祓い師
「……いや。やっぱ、俺は弱ぇわ」
格安ホテルの一室。灼は、呻くような声でつぶやいた。
体が動かないのだ。金縛りにあったみたいに。
昨夜、というかほぼ今朝のことだが、部屋に戻ってから徐々に症状が悪化していった。今は指一本を動かすのも辛い。
夜一は「筋肉痛みたいなもんや」と言っていた。慣れないことをすると、こうなるらしい。
体が拒否反応を示しているのだと説明されたが、イライラしてあまり耳には入らなかった。
筋トレは趣味でしている。けっこう鍛えていると自負しているが、幽霊と接するための筋肉はどうやって鍛えれば良いのだろう。
「慣れ、か……?」
空になった隣のベッドをぼんやりと眺める。
夜一は外出中だ。例の「八家不動産」に向かっている。どうやら、ただの不動産屋ではないようだ。オカルト的な事象を取り扱う情報屋らしい。
「胡散臭ぇ……」
灼の声が、部屋の中にぽたりと落ちる。静かなのは落ち着かない。幽霊だなんだと騒ぎがあったし、それになにより、夜一の声が耳について離れない。あのイントネーションがいけない。耳慣れないものは、妙に残る。
……お前も、さみしいか?
心の中で、灼は寧々に話しかけた。夜一が言うには、灼の声は聞こえているらしい。一方通行なので、会話にはならないが。
ずいぶん時間が経って、陽が落ちかけた時分になり、ようやく夜一が部屋に戻ってきた。
「灼くんが、めずらしく煙草吸ってへん!」
ベッドで仰向けになっている灼を見て、夜一が嬉しそうな顔をする。
「……そういうお前は、花の匂いがするな」
夜一は、花の香りを纏っていた。
「えーー、すごい! 分かるん? 灼は鼻が利くんやなぁ」
「普通だろ」
「ワンちゃんみたい」
「誰が犬だよ!」
激しく舌打ちをしながら、灼はベッドから体を起こした。休息をとったせいか、かなり楽になっている。
「花は、あの女のためか?」
「なんでそう思うん?」
「線香の匂いもするから」
夜一は、少し寂し気な顔でうなずいた。そして「やっぱり、灼くんは犬や」と言った。
昼間、マンションへ行って特別な儀式をしたらしい。一度分離してしまったモノの思念を祓うには、それなりの供養の仕方があるという。
「……八家不動産のジジイと、お前で?」
「うん」
「たった二人で、特別な供養とかできるのか?」
ピースサインをする間が抜けた二人の写真を思い出し、灼は疑いの目で夜一を見た。
「もちろん! 八家さんには念のため一緒に来てもらったけど、実質おれひとりでやったようなもんやで!」
満面の笑みで夜一が答える。
「なんといっても、おれは超実力派の祓い師やからな~~!」
……超実力派。自分で言うことだろうか。
「祓い師って、そもそもお前、ちゃんと祓えるのか?」
「当たり前やんか」
夜一が、大きくうなずく。灼は、そんな夜一の顔をまじまじと見た。
「マジで?」
「今回は、土地のこともあったから難易度はけっこう高いで。完全に穢れがなくなるには時間が必要やけど、おれがちゃんとお祓いしといたから大丈夫や」
時間と共に浄化されていくらしい。あの土地はいずれ、忌み地ではなくなるという。
「おれが祓い師やってこと、青倉さんから聞いてへんかった?」
「いや、聞いてた……気がする」
そもそも、そのつもりで御影探偵事務所を訪れたのだ。
「でもさ。お前、視えないんだよな? 幽霊のこと」
「うん」
「視えないのに祓えるのか? それって詐欺じゃないか?」
単純に疑問に思ったのだが、彼の逆鱗に触れたらしい。キッと大きな目を吊り上げて、夜一が怒った。
「ちょっと、灼くん! 自分が視えるからってそんな風に言わんでもいいやんか! おれの一体どこが詐欺師やねんな! うちの事務所は、安心安全の明瞭会計やで!」
ぷんすか怒る夜一を見下ろしながら、ちょっと気になったので確認してみた。
「……俺は、明確な料金体系を聞いてないんだが?」
「へ?」
途端に、夜一の勢いが止まる。
「いきなり東京までの交通費を払わされたし、このホテルだって俺持ちだし」
「そ、そうやった……?」
夜一がしどろもどろになっている。
「自信満々で『明朗会計』を謳うんだから、俺からぼったくるなよ?」
「あ、当たり前やんか! うちの事務所は悪徳業者ちゃうねんで!」
再び勢いを取り戻して、安心と安全をアピールしていた夜一だったが、突然、腹が「グウ~~~」と鳴った。
「おれ、めっちゃお腹すいてる……」
自分の腹をさすりながら、たった今そのことに気づいたように言う。そういえば灼も、今朝からなにも口にしていない。
「確かに腹減ったな」
意識すると、猛烈に空腹を感じる。
「ご飯食べに行こ! ええとこ見つけてん!」
夜一が灼の腕を取った。ぐいぐいと腕を引かれて、部屋を出る。
……また、タカるつもりだな。
前方を歩く夜一の形の良い後頭部を眺めながら、灼はそっとため息を吐いた。




