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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅱ~ FENRIR ― 戦狼となった黒猫 ― Season 4 #067~
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80/189

Season 4「NoX」 #080

第80話「三つの牙」

 河川特別舟艇隊(STYX)とEINHERJARが正式に設立されてから、半年が過ぎた。

 わずか半年。

 だが、その半年間で二つの部隊は驚くほど急速に形を整えていた。

 ルナ・クロウ〔夜(ニュクス)〕が率いるSTYXは、旧ヴァルナ河口国際港湾区を事実上の母港として運用しながら、河川、湖沼、沿岸、港湾を連続した作戦領域として扱う独自の戦術体系を作り始めていた。かつて格納庫の奥で埃を被っていた河川用特殊舟艇群も、エミリア・R・ヴァレンシュタイン〔猟鷹(ファルコン)〕をはじめとする技術士官たちの協力を受けながら段階的に再整備され、指揮、偵察、攻撃、輸送、上陸支援、撤退、救難、潜水支援、工兵作業という異なる任務を持つ舟艇群へと変わりつつある。

 一方、エリシア・L・ヴォルハラム=クロウ〔戦乙女(ヴァルキリー)〕が率いるEINHERJARは、連邦共和国軍を母体としながらも、第一次異界大戦で成立した共同戦線の経験を受け継ぐ特殊任務旅団として成長していた。

 単純な大人数の特殊部隊ではない。

 任務に応じて小規模な任務群へ分かれ、必要なら再び統合する。

 STYXが水上から作戦地域への道を開けば、EINHERJARはその道を使って人員を送り込み、孤立部隊や民間人を保護し、必要な場所へ戦力を届け、最後には回収まで行う。

 二つの部隊による最初の合同演習を見たレイブンは、終了後に一言だけ感想を述べた。

「……俺、要らないんじゃない?」

 直後、ルナとエリシアの双方から否定された。

 それから半年後の朝。

 国境地帯にあるクロウ夫妻の家へ、帝国軍の車両が一台やってきた。

 レイブンは窓からそれを見た瞬間、嫌な顔をした。

「エリシア」

「何?」

「軍が来た」

「見れば分かる」

「居留守使っていい?」

「軍用車両相手に?」

「家にいませんって」

「あなた、今窓から思い切り顔出したでしょう」

「……見られたかな」

「運転手と目が合ってたよ」

「終わった」

 玄関が叩かれた。

 エリシアが笑いながら立ち上がる。

「行ってらっしゃい」

「一緒に来て」

「帝国軍からあなた宛でしょう?」

「夫婦だろ」

「こういう時だけ使わないで」

「冷たい」

「帰ってきたら慰めてあげる」

「絶対ろくな命令じゃない気がする」

 レイブンの予感は当たった。

 届けられたのは帝国軍統合参謀部からの命令書だった。

 しかも至急。

 レイブンは居間の食卓へ座り、封を切った。

 エリシアも向かいに座る。

 最初の数行。

 レイブンの眉が寄った。

 さらに読む。

 今度は耳が下がった。

「……何て?」

 エリシアが尋ねる。

「嫌だ」

「内容を聞いてるの」

「だから嫌だ」

「レイブン」

「はい」

 命令書を渡す。

 エリシアが読む。

 第一次異界大戦後に実施された各国軍再編、STYXおよびEINHERJARの設立、帝国・連邦包括和平条約以降の共同即応構想を踏まえ、帝国軍は新たな特殊作戦部隊を創設する。

