Season 4「NoX」 #071
第71話「終戦の日」
レイブン・S・クロウが目を覚ました時、最初に感じたのは肩の痛みではなく、自分の左手にある小さな違和感だった。
まだ眠気の残る目を開き、布団から手を出してみると、薬指には昨日まで存在しなかった指輪がある。
「……ああ」
昨日の出来事が一つずつ戻ってきた。
買い物へ行かされ、帰ってきたところをルナに目隠しされ、何も知らされないまま居間へ連れていかれた。
そこで待っていた家族と戦友たちに結婚式を用意され、遠方から祖母ヘレーネとエリシアの母まで駆けつけてくれた。
そして最後には父から結婚式とは思えないほど教官らしい訓示を受けた。
「……結婚したんだ、俺」
口にしてみる。
不思議な響きだった。
戦場でNoXと呼ばれるようになった時とはまるで違う。
NoXは与えられた名前だった。
夫という立場は、自分で選んだ。
身体を起こして左肩を動かしてみると、痛みはさらに弱くなっていた。
「また治ってる……」
包帯の上から触れる。
昨日より明らかに違う。
医師から安静を命じられている傷とは思えないほど腕が動いた。
だが、今はそれ以上に気になることがある。
部屋を出る。
廊下は静かだった。
昨日の式の名残として、壁にはまだ装飾が残っている。
居間へ向かう途中、台所から音が聞こえた。
母だろうと思って覗く。
「おはよう、母さ――」
言葉が止まった。
そこにいたのはエリシアだった。
「おはよう」
「……おはよう」
レイブンは入口に立ったまま彼女を見る。
「何?」
「いや」
「何よ」
「いるなって」
「いるよ」
「本当に」
「昨日結婚したでしょう?」
「した」
「ならいる」
「そっか」
エリシアは呆れたように笑った。
「こっち来て」
「何?」
「朝食手伝って」
「俺、怪我人」
「さっき普通に左腕動かしてたでしょう」
「見てた?」
「見えるところでやってた」
「……手伝います」
「よろしい」
レイブンが隣へ立つ。
エリシアは野菜を切っていた。
「母さんは?」
「少し休んでもらってる。昨日大変だったから」
「エリシアも大変だっただろ」
「私は主役だっただけ」
「それが一番大変じゃない?」
「あなたも主役」
「そうだった」
「忘れないで」
レイブンは皿を並べながら、時折エリシアの左手を見た。
指輪がある。
自分と同じものだ。
「さっきから何?」
「指輪」
「珍しい?」
「まだ」
「そのうち慣れるよ」
「外したくないな」
「軍務中は外さないといけない場合もあるでしょう?」
「そうなんだよな」
「ドッグタグは残る」
エリシアが胸元へ触れる。
服の下には、互いの名前を刻んだドッグタグがある。
「だから十分」
「じゃあ指輪を外す時は」
「ここに通す?」
「それがいい」
「決まり」
いつの間にか二人の間で新しい決まりができた。
作戦会議も必要なかった。
命令も必要ない。
こういうことが夫婦なのかもしれないとレイブンは思った。
「おはようございます!」
廊下から元気な声が聞こえた。
ルナだった。
「おはよう」
「おはよう、ルナちゃん」
ルナは台所へ入ってきて、二人を交互に見る。
「一緒にいる」
「結婚したからね」
レイブンが答える。
「昨日も一緒だった」
「昨日結婚したから」
「今日も?」
「今日も」
「明日も?」
「多分」
「兄様」
「何?」
「そこは絶対って言うところ」
エリシアが笑った。
「ルナちゃんのほうが分かってる」
「俺、夫になってまだ一日目だから」
「じゃあ教える」
「九歳に?」
「うん」
「お願いします」
ルナは満足そうに頷いた。
「まずエリシア姉様を泣かせない」
「努力します」
「努力じゃなくて約束」
「……約束します」
「無茶しない」
「それは難しい」
「兄様」
