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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅱ~ FENRIR ― 戦狼となった黒猫 ― Season 4 #067~
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Season 5「境界の兆候」  #094

第94話「帰るための反攻」

 連邦共和国東部海域に第二異界門が開いて以来、戦争は一度として完全に止まっていなかった。

 開門直後の大規模侵攻によって連邦共和国は国土の大半を失い、一時は政府が確実に統制できる地域さえ従来領土の四分の一ほどにまで縮小した。首都圏の外縁まで戦火が迫り、軍だけでなく行政機関や医療施設、避難民を受け入れる都市そのものが西へ押し込まれたが、帝国軍と旧抵抗軍諸国が相次いで参戦し、FENRIRが各戦線の不足を埋めるように部隊を投入したことで、敵の進撃速度はようやく鈍り始めていた。

 もっとも、それは連邦共和国が反撃へ転じたことを意味しなかった。

 失われた東部には依然として敵部隊が展開し、第二異界門からは今も増援が送り込まれている。避難できなかった住民が残されている地域もあり、どの都市が完全に放棄され、どの集落にまだ人がいるのかさえ把握できない場所が増えていた。

 その状況下でも、日本国への災害派遣は打ち切られていない。

 日本側の救援能力が回復した地域からFJMGの人員を順次縮小しながら、IDUNNの医療要員やBIFROSTの輸送部隊、DVERGRの復旧支援要員、HUGINNの通信支援要員は必要な地域に残り、日本側の救援機関と活動を続けている。日本へ通じる異界門も安定した状態を維持しており、戦争のために救援を一方的に放棄しないというレイブンの判断は、FJTFの方針として維持されていた。

 そして、その日本との門を経由して始まった技術協力が、戦争の最中に一つの巨大な成果を生み出していた。

 自由都市旧ヴァルナの沖合。

 朝の海に、これまで存在しなかった巨大な艦影が浮かんでいた。

 レイブン・S・クロウ〔無名(ノックス)〕は岸壁からそれを見上げたまま、しばらく言葉を発することができなかった。

 以前見た設計図とは、あまりにも姿が違っていたからだった。

「これ、本当にあの船か?」

 ようやく出てきた問いに、隣のエリシア・L・ヴォルハラム=クロウ〔戦乙女(ヴァルキリー)〕が笑った。

「名前は同じみたいだけど?」

「最初は双胴艦だっただろ。左右に飛行甲板があって、中央に基地を挟んで……もっとこう、どう見ても誰かが勢いで考えたみたいな形だった」

「今の感想を設計陣に聞かせない方がいいと思う」

「俺もそう思う」

 その会話を聞いていたエミリア・R・ヴァレンシュタイン〔猟鷹(ファルコン)〕が、資料端末を抱えながら二人へ近づいてきた。

「安心して。初期設計が無茶だったことは設計陣自身が一番よく知ってる」

「Falconまで言うのか」

「だから再設計したの」

 アメリカ合衆国から最初に提案された異界先実験艦は、既存の港湾や航空基地を利用できない世界へ海上基地そのものを持ち込むという発想から生まれた超大型双胴航空母艦だった。しかし、異界側の海象や港湾条件、建造能力、維持整備、航空運用、損傷時の生存性まで検証を進めると、当初の構造ではあまりにも多くの問題を抱えることが分かった。

 そこでFENRIR側の造船技術者と日本側の相互運用研究班、アメリカ側の技術陣は、艦の存在理由そのものから検討し直した。

 敵艦を沈めるだけなら、これほど巨大な艦を建造する必要はない。

 航空機を運用するだけなら、より単純な航空母艦でいい。

 だがFENRIRが必要としていたのは、門を越えた先に港も飛行場も病院も存在しない状況で、複数の部隊を長期間活動させながら、負傷者と避難民を受け入れ、必要であればそのまま別の海域へ移動できる拠点だった。

 その要求を一つの船体へまとめ直した結果、双胴構造は捨てられた。

 代わりに生まれたのが、極端に幅広い船体と全通式飛行甲板を備え、航空母艦としての能力に戦艦的な生存性と火力、さらに移動基地としての機能を統合した超大型戦艦航空母艦型移動要塞だった。

