Season 5「境界の兆候」 #088
第88話「十二の群狼」
《日・異界抵抗勢力相互協力協定》と、その付属協定である《日・異界共同防衛装備相互運用協定》が締結されてから数週間。
旧ヴァルナ河口国際港湾区では、夜明け前から大型車両のエンジン音が絶えなくなっていた。
かつて帝国と連邦共和国を隔てる国境に位置し、戦争によって交易機能の大半を失った港だった場所には、STYXの舟艇だけでは収まりきらないほど多種多様な装備が集まりつつある。
格納庫の前では整備員が航空機材を確認し、旧貨物ヤードには補給用コンテナが何列にも並び、河口近くの岸壁では工兵が新たな係留設備の測量を進めていた。その背後では帝国軍の輸送車と連邦共和国軍の車両が同じ道路を走り、以前なら国境検問で止められていたはずの人員が、共通の身分証を提示するだけで港湾地区へ入っていく。
レイブン・S・クロウ〔無名〕は、その光景をFENRIR統合作戦室の窓から眺めていた。
「……増えすぎじゃない?」
隣に立つエリシア・L・ヴォルハラム=クロウ〔戦乙女〕が答える。
「あなたが言う?」
「俺?」
「WOLF PACKを作った人」
「EINHERJARを作ったのはエリシアだろ」
「STYXを作ったのはルナちゃん」
「私は一人で作ったわけじゃありません」
後ろの机から、ルナ・クロウ〔夜〕が反論する。
「じゃあ三人とも責任者か」
「そういうこと」
「……最初はもっと小さかったよな」
レイブンは港を見た。
WOLF PACK。
EINHERJAR。
STYX。
三つの部隊を統合運用するために生まれた異界統合特殊任務部隊《FENRIR》。
FENRIR Joint Task Force――FJTF。
それが今、大きく変わろうとしている。
「NoX」
エミリア・R・ヴァレンシュタイン〔猟鷹〕が資料束を持って入ってきた。
「最終承認が出た」
「全部?」
「全部」
「本当に?」
「帝国側、連邦共和国側、共同調整機関、全て」
エミリアは資料を机へ置いた。
「今日から順次編入開始」
レイブンは表紙を見る。
そこには新しい編制名が記されていた。
《FENRIR統合任務群》
FENRIR Joint Mission Group――FJMG。
「ここは間違えないで」
エミリアが先に言った。
「何を?」
「FJMGはFJTFの別名じゃない」
「分かってるよ」
「本当に?」
「最近みんな俺を信用しなさすぎじゃない?」
ノア・ヴェルナー〔暗号〕が通信卓から答える。
「日頃の行い」
「Cipherまで?」
エミリアは無視して説明を続ける。
「FJTFが司令部及び統合指揮機構。FJMGは、その指揮下に置かれる十二個の実働部隊を総称する上位編制」
レイブンは頷いた。
「つまりFENRIRそのものを十二部隊へ作り直すんじゃない」
「そう。既存三部隊も残る」
「WOLF PACKも」
「残る」
「EINHERJARも?」
エリシアが確認する。
「そのまま」
「STYXも?」
「もちろん」
ルナが安心したように息を吐く。
エミリアは新しい編制表を開いた。
「そこへ、新たに九部隊を加える」
九つ。
レイブンの表情が変わった。
単なる増員ではない。
帝国と連邦共和国が主導し、第一次異界大戦後に残った各国の専門部隊、技術要員、救難要員、情報部門を再編成して集めたものだった。
それぞれが独自の役割を持つ。
最初に港の上空へ現れたのは、航空部隊だった。
低い轟音が窓を震わせる。
「来た」
ルナが窓へ近づく。
複数の航空機が間隔を保ちながら進入してくる。
戦闘だけを目的とした航空部隊ではない。
飛行任務を担当する三個飛行隊。
航空整備。
航空救難。
基地支援。
約六百五十名。
新たな航空群級部隊。
SKYFALL。
「航空部隊まで自前になるのか」
レイブンが言う。
「正確にはFJTFの統合指揮下で運用可能になる、ね」
エリシアが答える。
「各国の軍籍そのものが消えるわけじゃない」
「そこ重要だな」
FENRIRは国家を飲み込む軍隊ではない。
帝国軍人は帝国軍人のまま。
連邦共和国軍人は連邦共和国軍人のまま。
必要な任務に限り、共通指揮系統のもとで動く。
その原則は変わらなかった。
次に港へ入ってきたのは重火力部隊だった。
大型車両。
