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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅰ~ FENRIR ― 時代に取り残された黒猫 ― Season 4 #038~Season 4 #066
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Season 4「NoX」 #066

第66話「門を押し開くもの」


 咆哮が届いた瞬間、レイブン・S・クロウは音を聞いたというより、身体の内側を直接揺さぶられたように感じた。

 泥の上に散らばっていた小石が震え、第四門杭の残骸から崩れ落ちた破片が転がっていく。数キロ先にある巨大異界門は閉鎖へ向かうどころか、四基の門杭を失ったことで不規則に明滅しながら、それでも向こう側から注ぎ込まれる膨大な魔力によって形を保っていた。

 レイブンはSG-44を構えたまま、その中心を見た。

 光の向こうにあった異界の景色が歪む。

 そこへ巨大な何かが重なった。

「……でかい」

 隣に立つエリシア・L・ヴォルハラムも、すぐには返事をしなかった。

 巨大異界門の縁に、黒いものが掛かった。

 最初は構造物の一部に見えた。

 だが、それが動いた。

「手……?」

 エリシアが呟く。

「たぶん」

 指らしきものだけでも、人間の兵士より遥かに大きい。

 それが門の縁を掴んでいる。

 もう一方。

 反対側にも同じものが現れた。

 巨大な両手が、閉じようとしている門を内側から押し広げていた。

『全抵抗軍部隊へ! 門周辺から距離を取れ! 繰り返す、門周辺から距離を取れ!』

 統合司令部から緊急命令が飛ぶ。

 レイブンは反射的に周囲を見た。

「カール!」

「全員いる!」

「パッチ!」

「負傷者確認中!」

「ラム!」

「俺もいる!」

「オウル!」

「生きてる!」

 最後にアレクシス〔猟犬(ハウンド)〕を見る。

「ハウンド」

「聞こえている。ここを捨てるぞ」

「了解」

 撤退。

 それでいい。

 四基の門杭は破壊した。

 この場所に残る理由はない。

「Valkyrie」

「レイブン、肩」

「動く」

「見せて」

「走りながら?」

「止まったら」

「了解」

 二人も撤退を始めた。

 だが数十メートル進んだところで、通信に別の声が割り込んだ。

『統合司令部より全軍! 大型反応、門通過開始!』

 レイブンは走りながら振り返った。

 異界門の中心から頭部らしきものが現れる。

 巨大だった。

 これまで遭遇した《巨神兵級》でさえ、その存在の前では小さく感じられる。

 頭部から後方へ何本もの角が伸び、顔面を覆う黒色装甲の隙間から青白い光が漏れていた。その下に続く首も人間とは比較にならないほど太く、表面には皮膚とも装甲とも判別できない黒い層が幾重にも重なっている。

