Season 4「NoX」 #067
第67話「戦争が終わる日まで」
巨大異界門が消滅してから、十七秒。
レイブン・S・クロウは、その十七秒を妙に長く感じていた。
つい先ほどまで地平線の一部を占領していた青白い光は跡形もなく消え、門を内側から押し広げていた魔王級の姿も、最後にこちら側を見たように感じられた巨大な眼も、今ではどこにも存在しない。空に残っているのは砲撃によって巻き上げられた煙と低い雲だけで、雨上がりの風が焼けた土と火薬、それに異界軍が残した独特の臭気を混ぜながら戦場を流れていた。
耳鳴りがしていた。
T-51《REAPER》の射撃によるものなのか、それまで続いていた砲撃のせいなのか、それとも突然戦場から一つの巨大な音が失われたせいなのか、レイブンには分からなかった。
ただ、静かだった。
「……本当に消えた」
レイブンが呟くと、隣に立っていたエリシア・L・ヴォルハラムが、同じ場所を見つめたまま答えた。
「消えたね」
「また開いたりしない?」
「そういうこと言わない」
「でも一回失敗したし」
「それも言わない」
「はい」
レイブンは少しだけ笑った。
笑えた。
それが自分でも不思議だった。
左肩は痛む。
軍服の下では応急処置を受けた傷が脈打つように疼き、T-51を撃った反動が加わったことで腕を上げるたびに痛みが走る。それでも今までとは何かが違っていた。
戦場にいる。
敵も残っている。
自分も武器を持っている。
それなのに、どこかで戦争の向こう側が見え始めている。
『全抵抗軍部隊へ。主要異界門の閉鎖状態を継続監視中。魔力再上昇なし』
通信機から流れる声を、レイブンは黙って聞いた。
『各地域に展開中の異界軍は増援経路を喪失したものと判断する。ただし残存兵力は依然として大規模であり、組織的抵抗を継続している部隊も確認されている』
「やっぱり帰れない?」
レイブンが聞く。
「すぐにはね」
エリシアが答えた。
「残念」
「何がしたかったの?」
「寝たい」
「それだけ?」
「風呂」
「他には?」
「母さんの料理」
「うん」
「ルナの顔を見る」
「うん」
「父さんに帰還報告」
「それから?」
レイブンはエリシアを見た。
「何?」
「それから」
「……言わせたい?」
「別に?」
エリシアの口元が少しだけ上がっている。
「結婚」
レイブンが答えた。
「よろしい」
「何の確認?」
「忘れてないか」
「忘れるわけないだろ」
レイブンは胸元へ手を伸ばした。
軍服の下。
ドッグタグ。
その裏側にはエリシアの名前が刻まれている。
彼女のドッグタグには、自分の名前がある。
正式な指輪を用意できなかった戦争の中で、二人が作った婚約の証だった。
「この戦争が終わったら」
レイブンが言う。
「うん」
「正式に結婚する」
「うん」
「父さんと母さんにもちゃんと話す」
「もうほとんど知られてると思うけど」
「正式に」
「私のお母さんにも」
「もちろん」
「式は?」
「そこまで考えてなかった」
「考えて」
「今?」
「帰ってから」
「了解」
エリシアが笑った。
レイブンも笑った。
その直後だった。
『前線警戒!』
二人の表情が同時に変わった。
『北東方向、異界軍残存部隊接近! 規模推定二個中隊!』
レイブンの右手がSG-44へ伸びる。
エリシアも武器を構えた。
先ほどまで未来について話していた二人が、一瞬で兵士へ戻る。
「近い?」
レイブンが通信へ尋ねる。
『約二・一キロ。こちらへ前進中』
「攻撃意思は?」
『不明』
アレクシス・ハルトマン〔猟犬〕の声が割り込む。
『NoX、Valkyrie、前に出るな』
「でも」
『負傷者が先頭に出る必要はない』
「まだ動ける」
『動けることと前へ出ることは別だ』
レイブンは黙った。
父にも似たようなことを言われたことがある。
動けるから戦える。
戦えるから戦う。
昔の自分なら、それだけで前へ出ていた。
「了解」
素直に答えると、エリシアが横から顔を覗き込んできた。
「何?」
「ちゃんと言うこと聞いた」
「俺だって成長するよ」
「偉い」
「子供扱いしてない?」
「してない」
「本当に?」
「九割くらい」
「一割してるじゃん」
「静かに」
アレクシスが二人を睨んだ。
「はい」
二人の返事が重なった。
