ」
あまりの言いようにオリヴェでなくユウヤ声をあげようとする。しかしそれを遮るようにオリヴェが口を開く。
「分かりました。では楽しんでいらしてください」
それに対しガイルは満足げに笑う。ユウヤは不満な様子だったが、彼女だけに聞こえるように小さな声で「影でお守りしていますよ」と言って微笑むと渋々納得したようで、ガイルに手を引かれ舞台の中央に向かった。
言葉の通り、オリヴェは会場の影の柱に寄りかかりユウヤを見守る。ガイルは傲慢な性格ではあるがその立ち居振る舞いは公爵家のものらしく、ダンスなどもそつなくこなす。ユウヤとガイルは考えていることは違うであろうがダンスの呼吸はぴったりで、容姿についてもどちらも目の保養になる部類なので周囲の人間も微笑ましげに見守っていた。ガイルなにか囁いたかと思うと、若干ユウヤうんざりしたような顔をしたのを見てオリヴェはふっと苦笑を浮かべる。
「こんなところで盗み見て笑ってるなんてやらしー!」
背後から、からかうような声音で言葉をかけてきたのはオリヴェと同じ年頃の青年騎士だった。
「ベルか・・・。おまえ持ち場離れて何やってるんだよ」
呆れた視線を送るとベルと呼ばれた青年は高い位置でくくった長いクリーム色の髪をいじりながら、ヘラっと笑う。
「だって門番なんてつまんないじゃん。ちょうどこの間賭けで勝ったから、会場の警備担当と交換してもらったんだ。いやそれにしても今日の夜会はすごいな。いつもと規模が違う。地方貴族もこぞって集まってるんだったよなぁ」
悪びれずにそう言ってあたりをキョロキョロ見回すベルの頭をオリヴェが軽くたたく。
「賭け事でそんなことを決めるな。バレたらクビだぞ」
「大丈夫。大丈夫。団長もたまに参加してるから」
「それは大丈夫と言わない」
うんざりした様子でオリヴェが言うがまるで聴いていない。
「それで?ユウヤ姫の騎士である我が友は、なぜこんな隅っこで覗きをしているんだ?」
にやにやと笑みを浮かべながらそう聞いてくるあたり、大体予想がついているのであろう。わざわざ聞いてくるあたりがいやらしい。
「お前の想像通りだと思うが」
「えっ!嘘!想像通りなんて!きゃーオリヴェさんったらすっけべー!」
ベルはくねくねしながら意味のわからないことを言って奇声を上げる。その様子に腹が立ったオリヴェが青筋を立てて鞘から剣を抜く仕草をするすぐさま降参と言わんばかりに両手を上げる。
「怒っちゃ、やーよっと。まぁワガママ坊ちゃんの嫉妬ってところだろ。どうせ」
笑いながら「色男は大変だねぇ」などといってベルはオリヴェの背中を叩く。その力はだいぶ強くて背中が痛い。
「いずれユウヤ様はガイル様のもとへ嫁ぐ。今のうちに慣れておくのも大事なことだろう。・・・なんだその顔は」
オリヴェの言葉にベルはまるで渋い食べ物でも食べたかのような顔をする。
「えー?だってさーお前わかってるんだろー?」
「何がだ」
その返事にベルはさらに渋い顔をする。
「お前に何を言っても無駄なのはわかってるけどさー。姫様かわいそぉ」
「お前に哀れまれる筋合いはないだろう」
そう言いつつオリヴェは視線を踊るユウヤの方に戻す。
「まぁ、その話は置いといてやるよ」
偉そうに言うベルにオリヴェはうんざりしたような表情を浮かべた。
「何で上から目線なんだ」
軽口を叩き合っていると一旦音楽が止まり、今度はゆったりした音楽が流れ出す。すると、ベルは先程とは打って変わって真面目な顔をする。
「お前は北の噂を知ってるか?」
「…お前、何を知っている?」
オリヴェも先ほどとはまた違った緊張感をもって言葉を紡ぐ。
「なに、大したことは知らないよ。知っているのは何やら不穏な動きがあるらしいということくらいさ。王家に近いお前なら何か知っているかと思ってね」
「情報源は?」
「秘密と言いたいところだが幼馴染のよしみでヒントをやろう。この国で一番情報を囲っているところだよ」
ここまで言えばわかるだろうという視線をオリヴェに送る。