「はい」
「エリシア姉様の言うことを聞く」
「それは場合による」
「兄様」
「聞きます」
「よろしい」
「昨日から俺の上官が増えてる気がする」
「上官ではない」
後ろから低い声がした。
ヴォルターだった。
「父さん」
「家庭に上官はいないと昨日言っただろう」
「そこは覚えてる」
「ならいい」
ヴォルターはエリシアを見る。
「眠れたか」
「はい」
「レイブンは寝相が悪くなかったか」
「父さん?」
「昔は酷かった」
「いつの話?」
「十歳頃までだ」
「何で新婚翌日に暴露するの?」
ルナが興味を示した。
「父様、兄様ってどんな寝方だったの?」
「ルナ、聞かなくていい」
「布団を蹴り飛ばして――」
「父さん!」
朝から笑い声が家の中へ響いた。
昨日までとは違う。
家族が一人増えている。
だが不思議なほど自然だった。
朝食後、エリシアの母とヘレーネも居間へ集まった。
二人は今日中に帰る予定だったが、その前に済ませるべきことが残っている。
机の上には書類が置かれていた。
「軍籍変更届?」
レイブンが読む。
「それと婚姻登録」
ヴォルターが答える。
「昨日式をしただけでは軍の記録は変わらん」
「現実的だなあ」
「当然だ」
エリシアは書類を手に取った。
氏名欄。
エリシア・L・ヴォルハラム。
そして婚姻後氏名。
ペンを持つ。
だがすぐには書かなかった。
レイブンが隣から覗く。
「昨日言ってたこと?」
「うん」
ヴォルハラムという名前には、エリシアがこれまで生きてきた時間がある。
亡くなった父。
亡くなった兄。
今も生きている母。
戦争以前の家族。
その名を捨てることは、彼女にはできなかった。
「エリシア」
母が静かに呼ぶ。
「無理に変えなくていいのよ」
「お母さん」
「ヴォルハラムを残したいなら残しなさい」
「でも」
「名前は家族になるための条件ではないでしょう?」
レイブンも頷いた。
「俺もそう思う」
「レイブン……」
「エリシア・L・ヴォルハラムのままでも俺の妻だよ」
「うん」
「でもクロウを使いたいなら、それも嬉しい」
「どっちなの?」
「エリシアが決めたほう」
「ずるい」
「重要だから」
エリシアはしばらく書類を見つめた。
そして書き始めた。
レイブンはその文字を見た。
Elysia L. Wolhalam-Crow
「両方?」
「うん」
エリシアはペンを置く。
「ヴォルハラムは私が生まれた家族の名前。クロウはこれから一緒に生きる家族の名前」
母親の目が僅かに潤んだ。
「だから両方持っていく」
レイブンはその名前を見つめた。
「エリシア・L・ヴォルハラム=クロウ」
「嫌?」
「全然」
レイブンは笑った。
「すごくいい」
「じゃあ決まり」
ルナが書類を覗き込む。
「エリシア姉様、クロウになった?」
「なったよ」
「じゃあ本当にお姉ちゃん?」
「昨日から本当のお姉ちゃん」
「やった」
ルナがエリシアへ抱きついた。
「これからよろしくね、ルナちゃん」
「うん!」
ヴォルターは書類を確認した。
「軍籍上もこの氏名で申請する。連邦側への照会も必要になるが、抵抗軍統合司令部経由なら時間はかからんだろう」
「父さん」
「何だ」
「昨日結婚式して、今日書類仕事って」
「現実とはそういうものだ」
「夢がない」
「夢で給与記録は変更できん」
「それはそうだけど」
エリシアが笑った。
「私は好きだよ、こういうの」
「書類が?」
「あなたと本当に生活が始まる感じがして」
「……なるほど」
「だから書いて」
レイブンの前にも書類が置かれる。
「はい」
レイブン・S・クロウ。
配偶者、エリシア・L・ヴォルハラム=クロウ。
文字にすると、昨日よりも結婚したという実感が強くなった。
午前が過ぎる頃、ヘレーネが帰る時間になった。
