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神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第一章 忌み地のマンション
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祓い師

「……いや。やっぱ、俺は弱ぇわ」


 格安ホテルの一室。灼は、呻くような声でつぶやいた。


 体が動かないのだ。金縛りにあったみたいに。


 昨夜、というかほぼ今朝のことだが、部屋に戻ってから徐々に症状が悪化していった。今は指一本を動かすのも辛い。


 夜一は「筋肉痛みたいなもんや」と言っていた。慣れないことをすると、こうなるらしい。


 体が拒否反応を示しているのだと説明されたが、イライラしてあまり耳には入らなかった。


 筋トレは趣味でしている。けっこう鍛えていると自負しているが、幽霊と接するための筋肉はどうやって鍛えれば良いのだろう。


「慣れ、か……?」


 空になった隣のベッドをぼんやりと眺める。


 夜一は外出中だ。例の「八家不動産」に向かっている。どうやら、ただの不動産屋ではないようだ。オカルト的な事象を取り扱う情報屋らしい。


「胡散臭ぇ……」


 灼の声が、部屋の中にぽたりと落ちる。静かなのは落ち着かない。幽霊だなんだと騒ぎがあったし、それになにより、夜一の声が耳について離れない。あのイントネーションがいけない。耳慣れないものは、妙に残る。


 ……お前も、さみしいか?


 心の中で、灼は寧々に話しかけた。夜一が言うには、灼の声は聞こえているらしい。一方通行なので、会話にはならないが。


 ずいぶん時間が経って、陽が落ちかけた時分になり、ようやく夜一が部屋に戻ってきた。


「灼くんが、めずらしく煙草吸ってへん!」


 ベッドで仰向けになっている灼を見て、夜一が嬉しそうな顔をする。


「……そういうお前は、花の匂いがするな」


 夜一は、花の香りを纏っていた。


「えーー、すごい! 分かるん? 灼は鼻が利くんやなぁ」


「普通だろ」


「ワンちゃんみたい」


「誰が犬だよ!」


 激しく舌打ちをしながら、灼はベッドから体を起こした。休息をとったせいか、かなり楽になっている。


「花は、あの女のためか?」


「なんでそう思うん?」


「線香の匂いもするから」


 夜一は、少し寂し気な顔でうなずいた。そして「やっぱり、灼くんは犬や」と言った。


 昼間、マンションへ行って特別な儀式をしたらしい。一度分離してしまったモノの思念を祓うには、それなりの供養の仕方があるという。


「……八家不動産のジジイと、お前で?」


「うん」


「たった二人で、特別な供養とかできるのか?」


 ピースサインをする間が抜けた二人の写真を思い出し、灼は疑いの目で夜一を見た。


「もちろん! 八家さんには念のため一緒に来てもらったけど、実質おれひとりでやったようなもんやで!」


 満面の笑みで夜一が答える。


「なんといっても、おれは超実力派の祓い師やからな~~!」


 ……超実力派。自分で言うことだろうか。


「祓い師って、そもそもお前、ちゃんと祓えるのか?」


「当たり前やんか」


 夜一が、大きくうなずく。灼は、そんな夜一の顔をまじまじと見た。


「マジで?」


「今回は、土地のこともあったから難易度はけっこう高いで。完全に穢れがなくなるには時間が必要やけど、おれがちゃんとお祓いしといたから大丈夫や」


 時間と共に浄化されていくらしい。あの土地はいずれ、忌み地ではなくなるという。


「おれが祓い師やってこと、青倉さんから聞いてへんかった?」


「いや、聞いてた……気がする」


 そもそも、そのつもりで御影探偵事務所を訪れたのだ。


「でもさ。お前、視えないんだよな? 幽霊のこと」


「うん」


「視えないのに祓えるのか? それって詐欺じゃないか?」


 単純に疑問に思ったのだが、彼の逆鱗に触れたらしい。キッと大きな目を吊り上げて、夜一が怒った。


「ちょっと、灼くん! 自分が視えるからってそんな風に言わんでもいいやんか! おれの一体どこが詐欺師やねんな! うちの事務所は、安心安全の明瞭会計やで!」


 ぷんすか怒る夜一を見下ろしながら、ちょっと気になったので確認してみた。


「……俺は、明確な料金体系を聞いてないんだが?」


「へ?」


 途端に、夜一の勢いが止まる。


「いきなり東京までの交通費を払わされたし、このホテルだって俺持ちだし」


「そ、そうやった……?」


 夜一がしどろもどろになっている。


「自信満々で『明朗会計』を謳うんだから、俺からぼったくるなよ?」


「あ、当たり前やんか! うちの事務所は悪徳業者ちゃうねんで!」


 再び勢いを取り戻して、安心と安全をアピールしていた夜一だったが、突然、腹が「グウ~~~」と鳴った。


「おれ、めっちゃお腹すいてる……」


 自分の腹をさすりながら、たった今そのことに気づいたように言う。そういえば灼も、今朝からなにも口にしていない。


「確かに腹減ったな」


 意識すると、猛烈に空腹を感じる。


「ご飯食べに行こ! ええとこ見つけてん!」


 夜一が灼の腕を取った。ぐいぐいと腕を引かれて、部屋を出る。


 ……また、タカるつもりだな。


 前方を歩く夜一の形の良い後頭部を眺めながら、灼はそっとため息を吐いた。

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