「全長は約四百三十メートル。航空甲板を含む最大幅は約二百五十メートルで、基準排水量は約十八万トン、満載状態では約二十一万トンを想定してる」

 エミリアの説明を聞きながら、レイブンは巨大な船体の端から端まで目で追った。

「それを小さくしたって言ってたよな?」

「初期案は全長一キロを超えてたから、比較すればかなり現実的になった」

「Falconの現実って怖いな」

「技術者の現実は、動くか動かないかで決まるの」

 通常時だけでも六千人を大きく超える乗員が勤務し、航空部隊や増援部隊、医療要員などを含めれば七千人を超える規模になる。さらに緊急時には避難民や救援部隊を受け入れ、一万人程度まで艦内で生活できるよう設計されていた。

 広大な全通式飛行甲板の下には多層化された格納庫と整備区画があり、そのさらに下には医療施設、補給倉庫、居住区、研究区画、車両格納区画、統合指揮施設が収められている。船体内部だけで長期展開を支えられるよう、推進系や生活維持設備にも大きな余裕が与えられていた。

 そして航空母艦としては異質なことに、巨大な艦体には重武装も組み込まれていた。

「主砲まで付けたのか」

 レイブンが艦中央部の巨大な砲塔を見る。

「最終的に残った」

「空母なんだよな?」

「正式分類を最後まで揉めた理由がそれ」

 エミリアが苦笑する。

「航空機を運用するだけの艦じゃないし、戦艦と呼ぶには航空能力が大きすぎる。結局、FENRIR側では超大型戦艦航空母艦型移動要塞という分類になった」

「全部言っただけじゃないか?」

「それも会議で言われた」

 エリシアがとうとう声を上げて笑った。

 その時、背後から駆けてくる足音が聞こえた。

「兄様!」

 レイブンは振り返る前から誰なのか分かっていた。

「ルナ、今日は勤務中――」

「就役式が始まる前ですから問題ありません!」

 白髪と白い猫耳を揺らしながら走ってきたルナ・クロウは、兄の隣へ立つなり海へ視線を戻した。青い瞳は、普段の部隊長としての落ち着きが嘘のように輝いている。

「本当に完成したんですね」

「昨日から港にいたんじゃないの?」

「艦内の最終確認で外から見る時間がなかったんです。STYX用の収容設備も確認しましたけど、想像していたよりずっと広かったです」

「そこが一番大事なんだな」

「当然です。救難艇を艦へ直接戻せて、負傷者をそのまま医療区画へ移せるんですよ。海上で長期間活動するなら、こんなに助かる母艦はありません」

 最初にこの艦の構想を見た夜、ルナは迷うことなく欲しいと言った。

 あの時はまだ、異世界から送られてきた途方もない設計構想にすぎなかった。

 今は違う。

 巨大な艦首側面には、FENRIRの徽章とともに白い艦名が刻まれている。

 FV-01 VALHALLA

 帝国でも連邦共和国でもなく、日本でもアメリカでもない。

 異界統合特殊任務部隊《FENRIR》海軍に所属する最初の超大型移動要塞として、《ヴァルハラ》は正式に就役した。

 戦争中であるため式典そのものは簡素だった。

 それでも岸壁には帝国と連邦共和国、旧抵抗軍諸国、FJTFの代表者が並び、設計と建造を支えた日本側とアメリカ側の関係者も立ち会っていた。

 レイブンは並んだ人々を眺めながら、第一次異界大戦の頃を思い出していた。

 あの頃の異界門は、向こう側から何が出てくるか分からない恐怖そのものだった。帝国と連邦共和国は互いに争っていたところへ侵略を受け、生き残るために初めて同じ戦線へ立った。

 それから年月が過ぎた。

 今では異界門の向こう側に日本という協力国があり、さらにその世界に存在するアメリカから技術者が来て、自分たちの技術者と同じ船を作っている。

「何を考えてるの?」

 エリシアが小声で尋ねた。

「第一次の頃」

「私も」

「当時の俺に、いつか異世界の国と一緒に空母を作るって言ったら信じると思う?」

「絶対に信じない」

「だよな」

「たぶん、まず銃を持って逃げると思う」

「俺を何だと思ってるんだ」

「昔のあなた」

 反論できなかった。

 式典を終えたレイブンたちは《ヴァルハラ》へ乗艦した。

 外から見た巨大さにも圧倒されたが、艦内へ入ると印象はさらに変わった。航空機を収容する格納庫の奥では整備要員が働き、その下層では物資の搬入が続き、医療区画ではIDUNNの要員が艦内設備との接続確認を進めている。乗員の生活区画や長期展開用の施設まで備わっているため、内部を歩いていると船の中というより、海上に造られた一つの軍事都市を移動しているような錯覚さえ覚えた。