抵抗軍の兵士たちが防衛線へ入る。
つい数十分前まで第四門杭攻略のために前進していた部隊が、今度は逆方向から接近してくる敵へ備えていた。
だが様子がおかしい。
砲撃がない。
魔導射撃もない。
敵は遮蔽物を使おうともしていない。
「オウル」
アレクシスが呼ぶ。
ニコラス〔梟〕が観測機器を覗く。
「……待ってくれ」
「どうした」
「武器を持ってない奴がいる」
「民間人か?」
「いや、装備は軍用。異界兵だ。ただ……」
ニコラスが倍率を上げる。
「先頭が武器を地面に置いた」
レイブンは目を細めた。
「降伏?」
「まだ分からない」
異界軍との戦争は長く続いてきた。
捕虜は存在する。
意思疎通に成功した例もある。
それでも大規模な部隊単位での降伏は珍しかった。
『前線各隊、発砲するな』
統合司令部から命令が届く。
『敵対行動が確認されるまで射撃禁止。交渉班を前進させる』
レイブンはSG-44を構えたまま待った。
やがて肉眼でも異界兵が見えてくる。
一人。
また一人。
武器を地面へ置いている。
杖。
剣。
魔導銃。
人間側には用途の分からない器具。
それらを捨て、両手を見える位置へ上げている。
「本当に降伏するつもりみたい」
エリシアが呟く。
「門が消えたからかな」
「帰れなくなった」
「……そうか」
その言葉を口にした瞬間、レイブンの中で何かが引っ掛かった。
帰れない。
自分たちは帰るために戦った。
異界軍は敵だ。
仲間を殺した。
街を壊した。
家族を奪った。
エリシアの父と兄が命を落とすことになった戦争にも、異界軍は深く関わっている。
それでも今、目の前にいる兵士たちも門を失った。
故郷へ帰れない。
その事実だけなら、自分たちが最も恐れてきたことと同じだった。
「エリシア」
「何?」
「敵にも家族っているのかな」
エリシアは少し黙った。
「いるんじゃない?」
「そう思う?」
「少なくとも私は、いないって決めつけたくない」
「……うん」
「許すかどうかとは別の話だけど」
レイブンは彼女を見る。
「父さんとお兄さん」
「忘れてないよ」
エリシアの声は穏やかだった。
「忘れるつもりもない。でも、だからって武器を捨てた相手まで撃ったら、私が帰りたい人間じゃなくなる」
レイブンはその言葉を胸の中で繰り返した。
帰りたい人間。
ただ生きて帰るのではない。
帰った時に、自分が何者になっているのか。
父が言っていたことの意味が、また一つ分かったような気がした。
「俺も撃たない」
「うん」
「向こうが撃たないなら」
「それでいいと思う」
交渉班が異界兵へ接近した。
通訳用魔導装置を介して言葉が交わされる。
時間がかかった。
それでも武器は上がらない。
やがて通信が入る。
『敵部隊、降伏意思を確認』
誰かが小さく息を吐いた。
『捕虜収容班を前進させる。各隊は警戒を維持』
レイブンはSG-44の銃口を少し下げた。
完全には下ろさない。
警戒は必要だ。
だが引き金へ掛けていた指から力を抜いた。
異界兵が一人ずつ誘導されてくる。
近くで見ると、疲弊していた。
防具は傷つき、包帯のような布を巻いた者もいる。
まだ若く見える者もいた。
逆に人間なら老人に相当するのではないかと思える者もいる。
その中の一人と、レイブンの視線が合った。
若い異界兵だった。
武器はない。
両手を上げている。
相手はレイブンのSG-44を見た。
次に顔を見る。
怯えている。
レイブンは銃口を下げた。
完全に地面へ向ける。
若い異界兵の表情が僅かに変わった。
それだけだった。
言葉は交わさない。
名前も知らない。
もう二度と会わないかもしれない。
それでも、その一瞬だけは互いに撃たなかった。
「NoX」
アレクシスが呼ぶ。
「はい」
「どうした」
「何でもない」
レイブンは通り過ぎていく捕虜を見た。
「戦争って、本当に終われるんだなって」
「まだだ」
「分かってます」
「西部戦線ではまだ戦闘が続いている」
「うん」
「南方にも残存軍がいる」
「うん」
「だから気を抜くな」
「了解」
アレクシスは少し歩いてから足を止めた。
「ただし」
レイブンを見る。
「終わらせることはできる」
「……はい」
その日の午後。
抵抗軍全体へ、新しい命令が発令された。
