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神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第二章 不幸が続く家
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生贄

 夜一の手から、スマートフォンをふんだくった。そして、画面をタップする。


「てめぇ、ふざけんなよ!」


 いきなり灼が声を荒げたので、的形は「ヒッ!」と小さく悲鳴のような声を上げた。


 灼は構わず、怒鳴り続ける。あんな物騒な屋敷だとは聞いていない。仏間の遺影の数が尋常ではない。


「それにな、あの家は相当に古いが、住もうと思えば住めるじゃねぇか」


 建付けが悪い箇所はあったものの、倒壊の危険があるようには見えなかった。全体的なつくりがしっかりしているのだ。改築した形跡もあった。


「お前は『倒壊寸前で危険だから』と言っていた。そのための工事だと申告したが、それは嘘だ」


 電話の向こうで、的形が押し黙る。


『……すみません、あなたの言う通りです』


 小さくため息を吐いて、灼は夜一にも聞こえるよう、スマートフォンを操作した。


「騙されたようで、腹が立つんだがな」


『あの家を解体して、更地にしようとしているのは本当なんです。でも、その理由を正直に言うと、引き受けてもらえないのではと思ったので……』


 的形の声は弱々しく、そして震えている。


 ……小狡い野郎だな。


 灼は余計に苛立った。もし目の前にいたら、顔面に渾身の一発を入れているところだ。


「おい、俺にボコられたくなかったら、てめぇの知ってることを全て話せ。いいか? 全部だぞ。隠し事なんてしやがったら、ただじゃおかねぇからな」


 低い声で、脅すように言う。 


『わっ、分かりました……』


 的形は決意したように、あの家にまつわる「いわく」とやらを打ち明けた。


『的形の家は、庄屋だったんです』


 庄屋とは、簡単にいえば村の長だ。江戸時代に村役人の長として、村政全般を司っていた。関西特有の呼称でもある。


 だから的形の当主は、あんなに立派な屋敷に住むことができたのだ。


『現存する民家は数えるほどですが、昔はかなり大きな集落だったそうです。もともとは木地師(きじし)の集団だったとか』


「なんだ? その、木地師とかいうのは」


『轆轤(ろくろ)を使って、木工品の製造や加工をする職人のことです。轆轤師とも呼ばれていたとか。素材が豊富に取れる山中を集団で移動して、生活を営んでいたようです』


 時折、里に下りて交易をして、生計を立てていようだ。


『どういう経緯があったのかは不明ですが、いつの頃からか移動生活をやめて、集落を作ったようです。焼畑耕作と林業で、それなりに栄えていた時期もあったと聞いています。ただ、昔からその辺りは地盤が緩い土地だったそうで。何度か土砂災害に見舞われているんです』


 そういえば、つい最近も崖崩れが発生している。だからこそ境界標を探すハメになったのだ。


『今から、約二百年ほど前。江戸時代の終わり頃だったらしいのですが、土砂災害によって村の大半の家が押し流されてしまったようなんです。大勢が亡くなったとか……』


「それで?」


 灼は煙草に火を付けた。ゆっくりと煙を吐き出しながら、電話の向こうの的形に問う。


『当時、土砂災害というのは、土地の神様の怒りの現れだと考えられていたようで。その怒りを鎮めるために、生贄を捧げることになったんだそうです』


「生贄……?」


 灼が、そうつぶやいた瞬間「タン」と音がした。灼の背後で。


 ゆっくりと振り返る。


 少女が、手毬をついていた。


 ……タン。タン、タン。タンタタ、タン。


 その音は、夜一にも聞こえたようだ。


「まさか、そんな。嘘やんな……?」


 灼と夜一は、思わず顔を見合わせた。


「そ、その生贄っていうのは……。飼ってる牛とか鶏とか、村で採れた作物とか。そういう類のもんを捧げるんだよな……?」


 そうであって欲しいと思う。いくら江戸時代とはいえ、そんなことがあるのか?


『いえ、人間です』


 的形の言葉に、思わず息を飲んだ。


『幼い子を生贄に差し出したんです。「カヤ」という名前の少女でした。年は八つ。生まれて間もなく、両親が流行り病で命を落として、的形の本家が引き取ったんです。どうやら、縁者だったようで……』


「自分たちが育てた子を生贄にしたのか?」


『……所詮は、ただの縁者ですから。自分たちの家族ではない。それに的形の家は、一度も土砂災害の被害に遭っていなかったそうです。ぎりぎり被害を免れていたとか。誰も死なず、被害が及ばす、大きな屋敷で悠々と暮らしている。村人たちの不満を鎮めるためには、ちょうど良かったのかもしれません。的形の血を引いている者が、生贄になる。的形の家も犠牲を払った。村人のために尽くした。そう思わせたかったんだと思います』


「お前の先祖は、碌でもねぇ奴だな」


 灼は端的に言って、的形を突き放した。


『……僕も、そう思います』 


 自嘲するように、的形が言った。


『今、的形に財産といえるものはほとんどありません。屋敷はあの状態ですし、土地だって価値は無いに等しい。僕の両親は二人とも病気で亡くなりましたが、生前、相続は放棄するようにと言っていました。でも、僕はそうしなかった。生贄のことを聞いて、悪いことだと思いながら、心のどこかで「仕方がない」と思ったんです。そう思ってしまった。だから、僕は的形の家を継いだんです。間違いなく僕は、的形の血を引いた人間です』


「責任を取るつもりか?」


『僕が、的形の最後のひとりなんです。もう、分家もすべて滅んでしまった。人間がひとりもいなくなったのに、呪いだけ残ってるなんておかしいじゃないですか』


 不思議と、的形の声は力強かった。


「……それを、正直に言えば良かったじゃねぇか」


『失礼ながら、あまり信用していないんです。幽霊とか、呪いとか。あの屋敷には、確かに幽霊がいて。自分はそれを信じているんですけど。でも、他人がそれを口にすると、ひどく胡散臭く感じるというか。あまつさえ、商売にしているひとのことは……』


 気弱な男だと、初めて見たときに思った。でも今は、不思議と違う印象を受ける。


 夜一はムスッとしていたが、灼はどちらかというと的形の意見に近い。


 通話を終えたあとで「もしかしたら、的形とは気が合うかもしれねぇわ」と言ったら、夜一はますます膨れっ面になった。

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