手毬の少女
「聞こえる。何の音なんやろ……」
夜一が、辺りを見回している。
「そういえば『ラップ現象』が生じてるって話だったよな……?」
この音が、そうなのだろうか。
足音かと思ったが、違う気がする。もっと何か、弾むような音だ。灼は耳を澄ました。どこから音が聞こえるのか。神経を尖らせて探る。
……タン。タン、タンタン、タン。
少しずつ、音が近づいてくる。
聴覚に意識が向いていたせいで、一瞬、気づくのが遅れた。いつの間にか、目の前にいた。着物を纏った少女だ。
踏石の近くで、小さな女の子が手毬で遊んでいる。
灼は、思わず息をのむ。
音の正体が分かった。手毬をつく音だったのだ。
夜一は、少女の存在に気付いていない。すぐそばにいるのに。
……確定だな。
今、灼の目の前にいる少女は生きてはいない。幽霊だ。
「夜一」
そっと静かに夜一を呼ぶ。
「どうしたん?」
「いる。そこに」
視線で場所を示した。
何が、と言いかけたけれど、夜一はその言葉を飲み込んだ。
「……ひとり?」
「あぁ」
さっき、大量の遺影を仏間で見た。それで数多の幽霊が出現したのではと考えたのだろう。
少女の姿形、手毬のこと。自分が視えているものを夜一に、事細かに伝える。うなずきながら、灼の説明を真剣に聞いていた夜一だったが、急に体がピクリと反応した。
「こ、声が……」
「聞こえるのか?」
あの少女と、対話できるのだろうか。少し期待を持ったけれど、夜一は「違うねん」と首を振る。
「歌っとる」
「うた……?」
「たぶん、手毬唄や」
ずいぶん悲しいメロディーだという。
「一旦、この家を出るぞ」
そう言って、灼は夜一の腕を掴んだ。一度、情報を整理したい。仏間の遺影のこと、そして少女の幽霊のこと。的形に尋問する必要がある。何となく、あの男はまだ、自分たちに隠していることがある気がする。
集落の入口まで戻り、停車させていた車に乗り込む。
「はぁーー……」
どちらともなく、ため息を吐いた。
「……とりあえず、麓の町まで行って宿を見つけるぞ」
「うん」
灼はハンドルを握り、車を方向転換させた。慎重に来た道を引き返す。
「お前、平気か?」
夜一は、ずいぶんやつれている。
「大丈夫やで。……それがな、不思議と嫌な感じはなくなってん」
仏間から縁側に移動したあたりから、気配は感じるものの不快感はなくなったという。自分たちが来たことを喜んでいるような、歓迎されているような感覚だったらしい。
「あの幽霊が喜んでたって? そうは見えなかったけどな」
ひとりで、手毬をついていただけだった。
その割には、灼と夜一のすぐそばにいて、妙に距離が近いのことは気になったが。
「……それでな」
もったいぶったように、夜一が上目遣いで灼を視る。
「なんだよ」
「寂しいねん」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。一体、コイツは何を言い出したんだ。
「女の子の気配がな、妙に寂し気な感じがした」
……なんだよ。そっちかよ。
とりあえず安堵する。片手でハンドルを操作しながら、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜていると。
……あれ、なんか。変な感じだ。
首に違和感を覚えた。気のせいかと思ったが違う。苦しい。呼吸がしにくい。これは、完全に身に覚えのある感覚だ。
「どうした?」
灼は、寧々に呼びかけた。
「え?」
夜一が怪訝な顔をする。
「違う、お前じゃなくて。たぶん寧々が何か言おうとしてる」
「そうなん? 寧々ちゃん、どうかしたん?」
夜一が、こちらに身を寄せてくる。
「……うん、うん。また、灼くんの首を絞めてもた? そんなん、寧々ちゃんが謝る必要ないで。寧々ちゃんの声が聞こえへん、灼くんが悪いねんから。もっと、ぎゅう~~ってしても平気やで」
夜一が笑っている。微笑みながら物騒なことを言っている。
「いや、それはやめろ」
呆れながら、灼が口にしたとき。
「えぇ!?」
夜一が大きな声を出した。ビクッと灼の肩が上がる。
「いきなり、何だよ!」
ハンドル操作を誤りそうになり、反射的に肘で夜一を突く。
夜一は、表情を強張らせていた。無言でフロントガラスを見つめている。いや、茫然としているといったほうが良いのか。
「灼くん、後ろ……」
「は?」
正面を見据えたまま、夜一が静かに言う。
「後ろの席、見てくれる……?」
まさか。
灼は、ごくりと唾を飲む。
そんなはずはない。そう思いながら、灼はルームミラーで後部座席を確認した。
「嘘だろ……」
それが視えた瞬間、灼は無意識にブレーキを踏んでいた。
車が急停止する。おそるおそるといった感じで、夜一が尋ねてくる。
「……おるん?」
灼は、両手で顔を覆った。
「寧々ちゃんが『女の子がついてきてる』って言うんやけど。ほ、ほんまなん……? ほんまに、後ろにおるん?」
間違いなく、いる。
手毬を抱えた少女が、後部座席に座っていた。
「あぁ……」
灼は、ゆっくりと頷いた。
うつむき加減だったが、口元だけは確認できた。わずかに笑みを浮かべていたことだけは分かった。




