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神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第一章 忌み地のマンション
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指切り

「お前が、こいつに命令したんじゃねぇのか」


 あまりにもタイミングが良すぎる。


 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、なんとか身を起こした。そして、倒れ込むようにソファに腰を下ろす。


「おれが? そんなわけないやん。でも、分かったで」


「何がだよ」  


「女の子の幽霊がおる」


 夜一の言葉に、灼はビクリと反応した。


「暴力、嫌いみたいや」


「なんだと?」


「小さい女の子の声がするねん。その子がな、『やめて』って言うとる。『殴らんといて』って、悲しそうな声で言うとるよ」


 ……暴力。


 そういえば、あの子の体には。


「日常的に、暴力を受けていた痕跡が……」


 小さな体には、無数の殴られた跡があったらしい。


 胸の奥が苦しくなって、思わず唇を噛んだ。拳を握り締める。


「もう殴ったりせえへんよ? うん、大丈夫。灼くんは、ちょっと怒りやすいねん」


 急に、夜一が話し始めた。


「仲良しになるから、大丈夫やで」


 灼に言っているのではない。 


 やたら口調が優しい。


 まるで、小さい子に話すみたいな……。


「お前、まさか……」


 目の前にいる夜一を、灼は信じられない思いで眺めた。


「話せるのか?」


「うん」


「視えないのに?」


「そうやねん。視えへんけど、会話はできるねん。気配も察知できる。これで姿形を確認できたら、もっとええねんけどなぁ」


 腕を組みながら、おっとりした口調で「灼くんは、視えてええなぁ」と夜一が言う。


「その、灼くんっていうのやめろよ」


「名前で呼んだほうが仲良しやん?」


「仲良くなる必要ないだろ」


「寧々ちゃんは、そうしてほしいみたいやで?」


 いつの間にか、名前まで把握している。


「灼くんは、恥ずかしがり屋さんやねん。うん、そうそう」


 どうやら、また寧々と会話しているらしい。というか、誰が恥ずかしがり屋だよ。イライラする。


 腕を組みながら、灼は夜一を睨んだ。


 しばらくして、夜一は灼の手を取った。利き手の左とは逆。煙草を持っていないほうの手だ。


「なんだよ」


「指切り」


「はぁ?」


 夜一が小指を絡ませてくる。 


「ほら、寧々ちゃん。おれと灼くん、仲良しやろ~~! もう喧嘩したりせぇへんって、指切りもしてくれたで」


 随分と楽しそうだ。


 まったく馬鹿馬鹿しい。灼の苛立ちは、限界点に達しそうだった。


 夜一をボコボコにしてすっきりしたくなったが、寧々がいるのでそうもいかない。思いっきり煙草を吸って、なんとか気持ちを抑える。


「それで、灼くん」


 にこにこ顔の夜一が、こちらを見る。


「灼くんは、なんでうちに来たん?」


「青倉から聞いてないのかよ」


 青倉が、遠縁の親戚に話をしてくれたのだ。そのツテを頼って、灼はここに来ることができた。


「詳しいことは全然」


 夜一が、ゆるゆると首を横に振る。


「幽霊に憑かれた奴がして欲しいことなんて、ひとつしかないだろ」


「祓ってほしい?」


「……あぁ」


「それって、本心と違うやろ」


 何もかも見透かしたような、彼の表情が嫌いだ。


「……どうして、そう思うんだ?」


「幽霊は、すごい敏感やから。憑いた相手のこと、よく理解してるねん」


 夜一が、まっすぐに灼を見る。


 その視線に、思わず怯みそうになる。


「灼くんは、寧々ちゃんを祓いたいと思ってない。それを寧々ちゃんは分かってるねん。灼くんがここに来るとき、寧々ちゃんは抵抗せえへんかったやろ?」


 確かに、そうだ。


 東京から神戸に来るまでのあいだ、灼の身には何の異変も起きなかった。


「灼くんは、なんでここにおるん? おれに、どうしてほしい?」


 静かな声だ。凪のような。しんしんと降り積もる雪のような。


 なんだか、急に胸の内を明かしたくなった。


「俺に、罰を与えたいんだと思う……」


「寧々ちゃんが、灼くんに?」


「あぁ」


 きっと、殺したいほどに恨んでいる。


「声を、聞いて欲しかった……」


「こえ?」


「俺は聞こえないから。代わりに、聞いて欲しかったんだ。胡散臭いとは思ったけど、少しでも可能性があるなら行動しようと思った。……俺が、ここに来た理由だ」


 確かめたかったのだ。少女の気持ちを。そして、詫びたかった。


「灼くんは、視えるけど会話はできひんのか」


 なるほどぉ、と夜一が頷いている。


「恨んでないみたいやで?」


 夜一が明るい声で言う。


「罰を与えたいとか、そんなことぜんぜん考えてへん」


「……そんなはず、ないだろ」


 だったら、なんで首に手をかけてるんだよ。


「本人がそう言うてるもん」


 そうだとしたら、なぜ俺に憑いている? 恨んでるからじゃないのか? 首を絞めて、殺したいんだろ?


 寧々の意図が分からず、灼は困惑した。


「それより、灼くん」 


「なんだよ」


「他のは、どうする?」


「……どうするって?」


 何の話だ。


「他の幽霊」


「え?」


「寧々ちゃん以外にも、憑いてるで」


「はぁ!?」


 夜一の指摘に驚いて、思わず声を上げた。

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