 その任務は明確だった。

 最も危険な場所へ先行する。

 敵の防御によって通常部隊が進めない場合、その防御を破る。

 孤立地域へ侵入する。

 後続部隊が通過できる経路を確保する。

 撤退時には最後まで残り、追撃を抑え、帰還路を維持する。

 そしてSTYX、EINHERJAR双方との統合作戦を前提とする。

 創設責任者。

 レイブン・S・クロウ。

 コールサイン。

 〔無名(ノックス)〕。

「……おめでとう」

「何が?」

「仲間が増えるね」

「嬉しくない」

「私の時、笑ったよね?」

「笑ってない」

「『旅団長殿』って言った」

「記憶力いいね」

「ありがとう、部隊長殿」

「仕返ししてるだろ」

「少し」

 レイブンは命令書を取り返した。

「しかも『至急編成案を提出せよ』だって」

「期限は?」

「短い」

「具体的には?」

「……二週間」

「頑張って」

「他人事みたいに」

「私も通った道です」

「助けてよ」

「もちろん助ける。でも部隊を作るのはあなた」

 レイブンは椅子の背へ身体を預けた。

 最も危険な場所へ先に入る。

 敵の防御を破る。

 帰還路を切り拓く。

 書類に書けば簡単だった。

 だが実際の戦場でそれを担当する部隊が、どれほど危険な役割を負うことになるのか、レイブンには嫌というほど分かっていた。

 だからこそ、人選を間違えるわけにはいかない。

「強い奴を集めるだけじゃ駄目だな」

「うん」

「射撃が上手いだけでも足りない」

「うん」

「命令に従うだけの奴も駄目」

「そう思う」

「……面倒だ」

「だからあなたなんでしょう?」

 レイブンは命令書を見つめた。

「俺が欲しいのは、帰ることを諦めない奴だ」

 その日のうちに、古い名簿を引っ張り出した。

 最初に探したのは、志願兵時代の仲間たちだった。

 訓練で泥だらけになった者。

 父ヴォルターの怒声を一緒に聞いた者。

 まだNoXという名が戦場で知られる以前から、レイブンという一人の志願兵を知っていた者。

 その中から、何人かの名前が浮かび上がる。

 最初に連絡を取ったのは、ガイル・ベッカーだった。

「もしもし」

『誰だ』

「レイブン」

『切る』

「待って」

『嫌な予感しかしない』

「まだ何も言ってない」

『お前から突然連絡が来る時点で面倒事だ』

「部隊作ることになった」

『切る』

「だから待ってって!」

 電話の向こうで笑い声がした。

『で?』

「特殊部隊」

『やっぱり面倒事じゃねえか』

「来る?」

『任務は?』

「一番危ないところへ先に入って、後ろの連中が帰れる道を作る」

『……お前らしいな』

「褒めてる?」

『半分』

「残りは?」

『馬鹿だと思ってる』

「来る?」

『行く』

「早いな」

『お前一人で行かせたら帰ってこないだろ』

「帰るよ」

『信用ねえんだよ、NoX』

 こうしてガイル・ベッカーが加わった。

 後に〔猟犬(ハウンド)〕の名を引き継ぐのではなく、WOLF PACK独自の戦友として《Hound》を名乗ることになる男。

 陽気で声が大きく、戦場では副指揮と前衛を担う。

 次はディートリヒ・ハイゼン。

 銀灰色の髪を持つ猫系亜人で、昔から几帳面だった。

 レイブンが話を持ち掛けると、彼はしばらく黙った。

『装備体系は?』

「まだ決まってない」

『補給計画は?』

「これから」

『部隊規模は?』

「これから」

『輸送手段は?』

「これから」

『……お前、本当に何も決めずに連絡してきたのか』