火力支援装備。
観測機材。
弾薬輸送車。
整備車両。
約四百八十名。
三個重火力中隊に観測中隊、弾薬・整備隊を加えた増強大隊級部隊。
GUNGNIR。
レイブンが窓越しに見る。
「……あれ全部こっち?」
「必要時にはね」
「俺、ああいう大きいの苦手なんだけど」
「あなたはショットガン持って前に行く人だからでしょう」
「小さいほうが落ち着く」
「T-51使う人が言わないで」
「……あれは別」
さらに人員輸送車が到着する。
約二百二十名。
偵察四個中隊。
無人偵察隊。
情報分析班。
特殊偵察大隊級。
RATATOSKR。
その名を見たミレイア《Lynx》が、珍しく興味を示した。
「偵察専門?」
「そう」
レイブンが答える。
「Lynxと仕事被るな」
「増えるなら助かる」
「張り合わない?」
「何で?」
「偵察屋同士」
ミレイアはレイブンを見る。
「情報が増えるなら味方」
「正論だった」
そして。
ノアが最も反応した部隊が来る。
約三百名。
電子戦。
SIGINT。
魔導解析。
通信。
さらに日本国との接触後、重要性が急激に増した異種情報体系の解析部門。
情報戦大隊級。
HUGINN。
「俺、あっち行っていい?」
ノアが言った。
レイブンが振り返る。
「駄目」
「即答?」
「WOLF PACKのCipherだろ」
「見学だけ」
「仕事終わったらな」
「約束?」
「約束」
エミリアが呆れる。
「子供みたい」
「新しい通信設備が大量に来てるんだぞ」
「気持ちは分かる」
「ファルコンも同類じゃん」
「否定しない」
午後になると、港湾地区の入口そのものが変わった。
新たな監視所。
管制設備。
即応車両。
門警備四個中隊。
即応中隊。
監視管制隊。
約七百五十名。
増強警備大隊級。
HEIMDALL。
彼らの役割は単に門の前で銃を持つことではない。
異界門周辺の監視。
人員の識別。
避難経路の確保。
異常発生時の初動封鎖。
民間人の誘導。
共同調査団の安全確保。
日本国との協定によって門を越える人間が増えれば増えるほど、戦闘以外の警備能力が必要になる。
「門番か」
レイブンが呟く。
「かなり大きな門番だけどね」
エリシアが答える。
その次に編入された部隊だけは、空気が少し違った。
約三百六十名。
対大型目標戦闘を専門とする三個中隊。
特殊火器隊。
そして捕獲・封印班。
対脅威戦闘大隊級。
TYR。
第一次異界大戦では、通常の歩兵火力だけでは対処できない異界生物や大型魔導兵器が出現した。
それらを再び相手にする事態へ備える部隊だった。
レイブンは資料をしばらく見つめた。
「捕獲もするんだな」
「可能なら」
エミリアが答える。
「全部倒せばいいわけじゃないから」
「そうだな」
レイブンには、その考え方がよく分かった。
第一次異界大戦の終盤。
怯える若い敵兵を前に銃口を下げた時から、彼の中で敵という言葉は以前ほど単純ではなくなっている。
危険を止める。
必要なら戦う。
だが殺す必要がないなら、別の方法を選ぶ。
「TYRとは一度ちゃんと話したい」
レイブンが言った。
「指揮官同士の会議を設定してある」
「いつ?」
「明日」
「俺の予定増えてない?」
「増えてる」
「やっぱり」
だが次の部隊については、エリシアが真っ先に資料を取った。
約四百二十名。
野戦医療。
外科。
CASEVAC。
救難。
CBRN環境に対応する医療要員。
統合衛生大隊級。
IDUNN。
「これは大きい」
エリシアが言う。
「EINHERJARと相性良さそう」
「うん」
後方にいたフィーナ《Sage》も資料を見る。
「手術能力まで持ってる?」
「ある」
「患者後送も?」
「専任要員あり」
フィーナはしばらく黙っていた。
レイブンが気づく。
「Sage?」
「……第一次異界大戦の時に欲しかったなって」
静かな声だった。
誰も軽く返さなかった。
フィーナは医療従事者として、戦場で多くの負傷者を見てきた。
救えなかった者も。
手が足りなかった夜も。
設備さえあれば助かったかもしれない人間も。
「今度はある」
エリシアが言った。
フィーナは彼女を見る。
「うん」
少しだけ笑う。
「今度はあるね」
その言葉を、レイブンは忘れないようにした。
次に到着した部隊は、今回最大級だった。
約九百名。
