民宿での証言
集落があった山を下り、清流沿いの市道をしばらく走ったところに宿を見つけた。古い民宿だった。
老夫婦が二人で、細々と営業しているようだ。和室に案内され、灼はすぐに畳の上に寝転がった。ひどく体力を消耗した気がする。
手持無沙汰なのか、夜一はちまちまと茶を淹れはじめた。座卓には盆が置かれ、茶筒や急須、湯呑がセットになり用意されていた。
ポットから急須に湯をそそぐ。湯の出が悪い。ちょろちょろという音が、なんとも緊張感を削いでいく。
「……ホテルのほうが良かったな」
「なんで?」
「思い出すだろ」
この部屋には襖がある。畳特有の匂いもする。どうしても、あの屋敷の仏間を連想してしまうのだ。洋室を希望したのだが、残念ながらこの民宿には和室しかなかった。
「でも、この子は和室のほうが慣れてるんちゃう?」
にこにこ顔で、夜一が周囲を見回している。彼の表情が見慣れたものだったので、灼は密かに安堵した。悪い気配に、夜一の心身が浸食されていくのは、見ている灼だって辛い。
「……なかなか、しゃべらへんなぁ」
部屋のあちこちを見ては、夜一がため息を吐く。どうやら少女は、言葉を発さないようだ。そのため部屋のどこにいるのか、夜一には判断がつかないらしい。
「そっち」
ふいっと顎をしゃくって、灼は居場所を教えた。
少女は部屋の隅で正座していた。やはりうつむき加減で、膝の上には手毬を置いている。
「どうぞ」
灼の目の前に、コトリと湯呑が置かれた。それもふたつ。
……寧々の分か。
そう思って、茶をすする。
座卓の上には、さらにふたつの湯呑があった。ひとつは、夜一のもの。もうひとつは……。
「お前、律儀だな」
少女の分を茶を淹れたらしい。
「ひとりだけ仲間外れにできひんやろ?」
そう言って、夜一が湯呑を押し付けてくる。灼から渡せということだろうか。仕方なく、部屋の隅にいる少女の前に湯呑を置いた。
夜一が、「飲んでる?」と目配せしてくる。
「いや」
残念ながら、少女は湯呑に手を付けない。
「そっかぁ……」
夜一が肩を落とす。
「それより。的形は? 電話したんだろ」
的形には、問いただしたいことが山ほどある。
「したけど、出えへんかった。まだ昼間やから、仕事中なんちゃうかな」
そう言いつつ、夜一は再度、的形にコールしている。
「……あかんわ」
夜一が首を振る。
「チッ」
舌打ちをしながら、灼は立ち上がった。
「どこ行くん?」
「フロント」
「用事でもあるん?」
「この民宿、あの集落からそう遠くないだろ」
代々、同じ場所で民宿を経営していると言っていた。あの老夫婦から、何か話が聞けるのではと思ったのだ。
灼が睨んだ通り、老夫婦は山中にある集落のことを知っていた。
夜一が人当たりの良さを発揮して、話を聞き出していく。根掘り葉掘りといった感じなのに、不快感を感じさせないのが夜一のすごいところだ。
「そうなんですよ。おれたち、神戸のほうからドライブに来たんですけど。土砂崩れで通行止めになってて。回り道しようとしたら、ガタガタの道に入ってしまって……! 車は揺れるし大変やったんです」
「それは、難儀でしたねぇ」
作務衣に前掛けという出で立ちの女将が、灼と夜一を労ってくれる。
「その道を進んで行ったら、小さな集落にたどり着いてたんです。やたら立派な壁に囲まれた屋敷がある村やったんですけど」
「あぁ、あの村か……」
同じく作務衣姿の宿の主人が、白くなった髭をザリザリと撫でる。
「ご存知なんですか。道を尋ねようと思って、ちょっと村の中に入らせてもらったんですけどね。誰もおらんかったんです」
「今は、皆さん山を下りたんちゃうかしら。数年前、廃村になったらしいと聞いたわよ」
やはり、現在は廃村のようだ。
「新しい住人が、次から次に来たけど。結局、あかんかったなぁ」
「……次から次に、ですか?」
主人の言葉に、夜一が首をかしげる。
灼も不思議に思った。あんな辺鄙なところにある集落だ。新たな住人が次々とやって来るなんてことが、あるのだろうか。
「村長さんのお宅のことや。壁に囲まれた家があったやろ。あの屋敷に住むとな、必ず不幸が訪れるんや」
女将と主人が、互いの顔を見ながらうなずきあう。
「呪われとるんやろねぇ……。次々と死んでいくんやもん」
女将が、重々しい口調で言った。