「生き物?」

 エリシアが走りながら聞く。

「分からない」

 レイブンも答える。

「でも手で門を開けてるなら、少なくとも自分で考えて動いてる」

『解析班より暫定報告! 対象から異常魔力反応! 門へ直接魔力供給を行っている可能性あり!』

 レイブンは足を止めかけた。

「こいつが原因?」

「レイブン、走って」

「分かってる」

 再び前を向く。

『対象を暫定的に超大型魔導生命体として識別! 分類コード――』

 通信の向こうで誰かが言葉を止めた。

『既存分類に該当なし』

 別の声が入る。

『新規分類を設定する』

 レイブンは嫌な予感がした。

『対象を《魔王級》として暫定指定』

「……魔王?」

 エリシアが眉を寄せる。

「随分そのままな名前だね」

「分かりやすくていいんじゃない?」

「そういう問題?」

「今は名前より逃げる方が大事」

「それはそう」

 二人は走り続けた。

 背後では、巨大な存在が少しずつ門を通過している。

 肩。

 胸部。

 片腕。

 しかし完全には出てこられない。

 門そのものが閉じようとする力と、対象が押し広げる力が拮抗している。

『砲兵司令より統合司令部! 射撃許可を!』

『待て! 門への影響を解析中!』

『完全通過を許せば手遅れになる!』

『待機しろ!』

 レイブンは通信を聞きながら走った。

「撃たないの?」

「下手に刺激したらどうなるか分からないからじゃない?」

「でも出てくる」

「うん」

「どうするんだろ」

 その答えはすぐに出た。

『統合司令部より全軍。門閉鎖作戦を第二段階へ移行する』

 レイブンたちの足が少しだけ緩む。

『四基の門杭破壊は成功している。現在門を維持している主要因は、異界側から供給されている外部魔力と判断された』

 つまり。

『供給源を排除する』

 エリシアがレイブンを見る。

「結局倒すの?」

「みたいだね」

『ただし正面撃破を目的としない。対象と門との魔力接続を切断する』

 レイブンの表情が変わった。

「接続を切る……」

『魔導解析班が対象を観測中。全戦力は指定区域まで後退し、再編せよ』

 アレクシスが前方を指した。

「聞いたな。まず戻る」

「了解」

 第四門杭から約二キロ離れた旧防衛線へ到達した時、レイブンはようやく速度を落とした。

「座って」

 エリシアが言った。

「まだ――」

「座って」

「はい」

 壊れたコンクリート壁の陰へ座る。

 エリシアはレイブンの左肩へ手を伸ばした。

 防具の一部が裂けている。

「軽傷って言ったよね?」

「腕動くし」

「そういう基準やめて」

「でも動く」

「レイブン」

「はい」

 マティアス〔衛生兵(パッチ)〕がやってきた。

「見せろ」

「二対一はずるい」

「黙って脱げ」

「はい」

 装備の一部を外す。

 肩に深い裂傷があった。

「弾じゃないな」

「さっきの爆発で破片が飛んできた」

「いつ?」

「門杭爆破のあと」

 エリシアが無言になる。

「……何?」

「帰ったら説教って言った」

「覚えてる」

「追加」

「何分?」

「一時間」

「長い」

「二時間にする?」

「一時間でお願いします」

 マティアスが傷を処置しながら笑った。

「婚約者が衛生兵より怖いな」

「パッチまで言う?」

「正論だ」

「味方がいない」

「味方だから止めてるんだ」

 レイブンはその言葉を聞いて、少しだけ笑った。

「それ、エリシアにも言われた」

「なら学べ」

「努力します」

 応急処置を終えたところで、前線司令部から招集がかかった。

 アレクシス、レイブン、エリシア、ニコラス、カールが簡易指揮所へ入る。

 中央に魔導投影された異界門が浮かんでいた。

 先ほどより対象の上半身がこちら側へ出ている。

 解析担当士官が画像を拡大する。

「ここを見てくれ」

 対象の背中。

 そこから何本もの青白い光が伸びていた。

「これは?」

 レイブンが聞く。

「魔力路だ」

「門杭と同じ?」

「原理は近い。しかしこちらは生体側から発生している」

 画像がさらに拡大される。

「対象は門を力任せに押し広げているわけではない。自身を中継点として、異界側からこちらへ魔力を流している」

「つまり、こいつを門から離せば?」

 エリシアが尋ねた。

「閉鎖が再開する可能性が高い」

「倒さなくてもいい?」

「理論上は」

 レイブンは少し安心した。

「なら接続部分を撃つ」

「そう簡単ではない」

 解析士官が別の画像を出した。