「〈セント・カルディアーナ〉か」
思案げにオリヴェがつぶやくとベルはニヤリと笑ってその言葉を肯定する。
「詳しくは言えないけどちょっとつてがあってね。公爵もどうやら何か知っているみたいだけどあの人食わせもんだからそうそう情報は漏らさない。それにほかの貴族もだいぶ口が硬い。その点今の〈セント・カルディアーナ〉は権力が大分分散しているからね。下っ端つつけばボロが出る。まぁ実際はボロが多少出てもなんてことはないと思ってるんだろうけどね」
ベルは意味深にそう言う。
〈セント・カルディアーナ〉は王家の下につく組織という位置づけであるが、実際の力関係は複雑なものとなっている。
かつては王家が貴族や騎士を従えて国を統治していたが、そこに〈セント・カルディアーナ〉がついた事で国民からの支持は高まった。
けれど長年の功績によりその地位は確固たるものとなり、その発言権も大きなものとなっている。地方の聖堂の管理は騎士団が請け負うことになっているが、〈セント・カルディアーナ〉の総本山である大聖堂については神呼の存在が大きく、また各聖堂においては逸脱者の討伐によって国民からの信頼を得ている。
〈セント・カルディアーナ〉はある意味国家から独立した立場に立っているともいえる。
王家にとって〈セント・カルディアーナ〉の権力の増大は無視できないものであるが、かと言って今更排除できるような存在でもない。
表だって対立はないが、水面下である意味冷戦が繰り広げられているともいえる。
「あまり首を突っ込むとそのうち取り返しのつかないことになるぞ」
「引きどころはちゃんと弁えているさ。なに、お前の姫様や公爵に迷惑がかかるようなことはしないさ。こう見えてもおれは石橋を叩いて渡るタイプだからな!」
真面目な顔を取り払いまたふざけた調子でベルが言うとオリヴェは視線を前に向けたまま告げる。
「ひとつだけ言いっておく。今回の件聖霊が絡んでいる」
その言葉にベルは数回瞬きした。
「それって機密事項じゃないの?」
不思議そうにベルが尋ねるとオリヴェは目を合わせずに言葉を紡ぐ。
「聖霊についてはお前に黙っていても意味はないだろう。だが、手出しはするな。何が出るかまだわからない」
「で、その忠告も意味がないと分かっててもするんだ?」
ニコニコと笑って問いかけるベルにオリヴェは嫌そうな顔をする。
「いやー、おれ愛されてるねぇ」
「・・・気色悪い顔で笑うな」
横目でベルの顔を見たオリヴェが冷たく言い放つが全く気にせず笑みを深める。
「忠告はありがたいけど〈聖霊〉が関係しているなら必ずおれの出番が来るよ。まぁ出番までは大人しくしているけどねー。オリヴェはどう動くつもりなんだい?」
「俺は陛下と姫の意向に従うまでだ」
ユウヤを見つめてためらいなくそういったオリヴェにベルが意味深な表情を浮かべる。
「ふーん。ま、いいけどね。じゃお互いの健闘を祈って乾杯でもしようか!」
「断る。今は任務中だ。というかお前もだろう」
呆れ顔でオリヴェが言うとベルがぺろっと舌を出す。なんとも憎たらし顔である。
「んー。相変わらず堅物くんだねぇ。仕方がない。今回はこの辺にしといてあげるよ。じゃね!」
さきほどと似たようなことを言ったかと思うと言い返す前にひらりと見を翻し、その場から忽然といなくなった。走り去ったわけではない。文字通り消えたのである。
「あのバカが!人に見られたら・・・」
人が消えるなど一般の常識から見たらありえないことで、見られたらいろいろ大変であることが目に見えている。オリヴェが周りに視線を巡らせてみるが、皆視線は姫たちのダンスに向いているようである。それを確認してオリヴェは小さく嘆息する。
「聖霊か・・・」
その声は誰にも届くことなく霧散する。皆それぞれ音楽に身をゆだねあっという間に時は過ぎていく。
これから始まる異変の兆しに気づいているものはごくわずか。そして今夜、北の大地で起きた事を知る者はこの場にはまだ誰もいない。




