古井戸
「ここを開けろってことか……」
灼は、おそるおそる床下収納の蓋を外した。中にはプラスチック製のカゴがはめ込まれていた。何かを収納していたような形跡はなく、カゴの底の部分にはホコリが溜まっている。
「特に、おかしいところはないなぁ」
夜一がフローリングの床に這いつくばり、腕を伸ばして確認している。重い物を入れるのには適していないらしい。
「安物って感じがするねん。人間が入ったら底が抜けそうやで……」
「……ということは、ここに遺体が隠されていた可能性は低いのか」
床下収納と濡れた幽霊のイメージが重ならない。
「あ、なんか。これ簡単に外れそうかも」
夜一がそう言ったのと同時に、かぽっと音を立ててカゴが外れた。
「そういえば、シロアリ駆除するときって、ここから床下に入ることが多いねんよな……」
外したカゴを灼に渡してから、夜一は引き続き床下の点検を試みる。
スマートフォンの灯りでは限度があるのだろう。「よく見えへんなぁ」と夜一がぼやく。
「中に入ってみようか!」
「うぇ……」
マジで無理すぎる。暗いところは苦手だ。明るい声で提案する夜一に首を振って抵抗したものの、灼に拒否権はない。それどころか、率先して床下に入ることになってしまった。雇われの身は辛い。
「いや、本当に普通の床下だから。怪しいところは無し。以上」
一刻も早く部屋に戻りたくて、灼は適当に報告をした。灼に続いて床下に降りてきた夜一は「え? 異常あり?」と焦った様子で言っている。
「いや、そっちの『イジョウ』じゃないから」
脱力しながら、スマートフォンの灯りをある方向に向けた瞬間。
思わず息を飲んだ。
「……やっぱ、そっちだったわ」
呆然としながら、灼はつぶやいた。
「え、なんて?」
「異常ありだ」
目の前に、井戸があった。
その存在に気づいた夜一は、思わず頭を抱えた。
「うわーー、井戸か。これは難儀やなぁ」
井戸というのは、扱いが難しいようだ。解体する際は、特に。
「適切に処理をしないとあかんねん。埋め立てによる土壌汚染が発生して、それが地下水に浸透する可能性もあるねんで」
地下水の水質が悪化すると、飲み水としての利用が困難になる恐れがあるという。
「一度、井戸が作られた場所は地盤沈下が発生しやすいねん。それを予防する目的として、やり方があるねんけど……。あ、これは何にも処理をしてなさそうやな」
「ずいぶん詳しいな」
夜一の説明を聞きながら、灼は感心した。
「だって、井戸を埋めるときはお祓いするやん?」
「そうなのか?」
「もう、灼くん! そんなん常識やでーー!」
神社の神主に依頼するなどして、対象となる井戸がある敷地で行うことが慣例らしい。
「もともと井戸は信仰の対象というか、神様が宿る場所と考えられてきたんやで。水は人間が生きていくうえで欠かせないものやから。だから、井戸を解体するときは慎重にせなあかんねん」
まれに、夜一が呼ばれることもあるというのだ。
「ちょっといわくがあるときとか、神主さんの手には負えへんときとか。おれが呼ばれるねん」
「……でも、ここは井戸がそのままだよな」
どういう儀式を行うのか、灼は知らない。けれど目の前にある井戸は、どう見てもそのまま放置されているとしか思えない状態だった。
「だから、あかんねん……!」
再び、夜一が頭を抱える。
井戸をそのまま放置するのは、よほどマズいことなのだな、と灼は夜一を見て思った。
「その、お祓いするやつ。金がかかるんだろ? ケチったんじゃねぇ?」
灼のように、事の重大さをよく理解していない人間が、適切に処理をしなかった可能性がある。
そんなことを考えながら、灼は井戸の中を覗いた。スマートフォンの灯りで照らしながら。
「……ん?」
井戸の奥……というか底に、なにかがあった。
目を凝らして、覗き込む。
「おい、うそだろ……」
スマートフォンの灯りだけでは、全貌は確認できない。でも、たしかに白いものが見える。見覚えがあるのだ。あれは……。
「あの女が着ていた、ワンピースだ」




