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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅱ~ FENRIR ― 戦狼となった黒猫 ― Season 4 #067~
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84/189

Season 5「境界の兆候」  #084

第84話「門の向こうから来た国」

 帝国北西部山岳観測施設が、三度目の異常を記録したのは午前九時四十七分だった。

 その瞬間まで、観測室では前日に採取された岩石試料の解析が続けられていた。

 消失面の周囲に熱変性はない。

 爆発や衝撃による破砕痕もない。

 既知の魔法によって物質を分解した痕跡も確認できない。

 さらに夜間、無人状態となった谷で発生した十五秒間の空間異常についても、観測記録の照合が始まっていた。

 十二秒だった現象が、十五秒へ伸びた。

 たった三秒。

 しかし、その三秒を誤差として切り捨てられる者は、もう施設内にはいなかった。

「空間歪曲値、上昇!」

 突然響いた声に、観測室の空気が変わった。

「発生地点は?」

「昨日と同じ谷です!」

「魔力濃度は?」

「上昇中! 昨日の最大値を超えます!」

 主任技術員が立ち上がる。

「異界門形成反応は?」

「……待ってください」

 担当者の指が止まった。

 顔色が変わる。

「出ています」

 室内が静まり返った。

「もう一度言え」

「異界門形成反応を確認」

 警報が鳴った。

 これまでの短い注意音ではない。

 施設全体へ響く警報だった。

「全観測系統を記録状態へ! 帝国軍総司令部へ緊急報告! FENRIRにも送れ!」

「了解!」

「連邦共和国側にも共有!」

「送信します!」

 中央画面の数値が急上昇する。

 十二秒を超えた。

 十五秒。

 二十秒。

 三十秒。

「止まらない……」

 誰かが呟いた。

 主任は画面を睨んだ。

「現地監視映像を出せ!」

 山中に設置された遠隔監視装置から映像が届く。

 昨日、レイブンたちが調査した谷。

 岩壁。

 雪解け水。

 消失痕。

 そこまでは昨日と変わらない。

 だが。

 空間が歪んでいた。

 最初は陽炎のようだった。

 次第に、その揺らぎが縦方向へ伸びていく。

 やがて中央に細い線が生まれた。

 線が開く。

 暗い裂け目になる。

 さらに広がる。

「……門だ」

 誰かが言った。

 主任は答えなかった。

 第一次異界大戦を知る者なら、見間違えるはずがなかった。

 異界門。

 ただし、かつて異界軍が使用したものと完全に同じではない。

 形状も。

 魔力波形も。

 安定化までの過程も違う。

 それでも、そこには明確に別の空間が存在していた。

「帝国軍へ伝えろ」

 主任が低い声で言った。

「異界門、開門」

 同時刻。

 旧ヴァルナ河口国際港湾区。

 FENRIR統合作戦室の警報が鳴った。

 レイブン・S・クロウ〔無名(ノックス)〕は椅子から立ち上がった。

「何だ?」

 ノア・ヴェルナー〔暗号(サイファー)〕が受信情報を開く。

 その表情が変わった。

「NoX」

「言って」

「北西部」

 その一言で、レイブンには分かった。

「門?」

「確認された」

 室内の空気が一変する。

 レイブンは一瞬だけ目を閉じた。

 来た。

 そう思った自分を、すぐに否定する。

 まだ何も分からない。

「敵影は?」

「現時点では不明」

「帝国軍は?」

「周辺部隊に緊急展開命令」

「WOLF PACKを集める」

「了解」

 レイブンが通信端末を取るより早く、別回線が開いた。

『NoX』

「Valkyrie」

 エリシアだった。

『見た?』

「今見た」

『EINHERJAR、即応態勢に移行する』

「まだ敵とは決まってない」

『分かってる。だから撃つ準備じゃなくて、動ける準備』

「了解」

 さらに別の回線。

『こちらNyx』

「早いな」

『STYXにも警報来ました』

「舟艇群は?」