「もう帰るの?」
レイブンが聞く。
「私にも生活があるのよ」
「もう少しいても」
「また来るわ」
ヘレーネは孫を見る。
「それに、今度来る時にはもっと家族が増えているかもしれないでしょう?」
レイブンが固まった。
エリシアも固まった。
「お祖母ちゃん」
「何?」
「その話は早い」
「あら、そう?」
「昨日結婚したばっかり!」
「だからでしょう?」
「順序が速いよ!」
エリシアは顔を赤くしている。
ルナだけ意味を完全には理解していない。
「家族増えるの?」
「ルナは今知らなくていい」
「兄様、顔赤い」
「赤くない」
「赤いよ」
「お祖母ちゃんのせい!」
ヘレーネは楽しそうに笑った。
「本当にヴォルターの若い頃そっくりね」
「母さん」
今度はヴォルターが低い声を出した。
「あなたも結婚した直後は――」
「帰りの車を用意してある」
「話を切った」
レイブンが呟く。
「黙れ」
祖母を見送ったあと、今度はエリシアの母が帰る準備を始めた。
エリシアは玄関前まで母を送った。
「お母さん」
「何?」
「今度は私が会いに行く」
「ええ」
「レイブンも連れて」
「待ってる」
母は娘の頬へ触れる。
「幸せ?」
エリシアは答えるまで少し時間を置いた。
「うん」
「ならいい」
「でも」
「でも?」
「お父さんとお兄ちゃんにも見せたかった」
母親の表情が僅かに揺れた。
「見てるわよ」
「……そうかな」
「あなたが帰ってきたことも、結婚したことも」
エリシアは母を抱きしめた。
「また帰るね」
「今度はレイブンさんと一緒にね」
「うん」
少し離れた場所で待っていたレイブンへ、母親が手招きする。
「レイブンさん」
「はい」
「娘をお願いします」
「はい」
「でも」
「?」
「娘だけを守ろうとしないでください」
レイブンは少し驚いた。
「あなたも帰ってきてください。あの子が一人で帰ってくることになったら、それはエリシアにとって帰還ではないでしょうから」
レイブンは胸元のドッグタグへ無意識に触れた。
「分かりました」
「約束できます?」
「はい」
迷わなかった。
「二人で帰ります」
母親は満足したように頷いた。
「なら安心です」
車が見えなくなるまで、エリシアは手を振り続けた。
レイブンは隣に立っていた。
やがて車が曲がり角の向こうへ消える。
「行っちゃった」
「うん」
「寂しい?」
「少し」
レイブンは手を差し出した。
エリシアが握る。
「今度は二人で行こう」
「うん」
午後。
クロウ家は久しぶりに静かになった。
昨日の装飾を片付けながら、レイブンはルナと一緒に壁へ貼られていた祝福の文字を外していた。
「これ捨てる?」
「駄目!」
「じゃあ取っておく?」
「うん」
「どこに?」
「兄様の部屋」
「俺の?」
「結婚した記念」
「エリシアの意見は?」
「取っておこう」
エリシアが即答した。
「二対一」
「分かりました」
その時だった。
玄関側から通信端末の呼出音が響いた。
ヴォルターが出る。
「クロウだ」
最初はいつもの声だった。
しかし数秒後、その表情が変わった。
「確認する。発効時刻は?」
レイブンの手が止まった。
エリシアも父を見る。
「了解した」
通信が切れる。
ヴォルターは端末を置いた。
誰もすぐには聞かなかった。
「父さん」
レイブンが呼ぶ。
「何だった?」
ヴォルターは家族全員を見る。
「抵抗軍統合司令部からだ」
「何かあった?」
「帝国、連邦共和国、抵抗軍参加諸国、および異界側暫定代表団の最終協議が終了した」
エリシアが息を呑む。
「じゃあ……」
「ああ」
ヴォルターは時計を見る。
「本日一八〇〇をもって、第一次異界大戦の包括的停戦協定および終戦宣言が発効する」
レイブンは何も言えなかった。
終わる。
今度こそ。