「人を先に決めようと思って」

『順番がおかしい』

「来る?」

『行く。放っておくともっと酷くなる』

「ありがとう」

『礼を言う前に編制案を送れ』

 重火力を担う男が決まった。

 ミレイア・フェルンにも連絡した。

 灰褐色の髪と猫耳を持つ偵察兵。

 志願兵時代、レイブンと組んで行動したこともある。

『潜入?』

「多いと思う」

『偵察?』

「多分」

『少人数行動?』

「かなり」

『危険?』

「相当」

『分かった』

「来てくれる?」

『その質問必要?』

 ミレイアは笑った。

『昔から、あなたが危ないところへ行く時は誰かが見てないと駄目だったでしょう』

 ヨハン・リヒター。

 南部農村出身の人間種。

 精密射撃と監視を得意とする寡黙な男。

 彼からの返事は短かった。

『場所は?』

「まだ決まってない」

『集合日は?』

「後で送る」

『了解』

「それだけ?」

『他に何がいる』

「……いや、いいや」

 ノア・ヴェルナー〔暗号(サイファー)〕へ連絡した時だけは、少し事情が違った。

『通信と解析だろ』

「まだ何も言ってない」

『お前が俺に電話してくる理由なんてそれしかない』

「電子戦も」

『だと思った』

「魔導解析も」

『増やすな』

「来る?」

『条件がある』

「何?」

『通信機材の選定に口を出させろ』

「もちろん」

『なら行く』

 そして。

 最後の一人を探す時、レイブンの手が止まった。

 名前は、フィーナ・アルベル。

 狐系亜人。

 元看護兵。

 戦闘救護と魔導支援に詳しく、第一次異界大戦では負傷者の処置だけでなく、現場の兵士へ身体管理や応急的な知識を教える役目まで担っていた。

 だが戦後、軍を離れていた。

 理由は明確だった。

 戦場で見たものが、彼女の中から消えなかったからだ。

 大きな音。

 血の匂い。

 夜中に突然蘇る記憶。

 助けられなかった兵士の顔。

 戦争が終わっても、彼女の中では終わり切っていなかった。

「無理に呼ばないほうがいい」

 エリシアが言った。

「うん」

「必要なのは分かる。でも、部隊に戻ることがその人のためになるとは限らない」

「分かってる」

 だからレイブンは、勧誘ではなく会いに行った。

 フィーナは今、小さな軍医療教育施設で働いていた。

 前線勤務ではない。

 新人看護兵や救護要員へ、自分が知っていることを教えている。

 レイブンが訪ねると、フィーナは狐耳を僅かに動かした。

「久しぶり、NoX」

「久しぶり」

「その顔、何か頼みに来た顔」

「みんな同じこと言うな……」

 フィーナが少し笑う。

「何?」

「部隊を作る」

「そう」

 表情が僅かに変わった。

「私を戻したい?」

「違う」

「……違うの?」

「戻りたくないなら戻らなくていい」

 フィーナは黙る。

「俺が欲しいのは、君の知識だ」

「知識?」

「俺たちは一番危ない場所へ行く。だったら負傷者は出る。疲労もする。恐怖で動けなくなる奴もいるかもしれない」

 レイブンは続けた。

「俺は銃の使い方なら教えられる。でも、人間の身体については君ほど知らない」

「買い被りすぎ」

「じゃあ訂正する。俺よりは知ってる」

「随分下げたね」

「事実だから」

 フィーナが小さく笑った。

「前線に戻れとは言わない。教育だけでもいい。資料を作ってくれるだけでもいい。戦場で兵士が知っておいたほうがいい身体のこと、負傷した時に何を見落としやすいか、疲労した時に判断がどう変わるか。そういうものを教えてほしい」

