御守り
御守りの中には、長方形の小さな板が入っている。祓いの儀式で使用する香粉の匂いを纏わせ、それを和紙でくるむのだ。きちんと念を込めているらしい。
ずらりと板を並べ、夜一が真面目に経を唱えていたのを灼も確認した。
詐欺商品ではない。効き目はある。受け取る相談者が今のところ全員「気のせい」な人々なのが、残念で仕方がない。誠に遺憾だ。せっかくの、正真正銘の御守りなのに。
御守りの表には「御影探偵社御守り」の文字が輝く。灼が刺繍を施しているのだ。金色の刺繍糸で、ちくちくと針を動かしていたのだが……。
「灼くんって、意外に器用やなぁ」
感心したように、夜一が灼の手元をのぞき込む。
「……意外か?」
「細かい作業とか苦手そうやん。すぐイライラして『こんなこと、やってられるか!』って言うて。針を投げつけてきそうやで」
酷い言われようだ。キレやすい体質なのは、認めるけれども。
「仕事ならやる」
「ふぅん。あ、そういえばさぁ」
「……なんだよ」
さっそく灼は舌打ちをした。作業中に話しかけられると集中力を欠くのだ。刺繍が歪な形になってはいけない。見栄えが悪くなる。
「的形さんの屋敷に初めて行ったとき。おれは気配を感じて気分が悪くなったけど、灼くんは平気やったやん?」
「そうだな」
「納得がいかんねんなーー!」
「はぁ?」
いきなり文句をつけられ、灼は憤慨した。喧嘩を売るつもりだろうか。だったら喜んで買う。受けて立つ。
「忌み地のマンションで体調が最悪になってたやん? 分裂したモノに影響を受けて、歩かれへんようになったり、筋肉痛になったり」
そういえば、そうだった。つい三ヵ月前のことなのに、なんだか昔のことのようだ。
「へろへろになってさ、おれに寄り掛かって……。あのときの灼くんは可愛げがあったのになぁ」
夜一が、大げさにため息を吐く。
「うるせぇ」
可愛げなんてあってたまるか。灼は、思いっきり夜一を睨んだ。
「あの集落に漂ってたモノは、相当に強かったと思うねん。なんたって、おれがしんどくなるくらいやし~~!」
「へぇ」
適当に返事をしながら、灼は手を動かした。御守り制作を再開する。まだまだ話は続くらしいが、どうせつまらない内容だろう。聞く価値のない話に耳を傾けるより、仕事をしていたほうがマシだ。
数分後。
「それやのにな、灼くんがぜんぜん影響を受けへんのはやっぱり強いからなんやと思って。すごいな~~って思ってん!」
単純に、耐性がついたのだろう。
「それで?」
「だから、すごいな~~って思ってん!!」
……終わりか?
しばらく何やら話していたが、特にオチもなかった。内容も薄い。やはり、聞く価値のない話だったな……と呆れていると。
「わわっ! 灼くん見て。これ、ほら! またリモート相談の予約が入ったで~~!」
満面の笑みで、夜一がパソコンの画面を見せてくる。
「わぁ!」
夜一が、大げさに仰け反る。
「うるせぇな!」
思わず手が出そうになった。気が散って仕方がない。頼むから静かにしてくれ。針仕事は神経を使うのだ。
「相談者、青倉さんや……!」
「え?」
聞き覚えのある名前が夜一の口から飛び出した。
青倉利人。
彼は、灼の元同僚だ。東京で働いていたころの後輩で、この御影探偵事務所を紹介してくれたのも彼だった。
「……俺のときみたいに、誰かを紹介するとかじゃないのか?」
「違うみたいやで。今、住んでるところの部屋に問題があるらしい。それで、話を聞いてもらいたいんやって」
パソコンの画面に顔を近づけながら、夜一が言う。ぎゅっと眉を寄せている。真剣な顔つきだ。
灼は刺繍針を針山に刺し、スマートフォンを手に取った。
「……灼くん、どうしたん?」
「俺に連絡して来ないとかありえねぇ。他人行儀なんだよ。リモート相談とか、ふざけんじゃねぇ」
イライラしながら、青倉に電話をかけようとした。その手を、夜一が阻む。
「待って」
「触んなよ」
「音声だけやったら、気配が分からへんから。ビデオ通話にして」
「お前……」
深刻な顔つきの夜一に、灼は気圧された。
「青倉さんが『気のせい』で相談してくるはず、ないやろ……?」
間違いなく、その通りだ。灼はうなずき、青倉に電話をかけた。




