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神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第一章 忌み地のマンション
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心理的瑕疵

「うわ、めっちゃ煙草の匂いするーー!」


 薄情者の帰還だ。


「そんなに吸うたら、体に悪いで?」


 そう言って、夜一が窓を開ける。


 心地よい秋の風が、すうっと部屋の中にすべり込んでくる。夜一の長い髪が、さらさらと風に揺れた。


「収穫はあったんだろうな?」


 怒気を孕んだ声で夜一に問う。


「うん。あったで」


 夜一に怯む様子はない。飄々としている。


「これ見て」


 灼は、夜一からスマートフォンを受け取った。


「何だよ」


「不動産屋さん」


 画面に視線を落とす。そこには、古びた一軒の平屋。看板には「八家不動産(やかふどうさん)」とある。


「それで?」


「ここのな、八家さんとは古い付き合いで。父親同士が仲良かってん」


「そうかよ」


「昔から、この辺りの不動産を取り扱ってるんやけど。八家さんが言うには、以前あのマンションの土地には心理的瑕疵物件《しんりてきかしぶっけん》があったらしい」


 ……心理的瑕疵物件?


「不動産の取引をするとき、借主や買主に心理的な抵抗が生じる恐れがあること。それを心理的瑕疵物件って言うねん」


「事故物件とか言うやつか?」


「それも心理的瑕疵の一種やで。あとは近くに墓地があったり、暴力団の事務所とか」


「へぇ」


 それは知らなかった。どうやら、暴力団の事務所が近隣にある場合、重要事項(心理的瑕疵)としての説明が必要らしい。


「それでな、ほら」


 灼が持つスマートフォンを、ササッと夜一がスクロールする。


「誰だよ、コイツ」


 画面には、夜一と謎のジジイが写っていた。


「だから、八家さん」


「いちいち見せんなよ」


 夜一を睨むと、驚いたように目をパチパチさせた。


「えぇ、灼くんのためにわざわざ撮ったのに~~!」


「はぁ?」


 意味不明だ。そして語尾を伸ばすな。


「だって、灼くん。めっちゃ行きたそうにしとったやん? だから、どんな不動産屋さんに行って、どんなひとに話を聞いたんか、記録してきたんやで」


 全くありがたくない。


「古ぼけたジジイの写真を見て、俺が喜ぶとでも思ったのか? あぁ?」


 夜一の長い髪を鷲掴みにしてやりたいが、寧々の存在を思い出して堪える。


「せっかく撮ったのに~~!」


 夜一は、満面の笑みで写真におさまっている。スクロールするとピースしたり、やたらカメラ目線だったりした。笑顔の夜一を見ていたら苛立ちが限界を超えたので、とりあえず彼のスマートフォンはベッドに投げ捨てる。


「それで? 結局、あのマンションの土地には何があったんだよ」


「火事や」


 夜一の声が、若干低くなる。


「……死人が出たんだな」


「うん」


 夜一が静かにうなずく。


「マンションが建つ前。あの土地は長い間、空き地やったらしい。火事があって、更地にしたんやろうな。もともとは、木造モルタル2階建てのアパートがあったんやて」


 俺が投げ捨てたスマートフォンを拾って、夜一が操作する。


 画面をのぞき込むと、新聞記事らしいものが表示された。 


「何だ、これ?」


「新聞の縮刷版やで」


 これを確認するために、夜一は図書館に行っていたらしい。


 記事は、昭和四十年のものだった。


「……ずいぶん古いな」


 灼は目を凝らした。


『アパート火災 一人死亡 身元不明』


 見出しにはそう書かれている。


 記事を要約すると、火災が起きたのは未明。放火の疑いがあるという。


 身元不明とされていた人物の素性は、翌日には特定されたようだった。新聞に氏名が記されている。


『死亡したのはアパートの部屋に住む、石生淑子(いそうしゅくこ)さん、三十二歳』


 灼は、まじまじとそれを眺めた。


「女だったのか……」


 何の確証もなったが、勝手に男性だと思い込んでいた。


「火元から一番近い部屋に住んでたみたいや。それで、逃げ遅れたんやろうな……」


 哀しげな表情で、夜一がベッドに腰を下ろす。


 灼は、新聞記事の隅々にまで目を通した。


『母子家庭で、三歳になる息子と二人暮らし』


『息子(剛(つよし)ちゃん)は助け出される』


『意識あり、軽傷で救出』


 どうやら、亡くなった女性の息子は無事だったらしい。


 良かった、と言いかけたが、灼はその言葉を飲み込んだ。何も良いことはない。放火で母親を失ったのだ。わずか三歳で。


 夜一は座ったまま、何も言葉を発さない。


 重苦しい沈黙が部屋に流れる。


 次の煙草に、火を付けようとしたときだった。ふいに、自分の首元に違和感を覚えた。


 息苦しい気がする。


 ……なんか首が、締まってないか?


 変な感じだ。首を搔きむしりたくなる。何かが首に巻き付いて、離れない……。


 そう思った瞬間、青白い手が脳裏をかすめた。


「……寧々」


 乾いた声が、灼の口から漏れた。


 夜一が顔を上げる。


「え、なに?」


「……首が」


「寧々ちゃん? どうしかたん?」


 夜一が立ち上がって、俺の首元をのぞき込む。そして、柔らかい声で話しかける。


「……うん、うん。そうなんや。え? そんなん気にしんでいいよ」


 夜一が、くしゃりと笑う。


 どんな会話をしているのか、灼には分からない。


「おい! 何だ? 何を気にするなって!?」


「寧々ちゃんな、灼くんに伝えたいことがあったみたい。でも、灼くん声は聞こえへんやろ? だから気づいて欲しくて、つい首をギュッとしてもてんて」


 にこにこしながら、夜一が物騒なことを言う。


 いや、物騒なのは寧々のほうか。


「灼くんが苦しそうにしてたから、寧々ちゃんが気にしとってん。だから、『そんなん気にしんでいいよ』って、おれが言ってあげてん」


 自慢げな夜一にむかつく。シンプルに苛立たしい。


「俺の意見を聞かずに、勝手に言ってんじゃねぇよ。あぁ?」


 イライラするので、つい凄んでしまった。


「いいか? 俺に話しかけたくなったら、夜一に言え。もし、夜一がいないときは……」


 ……どうしたものか。


「どうするん?」


「夜一が帰ってくるまで待て。……そう伝えろ」


 あごをしゃくりながら、夜一に命令する。


 ぽかん、とした顔の夜一が「わざわざ言わんでも、聞こえてるで?」とのたまう。


「なにがだよ」


「灼くんは、寧々ちゃんの声が聞こえへんみたいやけど。寧々ちゃんは灼くんの声、ちゃんと聞こえてるで」


「はぁ!?」


 驚きのあまり、素っ頓狂な声が出る。

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