↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神戸南京町 祓い屋探偵と憑かれた助手  作者: 水縞しま
第一章 忌み地のマンション
PR
12/43

消滅

「くそッ!」


 灼は、思いっきり舌打ちした。そして、力の限り叫んだ。


「おい、女! アンタの息子は無事だったぞ!」


 近所の住人に救出されて、一命を取り留めたのだ。


「安心しろ! 助かったんだ!」


 灼は炎に向かって叫んだ。近づけば近づくほど、全身が焼かれるように熱い。熱風を感じる。焦げた匂いが鼻をつく。


 飛んで来る火の粉を避けながら、灼はまた一歩、近づいた。


「後遺症もなくて、元気に育って! 大人になってる!」


 夜一が集めた資料の中に、平成元年のものがあった。例の新聞の縮刷版。


 防災に関する科学技術の研究を行う法人が紹介されていた。研究員の中に、見覚えのある名前があったのだ。


 石生剛。


「アンタの息子は、大学に行って! 立派な研究員になった!」


 夜一のスマートフォンの中にある、その記事を拡大した。青年の顔が、しっかりと写っている。


「おい! 見えるか? ここにいるぞ!」


 スマートフォンをかざすと、うねうねと蠢く塊のほうが反応した。


 黒い塊が、大きくなったり小さくなったりしている。歪な形のまま、収縮を繰り返す。灼は、自分の首元が気になった。寧々も一緒に、訴えてくれているような気がする。


「もう子どもじゃないけど、自分の息子の顔くらい分かるよな?」


 蠢くモノが、少しずつ近づいてくる。人型になれそうで、なれない。中途半端な形のまま、それはゆっくりと灼のところにやって来る。


「ずっと探してたんだから、分かるよな……?」


 黒い塊が、じいっと灼の手元をのぞき込んでいる。目も口も、輪郭さえも分からないけれど、彼女は見ている。息子の姿を、ちゃんと見ていると思った。


「ちゃんと、見えてるんやな……」


 夜一が、かすれた声でつぶやく。どうやら正気を取り戻したようだ。


 少しずつ、灼の身体から熱が引いていく。いつの間にか、炎に包まれたアパートは消えていた。


 ついさっきまで、火傷しそうなほど熱かったのに。今はもう、湿った空気が全身を包んでいる。


 黒い塊は、蠢きながらしばらくその場に留まっていた。名残惜しそうにしながら、最後には消滅するみたいに、灼の目の前からいなくなった。


 力が抜けて、灼はその場にへたり込んだ。ここに来てから、どれくらい時間が経ったのだろう。


「はぁ……」


 大きくため息を吐きながら、空を見上げた。マンションの最上階の向こう、少しずつ空が白みはじめている。


「……アイツ、消えたのか?」


「さぁ、どうやろう……?」


「気配を感じるか?」


 夜一が、ゆっくりと首を振る。


「感じひん」


「そうか」


「……あの幽霊は『思いを遂げた』んやと思う。だから、消滅したんや」


 彼女はずっと、一人息子の無事を願っていた。それがこの世に留まる理由だった。願いが叶った今、もう現世にいる必要はない。


「成仏したってことか……」


 思いを遂げた幽霊は、例外なくすべてこの世から存在を消すという。


「灼くん、立てる?」


「……あぁ、なんとか」


 夜一の手を借りて、灼は立ち上がった。彼の肩に腕を回す。ひとりで歩くのは、ちょっと無理そうだ。


「寄り掛かってええで?」


 既視感があり過ぎる。


「なぁ、やっぱ俺。弱くねぇか……?」


 一瞬のこととはいえ、夜一は意識を乗っ取られたのに。今はもう普通にしている。それどころか、灼を支えながら歩いている。


「灼くんは強いで」


 そう言って、夜一が微笑む。灼は、無意識に首元に触れた。足を引きずるようにして、歩を進める。


 しばらくして、振り返った。どこにでもある、至って普通のマンションが見えた。もう不気味さは消えている。白い外壁で、家賃は高くもなく安くもなく。立地は良し。


 そのマンションが、自分の肩越しに少しずつ遠ざかっていくのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。