解体できない
夜一が、依頼人をソファに案内する。灼は茶の準備を始めた。
依頼人は、若い男性だった。おそらく二十代後半だろう。気が弱そうで、いかにも軟弱そうに見えた。湯呑に茶をそそぎながら、灼は首を捻る。
……視えなかったな。
一見した限りでは、彼に幽霊が憑いている様子はなかった。ずいぶん疲れているようではあったが。
盆に茶をのせて、茶請けと一緒に依頼人の元へ運ぶ。夜一の隣に座って、灼は注意深く依頼人を観察した。
黒髪、痩せ型、切れ長の目。特に、不審な点はない。
……やっぱり、何も視えねぇ。
この案件、夜一は「長引きそうだ」と言っていたが、見立てを誤ったのだろうか。依頼人と名刺を交換したらしく、テーブルの上に置かれたそれを灼は手に取った。
大手製薬メーカーに勤める会社員のようだ。名前は、的形良治。
「……工事が、できないんです」
的形が視線を落とす。ため息交じりの声だ。
「工事というのは?」
落ち着いた声色で、夜一が問う。
灼に対しての口調とは、まるで違っている。寧々に対するものとも一致しない。ついさっき、仁川と話していたときの口ぶりとも違う。
意外にも、依頼人を見て話しているのだなと気づく。
「解体工事です。家が古くなったので、解体して更地にしたいんですが。工事を始めようとすると、ことごとく妨害されてしまうんです」
的形が、肩を落とす。
「その妨害というのは、『不思議な現象』のせいですか? 物体が移動するとか、発火するとか……?」
「そうです。具体的には、解体業者の車のタイヤがパンクしたり、持参した工具が壊れたり。なんでも、工具が宙に浮くんだそうです。浮いたと思ったら、地面に叩きつけるように落下したそうで……。それから、電動工具が発火したとも聞いています。火柱が出ていたとか」
「的形さんは、その現象を実際にご覧になられたことがあるんですか?」
「いえ」
的形は、力なく首を振った。
「僕は、その家で暮らしているわけではないんです。家の所在地は丹波のほうなんですが、かなりの山奥でして。神戸の市街地にある営業所に勤務しているものですから、通勤となると厳しくて……」
「なるほど」
京都との県境にあるらしい。そして、的形は一度もその家で生活したことはないという。
「家……というより、屋敷という感じなんですが。本家なんです。僕は、もともと分家ですから。子どもの頃、何度か親戚の集まりで行ったことはありますけど……。その親戚も次々に亡くなって、それで僕が継いだんです」
的形の表情には、疲労が滲んでいる。
「……不可思議な現象というのが、解体業者の狂言という可能性はありませんか?」
夜一が問うと、的形が顔を上げた。
「狂言? 嘘だと言うんですか? 一体、何のために……」
「たとえば、工期を伸ばして費用を余分に請求するためとか」
「……その可能性は、ないと思います」
「なぜですか?」
「そ、それは……」
言葉が詰まった。視線を彷徨わせる。どうやら、後ろめたいことがあるらしい。しばらくして、的形は覚悟を決めたように、ゆっくりと口を開いた。
「いわくが、あるんです」
「……いわく?」
的形が、震えるように頷く。
「あの家には、幽霊が棲みついているんです……!」