工兵。
危険物処理。
整備。
補給。
異界技術。
建設。
工兵・兵站群級。
DVERGR。
港へ到着した直後から、彼らは休む間もなく施設の確認を始めた。
道路。
倉庫。
岸壁。
燃料設備。
電力。
給水。
通信線。
魔導設備。
レイブンは遠くからその様子を眺める。
「戦う前から忙しそうだな」
エミリアが答える。
「戦う前だから忙しいの」
「なるほど」
「弾薬も食料も医薬品も燃料も、勝手に前線へ生えてこない」
「父さんみたいなこと言うな」
「ヴォルター教官から習ったから」
「そうだった」
最後。
港の旧貨物地区へ、長大な輸送車列が入ってきた。
約千百名。
陸上輸送。
航空輸送支援。
門通過管制。
戦略輸送。
統合輸送群級。
BIFROST。
その規模を見て、レイブンはしばらく言葉を失った。
「……千人超えてる」
「約千百名」
「WOLF PACK何個分だ?」
「数えないほうがいい」
「俺の部隊、小さく見えるな」
エリシアが首を振る。
「役割が違うでしょう」
「分かってるけど」
「NoX」
ルナが兄を見る。
「WOLF PACKが開いた道を、あの人たちが繋ぐんです」
レイブンは妹を見る。
そして輸送車列へ視線を戻した。
「……そうだな」
WOLF PACKだけでは戦争はできない。
EINHERJARだけでも。
STYXだけでも。
どれほど強い兵士がいても。
弾薬が届かなければ戦えない。
食料がなければ動けない。
負傷者を運べなければ救えない。
橋が落ちれば進めない。
通信が切れれば孤立する。
空から助けが必要な時もある。
敵がどこにいるのか分からなければ、そもそも戦うことさえできない。
FENRIRは。
いつの間にか。
戦う部隊だけではなくなっていた。
その日の夕方。
FJTF統合作戦室で、正式な編制説明が行われた。
中央画面に十二の部隊名が並ぶ。
WOLF PACK。
EINHERJAR。
STYX。
そして新たに加わった九つ。
SKYFALL。
GUNGNIR。
RATATOSKR。
HUGINN。
HEIMDALL。
TYR。
IDUNN。
DVERGR。
BIFROST。
十二個の実働部隊。
それらを束ねる総称。
《FENRIR統合任務群》――FENRIR Joint Mission Group。
FJMG。
その上に置かれるのが。
異界統合特殊任務部隊《FENRIR》――FENRIR Joint Task Force。
FJTF。
「これからはFJTF司令部が、任務ごとにFJMG各部隊から必要な戦力を組み合わせる」
統合参謀が説明する。
「十二部隊を毎回すべて動かすわけではない。救難任務なら救難中心。門警備ならHEIMDALL。偵察ならRATATOSKRとHUGINN。大規模輸送ならBIFROSTとDVERGR。必要に応じてWOLF PACK、EINHERJAR、STYXを含む各部隊を組み合わせる」
レイブンは頷いた。
それなら分かる。
以前、北西部山岳地帯へ向かった時、STYXを無理に連れて行かなかったのと同じだ。
任務に必要な者が行く。
必要でない者まで危険へ晒さない。
大きくなっても、根本は変わらない。
「そして」
統合参謀が次の資料を開いた。
「明日零時をもって、旧ヴァルナ河口国際港湾区に関する新条例及び共同管理協定が発効する」
ルナの表情が変わる。
「港?」
「そうだ」
画面に地図が表示された。
旧国境線。
帝国側。
連邦共和国側。
その中央。
港湾地区を囲う新しい行政区域。
「本地区は明日以降、帝国及び連邦共和国いずれの単独統治区域にも属さない」
会議室が静かになる。
レイブンが聞き返した。
「……国境じゃなくなる?」
「従来の国境線は法的記録として残る。しかし指定区域については共同管理条例を優先する」
「つまり?」
「自由都市だ」
ルナが窓の向こうを見る。
STYXが生まれた港。
古い舟艇格納庫を見つけた場所。
仲間たちと壊れた艇を直した場所。
初めて水に道を作ろうとした場所。
「ここが……都市になるんですか」
「すでになり始めている」
統合参謀は答える。
「軍事施設だけではない。民間港湾、住宅、商業区、医療、教育、物流施設を順次整備する」
帝国でもない。
連邦共和国でもない。