『待機状態へ移行します。北西部には直接行けませんが、輸送と救難の準備はできます』

「そのまま待機。勝手に動くなよ」

 一瞬の沈黙。

『兄様にだけは言われたくありません』

「勤務中だぞ」

『だからNoXに言いました』

 エリシアの回線から小さな笑い声が聞こえた。

「……とにかく待機」

『了解、NoX』

 通信が切れる。

 レイブンはISG-42A3《RAVEN》が置かれた装備区画へ向かおうとした。

「NoX」

 ノアが呼び止める。

「待って」

「何?」

「現地映像が来た」

 中央画面が切り替わる。

 昨日の谷。

 そして。

 門。

 レイブンの足が止まった。

 第一次異界大戦の記憶が一瞬で蘇る。

 異界軍。

 炎。

 負傷者。

 悲鳴。

 崩れる街。

 だが、画面の中で開いている門は、あの時とはどこか違っていた。

「……小さい」

 レイブンが呟く。

「車両が通れるくらいはある」

 ノアが答える。

「でも第一次異界大戦の侵攻門よりは小さい」

 映像が揺れる。

 門の向こうに。

 何かが見えた。

「人影」

 ノアが拡大する。

 レイブンの目が細くなる。

 一人。

 人間。

 少なくとも外見上はそう見えた。

 武装していない。

「……スーツ?」

 レイブンが思わず言った。

 濃い色の服。

 白いシャツ。

 首元には細い布。

 帝国でも連邦共和国でも見たことのない様式だが、軍服ではないことは分かる。

 男はゆっくり門を越えた。

 周囲を見る。

 その後ろから、別の男たちが現れる。

 今度は違った。

「武装あり」

 ノアの声が低くなる。

 小銃。

 戦闘装備。

 防護装具。

 複数名。

 だが。

「銃口……」

 レイブンが画面へ近づく。

「下げてる」

 構えてはいる。

 しかし前方へ向けていない。

 指も射撃する位置には見えない。

 周囲を警戒しているが、明確な攻撃姿勢ではなかった。

「侵攻部隊には見えない」

「でも軍人だ」

「うん」

 さらに人が出てくる。

 そして。

 門の奥から大きな影が姿を現した。

「車両!」

 装輪式の戦闘車両。

 帝国軍とも連邦共和国軍とも異なる形状。

 門を越えると停止する。

 砲塔は周囲を警戒しているが、帝国軍陣地へ直接照準してはいない。

「何なんだ……?」

 レイブンが呟いた。

 その頃、現地では帝国軍部隊がすでに谷への接近経路を封鎖していた。

 第一次異界大戦を経験した兵士たちは緊張している。

 異界門から武装集団。

 条件だけを見れば、最悪の記憶を呼び起こすには十分だった。

「全員、撃つな!」

 現地指揮官の声が飛ぶ。

「相手から攻撃されるまで発砲するな!」

 帝国兵たちは銃を構える。

 だが引き金には触れない。

 門から出てきた武装した男たちも同じだった。

 互いが互いを見ている。

 異なる軍服。

 異なる武器。

 異なる装備。

 言葉が通じる保証さえない。

 沈黙。

 その中央へ、最初に現れたスーツ姿の男性が一歩進んだ。

 護衛の一人が何かを言う。

 男性は手を上げて制した。

 そして。

「こちらの責任者の方と、お話をしたい」

 帝国兵の表情が変わった。

 現地指揮官も一瞬、理解できなかった。

「……今、何と言った?」

 スーツ姿の男性はゆっくり答える。

「こちらの責任者の方と、お話をしたいと申し上げました」

 帝国兵たちが互いを見る。

 意味が分かる。

 発音に多少の違和感はある。

 だが。

 確かに。

 こちらの言葉だった。

「言葉が……通じる?」

 現地指揮官が呟く。

 男性は両手を見える位置に置いたまま、さらに続けた。

「突然のことで、皆様を驚かせていることは承知しております。まず、我々に敵対の意思がないことをお伝えします」

「所属を言え」

 帝国側指揮官が答えた。

「あなた方は何者だ」

 男性は僅かに姿勢を正した。

「私たちは、日本国という国からやってきました」

「ニホン……?」

「はい」

 男性は後ろを見る。

 小銃を携行した男たち。

 そして戦闘車両。

「彼らについても説明します」

 護衛たちは動かない。

 男性は再び帝国側を見る。

