Season 4「NoX」 #065
第65話「第四門杭」
第四門杭まで、残り三・七キロ。
数字だけなら大した距離ではなかった。
訓練兵だった頃のレイブン・S・クロウなら、装備を背負ったまま走り切れる距離だと考えただろう。しかし今の彼は、戦場における三・七キロが平時の三・七キロとはまったく違うことを知っている。
道はない。
正確には、かつて道だったものは残っていた。
砲撃で割れた舗装路、倒壊した建物、放棄された車両、泥水の溜まった弾痕、異界植物に覆われ始めた歩道が、ここにかつて人間の生活圏があったことだけを伝えている。
雨も止まなかった。
レイブンはSG-44を胸元へ引き寄せながら、十数メートル先を歩くエリシア・L・ヴォルハラムの背中を追った。
「Valkyrie」
「聞いてる」
「左の建物」
「二階?」
「うん」
エリシアは顔を向けずに答えた。
「私も気になってた」
レイブンは歩調を緩めた。
〔殺気看破〕は反応していない。
それでも何かがおかしい。
窓が一つだけ割れていなかった。
周囲の建物は砲撃と風雨によってほとんど原形を失っているのに、そこだけが妙に整っている。
「ハウンド」
『聞いてる』
「前方左、三階建て。二階窓」
『敵か?』
「分からない」
『分からないなら確認しろ。ただし入るな』
「了解」
レイブンは〔透明〕を使わなかった。
前の交戦で異界軍にも隠密技術が存在することが分かった以上、能力だけへ頼るのは危険だった。
代わりに倒壊した車両の陰へ入り、T-51《REAPER》を前へ回す。
雨に濡れた光学照準器を一度拭う。
倍率を上げた。
窓。
暗い室内。
何もいない。
さらに見る。
「……糸?」
窓枠から細い何かが伸びていた。
「オウル、見える?」
『待て』
数秒後、ニコラス〔梟〕から返答が来た。
『確認。窓から道路側へ細線。魔力反応あり』
「罠か」
『可能性高い』
レイブンは照準器を下げた。
「工兵さん」
後方からカール・ヴァイゼンが近づく。
「何だ?」
「あれ」
レイブンが指した方向を見て、カールはすぐに止まった。
「触るなよ」
「触らないよ」
「お前じゃない。全員に言ってる」
カールは携行していた魔導計測器を取り出し、表示を確認した。
「厄介だな」
「爆発?」
「たぶん警報だ」
「警報?」
「線を切れば敵に位置を知らせる。踏んでも同じだろう」
エリシアが戻ってくる。
「避けられる?」
「道路を捨てればな」
「どっち?」
カールは右手側に残る路地を見た。
「あっちだ。ただし遠回りになる」
レイブンは時計を確認した。
「時間は?」
アレクシス〔猟犬〕が答える。
「予定より九分遅れている」
「九分なら?」
「許容範囲だ」
「なら迂回」
レイブンが即答すると、カールが少し意外そうに見た。
「解除しないのか?」
「解除できる?」
「時間をくれれば」
「何分?」
「五分。下手すれば十分」
「だったら遠回りした方が早い」
「噂と違うな」
「また噂?」
「特殊部隊は何でも正面から突破するものだと思ってた」
レイブンはSG-44を握り直した。
「それ、特殊部隊じゃなくて突撃隊じゃない?」
エリシアが横から笑う。
「NoXはむしろ面倒な場所を避けるのが上手いわよ」
「褒めてる?」
「かなり」
「なら受け取っとく」
部隊は道路を外れた。
路地へ入ると、雨音が少し弱くなった。左右に残った建物が風を遮っている代わりに視界は狭くなり、十人を超える人間が通るには窮屈だった。
レイブンは先頭へ出た。
「Valkyrie、後ろお願い」
「了解」
NoXが前を見る。
Valkyrieが後ろを見る。
いつの間にか、それが二人にとって自然な形になっていた。
言葉で確認しなくても、レイブンが速度を落とせばエリシアも落とし、彼が止まれば彼女も後方を警戒したまま止まる。
角へ到達する。