前線任務終了でもない。
一時停戦でもない。
休戦協議でもない。
正式に。
「……終わった?」
ルナが聞いた。
「まだだ」
ヴォルターが答える。
「六時になったら終わる」
「あと何時間?」
「四時間ほどだ」
レイブンは時計を見た。
時間は一四〇三。
あと三時間五十七分。
「変な感じ」
エリシアが呟く。
「うん」
「ずっと終わってほしかったのに」
「いざ終わるって言われると」
「何をしたらいいか分からない」
二人は顔を見合わせた。
ヴォルターが言う。
「何もしなくていい」
「父さん?」
「戦争が終わる時くらい、兵士ではなく人間として待て」
レイブンは父を見る。
「……分かった」
夕方が近づく。
ニュース放送は終戦協定の成立を伝え続けていた。
街には人が増え始めている。
誰もが一八〇〇を待っていた。
クロウ家では、家族全員が居間に集まった。
時計の針が進む。
一七五五。
レイブンはソファに座っている。
右側にエリシア。
左側にルナ。
向かいに父と母。
一七五七。
「兄様」
「何?」
「戦争、終わる?」
「終わるよ」
「本当に?」
「うん」
一七五八。
エリシアがレイブンの手を握った。
「緊張してる?」
「少し」
「私も」
一七五九。
テレビの中では各国の代表者が並んでいる。
抵抗軍の旗。
帝国の旗。
連邦共和国の旗。
かつて敵対していた国々が同じ場所にいる。
レイブンは胸元のドッグタグを握った。
戦場で亡くなった人々を思い出す。
名前を知っている者。
知らない者。
助けられた者。
助けられなかった者。
敵だった者。
味方だった者。
誰もが今日を迎えられたわけではない。
だからこそ、自分は覚えていなければならないと思った。
時計の秒針が進む。
五十七。
五十八。
五十九。
一八〇〇。
街のどこかで鐘が鳴り始めた。
少し遅れて、別の鐘が重なる。
さらに遠くから人々の歓声が聞こえてきた。
放送が正式な終戦宣言の発効を告げる。
第一次異界大戦、終結。
レイブンは目を閉じた。
何か劇的なものが身体を通り抜けると思っていた。
実際には違った。
ただ、長く息を吐いた。
「終わった」
隣からエリシアの声がする。
「うん」
「本当に」
「うん」
レイブンは目を開いた。
「終わった」
ルナが兄へ抱きついた。
「もう戦争行かなくていい?」
その問いに、レイブンはすぐ答えられなかった。
世界から戦争そのものが消えたわけではない。
異界門も残っている。
軍人である自分たちには、また命令が下る日が来るかもしれない。
だから嘘は言えなかった。
「この戦争には、もう行かなくていい」
ルナは少し考えたあと、頷いた。
「じゃあ今日はそれでいい」
「うん」
「今日は兄様がいる」
「いるよ」
「エリシア姉様も」
「いるよ」
エリシアが答える。
ヴォルターが立ち上がった。
「レイブン。エリシア」
二人も自然に立つ。
身体が軍人として反応した。
「第一次異界大戦における両名の任務は、これをもって終了だ」
レイブンは父を見る。
「教官として?」
「戦闘技術士官としてだ」
「了解」
「だが」
ヴォルターは二人の左手を見る。
昨日交わした指輪がある。
「明日から別の任務がある」
「何?」
「生活だ」
レイブンが少し笑った。
「難しそう」
「戦争より長いぞ」
「何年?」
「自分たちで決めろ」
エリシアがレイブンの腕へ自分の腕を絡めた。
「できるだけ長く」
「そうだね」
レイブンも頷く。
「できるだけ長く」
その言葉を聞いたヴォルターは、それ以上何も言わなかった。
誰も知らなかったからだ。
その願いが、人間の寿命という尺度を遥かに越えて叶うことになるなど。
夜になっても街の鐘と歓声はしばらく続いていた。
レイブンとエリシアは家の前へ出た。