「彼らは、皆様と戦うために同行しているのではありません。私たち外交官の安全を確保するために同行している、日本国の『自衛隊』です」

「ジエイタイ?」

「我が国の防衛を担う組織です」

 現地指揮官は即答しなかった。

 異界から現れた国家。

 外交官。

 自衛隊。

 聞いたことのない言葉ばかりだった。

「なぜ我々の言葉を話せる」

「それについても説明が必要です」

 男性は答える。

「ですが、ここで全てをお話しするより、まず正式な外交窓口を設けたいと考えています」

 現地指揮官は通信機を取った。

「総司令部へ。緊急」

 返答。

「異界門から現れた集団と接触した」

 間を置く。

「敵対行動なし」

 さらに。

「先頭の人物は、自らを外交官と称している」

 帝国首都へ情報が届くまで、数分とかからなかった。

 連邦共和国にも共有される。

 旧抵抗軍参加諸国へも緊急連絡が送られた。

 FENRIR統合作戦室。

 レイブンは現地音声を聞いていた。

「日本国……」

 聞いたことがない。

 エリシアも統合作戦室へ到着していた。

「あなた知ってる?」

「いや」

「私も」

 ルナも遠隔回線で参加している。

『帝国にも連邦にも記録ないんですか?』

 エミリアが端末を操作する。

「少なくとも現存する国家一覧にはない」

「昔の国?」

 レイブンが尋ねる。

「それも照合中」

 ノアが別端末を見る。

「言語解析出た」

「どう?」

「意味構造はほぼ完全一致」

「何で?」

「それが分かったら苦労しない」

 ノアが顔を上げる。

「ただ、発音や一部語彙に違いがある。自衛隊って単語も既存軍事用語にはない」

 レイブンは腕を組む。

「異界人なのに、こっちの言葉を話す」

 エリシアが画面を見る。

「しかも軍隊じゃなくて外交官が最初に出てきた」

「第一次異界大戦とは真逆だな」

「今のところはね」

 その言葉が重要だった。

 今のところ。

 敵ではない。

 だからといって無条件で信用する理由もない。

 武装した人間がいる。

 戦闘車両もある。

 向こうもこちらを警戒している。

 ただ一つだけ、第一次異界大戦との決定的な違いがある。

 会話が成立していた。

 レイブンは画面の中のスーツ姿の男性を見る。

「……話せるなら」

「うん」

 エリシアが答える。

「まず話すべきだね」

 数時間後。

 帝国政府は異例の速度で声明を出した。

 異界門から出現した未知国家との接触を確認。

 現時点で武力衝突なし。

 双方に死傷者なし。

 異界門周辺を一時的な共同非武装交渉区域として扱うため協議中。

 そして何より。

 第一次異界大戦で世界が学んだ教訓が、判断を変えた。

 一国だけで決めない。

 帝国だけの問題ではない。

 連邦共和国だけの問題でもない。

 門の向こうに一つの国家が存在するなら、その国家との関係は世界全体へ影響する。

 帝国政府は連邦共和国へ正式に協議を要請。

 さらに第一次異界大戦で抵抗軍を構成した諸国家へも代表団派遣を求めた。

 国際議会。

 議題は一つ。

 異界国家《日本国》との接触について。

 翌日。

 FENRIR統合作戦室。

 レイブンは届いた命令書を見ていた。

「……何で?」

 エリシアが隣から覗く。

「何が?」

「俺たちまで?」

「書いてあるでしょう」

「読んだよ」

 ルナも今日は統合作戦室に来ている。

「私も参加なんですね」

「そうらしい」

 命令書には三人の名前が並んでいる。

 レイブン・S・クロウ〔NoX〕。

 エリシア・L・ヴォルハラム=クロウ〔Valkyrie〕。

 ルナ・クロウ〔Nyx〕。

 FENRIR Joint Task Force。

 FJTFを構成する三部隊の指揮官。

「俺たち外交官じゃないぞ」

 レイブンが言う。

「軍事面の説明要員でしょうね」

 エリシアが答える。

「向こうにも自衛隊がいるから」

「帝国軍と連邦軍の将官だけでよくない?」

「第一次異界大戦で実際に異界軍と戦って、今は国境を越えた統合部隊を率いてる人が他に何人いるの?」

「……」

「しかもNoX」

「それ関係ある?」

「あると思う」

