忌み地
駅前のホテル。ツインルームのベッドに、灼は倒れ込んだ。
「はぁ、重かったーー!」
すぐ隣には、一緒にベッドにダイブした夜一の顔がある。
彼に支えられて、なんとか部屋まで辿り着いた。
「……俺はデブじゃねぇよ」
礼を言いたい気持ちはあったのだが、気づいたら減らず口になっていた。
隣のベッドに移動した夜一が、腰を下ろしながら「忌み地」の説明をする。
「忌み地っていうのは、事故とか事件とかがあって、呪いや祟りがあるって言われてる場所のことやで」
日本全国には、忌み地と呼ばれる場所が多数存在しているという。胡散臭ぇ……と言いたいところだが、おかしな事象を体験してしまったので、仕方なくそのワードを飲み込んだ。
「心霊スポットも忌み地のひとつやねん。だから、肝試しとかは安易にするもんとちゃうねんで。もしそこに地縛霊がおったら、家までついてくることもあるし」
「……家について行ったら、もうそれは地縛霊じゃないだろ」
思わずツッコんでしまった。やはり、この界隈は胡散臭い。
「それだけ、憑かれやすい体質の人間やったんやと思う。レアタイプやで、灼くんみたいに。希少価値があるわぁ」
キラキラした目で夜一が灼を見る。
褒められているのだろうか。だとしても、まるで嬉しくはないのだが。
「花が枯れてたのも関係があるのか?」
念入りに花壇の土を確認していた夜一の姿を思い出す。
「忌み地では、植物が生育不能になることが多いねん。花が枯れたり、作物が腐ったり」
「……だから、あそこが忌み地だと?」
「うん。それにな、あのマンションは上に行けば行くほど、嫌な気配がなくなるねん。地面に近いほど、悪い気配を感じる」
「なるほど」
それを確かめるために、最上階まで上ったのか。
「疲れたなぁ」
夜一が、目を擦っている。眠そうだ。ドサッと仰向けに倒れ込み、そのままグイグイと体を伸ばす。
忌み地というのは分かったが、そうなった原因は何だ? 事故? 事件? 正常な土地に戻ることはあるのか?
疑問は尽きない。
「おい」
夜一に声を掛けたが、反応はない。
「……マジか」
夜一は、すやすやと眠っていた。煌々と明かりのついた部屋で。
風邪を引かれても困るので、布団を被せたい。
気合を入れて、なんとか立ち上がる。夜一のベッドに近づき、体を揺すった。目を覚ます様子は皆無だ。
仕方がないので、彼の体の下にある掛け布団をぺろりと乗せておいた。
翌朝、夜一は体に布団を巻き付け、身動きがとれない状態で目を覚ました。芋虫のようだ。たぶん、ごろごろと寝返りをうったせいだろう。
「……動かれへん」
寝起きの夜一の声は、ひどくかすれていた。寝癖がひどい。髪がボサボサになっている。
「風邪を引くよりはマシだろ」
灼の声は、夜一よりも更にかすれている。声を出すのがやっとだった。
「全身が痛てぇ」
筋肉痛のような症状が出ている。
しかも、動けない。金縛りだろうか。
「昨日、分離したやつがうじゃうじゃ寄って来てたから。そのせいやと思うで」
そう言って、夜一があくびをする。大きなあくびだった。
まったく、呑気なもんだ。
こっちは全身がバキバキで、ひとりでは起き上がれないのに。
「おい」
「どうしたん?」
「起こせ」
命令口調で言うと、夜一は嫌そうな顔になった。
「灼くん、重いねんもん」
「デブじゃねぇ。昨日も言っただろ」
「ひとりで行くから、灼くんは休んでて良いで」
夜一がベッドから立ち上がり、出かける準備を始める。
「待てよ! どこに行くんだ?」
「えっとぉ、知り合いの不動産屋さんとか、図書館とか」
夜一は上機嫌で身支度を整えている。
不動産屋は、まぁ分かるとして。図書館には、一体なにをしに行くんだ?
「おい、とにかく俺を起こせ……!」
ベッドの上でジタバタと足掻く。実際には、指一本動かせていない状態なのだが。
「灼くん、良い子でおってな」
夜一が笑顔で手を振る。
「ま、待て。せめて煙草を……!」
灼が言い終わらないうちに、薄情者は部屋を出て行った。
「くそがッ!」
ベッドを蹴りたい。暴れ回りたい。
イライラが止まらず、それなのに煙草も吸えず。おまけに全身が痛い。
身動きが取れないので、寝返りもうてない。
……寝るか。
起きていても苛立ちを感じるだけなので目を閉じた。
意地でも目を開けないでいると、いつの間にか寝入っていたらしい。次に目が覚めたとき、部屋には西日が差していた。
「……まだ、帰ってないのか」
部屋の中を確認する。視線だけを移動させたつもりだったが、頭が動いた。首、腕も動く。
「治ってる、のか……」
上半身に続いて、下半身も動かしてみる。問題ない。
ベッドから体を起こして、灼は大きくため息を吐いた。筋肉痛のような症状は、綺麗さっぱり消えている。
考えるよりも先に手が動く。煙草に火を付けて、思いっきり肺にニコチンを入れる。
頭が冴えてきた。二本目を吸い始めたとき、部屋の扉が開いた。