だからといって、どちらからも切り離された無法地帯になるわけではない。
帝国と連邦共和国を中心に複数国が共同で基本条例を保証し、民政機関とFJTF司令部は役割を分ける。
軍が市民生活を直接統治するのではなく、FENRIRは港湾防衛、異界災害対応、共同任務施設の管理に責任を負う。
民間行政は別に置かれる。
日本国とのJIRMCAに基づく連絡窓口も、将来的にはここへ設置される予定だった。
「自由都市名は?」
レイブンが尋ねる。
「正式名称は現在最終調整中だ」
「まだ旧ヴァルナ?」
「当面はな」
ルナが小さく笑った。
「私は好きですけどね」
「ヴァルナ?」
「はい」
窓の外には河口。
その先には海。
「STYXが生まれた場所ですから」
翌日。
午前零時。
港湾地区の行政境界を示していた旧帝国・連邦共和国の検問所から、国旗が降ろされた。
捨てられたわけではない。
帝国旗も。
連邦共和国旗も。
新たに整備された共同庁舎前へ移された。
その間に。
FENRIRの旗が掲げられる。
そして民政を示す新たな自由都市旗のための、まだ空いた旗竿が一本残された。
レイブン。
エリシア。
ルナ。
三人は少し離れた場所から、それを見ていた。
「変な感じだな」
レイブンが言う。
「何が?」
エリシアが尋ねる。
「昔だったら、ここから向こうは連邦だった」
「そうだね」
「こっちは帝国」
「うん」
「越えたら敵だった」
エリシアは旧国境線を見る。
「今は?」
レイブンも見る。
何もない。
道路が続いている。
帝国側から来た貨物車が止まらず走る。
連邦共和国側から来た作業員が同じ食堂へ入る。
STYXの隊員が河口へ向かう。
SKYFALLの整備員が基地へ歩く。
DVERGRの工兵が測量を続ける。
BIFROSTの輸送車が倉庫へ物資を運ぶ。
「今は……道だな」
レイブンが答えた。
ルナが兄を見る。
「兄様らしい」
「そう?」
「はい」
エリシアも笑う。
「NoXっぽい」
「最近何でもそれで済ませてない?」
「便利だから」
「ひどいな」
午前六時。
自由都市となった最初の朝。
レイブンはFENRIR共同訓練区画へ向かった。
そこには、いつもの顔ぶれだけではなかった。
WOLF PACK。
EINHERJAR。
STYX。
そして。
SKYFALL。
GUNGNIR。
RATATOSKR。
HUGINN。
HEIMDALL。
TYR。
IDUNN。
DVERGR。
BIFROST。
全員ではない。
各部隊から選抜された教育担当者と指揮要員だけだ。
それでも以前とは比べものにならない人数だった。
レイブンは前へ立つ。
しばらく黙って全員を見る。
「……多いな」
後ろでエリシアが額を押さえた。
「第一声それ?」
「だって本当に多い」
僅かに笑いが起こる。
緊張が少し解けた。
レイブンは続ける。
「俺はNoX。WOLF PACK指揮官。そしてFJTFの訓練教官の一人だ」
十二の部隊から来た人間たちを見る。
「今日から同じ名前の下で動くことになる。でも、全員にWOLF PACKと同じ戦い方をさせるつもりはない」
航空機を飛ばす者に、歩兵と同じ技能は必要ない。
衛生兵に重火力部隊と同じ役割を求める意味もない。
輸送兵を突入要員にする必要もない。
「お前たちは、それぞれ違う仕事をする」
レイブンは言った。
「違うから必要なんだ」
静かに声が響く。
「俺たちが道を開いても、BIFROSTが物資を運ばなきゃ続かない。RATATOSKRが見つけて、HUGINNが情報を繋いでくれなきゃ、そもそも道を選べない。GUNGNIRが必要な時もある。SKYFALLに空から来てもらう時もある。怪我をすればIDUNNがいる。壊れればDVERGRが直す。門はHEIMDALLが守る。通常じゃ止められない相手ならTYRが出る」
一度息を吸う。
「EINHERJARは守る。STYXは水に道を作る」
そして。
「WOLF PACKは、その一歩目を踏む」
ガイルが後方で笑った。
「隊長、格好つけたな」
「聞こえてるぞ、Hound」
また笑いが起きる。
レイブン自身も笑った。
それから表情を戻す。
「でも最後は同じだ」
十二部隊を見る。
「任務を終える」
少し間を置く。
「仲間を連れて帰る」
FENRIRが三部隊しかなかった頃から変わらない言葉だった。
