御影探偵事務所
「ここか……」
ようやく『御影探偵事務所』の看板を見つけて、灼はつぶやいた。
南京町の中央にある広場からは、少し離れた場所にあった。古びた雑居ビルのような建物だ。この二階に、事務所があるらしい。
階段は細く、薄暗い。広場の喧噪が嘘みたいに静まり返っている。階段を上ると、レトロな木製の扉があった。
『御影探偵事務所』のプレートがかかっているのを確認して、灼は扉をノックする。
しばらくすると、扉が開いた。派手な柄のチャイナシャツを纏った人物が姿を現す。
……男、だよな?
やたら美形だった。化粧をしていないはずなのに、妙につるりとした顔をしている。ひとつに束ねた長い髪は、色素が薄い。
ぱちぱちと瞬きしながら、青年が灼を見上げる。大きな目だ。そして、睫毛が長い。
「青倉さんの紹介のひと?」
関西特有のイントネーションだった。
「あぁ」
「朝霧灼さん?」
頷くと、部屋の中に通された。
「どうぞ~~。そこ、座ってくださいね」
おっとりした口調と、普段耳にしない独特のイントネーションに力が抜ける。
それよりも。座るって、どこにだよ?
確かに、ソファはある。テーブルと、それに向かい合う形で。
しかし、腰を下ろす場所はない。埋もれているのだ。訳のわからない置き物やら、木材やら、布切れやら。そして棚には、骨董品らしいものが雑多に置かれている。
……胡散臭いな。
実際に来てみて、灼は改めてジャッジを下す。
こういう、いかにも「いわくありげです」的な小道具で雰囲気を作っているところがもう、最高に胡散臭い。
灼は布切れを端に寄せて、ドカッとソファに座った。
「所長の御影夜一です」
向かいのソファに腰を下ろした青年から、名刺を手渡された。興味がないので、そのままテーブルの上に投げ捨てる。
「あんたさ、いくつなの」
煙草に火を付けながら、目の前の男に訊く。
「え?」
「歳だよ」
「二十四ですけど」
「俺と変わらねぇじゃん」
「そうなんですね」
青年がにこにこと笑う。
「胡散臭ぇ」
とうとう本音が出た。
「若いと安心できませんか?」
灼は、真正面から青年を見据えた。
思いっきり睨んだが、相手は柔和な顔を崩さない。
「視えてるんだよな? 幽霊」
足を組み替えながら、灼は訊いた。
この男には、絶対に幽霊は視えていない。そう確信している。
灼を見ても平然としているからだ。首に幼女の腕が巻き付いているというのに、反応しないなんておかしい。
霊の存在に慣れているから驚きはないのかもしれないが、それでも灼の首元に一度たりとも視線を向けないのは変だ。
絶対に視えていない。コイツは詐欺師。
「視えてませんよ?」
そう、視えてない……。
「は?」
思わず、煙草を落としそうになった。同時に怒りが湧く。視えないだと? だったら俺は一体、何のために東京から神戸まで来たんだ?
「ふざけんな!」
ガンッ! と思いっきりテーブルを蹴る。立ち上がって、相手に掴みかかろうとしたとき。急に苦しくなった。息ができない。
首が、締まってる……!?
「うっ……、ぐはっ」
灼は、その場に崩れ落ちた。
苦しくてもがいていたが、しばらくすると少しだけ呼吸が楽になった。
「テメェ、俺に何をした……!」
荒い呼吸を繰り返しながら、ギリギリと夜一を睨む。
「おれとちゃうよ?」
床に這いつくばる灼を、夜一は見下ろしていた。イラつくほどに、柔らかな笑みを浮かべながら。




