↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第一章 忌み地のマンション
PR
7/41

憑かれやすい

「……煙草」


 吸いたい。無性に。


「あかん。我慢して」


 優しく叱られた。「くそっ」と小さく舌打ちをする。


 仕方がないので、煙草は我慢することにした。


 悪いと思いながら、夜一に体重をかける。そうしないと歩けない。灼を支えられるのか、という懸念があったが、それは大丈夫らしい。


 ……まぁ、いくら細身といっても、一応はコイツも男だしな。


 そんなことを考えていたら、意識が朦朧としてきた。ちょっと、ヤバいかもしれない。


「……んだよ、コレ」


 唸るように言うと、夜一がまじまじと灼の顔を見た。


「灼くんって、ほんまに強いんやなぁ」


「あ?」


「この状況になっても、まだ自我があるし。なにより怒ってる」


「普通、怒るだろ」


 こんな状況だ。怒りしかない。もともと、頭に血が上りやすい性質ではあるけれども。


「怒りの感情があるうちは、まだ平気やな。喜怒哀楽のなかで『怒』が、一番強いから」


「……もし『怒』がなくなったら、どうなるんだ?」


「あっという間に『哀』だけになって、そのうち感情がなくなって。それでな、取り込まれるねん」


「取り込まれる……?」


 ふいに、寧々の両親の姿が頭に浮かんだ。


 別人のようになっていた。虚ろな目をして、感情をなくしたようだった。


 夜一に説明すると、深刻そうな顔つきになった。


「……その様子やと、かなり早い段階で自我を失ったんやと思う」


 夜一が慎重に話している。そうか、寧々に聞かせたくないのだ。


 マンションの敷地を出ると、少しだけ呼吸が楽になった。


「灼くんって、憑かれやすい体質なんやな」


「そうなのか?」


「え、もしかして自覚ないん? これまでも色々視えてたやろ?」


 夜一が、ちょっと驚いたように言う。


「幽霊を視たのは、寧々が初めてだ」


 それ以外にも、おかしな事象に遭遇したことはない。だから今でも、幽霊だとかその類のものを「胡散臭い」と思うのだ。


「なるほどーー! じゃあ、寧々ちゃんに憑かれたのがきっかけで、灼くんは視えるようになったんやな。能力が開花したんや!」


 夜一の表情が、ぱあっと輝く。まったく嬉しくはないのだが。不要すぎる能力だ。


「そんなことが、あるのか?」


「何度か、そういう事例を聞いたことがあるで」


 憑かれた影響を受けるらしい。体質が変わるようなものだという。


「さっき、マンションで分裂したやつが灼くんに吸い寄せられてたけど。それは視えてへんかった?」


「あぁ……。そんなに、いたのか? というか、お前だって視えないんだろ? 何で分かるんだよ」


「気配やで」


 またそれか。


「このマンションには、分裂したのがうじゃうじゃおるねん。その無数のやつがな、うれしそうに灼くんに纏わりついてた」


「……マジかよ」


 想像したらゾッとした。灼の体から血の気が引いていく。


「もうな、敷地に入った瞬間からすごいことになってたで」


 ちょっと興奮したように夜一が言う。


「そういうことは、早く言えよ!」


 知ってたら、一歩たりとも敷地内には立ち入らなかったのに! 本当に、コイツはムカつくな!


 夜一の肩に回した手で、思いっきり髪を引っ張る。


「いたっ! もう、やめてよぉ」


「うるせぇ」


 気にせず、ひとつに結った髪をぐいぐいと引っ張った。


「……寧々ちゃんも、やめてって言ってるで?」


 灼の手が、ピタリと止まる。


 途端に、夜一が「ふふん」と笑う。


「くそが!」


「とりあえず、ホテル行こっか」


「はぁ?」


 なぜ急にホテルなのだ。意味不明すぎて疲れる。


「駅前にあったやんな?」


「格安のビジネスホテルだったらな」


「高くても、おれは良いで? 払うんは灼くんやもん」


「なんでだよ」


「依頼人は、灼くんやもん」


 夜一のにこにこ顔を見て、灼は力が抜けた。そういえば、東京までの新幹線代も灼が支払った。


「このマンションには、もうおられへんやろ? とりあえず、住処は必要やん」


 ……それは、確かにそうだ。


 灼は、少しだけ歩く速度を速めた。


「ちょっとは、元気になったん?」


「まぁ」


 ひとりで歩行するのは困難だが、だいぶ楽になった。マンションから距離を取るにつれ、体が軽くなっていくのが分かる。


「灼くんは、憑かれやすいけど強い。変わったタイプやなぁ」


 しみじみと夜一が言う。まったく嬉しくはない。


「……ちなみに、今ってどれくらい憑いてるんだ?」


 自分では分からない。灼は、気配を感じることができないのだ。


「んーー、たぶんひとつ。神戸まで憑いて来てたやつ。もしかしたら、分裂した核の部分かもしれへん。一番、力を感じるから」


「ふぅん」


 灼とは違って、夜一は色々と感知できるようだ。


「もともとは一体やけど、それが細分化していって。それが今は、マンション中で浮遊してる」


「マジで、あのマンション何なんだよ」


「正確には、マンションというより土地のほうやな」


「土地?」


 ……そういえば、花壇の花はすべて枯れていた。


「あそこは、忌み地や」 


「いみち……?」


 何だそれは。


 灼には、聞き慣れない単語だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。