異界軍の増援経路が完全に遮断されたことを受け、作戦方針は大規模攻勢から包囲と降伏勧告へ変更された。
無条件の殲滅ではない。
抵抗を停止した部隊は捕虜として収容する。
武器を捨てた者への攻撃は禁止。
戦闘を継続する部隊についても、可能な限り降伏の機会を与える。
第一次異界大戦を終わらせるための戦いが、敵を倒し続ける段階から、敵に武器を置かせる段階へ変わり始めていた。
レイブンはその命令を聞いた時、少しだけ安心した。
それでも戦場が急に平和になるわけではなかった。
三日後。
西部戦線。
「右!」
エリシアの声でレイブンが身体を沈める。
頭上を魔導弾が通過し、背後の壁へ突き刺さった。
「見えてる!」
SG-44を構える。
発射。
遮蔽物から出ようとした異界兵が引き戻される。
命中したかは確認できない。
それでいい。
出てこなくなれば十分だった。
「Valkyrie!」
「いる!」
「ハウンドは?」
『聞こえてる』
「敵、まだ撃ってくる!」
『知っている!』
「降伏勧告は?」
『三回やった!』
「四回目!」
『お前が言え!』
「言葉分からない!」
『なら撃たれるな!』
「了解!」
レイブンは思わず笑った。
門が閉じても、戦場は戦場だった。
降伏する部隊もいれば、最後まで戦おうとする部隊もいる。
命令系統を失い、何をすればいいのか分からず混乱している者もいた。
この敵部隊もその一つだった。
完全に包囲されている。
増援は来ない。
逃げ道もない。
それでも攻撃を続けている。
「弾、あと?」
エリシアが聞く。
「SGは二本」
「予備?」
「それで最後」
「拳銃は?」
「三本」
「REAPER」
「今日は持ってきてない」
「珍しい」
「パッチに怒られたから」
「良い判断」
「肩痛いし」
「それを最初に言って」
SG-44の弾倉を確認する。
薬室に一発。
弾倉は残り僅か。
敵の射撃が一度止まった。
次の交戦まで、わずかな間がある。
レイブンは残弾の少なくなった弾倉を外した。
新しい弾倉を差し込む。
戦術装填。
薬室の一発は維持した。
「準備できた」
「こっちも」
再び敵の攻撃。
レイブンは撃ち返した。
一発。
遮蔽物へ。
二発目。
敵の進路を塞ぐ。
倒すことより、動きを止める。
「前に出る?」
エリシア。
「出ない」
「珍しい」
「包囲できてるなら待つ」
「本当に成長したね」
「父さんに言って」
「絶対言う」
十分。
二十分。
三十分。
銃撃は徐々に減った。
異界軍側にも弾薬という概念がある。
魔力も無限ではない。
やがて一人の異界兵が武器を捨てた。
続いてもう一人。
三人目。
最後に指揮官らしき兵士が武器を地面へ置いた。
『撃つな!』
抵抗軍側から命令が飛ぶ。
レイブンも銃口を下げる。
エリシアも撃たない。
誰も撃たなかった。
戦闘は終わった。
勝鬨はなかった。
ただ静かに、一つの戦場が消えた。
さらに五日後。
南部戦線の異界軍が集団降伏。
二日後。
東方地域で最後まで抵抗していた大型魔獣群が制圧された。
さらに三日。
孤立していた異界軍司令部との交渉が成立。
抵抗軍基地に置かれた戦域図から、交戦中を示す印が一つずつ消えていった。
レイブンは毎晩その地図を見た。
赤い印が減る。
昨日より今日。
今日より明日。
戦争が地図の上から小さくなっていく。
それまでの戦争は逆だった。
敵の支配地域が増える。
被害地域が増える。
死者が増える。
失ったものが増える。
今は違う。
帰れる人間が増えている。
「レイブン」
夜。
エリシアが隣へ来た。
「また地図?」
「うん」
「好きだね」
「減るのを見るのが」
「敵が?」
「戦場が」
エリシアは地図を見た。
残る交戦地域は三つ。
「あと少し」
「うん」
「怖い?」
「何が?」
「終わるの」
レイブンはすぐには答えなかった。
「少し」
「私も」
「何で?」
「戦争がある生活に慣れすぎたから」
「……分かる」
起きる。
装備を着ける。
武器を確認する。
任務へ行く。
撃つ。
帰る。
眠る。
また起きる。
それが何年も続いた。
「平和になったら何するんだろ」
レイブンが言う。
「結婚」
「それは決まってる」
「家を探す」
「どこ?」
「帝国でも連邦でもいい」
「母さんたちは?」