 中央統合作戦室へ入ったところで、レイブンはさらに驚いた。

「これ、自由都市の作戦室より大きくないか?」

「前進司令部としてFJMGの複数部隊を同時に扱う必要があるからね」

 エミリアが中央表示を起動する。

 そこへ映ったのは《ヴァルハラ》の航海情報ではなかった。

 連邦共和国。

 失われた東部領土。

 敵支配地域。

 第二異界門。

 そして現在の防衛線。

「……もう入ってるのか」

「就役した瞬間から実戦艦だから」

 中央扉が開き、連邦共和国軍、帝国軍、旧抵抗軍諸国、FJTFの作戦担当者が入室してくる。

 レイブンは嫌な予感とともにエリシアを見た。

「今日、船を見て帰るだけじゃなかったの?」

「この状況でそんなわけないでしょう」

「少しくらい夢を見させてほしかった」

「あとで甲板を歩こう」

「約束な」

「戦況が許せばね」

 その言葉でレイブンの表情も戻った。

 間もなく、《ヴァルハラ》就役後最初の大規模作戦会議が始まった。

 議題は連邦共和国領土の奪還だった。

 侵攻開始から続いていた一方的な後退は、旧抵抗軍とFJMGを含む大規模合同防衛軍の形成によって止まりつつある。しかし、敵を止めることと、自ら敵支配地域へ踏み込んで国土を奪還することには大きな違いがあった。

 連邦共和国軍の将官が、敵支配地域へ複数の進撃軸を示した。

「戦力が揃いつつある以上、全面反攻を開始するという案も出ている」

 レイブンは地図を見つめた。

 すぐには答えなかった。

 敵支配地域として表示されている場所を、単なる赤い色として見ることができなかったからだ。

 そこには町がある。

 道路がある。

 学校がある。

 エリシアのように、そこを故郷と呼ぶ人間がいる。

「全面反攻は早いと思います」

 レイブンが言った。

「理由を聞こう」

「敵の部隊配置を完全に把握できていないこともあります。でも一番怖いのは、取り返すはずの土地を俺たち自身で壊すことです」

 連邦共和国側の将官は黙って続きを待った。

「避難できなかった住民が残っている可能性もあります。正面から全部押し潰すように進んだら、敵を退かせることはできても、その後に帰る場所が残らない」

「では、どう奪還する」

 レイブンは地図へ近づいた。

 WOLF PACKは、敵軍全体を撃破するために作られた部隊ではない。

 最初に危険な場所へ入り。

 状況を確かめ。

 後続が通れる道を作る。

 その役割は、戦争が大きくなっても変わらなかった。

「俺たちが先に入ります」

 エリシアがレイブンを見る。

「WOLF PACKで?」

「ああ」

 レイブンは敵支配地域の西端から旧東部地域へ向かう経路を示した。

「RATATOSKRの偵察情報を使って、敵が比較的薄い場所と、住民が残っている可能性のある地域を先に確認します。WOLF PACKが最初の経路を確保したら、EINHERJARに住民保護と後続部隊の受け入れを頼む」

 レイブンが示したのは、WOLF PACKだけで完結する作戦ではなかった。

 DVERGRが損傷した交通網を後続部隊の通れる状態へ戻せば、BIFROSTが補給と人員輸送を前進させられる。そこへIDUNNの医療拠点を移し、GUNGNIRとTYRが反撃に備えることで、初めて一時的に開いた経路を継続的な奪還路へ変えられる。河川や沿岸部ではSTYXが陸上経路とは異なる避難路と補給路を確保し、SKYFALLと《ヴァルハラ》が航空支援と輸送を海上から繋げることになる。