「……戦闘救護員は別に置くの?」

「置く」

「私一人に全部背負わせない?」

「絶対にしない」

「私が途中で無理になったら?」

「休んでいい」

「辞めたくなったら?」

「辞めていい」

 フィーナは長く黙っていた。

「NoX」

「何?」

「昔より、少しまともになったね」

「少し?」

「少し」

「厳しいな」

「じゃあ、私も条件付きで手伝う」

「本当に?」

「最初は教育と救護体制の構築だけ」

「それで十分だよ」

「あと」

「何?」

「兵士に『痛くても動け』なんて教えたら、あなたから治療する」

「俺?」

「隊長が一番やりそうだから」

「……否定できない」

 フィーナが笑った。

「なら決まり」

 こうして人が集まった。

 ガイル・ベッカー。

 ディートリヒ・ハイゼン。

 ミレイア・フェルン。

 ヨハン・リヒター。

 フィーナ・アルベル。

 ノア・ヴェルナー〔暗号(サイファー)〕。

 そしてレイブン・S・クロウ〔無名(ノックス)〕。

 最初から大部隊ではない。

 だが、それでよかった。

 レイブンが欲しかったのは人数ではない。

 互いの癖を知り、誰かが倒れれば別の誰かが穴を埋め、それでも任務を続けられる集団だった。

 正式な編制案を提出してから数日後。

 帝国軍から承認が下りた。

 部隊名称は、隊員たち自身で決めることを許可された。

 その夜、彼らは旧ヴァルナ港の会議室へ集まっていた。

「名前か」

 ガイルが椅子へ深く座る。

「NoX隊でいいんじゃねえか?」

「嫌だ」

「即答かよ」

「絶対嫌」

「じゃあクロウ隊」

「もっと嫌」

「黒猫隊」

「帰っていい?」

「隊長が帰るな」

 ディートリヒが書類から顔を上げる。

「部隊の性質を表す名前が望ましい」

「真面目だなあ」

「お前が不真面目すぎる」

 ミレイアが少し考える。

「単独の狼じゃないよね」

「狼?」

 レイブンが見る。

「一人で突っ込む部隊じゃないでしょう?」

「そうだな」

「だったら群れ」

 ガイルが反応する。

「群れか」

 ヨハンが短く言った。

「悪くない」

 ノアが端末へ文字を打ち込む。

「英語表記なら?」

「WOLF PACK」

 フィーナが答えた。

 部屋が少し静かになった。

 レイブンがその言葉を口にする。

「……WOLF PACK」

 悪くなかった。

 最も危険な場所へ入る。

 だが一人ではない。

 互いを守る。

 互いの死角を見る。

 一人が止まれば、別の一人が前へ出る。

 道がなければ群れで作る。

「俺は好きだ」

 レイブンが言った。

「じゃあ決まりだな」

 ガイルが笑う。

「独立特殊作戦大隊《WOLF PACK》」

 ディートリヒが正式名称として書き込んだ。

 その下に。

 指揮官――レイブン・S・クロウ〔NoX〕。

 副指揮・前衛――ガイル・ベッカー〔Hound〕。

 重火力――ディートリヒ・ハイゼン〔Grizzly〕。

 偵察・潜入――ミレイア・フェルン〔Lynx〕。

 精密射撃・監視――ヨハン・リヒター〔Hawk〕。

 戦闘救護・魔導支援――フィーナ・アルベル〔Sage〕。

 通信・電子戦・魔導解析――ノア・ヴェルナー〔Cipher〕。

 まだ編制は完成していない。

 この七人を中核として、必要な人員が加わっていく。

 だが核はできた。

 WOLF PACK。

 道を開く者たち。

 それから数週間後。

 旧ヴァルナ港で初めて三部隊が同時に並んだ。

 河川にはSTYXの舟艇群。

 岸壁にはEINHERJARの車両と人員。

 そして旧倉庫前には、帝国軍の新設特殊部隊WOLF PACK。

 ルナが兄の部隊章を見る。

「WOLF PACK」

「うん」

「兄様らしい」

「勤務中」

「今日は合同部隊顔合わせだからいいでしょう?」

「よくない」

「NoX隊長」

「それも何か嫌だな」

 エリシアが近づいてくる。

「おめでとう、部隊長殿」

「半年越しの仕返し?」

「覚えてた?」

「忘れるわけないだろ」

「私は旅団長殿って呼ばれたから」

「悪かったって」

「じゃあ夕飯担当」

「それ普段から交代でやってるだろ」

「今日はあなた」

「はいはい」

 ルナが二人を見る。

「勤務中ですよ」

「誰のせいだ」

「兄様」

「だから勤務中!」

 周囲から笑いが起こった。

 だが、三人の背後には、それぞれまったく異なる部隊がある。

 レイブンのWOLF PACKは、最も危険な場所へ先に入る。

 突破する。

 潜入する。

 敵の防御を崩す。

 後続部隊が通れる道を作る。

 エリシアのEINHERJARは、その道を使って人を守る。

 救援する。

 戦力を支える。

 孤立した者を回収する。