「会いに行く」
「ルナは?」
「お兄ちゃん離れしてくれるかな」
「無理じゃない?」
「即答?」
「あなた、ルナちゃんの話になると顔変わるもの」
「そう?」
「完全に兄」
「兄だから」
「知ってる」
「エリシアは?」
「何?」
「軍、続ける?」
彼女は少し考えた。
「分からない」
「俺も」
「辞めたい?」
「それも分からない」
レイブンは自分の手を見る。
「守護者になりたいって父さんに言った」
「聞いたことある」
「世界のどこにでも駆け付けられる即応の守護者」
「うん」
「でも戦争が終わったら、守護者って何をするんだろ」
「戦争だけが人を危険にするわけじゃないでしょう?」
レイブンが顔を上げた。
「災害、事故、魔獣、異界門がまた出る可能性だってある。人を守る仕事そのものがなくなるわけじゃない」
「……なるほど」
「それに」
エリシアが彼の胸を指で軽く押した。
「あなた、たぶん軍を辞めても誰かが困ってたら勝手に走っていくよ」
「否定できない」
「でしょう?」
「エリシアも来る?」
「場合による」
「来て」
「考えておく」
「そこは即答してよ」
「夫婦になってから」
「まだ婚約だから?」
「そう」
「便利だな、その線引き」
「大事です」
二人は笑った。
その翌朝。
残存交戦地域は二つになった。
午後には一つ。
そして日が沈む直前。
最後の異界軍部隊から、停戦交渉の申し入れが届いた。
基地全体がざわついた。
誰もまだ喜ばない。
交渉は成立していない。
罠の可能性もある。
それでも兵士たちの顔は違っていた。
もしかすると。
本当に。
明日は撃たなくていいのかもしれない。
その夜、レイブンは眠れなかった。
営舎の外へ出る。
空を見上げる。
星が見えた。
異界門の光がない空だった。
「眠れない?」
後ろから声。
「エリシアも?」
「うん」
彼女が隣へ座った。
しばらく二人とも何も話さなかった。
「静かだね」
レイブンが言う。
「静か」
「砲撃聞こえない」
「うん」
「航空機も」
「うん」
「怖いくらい」
「慣れない?」
「まだ」
レイブンは胸元からドッグタグを出した。
裏返す。
エリシアの名前。
「明日、終わるかな」
「分からない」
「終わってほしい?」
「もちろん」
「俺も」
少し間を置いて、レイブンは続けた。
「でも、終わった瞬間に何て言えばいいのか分からない」
「何も言わなくてもいいんじゃない?」
「そうかな」
「泣いてもいいし」
「泣くかな」
「あなた結構泣くでしょう?」
「そんなに泣かないよ」
「家族の話で泣きそうになる」
「それは別」
「私が負傷した時も」
「それも別」
「全部別じゃない」
「……泣くかもしれない」
「その時は見ないふりしてあげる」
「エリシアは?」
「たぶん泣く」
「じゃあ俺も見ないふりする」
「お願い」
その夜、二人はしばらく星を見ていた。
翌朝〇六三七。
全抵抗軍へ通信が入った。
『全軍へ。最終交戦地域における異界軍との停戦交渉が成立した』
営舎にいたレイブンが顔を上げた。
誰も声を出さない。
『異界軍残存司令部は、組織的戦闘行動の全面停止に同意』
エリシアが隣に立つ。
『現時刻をもって、抵抗軍全戦域における積極的攻撃行動を停止する』
レイブンの指が震えた。
胸元のドッグタグを握る。
『ただし局地的な未確認部隊および魔獣の存在が予想されるため、警戒態勢は継続する』
まだ。
まだ正式な終戦宣言ではない。
それでも。
『繰り返す。異界軍主力との組織的戦闘は終了した』
誰かが泣き始めた。
声を殺して。
別の兵士が椅子へ座り込む。
笑う者もいた。
何も言わず天井を見る者もいる。
レイブンは動かなかった。
「レイブン」
エリシアが呼ぶ。
「……うん」
「終わった?」
「まだ正式には」
「そうだね」
「でも」
レイブンは笑おうとした。
うまく笑えなかった。
視界が滲んだ。
「あれ」
「泣いた」
「まだ泣いてない」
「泣いてる」
「これは……」
「何?」
「分からない」
エリシアも泣いていた。
「エリシアもじゃん」
「見ないふりする約束」
「そうだった」
二人は互いに顔を逸らした。
それでも肩だけは触れていた。
しばらくして、レイブンが笑った。
「帰れる」
エリシアが涙を拭う。
「うん」
