シェアハウス
何度目かのコールで、応答があった。画面が切り替わり、青倉の顔が表示される。
青倉は、明らかに顔色が悪かった。ひと目で「これはダメだな」と思うくらいに。いつだったか……忌み地のマンションで暮らしていたころの自分を見ているようで、灼は胸騒ぎを覚えた。
『新規で営業所を立ち上げることになって、メンバーに選ばれたんです。それで引っ越しをしたんですよ』
さっそく、青倉に事情を聞いた。
『新しい勤務地は横浜なんです。都内からだと、通えない距離ではなかったんですけど。朝の通勤ラッシュとか、乗り換えのことを考えると、新しく部屋を借りたほうが良いと思って』
目の下にクマを作った青倉が、疲れたように笑う。
『営業所の話は、急に決まったんです。抱えてる案件を引き継ぎしながら、慌てて部屋を探して……。今思えば、不動産屋の言いなりだったかもなって、少し反省しています』
「……相変わらずのブラックだな」
『そうですね』
青倉が苦笑いする。
その、新しく借りた部屋というのがマズかったらしい。
『シェアハウスなんです。特にこだわりがあって選んだわけではなくて。たまたま条件に合って、不動産屋の営業から、けっこう強めにすすめられて。まぁ、いいかなって思ったんです』
引っ越しをしてすぐ、異常を感じたようだ。
『変な音がして……。水音のような感じです。あとは、床が不自然に濡れていたり、部屋の壁にシミが浮かんできたりとか』
青倉の表情には、明らかな疲労が滲んでいる。
「……それで、お前は大丈夫なのか?」
灼の知っている青倉は、いつも飄々としていた。ちょっと生意気で、可愛げのある後輩だった。その面影が、今の彼にはない。
『金縛りがひどくて、寝不足にもなったんですけど。今は落ち着いてますね……。本調子とまではいかないですけど。たぶん、部屋がダメなんだろうなって思って。すぐホテルに避難したんです』
疲れた顔で、青倉が笑う。
「それは、良かったです!」
灼と青倉しかいなかった画角に、夜一が無遠慮に侵入してくる。灼のスマートフォンに顔を近づけ、「素晴らしい判断でしたね」と言っている。
おかげで、灼の顔が隠れてしまった。
「ずっとその部屋におったら、もっとひどいことになってたと思うで! 離れて良かったーー!」
『灼さんのおかげですよ』
「え、そうなん?」
『灼さんもヤバいときあったじゃないですか。なんか、症状が今の自分と似てるなって思って。だから、速攻でホテルに逃げたんです。悪いモノからは、距離をとるのが一番だと学んだので』
灼が東京を離れる際、青倉には事情を説明した。
幽霊、怨念、忌み地。
青倉が信じるかどうかは微妙だったが、夜一を紹介してもらった恩義もあり、全て正直に話すと決めたのだ。
「役に立ってよかったな、灼くん! やっぱり、一度は幽霊に憑かれたり呪われたりしとくもんやな。経験になるもんなーー!」
くるっと振り返り、夜一が灼を見上げる。
「……まぁな」
そんな経験値はいらない。絶対に。しかし、青倉の心身の状態が悪化しなかったことは事実なので、とりあえず良かったのだと自分を納得させる。
「青倉」
夜一の頭を押しのけながら、画面の向こうの青倉の顔を見る。
『なんです?』
「ちゃんと、休んでるんだろうな?」
『……休んでますよ?』
少しだけ、彼の目が泳ぐ。
「本当だろうな?」
間髪入れずに、青倉に問う。
『今日まで、休みをもらったので。ちゃんと休んでました。明日からは、出勤するんですけど……』
言い訳みたいな青倉の返答に、思わず頭を抱えた。
かつては灼を「ブラックな社風に染まり過ぎ」だと笑っていたくせに、今や青倉も立派な社畜だ。
「お前……」
出勤している場合ではないだろう。仕事のことなんて気にするな。ブラック会社なんて、さっさと切り捨ててしまえ。そう言ってやりたいのだが、他人から言われたところで無理なのだ。かつての自分がそうだったので、灼にはよく分かる。
「できる限り、サボれよ」
『灼さん……』
驚いたように、青倉が目を見張る。
「出勤してもいいけど、とにかく楽をしろ。自分以外でもやれそうな業務は、できる限り他人に振れ。そしてサボれ」
今、灼に言えるのはこれくらいだ。
「お前が楽をしている間に、俺たちが解決してやる」
『はい……』
青倉が大きく息を吐いた。そうして目を細めて、安心したように笑った。