 ルナが命令書を読む。

「私、第一次異界大戦には兄様たちほど詳しくないですよ」

「NyxはSTYX代表だろ」

「河川舟艇部隊ですよ?」

「FENRIRは三部隊で一つだ」

 レイブンが言った。

「呼ばれたなら三人で行く」

 ルナは兄を見る。

 少し笑う。

「はい」

 そこへヴォルターが入ってきた。

「聞いたぞ」

「父さん」

「お前たち三人、国際議会へ出るらしいな」

「らしい」

「軍服は綺麗にして行け」

「そこ?」

「重要だ」

 エリシアが笑う。

「ヴォルターさんは参加しないんですか?」

「技術部門から別の代表が出る。俺は門の解析へ回る」

 レイブンの表情が少し変わった。

「父さん」

「何だ」

「日本って、どう思う?」

 ヴォルターはすぐには答えなかった。

「分からん」

「やっぱり?」

「分からないものを、分かったふりするなと教えたはずだ」

「うん」

「武装している。戦闘車両もある。なら戦う力は持っている」

「でも撃たなかった」

「そうだ」

「外交官が先に来た」

「それも事実だ」

 ヴォルターは三人を見る。

「だから会え」

「会う?」

「数字と映像だけ見て相手を決めるな。直接話せる機会があるなら話せ」

 レイブンは頷いた。

「第一次異界大戦では、それができなかった」

 ヴォルターの声が僅かに低くなる。

「今回は違う」

 国際議会は三日後に開催されることとなった。

 場所は帝国と連邦共和国の国境近くに設けられた国際共同会議場。

 皮肉な場所だった。

 かつて両国が互いへ銃を向けた土地。

 今は和平の象徴として各国代表が集まる。

 その中央に。

 別世界から来た国家の代表が座る。

 三日後。

 会議場周辺には各国の旗が並んでいた。

 帝国。

 連邦共和国。

 旧抵抗軍参加国。

 交易国家。

 周辺小国。

 そして。

 まだ誰にも馴染みのない旗。

 白地。

 中央に赤い円。

 レイブンはそれを見上げた。

「これが……日本国の?」

「そうみたい」

 エリシアが答える。

 ルナも隣にいる。

 三人とも正装に近い軍装だった。

 それぞれ所属は違う。

 帝国軍人であるレイブン。

 連邦共和国軍人であるエリシア。

 帝国系の河川特殊部隊を率いるルナ。

 だが三人の胸元には共通の標章がある。

 FJTF。

 異界統合特殊任務部隊《FENRIR》。

「緊張する」

 ルナが小さく言った。

「戦場より?」

 レイブンが尋ねる。

「戦場にほとんど行ってない兄妹へその質問します?」

「確かに」

「兄様は?」

「かなり」

 エリシアが意外そうに見る。

「あなたが?」

「銃持ってる相手なら、何すればいいか分かる」

「それはそれでどうなの」

「外交官相手にSGは使えないだろ」

「使ったら国際問題だよ」

「分かってるよ」

 ルナが笑いを堪える。

「二人とも、会議前ですよ」

「Nyxが一番まともだな」

「妹ですから」

「関係ある?」

 扉が開いた。

 三人の表情が変わる。

 会議場へ入る。

 巨大な円卓。

 各国代表。

 軍人。

 外交官。

 技術者。

 通訳担当。

 そして反対側に。

 あの男がいた。

 異界門から最初に出てきた、スーツ姿の男性。

 その隣にも複数の日本国外交官が座っている。

 護衛の自衛隊員は会議場内部には入らず、合意された区域で待機していた。

 男性が立ち上がる。

 一礼する。

 帝国側代表も立った。

 会議場が静かになる。

「改めまして」

 日本国の外交官が口を開いた。

「日本国政府を代表し、この場を設けていただいたことに感謝いたします」

 レイブンはその言葉を聞く。

 やはり分かる。

 翻訳魔法でもない。

 通訳機でもない。

 自分たちの言葉として理解できる。

「我々も、突然開いた門によって皆様の世界と接続された側です」

 外交官は続ける。

「そして、我々には皆様の領土を侵略する意思はありません」

 会議場の誰も声を上げない。

「自衛隊を同行させたのは、未知の環境における外交団の安全確保のためです。皆様が我々を警戒されることは理解しております。同様に、我々も皆様についてほとんど知りません」