「昨日まで帝国軍だった奴もいる。連邦共和国軍だった奴もいる。他国から来た奴もいる」
レイブンの金と黒の瞳が一人ずつを追う。
「明日、日本国の自衛隊と一緒に任務をする日も来るかもしれない」
JIRMCA。
JIR-DELI。
二つの世界を繋いだ協定。
「所属が違っても、帰りたいと思う気持ちは変わらない」
かつて父から教わったこと。
戦場で学んだこと。
自分が教官となって次の世代へ伝えてきたこと。
「だからFENRIRでは、一つだけ共通にする」
レイブンは言った。
「誰かを置いて、自分だけ帰ることを最初から正解にするな」
絶対に誰も死なない。
そんな約束はできない。
戦場を知っているからこそ、レイブンはそれを口にしなかった。
「無理な時はある。助けられない時もある。撤退を選ばなきゃ全員死ぬことだってある」
声を落とす。
「だから考えろ」
昨日まで違う軍隊だった者たちが、黙って聞いている。
「助ける方法を一つで諦めるな。陸が駄目なら水を探せ。水が駄目なら空を使え。通信が切れたら別の手段を探せ。道がなければ工兵を呼べ。負傷者が出たら衛生部隊へ繋げ。自分の部隊だけで全部やろうとするな」
それは。
今のFENRIRだからこそ言える言葉だった。
「十二部隊ある意味はそこにある」
レイブンは最後に言った。
「一つができないことを、別の一つが繋ぐ」
訓練開始の号令が出る。
十二の部隊が、それぞれの持ち場へ散っていく。
航空。
陸上。
河川。
偵察。
情報。
警備。
医療。
工兵。
輸送。
火力。
特殊戦。
それらが初めて、同じ訓練計画の中で動き始める。
レイブンはその光景を見ていた。
エリシアが隣へ来る。
「どう?」
「何が?」
「大きくなったFENRIR」
レイブンは少し考える。
「怖い」
「意外」
「俺たちが判断を間違えた時に、動く人数が増えた」
エリシアは黙った。
「昔は自分と数人だった」
「うん」
「今は違う」
レイブンは訓練場を見る。
「俺が前へ出すぎる癖、本当に直さないとな」
エリシアが少し笑った。
「やっと?」
「やっとって言うなよ」
「みんな前から言ってたよ」
「分かってる」
少し離れた場所。
ルナがSTYXの仲間たちと、新しく加わったBIFROSTやDVERGRの担当者を相手に港湾輸送について話している。
兄の後ろを歩いていた少女はもういない。
そこにいるのは一つの部隊を預かる指揮官だった。
「エリシア」
「何?」
「俺たち、本当にここまで来たんだな」
「まだ途中だよ」
「そうだな」
レイブンは頷く。
その日の夕方。
自由都市となった港湾地区に、初めて十二部隊の灯りが点った。
格納庫。
舟艇基地。
航空施設。
医療棟。
情報棟。
整備区画。
倉庫。
共同司令部。
そして、その間に残る民間の住宅と店。
軍事基地だけの街ではない。
帝国の街でもない。
連邦共和国の街でもない。
二つの国家の境界だった場所に、どちらにも閉じない街が生まれようとしていた。
その夜。
FJTF統合作戦室の壁には、新しい編制図が掲げられた。
頂点には。
FENRIR Joint Task Force――FJTF。
その指揮下。
FENRIR Joint Mission Group――FJMG。
そして十二の名。
WOLF PACK。
EINHERJAR。
STYX。
SKYFALL。
GUNGNIR。
RATATOSKR。
HUGINN。
HEIMDALL。
TYR。
IDUNN。
DVERGR。
BIFROST。
十二の部隊は、十二本の軍隊ではない。
それぞれ異なる牙を持ち、異なる道を知り、異なる方法で誰かを帰すための実働部隊だった。
窓の向こう。
港へ戻ってきたSTYXの舟艇が係留される。
その上空をSKYFALLの機体が帰投していく。
BIFROSTの輸送車が倉庫へ入り、DVERGRの工兵が明日の工事箇所を確認している。
IDUNNの医療棟には夜間勤務の灯りが点き、HUGINNの通信設備は異界門を経由して日本側との試験通信を続けていた。
旧国境道路では、帝国側から来た一台の民間車両が、かつての検問所跡を止まることなく通過していった。
そこにはもう。
敵国へ入るための線はなかった。
代わりに。
十二の部隊と、二つの世界へ続く道があった。




