降り続く雨
「うちの事務所は、安心安全をモットーにしてるんやからな!」
「明朗会計?」
「そうや!」
夜一が、ふんっ! と顔を背ける。ご機嫌を損ねたらしい。
的形からコールがあったときは晴れていたのに、気づいたら雨が降り出していた。カーテンの隙間から漏れていた夕陽が、すうっと途切れていく。
部屋の灯りをつけて、夜一が茶を淹れ始めた。またしても、湯呑が四つ。
灼と夜一、寧々。それから……。
「お前も、懲りねぇな」
そう言いながら、灼は少女の目の前に湯呑を置いた。どうせ手を付けないだろうと踏んで、しばらく様子をうかがっていたのだが。
「あ……」
思わず、灼の声が漏れた。
少女が、湯呑に手を伸ばしたのだ。夜一は目を輝かせている。ちょっと大げさなくらいに感激している。でも、なぜだ。
「お前、視えてないだろ」
「うん。でもな、聞こえるから」
「は?」
「寧々ちゃんがな、声をかけてあげたんやで!」
興奮気味に、夜一が詳細を告げる。
どうやら、寧々が茶をすすめたらしいのだ。
「寧々ちゃんが『いっしょに、飲もう?』って言ってな、誘ってあげてん!」
キラキラの目をした夜一が、灼にガバッと抱き着いてくる。
「おい、何だよ……!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、灼は硬直した。
「寧々ちゃん、人見知りやのに。えらいなぁ、がんばったなぁ」
夜一が抱きしめているのは、灼ではなく寧々のようだ。ひたすら「ええ子や」と繰り返している。
少女が、そっと湯呑に口をつける。
「……あの子が、『カヤ』で間違いないんだよな」
生贄にされた、的形の縁者。
「うん」
夜一の表情が翳る。
「間違いない。寧々ちゃんがな、『カヤちゃん』って名前を呼んだら、反応してん。小さい声やったけど、確かに『はい』って返事したんや」
「そうか……」
「あの子には、もう誰かを呪う力は残ってへん」
気配で分かるのだと、夜一は言った。
「でも、的形の人間がことごとく不幸になったのは、あの子のせいなんだろ?」
「間違いなく、そうや。どうしても許せへんかったんやろうなぁ。自分だけが犠牲になって、恨んで。それがいつの間にか、呪いになった。……次々と的形の人間を呪うことで、簡単にいえば気が済んだんや」
……だったら、カヤが消滅しないのはなぜだ?
「思いを遂げたら、現世から消えるんだろ? でも、あの子はまだここにいる」
「他にも、なにか『思い』があるんとちゃうかな……」
その『思い』が何なのか。残念ながら、夜一では分からないという。
「さすがに気配で探ることは、できひん……。灼くんは、どう?」
「なんで俺なんだよ」
「だって、灼くんに憑いてるんやもん。『思い』らしきもの、感じ取れへんの?」
「無理いうなよ」
灼は、首を振った。
ふいに手毬をつく音が聞こえて、灼は自然とカヤのほうを見る。
「う、うそだろ……?」
寧々が、そこにいた。カヤではなく、寧々が手毬をついていたのだ。慣れないてつきで、てちてちと手毬を叩いている。
寧々は手毬で遊んだことがないのだろう。力の加減が分からないのだ。すぐに、思いもよらぬ方向へ飛んでいってしまう。その手毬を、カヤと一緒に追いかける。そしてまた、てちてちとつく。
「な、なんで」
驚愕している灼とは反対に、夜一は満足そうな顔でうなずいている。
「人見知り同士、気が合うんやろうなぁ」
「……どういうことだ?」
訳が分からず、灼は低い声で夜一に問う。
「一緒に遊んでるんやで。灼くんは視えてるんやから、分かるやろ?」
目をぱちくりさせながら、夜一が「おれも視たいなぁ」言う。
「なんで二人は、ああいうことになってるんだ? その経緯を聞いてるんだよ」
イライラする。思いっきり、夜一の腕を捻り上げたい。
「寧々ちゃんに声をかけてもらったんが、よっぽど嬉しかったんやろうなぁ。『手毬を貸してあげる』って、あの子が言うたんや。それでな、二人で仲良く遊んでるねん!」
すぐ目の前にある、にこにこ顔の夜一を自分から引き剥がす。
「というか、寧々は俺から離れられたんだな……」
常に灼の首まわりにへばりついていたので、なんだか変な感じだ。
「もしかして、寧々ちゃんが離れていってショックなん? 孤独? 侘しい?」
夜一が、茶化すように言う。
「そんなわけあるかよ」
灼はそう言って、夜一の肩を軽く小突いた。




