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神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第二章 不幸が続く家
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手毬の少女

「聞こえる。何の音なんやろ……」


 夜一が、辺りを見回している。


「そういえば『ラップ現象』が生じてるって話だったよな……?」


 この音が、そうなのだろうか。


 足音かと思ったが、違う気がする。もっと何か、弾むような音だ。灼は耳を澄ました。どこから音が聞こえるのか。神経を尖らせて探る。


 ……タン。タン、タンタン、タン。


 少しずつ、音が近づいてくる。


 聴覚に意識が向いていたせいで、一瞬、気づくのが遅れた。いつの間にか、目の前にいた。着物を纏った少女だ。


 踏石の近くで、小さな女の子が手毬で遊んでいる。

 

 灼は、思わず息をのむ。


 音の正体が分かった。手毬をつく音だったのだ。


 夜一は、少女の存在に気付いていない。すぐそばにいるのに。


 ……確定だな。


 今、灼の目の前にいる少女は生きてはいない。幽霊だ。


「夜一」


 そっと静かに夜一を呼ぶ。


「どうしたん?」

 

「いる。そこに」


 視線で場所を示した。


 何が、と言いかけたけれど、夜一はその言葉を飲み込んだ。


「……ひとり?」


「あぁ」


 さっき、大量の遺影を仏間で見た。それで数多の幽霊が出現したのではと考えたのだろう。


 少女の姿形、手毬のこと。自分が視えているものを夜一に、事細かに伝える。うなずきながら、灼の説明を真剣に聞いていた夜一だったが、急に体がピクリと反応した。


「こ、声が……」


「聞こえるのか?」


 あの少女と、対話できるのだろうか。少し期待を持ったけれど、夜一は「違うねん」と首を振る。


「歌っとる」


「うた……?」


「たぶん、手毬唄や」


 ずいぶん悲しいメロディーだという。


「一旦、この家を出るぞ」


 そう言って、灼は夜一の腕を掴んだ。一度、情報を整理したい。仏間の遺影のこと、そして少女の幽霊のこと。的形に尋問する必要がある。何となく、あの男はまだ、自分たちに隠していることがある気がする。


 集落の入口まで戻り、停車させていた車に乗り込む。


「はぁーー……」


 どちらともなく、ため息を吐いた。


「……とりあえず、麓の町まで行って宿を見つけるぞ」


「うん」


 灼はハンドルを握り、車を方向転換させた。慎重に来た道を引き返す。


「お前、平気か?」


 夜一は、ずいぶんやつれている。


「大丈夫やで。……それがな、不思議と嫌な感じはなくなってん」


 仏間から縁側に移動したあたりから、気配は感じるものの不快感はなくなったという。自分たちが来たことを喜んでいるような、歓迎されているような感覚だったらしい。


「あの幽霊が喜んでたって? そうは見えなかったけどな」


 ひとりで、手毬をついていただけだった。


 その割には、灼と夜一のすぐそばにいて、妙に距離が近いのことは気になったが。


「……それでな」


 もったいぶったように、夜一が上目遣いで灼を視る。


「なんだよ」


「寂しいねん」


「はぁ?」


 素っ頓狂な声を上げてしまった。一体、コイツは何を言い出したんだ。


「女の子の気配がな、妙に寂し気な感じがした」


 ……なんだよ。そっちかよ。


 とりあえず安堵する。片手でハンドルを操作しながら、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜていると。


 ……あれ、なんか。変な感じだ。 


 首に違和感を覚えた。気のせいかと思ったが違う。苦しい。呼吸がしにくい。これは、完全に身に覚えのある感覚だ。


「どうした?」


 灼は、寧々に呼びかけた。


「え?」


 夜一が怪訝な顔をする。


「違う、お前じゃなくて。たぶん寧々が何か言おうとしてる」


「そうなん? 寧々ちゃん、どうかしたん?」


 夜一が、こちらに身を寄せてくる。


「……うん、うん。また、灼くんの首を絞めてもた? そんなん、寧々ちゃんが謝る必要ないで。寧々ちゃんの声が聞こえへん、灼くんが悪いねんから。もっと、ぎゅう~~ってしても平気やで」


 夜一が笑っている。微笑みながら物騒なことを言っている。


「いや、それはやめろ」


 呆れながら、灼が口にしたとき。


「えぇ!?」


 夜一が大きな声を出した。ビクッと灼の肩が上がる。


「いきなり、何だよ!」


 ハンドル操作を誤りそうになり、反射的に肘で夜一を突く。


 夜一は、表情を強張らせていた。無言でフロントガラスを見つめている。いや、茫然としているといったほうが良いのか。


「灼くん、後ろ……」


「は?」 


 正面を見据えたまま、夜一が静かに言う。


「後ろの席、見てくれる……?」


 まさか。


 灼は、ごくりと唾を飲む。


 そんなはずはない。そう思いながら、灼はルームミラーで後部座席を確認した。


「嘘だろ……」 


 それが視えた瞬間、灼は無意識にブレーキを踏んでいた。


 車が急停止する。おそるおそるといった感じで、夜一が尋ねてくる。


「……おるん?」


 灼は、両手で顔を覆った。


「寧々ちゃんが『女の子がついてきてる』って言うんやけど。ほ、ほんまなん……? ほんまに、後ろにおるん?」


 間違いなく、いる。


 手毬を抱えた少女が、後部座席に座っていた。


「あぁ……」


 灼は、ゆっくりと頷いた。


 うつむき加減だったが、口元だけは確認できた。わずかに笑みを浮かべていたことだけは分かった。

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