「一本の道を確実に取り返したら、その道を使って次へ進む。そうやって後ろの部隊が前へ出られる場所を増やしていきます」

 連邦共和国側の将官が尋ねた。

「つまり、WOLF PACKを先鋒とする段階的な奪還か」

「最初の一歩は俺たちがやります。ただし、WOLF PACKだけで国土を取り戻そうとは思ってません」

 レイブンは帝国軍と連邦共和国軍、旧抵抗軍の表示へ視線を移した。

「俺たちが開けるのは入口です。その入口を道路にして、守って、人と物資を通して、最後に町へ住民を帰すところまでやるには全員が必要です」

 後方に座っていたヴォルター・クロウは、口を挟まず息子を見ていた。

 昔のレイブンなら、自分が先へ行くことだけを考えたかもしれない。

 今も先頭へ行きたがる性格そのものは変わっていない。

 しかし、自分が一番前へ出ることと、自分だけですべてを解決しようとすることは違うのだと、ようやく理解し始めていた。

「作戦名称はどうする?」

 連邦側の参謀から尋ねられ、レイブンは少し考えた。

 エリシアの故郷。

 避難民が待っている町。

 地図上では敵支配地域と表示されている場所にも、誰かの家がある。

 奪うという言葉は、どうしてもしっくりこなかった。

「《HOMECOMING》」

 レイブンが答える。

「帰郷、か」

「はい。敵を倒した数を競う作戦にはしたくありません」

 レイブンは失われた連邦共和国東部を見る。

「帰れなくなった人たちが、もう一度そこへ帰れるようにするための作戦です」

 エリシアは何も言わなかった。

 ただ、彼女の視線が自分の故郷へ向いていることをレイブンは知っていた。

 連邦共和国軍代表がゆっくり頷いた。

「連邦共和国軍は《HOMECOMING》の名称を支持する」

 帝国軍代表も異議を唱えず、旧抵抗軍諸国とFJTFの調整を経て、連邦共和国領土奪還作戦《Operation HOMECOMING》は正式に発動されることになった。

 それから数日後。

 夜明け前の連邦共和国西部で、WOLF PACKは最初の前進準備を整えていた。

 レイブンの周囲には、ガイル・ベッカー《Hound》、ディートリヒ・ハイゼン《Grizzly》、ミレイア・フェルン《Lynx》、ヨハン・リヒター《Hawk》、フィーナ・アルベル《Sage》、ノア・ヴェルナー《Cipher》がいる。

 長く一緒に戦ってきた顔だった。

 レイブンはISG-42A3《RAVEN》の状態を確認し、これから長時間の行動になることを考えて装備を整えた。銃を扱う手には、父から叩き込まれた基礎と、その後の戦場で身についた癖が染み込んでいる。必要な時には薬室の即応性を維持したまま次の交戦へ備える戦術装填《タクティカル・リロード》へ移り、もし腕や身体の負傷によって通常の再装填が妨げられる状況になれば、それを非常装填《エマージェンシー・リロード》として扱うという帝国軍の考え方も、今では部隊内で共通していた。

 だが、レイブンが部下に何度も教えてきたのは、名称そのものではなかった。

 生きて戻るために、今の自分に何ができるのかを判断することだった。

「NoX」

 ガイルが近づいてきた。

「久しぶりだな。WOLF PACKが本当に先頭だ」

「いつも先頭みたいなものだろ」

「最近のお前は司令部に呼ばれてばっかりだったからな」

「好きで呼ばれてるわけじゃない」

「指揮官って大変だな」

「代わる?」

「断る」

 フィーナが二人を見て呆れた。

「これから敵地に入るのに、よくいつも通り話せるね」

「いつも通りだから入れるんだよ」

 レイブンが答えると、フィーナは少し笑った。

 その表情を見てから、レイブンは全員へ向き直る。

「今回の作戦は長くなる」

 仲間たちが静かに彼を見る。

「どこまで進めるかは分からない。最初の町まで行けるかもしれないし、その前で止まるかもしれない。敵の反撃が強ければ、開いた道を捨てて下がることだってある」

 誰も異論を挟まなかった。

「でも、下がることを失敗だと思うな。帰れなくなるまで前へ進む方が失敗だ」

 その言葉を。

 レイブン自身が一番理解しなければならなかった。

「俺たちは英雄になりに行くんじゃない。後ろにいる連中が通れる道を作りに行く。俺たちが道を開いたら、EINHERJARが人を守り、DVERGRとBIFROSTがその道を太くしてくれる。その先へまた俺たちが進む」