レイブンは壁際で停止した。
耳を澄ませる。
雨。
遠方の砲撃。
さらに近くで何かを引きずる音。
「いる」
後方へ拳を上げる。
全員が止まった。
レイブンはSG-44を構えたまま、角の先を確認する。
異界兵が二体。
その後ろに魔獣が一体いた。
四足歩行。
黒褐色の体毛。
前脚が後脚より長く、肩の位置が人間の胸ほどまである。
頭部には目らしい器官が四つ並び、地面へ鼻先を近づけていた。
レイブンは眉を寄せる。
「まずい」
『何が?』
エリシアの声。
『犬みたいなのがいる』
『魔獣?』
『多分』
『ゴーストは?』
レイブンは少し考えた。
『使わない』
『匂いは消えるでしょう?』
『俺の匂いはね』
足元を見る。
泥。
『足跡までは消えない』
エリシアも理解した。
『なるほど』
レイブンは後退した。
「ハウンド、敵三。異界兵二、魔獣一。迂回できない」
「排除する」
「静かに?」
「可能なら」
レイブンはSG-44から手を離した。
腰の帝国軍制式自動拳銃へ手を伸ばす。
エリシアが隣へ来た。
「私が右」
「俺が左」
「魔獣は?」
「先に俺」
「外したら?」
「任せる」
「了解」
二人は呼吸を合わせた。
レイブンが角から出る。
自動拳銃を両手で保持する。
魔獣が顔を上げた。
発射。
頭部。
魔獣が崩れるより先に異界兵が振り返った。
レイブンが左。
エリシアが右。
二つの発射音がほぼ同時に重なった。
敵が倒れる。
「クリア」
レイブンは前進しながら確認した。
魔獣は動かない。
異界兵も同様だった。
「早かったな」
カールが呟く。
「見つかる前に終わらせたかったから」
「その拳銃、帝国製?」
「そう」
「SGだけじゃないんだな」
「これも父さんの国の銃だから」
「父さんの国って、お前も帝国人だろ」
「そうだった」
エリシアが吹き出した。
「笑うところ?」
「あなた、たまに自分が何者か忘れるわよね」
「抵抗軍にいる時間が長くなったから」
レイブンは拳銃を確認してから収めた。
「帝国人で、抵抗軍兵士で、特殊部隊員で、婚約者」
「最後だけ急に個人的」
「大事だから」
「……そう」
エリシアが少しだけ顔を逸らした。
「照れた?」
「進むよ」
「はい」
路地を抜けた頃、空が明るくなり始めていた。
夜明けだった。
雲に覆われているため太陽そのものは見えない。それでも闇の濃さが薄れ、破壊された街並みが少しずつ輪郭を取り戻していく。
そして、その向こうに第四門杭が見えた。
「……あれ?」
レイブンは思わず立ち止まった。
門杭という名前から、彼はもっと単純な構造物を想像していた。
実物は違った。
地面から斜めに突き出した巨大な黒色構造体が、周囲の建物を押し潰すように存在している。高さは三十メートルを超え、その表面を青白い魔力光が血管のように走っていた。
さらに根元からは何本もの構造物が地下へ伸びている。
その一本一本が、遠方に見える巨大異界門と同じ周期で明滅していた。
「門杭というより……」
エリシアが言葉を探す。
「根っこ?」
レイブンが答えた。
「私もそう思った」
カールが計測器を見る。
「地下魔力路と繋がってる。間違いない」
「壊せる?」
「近づければ」
「どれくらい?」
「爆薬設置に最低八分」
「八分……」
レイブンは周囲を見る。
開けている。
第四門杭の周辺だけ、建物が意図的に破壊されていた。
隠れる場所が少ない。
「敵が守りやすいようにしてる」
アレクシスも同じことを考えていた。
「オウル」
「観測する」
ニコラスが光学機器を覗く。
しばらく無言だった。
「……多い」
「何人」
「確認できるだけで四十以上」
レイブンが息を吐いた。
「隠密個体は?」
「分からない」
「魔獣」
「六。大型二」
「重装?」
「いる。門杭正面に三」
エリシアが第四門杭を見る。
「正面突破は?」
「工兵が死ぬ」
