交渉成立
「おまたせしましたーー!」
テンション高めの店員が、料理を運んできた。大きめのヘラからスライドさせるようにして、目の前の鉄板に並べていく。
まずは、お好み焼き。ジュワッという音と一緒に、香ばしいソースの匂いが漂ってくる。続いて、焼きそば。
夜一は、さっそく焼きそばを自分好みにアレンジし始めた。
テーブルには、ソースやマヨネーズといった調味料をはじめ、青のりや天かす、紅ショウガといったものまでもが常備されている。
ソースを追加して、青のりをふりかけ、天かすも少々。そこまでは良かったのだが、何を思ったのか夜一は、塩むすび(塩抜き)まで投入し始めた。
コテでぐしゃぐしゃにして、焼きそばと混ぜている。
「おい、やめろ」
灼は、思わず眉をひそめた。
「え?」
「食いもんで遊ぶな」
「遊んでへんよ?」
夜一が、不思議そうな顔で灼を見る。
「じゃあ、それは一体なんだよ」
「そばめし」
「はぁ?」
「知らん? 神戸発祥のB級グルメやねんけど」
そう言って、小皿にそばめしを盛っている。
焼きそばを細かく刻み、白米と一緒に鉄板で炒めたものをそう呼ぶらしい。
「一度も東京から出たことない俺が、そんなもん知るわけないだろ」
「これにな、甘辛く煮た牛すじとこんにゃくを入れたら、完全に神戸の味やねんけどな~~!」
その「甘辛く煮た牛すじとこんにゃく」というのは、「ぼっかけ」というらしい。それは酒の肴に良さそうなので、興味がある。
「はい!」
「な、なんだよ」
いきなり夜一から小皿を手渡されて、灼は戸惑う。こんもりと盛られた、そばめし。これを食えということか?
「寧々ちゃんの分」
……なるほど。
小皿を自分の手元に置き、灼は自分が食べていたデラックスお好み焼きをコテで切り分けた。そばめしが盛られた小皿に、デンと乗せる。
「寧々ちゃん、良かったなぁ。灼くんにもお好み焼き、分けてもらって」
俺の首元を見て微笑みつつ、そばめしを頬張っている。
「何か、言ってるか……?」
「ん? 寧々ちゃん? めっちゃ喜んでるよ」
「……そうか」
「冷やしトマトも美味しいって」
どうやら、酒のツマミではなく寧々が食べる用だったらしい。
「……お前さ」
「んむ?」
口の中をそばめしでいっぱいにした夜一が、顔を上げる。その間が抜けた顔に、思わず脱力する。麗しさと美貌が完全に行方不明だ。
「そういうことは、俺にも分かるようにしろよ」
灼には、二人の会話は聞こえない。
「ほぉひうほとって?」
「俺も状況を把握できるように、お前が通訳しろ。常に説明しろ。どんなことでもだ。分かったな」
「……うん?」
「今日は俺が奢ってやる。でも、助手になったらお前が払えよ」
「う、うん!」
夜一の目がきらきらと輝く。
寧々のためだ。きっとそのほうが良い。夜一は、うるさいくらいに賑やかだから。寧々の言葉を聞いてあげられるから。
きっと、夜一と一緒にいれば寧々はさみしくない。
「うちの事務所は、これでも関西のほうではかなり有名やねん!」
なにやら、夜一が得意気な顔をしている。そういえば、青倉もそんなことを言っていたっけ。
「だから?」
「依頼人から『緊急事態!』『今すぐ来て!』って言われることも多いねん。だからな、休み無しが続くこともあって……」
夜一が、上目遣いで灼をちらりと見る。
「ブラックな体質には慣れてる」
肉体的にも、精神的にも。
「交渉成立や!」
夜一は勢いよく立ち上がった。「これから、よろしくな!」と言って、ソースで汚れた口元を拭う。そうして、満面の笑みを見せたのだった。