 対象の周囲に何重もの魔力障壁が形成されている。

「通常砲撃は?」

「外層障壁へ吸収される可能性が高い」

「航空攻撃」

「同じだ」

「魔導砲」

「現在計算中」

 レイブンは画像を見る。

「弱点は?」

「探している」

「ない可能性は?」

「ある」

 レイブンは黙った。

 T-51《REAPER》。

 対物狙撃銃。

 これまで何度も異界軍の装甲や魔力器官を撃ち抜いてきた。

 しかし、何でも撃ち抜けるわけではない。

「NoX」

 解析士官が呼んだ。

「はい」

「お前の〔兵装接続(アームズ・リンク)〕について確認したい」

「何を?」

「装填弾を認識すると、弾種に応じて能力が切り替わるんだったな」

「そうです」

「未知の弾薬でも?」

 レイブンは少し考えた。

「触れば、多分」

「試したことは?」

「完全な未知弾はないです」

「なら試す価値がある」

 隣室から金属製ケースが運び込まれた。

「何これ」

「抵抗軍技術班が開発していた試作弾だ」

 ケースが開く。

 内部に収められていたのは、T-51用の大型弾薬だった。

 通常の対物弾とは違う。

 弾頭部分に魔導刻印が刻まれ、薬莢にも細かな術式が走っている。

「実戦投入前の代物だ」

「安全?」

「保証できない」

「それ俺に渡す?」

「だから聞いている」

 レイブンは弾薬を見た。

「何用?」

「対魔導障壁貫通弾」

 エリシアが嫌そうな顔をした。

「名前からして試作品っぽい」

「正式名称はまだない」

「余計に嫌」

 レイブンは手を伸ばした。

「待って」

 エリシアが腕を掴む。

「まだ触ってない」

「だから止めた」

「でも確認しないと」

「危険なんでしょう?」

「撃つとは言ってない」

「本当?」

「触るだけ」

「……本当に?」

「うん」

 エリシアは渋々手を離した。

 レイブンが試作弾へ触れる。

 その瞬間。

 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕が強く反応した。

「っ……」

「レイブン?」

「待って」

 頭の中へ情報が流れ込む。

 T-51。

 適合。

 弾種。

 未知。

 構造。

 魔導障壁干渉。

 貫通。

 そして。

「……見える」

「何が?」

「この弾の使い方」

 レイブンは試作弾から手を離した。

「普通の対物弾じゃない。障壁そのものを貫くんじゃなくて、着弾した場所の魔力構造を一瞬だけ乱す」

 解析士官が目を見開いた。

「設計資料を読んだのか?」

「読んでない」

「ではなぜ」

「分かるんです」

 レイブン自身も戸惑っていた。

「前より……ずっと細かく」

 エリシアが彼を見る。

 武器の状態が以前より分かる。

 レイブンが昨夜言っていたこと。

「アームズ・リンクがまた成長してる?」

「多分」

 レイブンは自分の手を見る。

「でも、これだけじゃない気がする」

「どういう意味?」

「分からない」

 分からない。

 ただ最近、自分の身体に起こる変化が多すぎる。

 〔殺気看破(アタック・シールド)〕。

 〔透明(ゴースト)〕。

 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕。

 戦場を重ねるたび、それらが本人の理解より先に進化している。

 そして傷の治りも、以前より早くなっている気がする。

 レイブンは処置されたばかりの左肩を見た。

 痛みはある。

 血も出た。

 自分は普通の人間だ。

 少なくとも今は、そう思っている。

「NoX」

 士官の声で思考を戻す。

「この弾なら障壁を抜けると思うか?」

「一発だけなら無理です」

「では?」

「最初の一発で障壁を乱す。その瞬間に全火力を集中させる」

 室内が静かになる。

「どれくらい乱せる?」

「分からない」

「時間は?」

「多分……数秒」

「数秒」

「長くても」

 アレクシスが腕を組む。

「十分だ」

「ハウンド?」

「抵抗軍全体が待っている。数秒穴が開けば、砲兵も航空隊も魔導部隊も撃てる」

 レイブンは巨大な対象を見る。

「俺が最初の一発?」

「お前が嫌なら別の方法を探す」

 レイブンは少し黙った。

 父の言葉を思い出す。

 英雄になるな。

 勝つ必要さえない時がある。

 帰れ。

 レイブンはエリシアを見る。

「どう思う?」

 以前なら自分で決めていたかもしれない。

 だが今は聞いた。