 ルナのSTYXは、水を道へ変える。

 運ぶ。

 繋ぐ。

 迎えに行く。

 陸路が消えた場所にも帰還路を作る。

 三つの部隊。

 三人の指揮官。

 しかし、同じ目的を持っていた。

 行くこと。

 助けること。

 そして帰ること。

 その合同運用を見ていた帝国と連邦共和国、さらに旧抵抗軍諸国の軍関係者たちは、やがて一つの問題に気づいた。

 三部隊を個別に扱うより、最初から統合任務部隊として運用したほうがいい。

 WOLF PACKが突破する。

 EINHERJARが支える。

 STYXが水上の進入路と撤退路を確保する。

 必要なら三部隊を分ける。

 必要なら一つに戻す。

 国家も違う。

 部隊規模も違う。

 装備も違う。

 だが第一次異界大戦で学んだ共通規格と共同指揮の思想を使えば、それは不可能ではなかった。

 帝国・連邦合同幕僚会議。

 旧抵抗軍各国との共同即応協議。

 複数回の演習評価。

 技術部門からの意見。

 現場指揮官からの報告。

 そして、ある日の夕方。

 レイブン、エリシア、ルナの三人は旧ヴァルナ港の会議室へ呼ばれた。

 机の上に、一枚の文書が置かれていた。

 レイブンが読む。

「……また?」

「何が?」

 ルナが覗こうとする。

「軍の命令書」

「兄様、軍人なんだから諦めたら?」

「最近、命令書が来るたび部隊が増えるんだよ」

「今回は違うみたい」

 エリシアが文書を見る。

 そこに書かれているのは新部隊創設命令ではなかった。

 三つの既存部隊を統括する、上位組織の設置命令だった。

 帝国軍。

 連邦共和国軍。

 旧抵抗軍共同即応機構。

 その三者が共同承認する特殊任務部隊。

 正式名称。

 異界統合特殊任務部隊《FENRIR》。

 英名。

 FENRIR Joint Task Force。

 略称。

 FJTF。

 レイブンは文書を読み終えても、しばらく何も言わなかった。

「FENRIR……」

 ルナがその名を口にする。

 エリシアが続ける。

「WOLF PACK、EINHERJAR、STYXを統合運用するための上位組織」

「俺のコールサインが変わるわけじゃないよな?」

 レイブンが真っ先に確認した。

「そこ?」

 エリシアが呆れる。

「大事だよ」

「ちゃんと書いてある。各指揮官の既存コールサインは継続」

「じゃあ俺はNoXのまま?」

「そう」

「よかった……」

 ルナが笑う。

「兄様、そこそんなに重要?」

「重要」

「私はNyxのまま?」

「もちろん」

「エリシア姉様は?」

「Valkyrieのまま」

 三人が文書を見る。

 FENRIRは、誰か一人の名前ではない。

 レイブンの新しいコールサインでもない。

 三つの部隊を一つの目的のもとで動かすための名前だった。

 WOLF PACK。

 EINHERJAR。

 STYX。

 陸を切り拓く狼。

 戦場へ入り、人を守る戦乙女たち。

 水を道へ変える舟艇隊。

 三者が一つになる。

「……すごいことになったな」

 レイブンが呟いた。

「兄様がWOLF PACK作ったからでしょう?」

「STYXを先に作ったのはルナだろ」

「EINHERJARもあるよ」

 エリシアが入る。

「じゃあ三人とも悪い」

「何が悪いんだよ」

「家族三人で軍の統合任務部隊作ることになったこと」

「言われてみれば変だな……」

 ルナが笑った。

「でも私は好きです」

 その言葉で二人が妹を見る。

「FENRIRって名前」

「どうして?」

 ルナは窓の向こうを見る。

 夕暮れの港。

 そこにはSTYXの舟艇が浮かんでいる。

 その向こうにはEINHERJARの車両。

 さらに倉庫前にはWOLF PACKの隊員たちがいる。

「だって、もう別々じゃないから」

 レイブンも外を見る。

 第一次異界大戦が始まる前。

 帝国と連邦共和国は敵だった。

 自分とエリシアが同じ部隊のように戦う未来など、誰も想像していなかった。

 ルナが軍へ入り、河川特殊舟艇隊を作ることも。

 自分が教官になり、さらにWOLF PACKを率いることも。

 何一つ予定されていなかった。

 それでも、ここまで来た。

 エリシアが静かに言う。

「三部隊とも役割は違う」

「うん」

「でも最後は同じ場所へ戻る」

 レイブンは頷いた。

「なら、それでいい」

 三人は会議室を出た。

 岸壁へ向かう。

 先に気づいたのはガイルだった。

「おい、NoX! 何だった?」

「面倒な話」

「また部隊増えるのか?」

「増えない」

「じゃあ?」

「まとめられる」

「何と?」

「全部」

 ガイルが黙った。

「……全部?」

