分離したモノ
「嘘だろ? 俺は視えないぞ」
「う~~ん。おれもな、会話はできひんねんけど。でも、絶対におるねん。感じる」
「感じる……?」
「良くないやつ」
「あ、悪霊ってことか?」
ごくり、と唾を飲み込む。
「んーー、幽霊というよりは、怨念みたい……?」
夜一の目が、スッと閉じられた。神経を尖らせているのが分かる。
何かを察知しようとしているようだ。
「……いや、幽霊でもあるんかな。分裂した一部が灼くんの体に憑いてる感じや」
予想外の事態だ。
まさか、寧々の他にもいたなんて。おまけに良くないモノだという。
「元は人間やと思う。死んでから、かなり時間が経ってる」
眉間に皺を寄せながら、夜一が言う。
時間の経過と共に、分裂していくことがあるらしい。
「分裂すると、視えへんようになる。形を成してないから」
会話することも不可能になるようだ。
「灼くん、うちの事務所に来たときから顔色が悪かったけど。ずっと、そんな感じなん?」
「……そうだな」
ここ最近、絶不調だ。かなり体調が悪い。全身に鉛がついてるような感覚だった。そして、一向に回復しない。
「体調が悪くなったのは、いつ頃からやった?」
「……そういえば、引っ越してすぐだったかな」
あのマンション。仕事場から近いという理由だけで選んだ部屋。
「どんなマンションなん?」
「築年数の割りに、妙に古びた印象だな」
空気が淀んでいる気がする。蝉が大量死していたこともあった。
「住人は、どんな感じ?」
「正直、あまり他の住人と会った記憶はない。仕事のせいで早朝にマンションを出て、深夜に帰宅する生活だったから」
体調が悪化してからは、ほとんど部屋に引きこもり状態だった。
「……印象に残ってるのは、この子の両親だな」
「寧々ちゃん?」
「俺の隣に住んでた。最初に挨拶したときは、ごく普通の夫婦だった。でも……」
「でも?」
「だんだん様子がおかしくなっていった」
まさか。
「そのせいなのか……!?」
分裂した悪霊に憑かれて、両親はおかしくなったのか。そのせいで、寧々は……。
「影響を受けた可能性は、かなり高いと思う。憑かれやすい性質やったんやろうな」
「クソッ!」
思いっきり、ガンガンとテーブルを蹴った。
何が悪霊だ。怨念だ。どうして、寧々が死ななければならなかったのか。
「……弱い子が、犠牲になることが多いねん」
納得できない。できるわけがない。
「弱いっていうのは、小さい子はもちろんやけど。大人でも、自分を守る力が弱いと影響を受けやすいねん」
寧々の両親は、そういう意味で「弱かった」のだろうか。
だったら、灼も同じだ。
「俺も、弱いのか……」
「灼くんは強い」
視線を上げると、夜一と目が合った。
「こんなに、影響を受けているのに?」
なんとか神戸まで来たものの、本来ならベッドから一歩も出たくないほどに体が重い。全身がだるくて仕方がない。
「そこまで体がしんどいのに、自我は失ってへんやん? だから、灼くんは強いねん」
……そういうものなのか。
「とにかく、現場に行かな分からんこともあるやろうし!」
そう言って、夜一がソファから勢いよく立ち上がった。
パタパタと動き回って、なにやら準備を始めている。
「おい」
「ん?」
「何してるんだよ」
「旅行の準備」
大きめのバッグに、ぽいぽいと荷物を詰めながら夜一が言う。
「……もしかして、来るのか」
「うん、行くで! 灼くんのマンション!」
高らかに宣言して、夜一は準備を進める。
灼は、大きくため息を吐いた。
……まさか、こんな事態になるとは。
新たな煙草に火を付けながら、夜一を見た。生活用品や小物をバッグに押し込んでいる。
「なぁ」
「ん?」
「その服で東京に行くのか?」
派手なチャイナシャツ。よく見ると綺麗な柄だし、南京町では馴染んでいるから良いのだけれども。
「あかん?」
「……いや」
中華街を出ると、かなり目立つ格好だ。正直なところやめてほしい。
しかし、幽霊だ怨念だと意味不明な状況に陥った今、煌びやかなチャイナシャツなど些末な問題だ。
そんなことを指摘している場合ではない。
ド派手なチャイナシャツをバッグに押し込む瞬間を目撃したが、灼は思いっきり煙草を吸って、そっと視線を逸らした。