 レイブンはその言葉に僅かに反応した。

 同じなのだ。

 こちらが日本を知らないように。

 日本もこちらを知らない。

「ですから」

 外交官は円卓全体を見る。

「まずは互いを知るところから始めたい」

 帝国代表が尋ねる。

「あなた方は、この門を作ったのですか?」

「いいえ」

 即答だった。

「我々にも原因は分かっていません」

 連邦共和国代表が続ける。

「では、あなた方の世界でも突然開いた?」

「はい」

「門の向こうには、あなた方以外の国家も存在するのですか?」

 外交官は僅かに間を置いた。

「存在します」

 空気が変わった。

「日本国だけではありません。我々の世界には、多数の国家が存在します」

 各国代表が小声で話し始める。

 レイブンもエリシアを見る。

 エリシアもこちらを見ていた。

 日本。

 それは異界そのものの名前ではない。

 門の向こうにある、多数の国家の一つ。

 外交官が続ける。

「そして我々は、この門がなぜ皆様の世界と日本国を接続したのかを知りません」

 レイブンの左肩が。

 微かに熱を持った。

「……」

 エリシアも同時に胸元へ手を置いた。

 ルナが気づく。

「NoX?」

「大丈夫」

 小声で答える。

 エリシアを見る。

 目が合う。

 同じ。

 まただ。

 門。

 空間異常。

 そして二人の身体。

 レイブンは前を見る。

 日本国の外交官は話を続けている。

 国交。

 安全保障。

 門の管理。

 人員の往来。

 感染症や生態系への影響。

 技術流出。

 武器持ち込み。

 交易。

 文化。

 法。

 世界が違えば、決めなければならないことは無数にある。

 そして会議の途中。

 帝国代表がFENRIRの三人へ視線を向けた。

「ここで、我々側の異界対応部隊についても紹介しておきたい」

 レイブンの猫耳が僅かに動く。

「来た」

 小声。

「NoX」

 エリシアが注意する。

「はい」

 三人が立ち上がる。

「異界統合特殊任務部隊《FENRIR》――FENRIR Joint Task Force。略称FJTF」

 帝国代表が説明する。

「第一次異界大戦後、再び異界由来の脅威が発生した場合に、国家の違いを越えて対応するため設立された統合任務部隊です」

 日本側の視線が三人へ集まる。

「独立特殊作戦大隊《WOLF PACK》指揮官」

 レイブンが姿勢を正す。

「レイブン・S・クロウ。コールサイン、NoX」

「特殊任務旅団《EINHERJAR》指揮官」

「エリシア・L・ヴォルハラム=クロウ。Valkyrieです」

「河川特別舟艇隊《STYX》指揮官」

「ルナ・クロウ。Nyxです」

 日本側外交官が三人を見る。

 そして、レイブンとエリシアの姓へ僅かに反応した。

「失礼ですが」

「はい」

「クロウという姓が、お二人に」

 レイブンとエリシアが一瞬顔を見合わせる。

「夫婦です」

 日本側外交官が僅かに目を見開いた。

 さらにルナを見る。

「そしてNyx指揮官もクロウ姓ですが」

「妹です」

 数秒。

 日本側代表団が沈黙した。

「……ご家族で?」

「結果的には」

 レイブンが答える。

 エリシアが横から小声で言う。

「あなたがWOLF PACK作ったからでしょう」

「EINHERJAR作ったのエリシアだろ」

「STYXは私です」

 ルナまで加わる。

「Nyxまで?」

 日本側の外交官が、ほんの僅かに笑った。

「なるほど」

 張り詰めていた会議場の空気が、少しだけ緩んだ。

 レイブンも気づいた。

 向こう側の人間も笑う。

 冗談を理解する。

 家族という言葉を知っている。

 自分たちと同じように、護衛を連れて未知の場所へ来れば緊張する。

 少なくとも今、円卓を挟んで向かい合っている相手は、会話のできない侵略者ではなかった。

 会議はその日の夕方まで続いた。

 結論は出ない。

 当然だった。

 二つの世界が出会って、わずか数日。

 一日で決められることなどほとんどない。

 ただし。

 一つだけ合意された。

 異界門周辺において、双方は相手の明確な敵対行動がない限り武力を行使しない。

 日本国。

 帝国。

 連邦共和国。

 参加諸国。

 全てがその原則に同意した。

 会議終了後。

 レイブンたち三人は会議場の外へ出た。

「疲れた……」

 レイブンが息を吐く。

「戦闘より?」

 エリシアが聞く。

「別の意味で」

「兄様、途中で寝そうでした」

「寝てない」

「猫耳が下がってました」

「疲れただけ」

 エリシアが笑う。

「帰ろうか」

 その言葉に、レイブンは自然に頷いた。

「うん」

 ルナも頷く。

「帰りましょう」

 三人が歩き出す。

 背後には各国の旗。

 そして。

 白地に赤い円を描いた、異界国家の旗。

 誰もまだ知らなかった。

 この日、門を越えてきた者たちとの出会いが、これから起こる戦いの形を大きく変えることを。

 だが少なくとも。

 最初に門を越えてきたものは銃弾ではなかった。

 言葉だった。

 第一次異界大戦では、得ることのできなかったもの。

 話し合うという選択肢が。

 今度は最初から、そこにあった。

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