 エリシアはすぐには答えなかった。

「射撃位置は?」

 解析士官が地図を示す。

「対象から約二・四キロ。旧通信塔」

「撤退経路」

「確保する」

「護衛」

「特殊即応部隊を付ける」

「撃った後は?」

「即座に離脱」

 エリシアはレイブンを見る。

「一発だけ?」

「必要なら二発目も」

「一発」

「エリシア」

「最初の一発を撃ったら役目は終わり。あとは正規軍に任せる」

 レイブンは考えた。

 敵を倒すことが目的ではない。

 門との接続を切る。

 そのために必要なのは、自分が撃ち続けることではない。

「分かった」

「本当に?」

「一発撃ったら下がる」

「約束」

「約束」

 統合司令部へ作戦案が送られた。

 承認まで三分もかからなかった。

 抵抗軍の残存砲兵が射撃諸元を再設定する。

 連邦航空隊が攻撃経路を変更する。

 帝国魔導砲兵が術式を組み直す。

 各国の地上部隊が門周辺から退避する。

 そして旧通信塔へ向け、特殊即応部隊が移動を開始した。

 レイブンはT-51《REAPER》を背負った。

 試作弾は一本だけ専用ケースへ入れられた。

「一本?」

「試作品だからな」

「外したら?」

 技術士官が真顔で答えた。

「外すな」

「簡単に言うなあ」

 エリシアが横から言う。

「あなたなら同じこと言うでしょう?」

「多分」

「なら言われても仕方ない」

「味方がいない」

「いるよ」

 エリシアは彼の右側へ並んだ。

「ここに」

 レイブンは少しだけ笑った。

「知ってる」

 旧通信塔へ到着した時、魔王級は腰の辺りまで門を通過していた。

 完全に出てくるまで、もう長くない。

 通信塔の上層部は半壊していたが、狙撃位置としては使える。

 レイブンはT-51を設置した。

 二脚(バイポッド)を開く。

 伏せる。

 エリシアが横へ座った。

「肩」

「大丈夫」

「痛い?」

「少し」

「撃てる?」

「撃てる」

「無理なら言って」

「うん」

 通常の弾倉を外す。

 薬室を確認。

 空。

 今回は戦術装填《タクティカル・リロード》ではない。

 射撃目的そのものが変わる。

 試作弾を装填する。

 T-51がそれを受け入れた瞬間、〔兵装接続(アームズ・リンク)〕が発動した。

 武器認識。

 T-51《REAPER》。

 弾種認識。

 試作対魔導障壁干渉弾。

 弾種固有能力へ移行。

 視界が変わった。

「……見える」

「また?」

「うん」

 魔王級を覆う障壁。

 肉眼では青白い光にしか見えない。

 しかし今のレイブンには、その流れが分かる。

 幾重にも重なった魔力。

 循環。

 接続。

 門へ繋がる流れ。

 そして、一箇所。

 胸部から左肩にかけて。

 複数の魔力流が交差する場所。

「そこだ」

 レイブンが呟いた。

『NoX、統合司令部。射撃準備状況』

「準備中」

『全火力部隊、待機完了』

 レイブンは呼吸を整える。

 エリシアが隣にいる。

 今回は彼女も撃たない。

 ただレイブンを見ている。

「緊張する?」

「する」

「珍しい」

「外したら世界中から怒られる」

「私が先に怒る」

「それ一番怖い」

「なら当てて」

「了解」

 照準。

 距離。

 風。

 雨は弱くなっている。

 湿度。

 弾道。

 T-51とアームズ・リンクが情報を重ねる。

 しかし最後に引き金を引くのはレイブン自身だった。

『NoX』

「はい」

『射撃許可』

 レイブンは息を吐いた。

 止める。

 照準点が重なる。

「撃つ」

 エリシアが小さく答えた。

「うん」

 引き金を絞った。

 T-51《REAPER》が第一次異界大戦で最も重い一発を放った。

 IBRSが作動する。

 銃身と可動ユニットが後退し、反動を受け止める。

 それでも負傷した左肩へ衝撃が走った。

「っ……!」

「レイブン!」

「弾!」

 二・四キロ先。

 試作弾が魔王級へ向かう。

 一秒。

 二秒。

 着弾。

 青白い障壁に、小さな点が生まれた。

 最初は何も起きなかった。

「……外した?」

「いや」

 レイブンには分かった。

「来る」

 点から亀裂のような光が広がった。

 障壁が揺れる。

 循環していた魔力が乱れる。

『障壁出力低下!』

 解析班。

『干渉成功!』

 レイブンは通信機を握った。

「今!」

 その一言を待っていたかのように、抵抗軍全体が動いた。

 帝国砲兵が撃つ。

