依頼人
事務所には、キッチンが備え付けてある。オフィス用のミニキッチンなので手狭だが、依頼人に茶を入れるくらいしか使用しないので問題はない。
仁川に出した湯呑をキッチンで洗っていると、夜一が顔をのぞかせた。
「もうすぐ、次の依頼人が来るで」
「分かってる」
今日は予定が詰まっているのだ。また、新しく茶の準備をしなければいけない。
「……今度はマシな相談なんだろうな?」
湯呑をすすぎながら、灼は夜一を睨んだ。御影事務所で働き始めてから、碌な依頼人を見ていない。
昨日の相談者は、妙齢の女性だった。幽霊に憑かれていると信じ込んでやって来たのだが、話をしているうちに錯乱状態に陥った。「恨まれている」と散々、事務所で喚き散らし、床に這いつくばって懺悔を始めた。
宥めるのにかなり苦労した。あれはおそらく、何か恨まれるようなことをした自覚があるのだろう。
そして今日は、金持ちで占星術マニアの社長だ。暇をつぶしに来たに違いない。非常に迷惑だ。
……いや、そのほうがいいのかもな。
幽霊に出くわすのは危険だ。暇つぶしに付き合って儲かるなら、それが平和で良い。
「灼くんがいてくれて、めっちゃ助かってるよ」
「どこがだよ」
掃除、洗濯、茶の準備。あとは夜一を起こしたり、車の運転をしたり。大した仕事はしていない。
「だって、視える能力があるから。昨日みたいな依頼人が来たとき、確実に幽霊が憑いてないって、すぐに分かるやん?」
「……夜一だって、声が聞こえるんだから。憑いてるかどうか、判別できるだろ」
「それがなぁ。ごくたま~~に、人見知りな幽霊がおるねん。そういう場合、話しかけても反応がないわけやん? おまけに気配も薄いとなったら、困るねんよなぁ」
「幽霊のくせに人見知りすんのかよ」
灼は肩をすくめた。
「幽霊にだって、性格はあるよ。生きてた頃の人格を引き継いでる感じかな」
「へぇ」
「寧々ちゃんも、どっちかっていうと人見知りやもんな?」
夜一の声が、急に優しくなった。灼の首元を見ながら微笑んでいる。
「……うん、うん。そっかぁ」
どうやら、寧々と会話しているらしい。
「何て?」
灼が急かすと、夜一がこちらを見た。
「緊張するって」
「誰が」
「寧々ちゃんが」
「……いつ? 誰に?」
「毎日、依頼人が来るやろ? 知らん人やから、緊張するんやって」
そういえば、寧々がまだ生きているとき。母親の足にまとわりついていた。まるで、隠れるようにして。それでも、目が合うと笑ってくれた。ぷっくりとした丸い頬が可愛くて……。
「灼くん?」
ぼんやりしていた灼の視界に、ずいっと夜一が入ってくる。
「……あぁ」
「たぶん、次の依頼人は長引くと思うで」
夜一が、ちょっとだけ真剣な顔をする。
「相談内容、聞いてるのか?」
「一応は。詳しいことは、直接会ってからってことになってるんやけど。なんか、不思議な現象が起こってるらしいねん」
物体が移動したり、発火したり。不気味な音が鳴り響く「ラップ現象」も生じているという。
「それって、ポルターガイスト現象とかいうやつか?」
「灼くん、よく知ってるなぁ。偉い偉い」
「常識だろ」
褒められても、一ミリも嬉しくない。
そうこうしていたら、事務所の入口の扉がノックされた。次の依頼人がやって来たのだ。