「WOLF PACKとEINHERJARとSTYX」

 STYXのカイたちも集まってくる。

 EINHERJARの兵士たちも気づく。

 やがて三部隊の人間が岸壁へ集まった。

 レイブンは文書を広げる。

「正式命令が出た」

 港が静かになる。

「今日から三部隊は、必要に応じて一つの統合任務部隊として運用される」

 エリシアがレイブンの隣へ立つ。

 ルナも並ぶ。

「名称は――」

 レイブンが一度だけ二人を見る。

 エリシアが頷く。

 ルナも頷いた。

「異界統合特殊任務部隊《FENRIR》」

 その名が、初めて三部隊の前で告げられた。

 誰も歓声を上げなかった。

 最初はただ、その意味を理解しようとしていた。

 やがてガイルが笑う。

「なるほどな」

 カイがSTYXの舟艇を見る。

 エリシアの古い戦友たちはEINHERJARの隊列を見る。

 ノアはすでに通信系統をどう統合するか考え始めていた。

 エミリアは少し離れた場所で端末を操作している。

「ファルコン」

 レイブンが呼ぶ。

「何?」

「今何してる?」

「三部隊間の共通通信規格案を開いてる」

「早くない?」

「こうなると思ってたから」

「また?」

「あなたたち三人を同じ場所に置いたら、こうなるでしょう」

「俺たち、そんなに分かりやすい?」

「かなり」

 レイブンは苦笑した。

 夕日が河口へ沈み始める。

 その光の中で、三人の影が岸壁へ伸びていた。

 レイブン・S・クロウ〔NoX〕。

 エリシア・L・ヴォルハラム=クロウ〔Valkyrie〕。

 ルナ・クロウ〔Nyx〕。

 この日。

 三人は新しい名前を得たのではない。

 NoXはNoXのまま。

 ValkyrieはValkyrieのまま。

 NyxはNyxのまま。

 その三人が率いる部隊の上に、一つの名前が生まれた。

 FENRIR Joint Task Force――FJTF。

 WOLF PACKが道を開く。

 EINHERJARが人を守り、戦線を支える。

 STYXが水を越え、帰還路を繋ぐ。

 それぞれが独立して戦える。

 それでも、一つの部隊だけでは届かない場所がある。

 ならば三つで行けばいい。

 レイブンは港に集まった仲間たちを見渡した。

 第一次異界大戦を生き残った者。

 戦争で傷を負った者。

 新しい時代に軍へ入った者。

 かつて敵国だった者。

 家族。

 戦友。

 後輩。

 その全員が、今は同じ場所に立っている。

「一つだけ」

 レイブンが言った。

 皆が彼を見る。

「FENRIRになったからって、俺たちの目的が変わるわけじゃない」

 レイブンはゆっくり続けた。

「一番危険な場所へ行くことになる。敵がいるなら戦う。道がなければ作る。負傷者がいれば運ぶ。誰かが取り残されたなら迎えに行く」

 エリシアが聞いている。

 ルナも聞いている。

「でも、最後は必ず帰る」

 それは父ヴォルターから教えられた言葉だった。

 やがてレイブン自身の言葉となり。

 エリシアへ渡り。

 ルナへ渡り。

 仲間たちへ渡った。

「誰か一人じゃない」

 レイブンは言う。

「全員でだ」

 港に潮風が吹いた。

 STYXの艇を揺らし、EINHERJARの旗を揺らし、WOLF PACKの隊員たちの制服を撫でていく。

 そしてその中央に、まだ新しい一枚の旗が掲げられた。

 FENRIR。

 帝国と連邦共和国が敵だった時代には、決して存在し得なかった組織。

 第一次異界大戦を生き残った者たちが、次に何かが起きた時、もう一度同じ失敗を繰り返さないために作り上げた統合任務部隊。

 この時の彼らはまだ知らない。

 FENRIRという名が、平和な時代だけの備えでは終わらないことを。

 第二次異界大戦。

 クロウ兄妹異界失踪事件。

 異界そのものを舞台とした戦闘。

 帰還後に待ち受ける第三次異界大戦。

 そして第四次異界大戦。

 長い年月の中で編制も、装備も、戦い方も変わっていく。

 それでも、この日に定められた一つの原則だけは変わらない。

 道を開く。

 仲間を守る。

 帰還路を繋ぐ。

 そして――全員で帰る。

 レイブンは隣にいる妻と妹を見る。

「帰ろうか」

 エリシアが笑った。

「うん」

 ルナも頷く。

「帰ろう、兄様」

 レイブンは今度こそ「勤務中」とは言わなかった。

 三人は並んで歩き出す。

 その背後には、WOLF PACK、EINHERJAR、STYX。

 そして、そのすべてを結ぶ新たな名が残っていた。

 異界統合特殊任務部隊《FENRIR》。

 黒猫が率いる狼たちは、この日初めて、一つの群れになった。

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