夜空には祝砲ではなく、終戦を祝う光が上がっている。
レイブンはそれを見上げた。
「訓練兵を卒業した日、空砲撃ったの覚えてる」
「聞いたことある」
「三発だけ」
「嬉しかった?」
「あの時は軍人になれたことが」
「今日は?」
「撃ちたくない」
「どうして?」
「銃を撃たなくても祝えるから」
エリシアが笑う。
「いいこと言うようになったね」
「夫になったから」
「一日で?」
「成長が早い」
「傷も?」
レイブンは左肩を見る。
「……それは本当に早すぎる」
エリシアも自分の腕を見る。
彼女にも同じ兆候がある。
古傷が薄くなっている。
疲労の回復も以前より早い。
「終戦したら」
エリシアが言う。
「ちゃんと調べよう」
「二人とも?」
「二人とも」
「分かった」
レイブンは彼女の手を握った。
指輪同士が触れる。
「でも今日は」
「うん」
「戦争が終わったことだけ考えよう」
「そうしよう」
しばらく二人は何も話さなかった。
世界は静かではない。
人々が喜ぶ声がする。
鐘が鳴っている。
遠くで音楽も聞こえる。
それでも戦場の騒音とはまるで違った。
「エリシア」
「何?」
「俺たち、帰ってきたんだな」
「うん」
「結婚した」
「うん」
「戦争も終わった」
「うん」
「明日何する?」
エリシアは少し考える。
「朝寝坊」
「賛成」
「その後?」
「ルナと出かける?」
「いいね」
「父さんと母さんも」
「家族みんなで?」
「うん」
「それがいい」
明日の予定がある。
戦闘ではない予定。
作戦ではない予定。
誰かを殺すためでも、誰かを救出するためでもない。
家族で出かける。
ただそれだけの予定だった。
レイブンには、それが何より嬉しかった。
「帰ろう」
エリシアが言う。
「もう家の前だけど」
「中に」
「ああ」
二人は玄関へ向かう。
扉を開ける。
「ただいま」
「ただいま」
今度はルナだけではなかった。
「おかえり」
母。
「ああ」
父。
「おかえり、兄様! エリシア姉様!」
ルナ。
レイブンは笑った。
戦争が終わった日の最後に聞いた言葉は、終戦宣言でも、軍の命令でもなかった。
おかえり。
それだけだった。
その夜、レイブン・S・クロウとエリシア・L・ヴォルハラム=クロウは、第一次異界大戦が存在しない最初の夜を迎えた。
二人の軍歴に、一つの戦争が刻まれた。
同時に二人の人生には、戦争とはまったく別の新しい時間が始まった。
しかし異界門は消えていない。
異界軍が残した技術も、魔力も、未知の物質も世界に残されている。
T-51《REAPER》も、SG-44も、戦争で得られた戦術も、次の時代へ受け継がれていく。
そして何より、二人の身体には説明できない変化が残った。
傷は早く塞がる。
古傷は薄れる。
疲労は異常なほど早く消える。
老化については、まだ誰も気づけない。
気づくには時間が必要だった。
十年。
二十年。
そして、本来なら人の顔から若さが失われ始めるほどの年月が。
その時になって初めて、レイブンとエリシアは知ることになる。
第一次異界大戦から二人が持ち帰ったものは、傷と記憶と互いの命だけではなかったことを。
だが、それはまだ先の話だった。
今夜の二人には、明日の朝寝坊のほうが重要だった。
レイブンは寝室へ向かいながら、隣を歩く妻へ尋ねた。
「エリシア」
「何?」
「明日、何時まで寝る?」
「起きるまで」
「それ時間じゃないよ」
「終戦したんだから、明日くらいいいでしょう?」
「それもそうか」
「おやすみ、レイブン」
「おやすみ、エリシア」
戦狼と戦乙女は武器を置いた。
そしてその夜だけは、兵士ではなく一組の夫婦として眠りについた。
第一次異界大戦は、終わった。
けれど二人の物語は、ようやく一つ目の戦争を越えたに過ぎなかった。