 連邦航空隊が突入する。

 魔導砲兵が光を放つ。

 各国の長距離火力が一つの対象へ集中する。

 空が埋まった。

 砲弾。

 誘導弾。

 魔導砲撃。

 航空爆撃。

 それらが、数秒だけ開いた障壁の穴へ殺到する。

 巨大な爆発が魔王級の胸部を包んだ。

 咆哮。

 今度は怒りではなかった。

 痛みだった。

「効いた」

 エリシアが言う。

「うん」

 魔王級の片手が門から離れる。

 その瞬間。

 巨大異界門が縮んだ。

『門径縮小確認!』

「繋がってる」

 レイブンは立ち上がろうとした。

 エリシアが肩を押さえる。

「約束」

「でも」

「一発撃った」

 レイブンは止まった。

「……そうだった」

「ここからはみんなの仕事」

 レイブンはT-51から手を離した。

 魔王級はまだ倒れていない。

 障壁も再生し始めている。

 だが一度、門から手を離した。

 接続が弱まった。

『第二斉射準備!』

『航空隊、再攻撃!』

『魔導砲兵、術式再構築!』

 人間側は止まらない。

 一人の兵士が開けた数秒を、軍全体が戦果へ変えていく。

 レイブンはそれを見た。

「俺が倒す必要ないんだな」

 エリシアが隣で答える。

「最初からそう言ってたでしょう?」

「分かってたつもりだった」

「今分かった?」

「うん」

 レイブンは笑った。

「俺、撃つことしかできないと思ってた時期があったから」

「知ってる」

「守るには敵を全部倒さなきゃいけないって」

「それも知ってる」

「でも違った」

 遠方で再び砲撃が始まる。

「一発で十分な時もある」

「そう」

「撃たない方がいい時もある」

「そう」

「逃げる時もある」

「そう」

「父さん、ずっとそれ言ってたのかな」

「たぶん」

 レイブンは少し困ったように笑った。

「帰ったら謝ろう」

「何を?」

「話半分で聞いてたこと」

「ヴォルターさん、知ってそう」

「それはある」

 二人の前で第二斉射が命中した。

 魔王級が大きく仰け反る。

 もう片方の手も門から離れた。

 巨大異界門が急速に縮小を始める。

『門径七十パーセント!』

『六十!』

『五十!』

 異界側へ魔王級の身体が引かれていく。

 完全にこちら側へ出る前に、門そのものが閉じようとしている。

 対象が再び手を伸ばす。

 しかし届かない。

『四十!』

 レイブンとエリシアは並んで見ていた。

『三十!』

 魔王級の咆哮。

『二十!』

 その姿の大半が異界側へ戻る。

『十!』

 最後に見えたのは、青白く光る眼だった。

 その眼がどこを見ていたのか、レイブンには分からなかった。

 だが一瞬だけ、自分を見られたような気がした。

 そして。

『門閉鎖!』

 光が消えた。

 そこにあったはずの巨大異界門が、跡形もなく消滅した。

 誰もすぐには声を上げなかった。

 静かだった。

 あれほど長い間、空間を震わせ続けていた魔力音がない。

 異界門の光もない。

 ただ雨上がりの空と、砲撃で荒れ果てた大地がある。

「……閉じた?」

 レイブンが呟いた。

 エリシアも信じられないように見ていた。

「閉じた」

『全軍へ』

 統合司令部の声。

『主要異界門の完全閉鎖を確認』

 レイブンは息を吐いた。

 長かった。

 本当に長かった。

 だが通信はまだ続く。

『なお、こちら側には異界軍残存戦力が存在する』

 レイブンは目を閉じかけて、また開いた。

「ですよね」

 エリシアが笑った。

「まだ終わってない」

「うん」

『各部隊は現配置を維持。残存異界軍への降伏勧告および掃討作戦へ移行する』

 第一次異界大戦は、まだ正式には終わっていない。

 だが増援はもう来ない。

 巨大兵器も来ない。

 魔王級も門の向こうへ押し戻された。

 初めて、人間側には終わりまでの道が見えた。

 レイブンはT-51《REAPER》を持ち上げた。

「重い」

「今さら?」

「肩痛い」

「だから言ったでしょう」

「帰ったら治療」

「今から」

「はい」

 エリシアが笑う。

 レイブンも笑った。

 戦争が終わるまで、まだ少しだけ時間が必要だった。

 それでも《Operation HOMECOMING》という名は、もう願いではない。

 帰るための道は開いた。

 いや。

 門を閉じたことで、ようやく帰る道だけが残った。

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