 ガイルが頷いた。

「いつもの仕事だな」

「ああ」

 レイブンは少し笑った。

「規模が馬鹿みたいに大きくなっただけだ」

 その頃。

 連邦共和国東方の海上では、就役したばかりのFV-01《VALHALLA》が護衛艦艇とともに前進を開始していた。

 巨大な全通式飛行甲板では航空部隊が運用準備を進め、艦内の統合作戦室では各戦線の情報が集約されている。医療区画にはIDUNNの要員が入り、舟艇運用区画ではSTYXが出動準備を整えていた。

 ルナは艦橋から海を見ていた。

 遠くにあるのは、兄がこれから進む大陸だった。

「Nyx」

 通信担当が振り返る。

「WOLF PACKから作戦開始予定時刻が入りました」

「接続してください」

 通信が開く。

『こちらNoX』

「こちらNyx。VALHALLA、予定海域へ進出中です。STYXもいつでも出せます」

『分かった。海側は任せる』

「兄様」

 一瞬だけ。

 ルナは部隊長ではなく妹へ戻った。

『何?』

「帰ってきてください」

 レイブンは少し黙った。

『帰るよ』

「今回は約束してください」

『約束する』

 そこで通信へ別の声が入った。

『私との約束も忘れないで』

「Valkyrie?」

 エリシアだった。

『EINHERJARは後続配置についた。レイブン、今回は本当に一人で行きすぎないで』

『分かってるって』

『前にも聞いた』

『……じゃあ今回は証明する』

『そうして』

 エリシアの声に、わずかな笑いが混じる。

 夜明けが近づいていた。

 連邦共和国の東の空が薄く明るくなり、その光の向こうには奪われた町がある。

 レイブンは仲間たちを見た。

 第一次異界大戦を生き残った時には、これほど長い戦歴になるとは思っていなかった。

 しかし、この戦いがすべての終わりではない。

 やがて彼とエリシアは第二次異界大戦を経験し、門の向こう側でも戦い、その後に帰還してから第三次、第四次の異界大戦へ身を投じることになる。そして時間が二人の肉体から老いという終着点を奪った時でさえ、彼らは戦場と教壇を行き来しながら、生きて帰るための技術を次の世代へ渡し続けていく。

 だが今のレイブンは、その長すぎる未来を知らない。

 目の前にあるのは。

 帰ることのできなくなった人々の故郷だけだった。

「WOLF PACK」

 レイブンが仲間たちへ呼びかける。

「行こう」

 ガイルが装備を整えながら笑う。

「了解、NoX」

 ノアが全軍通信を開いた。

「FJTF統合指揮系統へ。WOLF PACK、予定時刻に到達。これより前進を開始する」

 その報告は後方のEINHERJARへ届き、連邦共和国軍と帝国軍、旧抵抗軍諸国へ共有され、やがて海上を進む《VALHALLA》にも届いた。

 大規模合同防衛軍は、それまで守り続けてきた線から、初めて東へ向かって動き始めた。

 レイブンは先頭を歩きながら、まだ朝靄の残る東の大地を見る。

 目的は、敵の旗を引きずり下ろすことだけではない。

 その先に残された家へ人々を帰し、道路を再び道として使えるようにし、町へ明かりを戻し、そこを故郷と呼ぶ人間が「ただいま」と言える場所を取り戻す。

 そのためにWOLF PACKが最初の道を開き、後ろから仲間たちがその道を繋いでくる。

 海上では《VALHALLA》が動き始めている。

 空ではSKYFALLが待っている。

 河川にはSTYXがいる。

 そして背後には、第一次異界大戦で一度だけ肩を並べた軍隊が、今度は自らの意思で同じ方向へ進もうとしていた。

 連邦共和国領土奪還作戦《Operation HOMECOMING》。

 その最初の一歩は、華々しい砲撃ではなく。

 戦狼となった黒猫と、その仲間たちが静かに国境線の向こうへ歩き出すことで始まった。

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