「母さんに会える」
「うん」
「父さんにも」
「うん」
「ルナにも」
「うん」
「エリシアのお母さんにも」
「うん」
「それから」
今度はエリシアが先に言った。
「結婚する」
レイブンは頷いた。
「しよう」
その日の正午。
抵抗軍統合司令部は正式な停戦協定締結へ向けた協議開始を発表した。
第一次異界大戦は、まだ歴史上の終了日を迎えてはいない。
しかし兵士たちにとって、この日の朝〇六三七は別の意味を持つことになった。
撃たなくてもよくなった時間。
敵が敵である前に、武器を置いた時間。
そして、生き残った者たちがようやく帰る場所について考えることを許された時間だった。
夕方。
レイブンは整備台の上へSG-44を置いた。
弾倉を抜く。
薬室を確認する。
残弾を排出する。
戦闘中の戦術装填でも、負傷によって操作が困難になる非常装填でもない。
もう次の敵へ備えて一発を残しておく必要はなかった。
安全を確認し、武器を空の状態へ戻していく。
通常装填という言葉さえ、今だけは遠いものに感じられた。
隣では帝国軍制式自動拳銃も同じように弾を抜いた。
最後にT-51《REAPER》。
巨大な対物狙撃銃を見ながら、レイブンは銃床へ手を置いた。
「ありがとう」
「武器に?」
いつの間にか後ろにいたエリシアが聞いた。
「うん」
「返事する?」
「アームズ・リンクなら分かるかも」
「本当に?」
「冗談」
「あなたの場合、本当か分からない」
レイブンは笑った。
「父さんにも見せないとな」
「REAPER?」
「うん。傷だらけになった」
「怒る?」
「喜ぶと思う」
「どうして?」
「俺もこいつも帰ったから」
武器庫を出る。
抵抗軍の軍服を着た兵士たちが歩いている。
帝国人。
連邦人。
他国の兵士。
戦争が始まる前なら、同じ基地で笑っていることなど想像できなかった者たちだった。
「エリシア」
「何?」
「俺、最初に何て言えばいいと思う?」
「誰に?」
「父さん」
「ただいま、でいいんじゃない?」
レイブンは少し考えた。
「それだけ?」
「一番聞きたい言葉だと思う」
「……そっか」
「ヴォルターさん、ずっとあなたに帰れって言ってたんでしょう?」
「うん」
「なら帰ったことを教えてあげて」
「そうする」
二人は基地の外へ出た。
夕陽が雲の隙間から差していた。
巨大異界門があった方向には何もない。
ただ遠い地平線がある。
レイブンはその景色をしばらく見たあと、隣のエリシアへ手を伸ばした。
彼女もその手を取る。
「帰ろう、エリシア」
「うん」
「今度こそ」
「みんなで」
レイブンは頷いた。
第一次異界大戦が奪ったものは戻らない。
死んだ者は帰らない。
壊された街も、失われた年月も、銃を握る前の自分たちも戻ってこない。
それでも、生き残った者には先がある。
父のもとへ帰る者。
母のもとへ帰る者。
子供のもとへ帰る者。
故郷を失い、新しい場所を探す者。
そして帰る場所そのものを、これから二人で作ろうとしている者。
戦争の終わりとは、すべてが元通りになることではなかった。
もう一度、明日のことを考えられるようになることだった。
レイブン・S・クロウ〔無名〕と、エリシア・L・ヴォルハラム〔戦乙女〕。
二人はまだ兵士だった。
まだ婚約者だった。
まだ第一次異界大戦も正式には終結していなかった。
それでも二人の視線は、もう次の敵を探してはいなかった。
帰る場所を見ていた。
その先で自分たちを待つ家族と、戦争が終わった後に始まる人生を。
そしてこの時のレイブンはまだ知らなかった。
父から託されたSG-44も。
T-51《REAPER》も。
〔殺気看破〕も。
〔透明〕も。
〔兵装接続〕も。
戦争が終われば必要なくなるものではないことを。
自分とエリシアの身体に宿り始めている、人間の寿命という尺度そのものから二人を遠ざけていく変化についても、まだ二人は何も知らなかった。
第一次異界大戦は終わろうとしている。
だが黒猫の年代記は、ようやく最初の大きな戦争を越えようとしているだけだった。
この話より以降の第二部 FENRIRの副題を― 戦狼となった黒猫 ―に変更します。
また、現時点まで表示されていた副題は、変更することなくそのまま残します。




