古い屋敷
しばらくすると集落が見えた。古い瓦屋根の家と田んぼが点在している。小さな村だった。
村の入口で車を停車して、歩きながら周囲を確認する。人の気配はない。怖いくらいに静まり返っている。
「もしかしたら、廃村なんかもしれへんな……」
顔色の悪い夜一が、きょろきょろと辺りを見回した。
「おい、あれじゃないか?」
灼は、目の前に現れた大きな家を指さした。
村の入口から、一番奥まったところに建っている。的形から聞いていた通り、家というよりは屋敷だった。周囲はぐるりと壁で囲われている。まるで城壁のようだが、どう考えてもこの集落には不釣り合いだ。
的形から渡された鍵を使って解錠し、門扉をくぐる。敷地内には、母屋と離れ、それから蔵がある。
母屋に入るため、曇りガラスの引き戸を開ける。途端にカビの匂いが鼻をついた。もう何年も、人の出入りがないのだろう。
換気もされていないようだ。空気がひどく淀んでいる。
カビの匂いに我慢できず、灼は窓に手をかけた。しかし、なかなか開かない。建て付けが悪いのだ。相当に古い家なので、仕方がないのだが。
力を込めて、強引に窓を開けた。灼の呼吸は楽になったが、夜一は苦しそうだ。
「おい、へばるなよ」
「……分かってる」
真っ青な顔をしながら、夜一がうなずく。
それにしても広い屋敷だ。襖を開けると、また次の襖が現れる。
屋敷の中をぐるぐると移動する。自分が今、どこにいるのか分からない。まるで迷路に迷い込んだようだった。勢いよくスパン! と襖を開けていた灼だったが、その部屋を見た瞬間、腰を抜かしそうになった。
「……なん、だ。これ」
「ここ、仏間やな……」
隣にいる夜一も、どうやら怯んでいるらしい。灼の背後から、そっと部屋の中をうかがっている。
仏間には違いないのだろうが、明らかに様子がおかしい。遺影の数が尋常ではないのだ。壁一面が、額縁に入った故人の写真で埋め尽くされている。
当初は鴨居に吊るしていたのかもしれない。しかし、それでは追いつかなくなったのだろう。
「い、いくら歴史のある家だからって、多すぎないか……?」
尻込みしながらも、灼は部屋に足を踏み入れた。
「若くして、亡くなった方もいるみたいや」
夜一が指摘した通り、若年者の遺影もいくつかある。ほとんどがモノクロだった。ぐるりと部屋を見回しているうちに、奇妙な感覚になった。遺影に写る人物たちに、じっと見られているような気がするのだ。まるで監視されているような。どの遺影を見ても、彼らと目が合っている錯覚に陥る。
夜一の足元がふらつき、灼は慌てて体を支えた。
「とりあえず、出るぞ」
夜一の体を引きずるようにして、部屋をあとにする。
「う、うん……」
なるべく仏間からは離れたい。なんとか玄関付近までたどり着き、縁側で夜一を休ませる。
「大丈夫か?」
「うん、平気やで。……けど、びっくりしたな」
「あれ、全員が死んだってことだよな……?」
遺影なのだから当然のことだ。けれど、信じられないくらいに、おびただしい遺影の数だった。
縁側のガラス戸を開け、灼は大きく深呼吸をした。立派な踏石がある。ここから中庭に出られる構造らしい。
「それにしても、でけぇ家だな……」
広い屋敷だ。造りもしっかりしている。築年数はかなり経過しているはずだ。それでも、的形から聞いていたほどではない。ざっと見ただけだが、倒壊の危険はなさそうだった。
とりあえず落ち着こうと、煙草に手を伸ばしたとき。中庭のほうから、何かが聞こえた。
……タン、タンタン。
気のせいかと思ったが、間違いない。かすかに音がする。どこからともなく、灼の耳に届く。
……タンタン。タン。
「何だよ、この音」
「え?」
夜一が、首をかしげる。
「聞こえないか?」
……タンタン。タン、タン。
夜一の表情が、ハッとしたものになる。そして、ゆっくりと頷いた。




