目覚める
予想通り、成人女性の失踪が事件化されることはなかった。
部屋を片付けていたこと、退社の意向を伝えていたこと。その事実から、自分の意志で姿を消したのだろうと判断されたのだ。
自分の計画通りに事が運んで、良い気分だった。胸を撫でおろした。これが、安寧というのだろうか。そんなことを考えていた。
しかし、両親は違った。
毎日のように娘である自分を探していた。勤務先の社屋の近く、シェアハウスの近辺、最寄り駅付近。チラシを作って配り、SNSでも情報提供を求めていた。
……ちゃんと、送ったのに。
覚悟を決めて、白いワンピースに袖を通したとき。メッセージを送信した。
父親には『わたしは大丈夫です』と。そして母親には『どこかで生きています』と送った。
言いたいことはたくさんあったのに、それしか送れなかった。自分らしいと思った。いつも伝えるのが下手なのだ。
げっそりと痩せ、疲弊し、それでも両親は自分を探すことを止めなかった。
雨が降っても。何も手がかりが見つからなくても。SNS上で心無い声をぶつけられても。決してやめなかった。
自分の判断は、間違っていたのだろうか。
お父さん、お母さん。わたし、ここにいるよ……。
✤
目が覚めると、白い部屋にいた。白い天井、白いカーテン。どうやら、ベッドの上に寝かされているらしい。知らない場所なのに、妙な既視感があった。あの、夏の日に戻ったのかと思った。職場で意識を失って、病院に運ばれた。気が付くと、傍らに青倉がいて……。
「あ、起きました?」
ベッド脇のパイプ椅子に腰かけていた青倉が、立ち上がった。「大丈夫ですか?」と言いながら、心配そうにこちらをのぞき込んでくる。
「お前、青倉か……?」
「ちょっと。なに言ってるんですか、灼さん」
青倉が、呆れたように灼を見る。だって本当に、あのときと状況が一致すぎているのだ。軽くパニックになりながら、灼はベッドから身を起こした。
「もしかして、頭でも打ったんですか? 検査してもらえますよ。ここ、病院だし」
「病院……」
どうりで既視感があるわけだ。そう、思っていると。
遠くのほうから、パタパタと足音が聞こえた。そして、シャッと勢いよくカーテンが開かれる。
「灼くん……!」
チャイナシャツを着た美貌の青年が、涙目で駆け寄ってくる。着衣も派手だが、顔面も派手。今や、すっかり見慣れた相棒の顔だ。
「心配したんやで! 灼くん、急に倒れるんやもん……!」
ベッドにすがりつきながら、「無事で良かったぁ」と半泣きになる。大袈裟なヤツだな、と思ったが、どうやら灼は丸一日ほど意識が戻らなかったらしい。
ぐずぐずと洟をすすりながら、夜一が事のあらましを説明する。あのシェアハウスの床下で、灼は意識を失ったようだ。いくら呼び掛けても反応はなく、救急車で搬送されたらしい。
結果的に、井戸の存在も露見することになった。
救急車や警察車両が到着して、シェアハウスは大騒ぎになったという。
「いきなり警察から連絡が来て。俺、マジでびっくりしましたよ。『あなたが契約している部屋の床下から遺体が見つかりました』とか言われて。そのすぐあとに、夜一さんから『灼くんが倒れて反応がない』って聞かされるし。かなり焦った様子だったから、もしかして灼さんが死んだのかと思いましたもん」
けろっとしながら、青倉が言う。簡単に殺さないで欲しい。
「夜一」
「うん?」
「……彼女の、遺体は?」
「収容されたよ……」
赤くなった目元をこすりながら、夜一が答える。
「そうか……」
「とりあえず、灼さんと夜一さんは、友人……俺ですけど。その友人の部屋で、行き過ぎた探検をしていたという設定になっています。それで井戸を見つけて、覗いたら遺体らしきものがあって。灼さんは、ビビッて気を失った設定です」
警察で、青倉はそう証言したらしい。
「ダセぇ……」
あまりにダサすぎて、それこそ気を失うかと思った。
「いや、そもそも探検って……。大人だぞ、俺たち。そんな話を警察が信じたのか?」
幽霊調査のために部屋にいた、というよりは、よほどマシな弁明だけれども。
「たぶん、大丈夫ですよ。ちょっと変わったひとたちなんですって説明したら、警察官も納得していました。おそらく夜一さんの、そのチャイナシャツが良かったんじゃないですかね。なかなか普段着にはしないですから」
「おれ……?」
きょとん、とした顔で、夜一が青倉の顔を見ている。
ロングヘアで、ド派手なチャイナシャツを纏った男。たしかに、考えてみれば『ちょっと変わったひと』だ。同じ括りにされたことは、不満だが。