レイブンは即答した。
「じゃあどうする?」
T-51《REAPER》へ手を伸ばした。
「俺たちが正面にいると思わせる」
アレクシスがレイブンを見る。
「説明しろ」
「敵はNoXを知ってる」
「可能性はある」
「狙撃も警戒してる」
「ああ」
「だったら俺が見える場所から撃つ」
エリシアの表情が険しくなる。
「待って」
「敵の視線を西側へ向ける。その間に工兵は東から入る」
「あなたが囮になるってこと?」
「俺だけじゃない」
レイブンはアレクシスを見る。
「火力班を借りたい」
「何人」
「ラムと二人。Valkyrieは工兵側」
「嫌」
即答だった。
「エリシア」
「嫌」
「工兵を守ってほしい」
「あなたを守る人は?」
「ラムがいる」
後ろからダリオ〔破城槌〕が顔を出した。
「俺、一人で夫婦喧嘩に巻き込まれるの?」
「まだ夫婦じゃない」
レイブンとエリシアの声が重なった。
ダリオは黙った。
「……そこだけ息ぴったりだな」
アレクシスが地図を広げる。
「案としては悪くない」
「ハウンド」
エリシアが睨む。
「ただしNoXを完全な囮にはしない。西側から火力班を展開。NoXが長距離射撃、ラムが近接警戒。敵が西へ移動した時点で後退する」
「Valkyrieは?」
「俺と工兵、パッチ、オウルと東側へ回る」
エリシアはレイブンを見る。
「三百五十」
「今回はもっと離れる」
「だから嫌なの」
「でも」
レイブンは第四門杭を見た。
「ここを壊さないと帰れない」
その言葉に、エリシアは何も返せなかった。
数秒後。
「必ず下がって」
「うん」
「敵を全部倒そうとしない」
「うん」
「怪我しない」
「それは約束できない」
「レイブン」
「努力する」
「……絶対?」
「できる限り」
エリシアは呆れたように息を吐いた。
「その言葉、便利に使いすぎ」
「父さん仕込み」
「ヴォルターさんに文句言う」
「帰ったら一緒に言おう」
「約束」
「約束」
作戦は決まった。
レイブンとダリオは西へ。
エリシアたちは東へ。
第四門杭を挟み、二人の距離が開いていく。
レイブンは何度か振り返った。
そのたびにエリシアもこちらを見ていた。
三百五十メートルを越える。
四百。
五百。
建物に遮られ、彼女の姿が見えなくなった。
「NoX」
ダリオに呼ばれる。
「何?」
「心配か?」
「うん」
「即答だな」
「婚約者だから」
「戦場で別行動は初めてじゃないだろ」
「初めてじゃないから心配しなくなるわけでもないよ」
ダリオは少し笑った。
「それもそうだ」
二人は西側の高所へ到達した。
かつて商業施設だった建物の三階。
外壁の半分が失われているため、第四門杭を一望できる。
レイブンはT-51を下ろした。
二脚を展開。
伏射姿勢。
肩へ銃床を当てる。
〔兵装接続〕。
意識が銃へ繋がる。
T-51《REAPER》。
銃身状態。
正常。
IBRS。
正常。
装填弾認識。
対物弾。
呼吸を整える。
『NoX、こちらValkyrie』
「聞いてる」
『東側配置完了』
「工兵は?」
『準備できてる』
「ハウンド」
『いつでもいい』
「了解」
レイブンは照準器を覗いた。
門杭正面。
重装異界兵。
頭部ではない。
胸部でもない。
右肩。
そこに魔導防御装置らしきものがある。
「始める」
引き金を絞った。
T-51が吼えた。
銃身と可動部が後退し、IBRSが強烈な反動を吸収する。それでも残った衝撃が肩から全身へ抜けた。
数百メートル先。
重装異界兵の右肩が砕けた。
「一」
敵が動く。
照準を隣へ移す。
発射。
「二」
異界軍が混乱する。
西を見る。
狙撃位置を探す。
「食いついた」
ダリオが言う。
「まだ」
三発目。
発射。
魔獣が倒れる。
第四門杭周辺の異界軍が西へ移動を始めた。
『NoX、敵移動確認』
エリシアの声。
「今」
『工兵前進!』
レイブンは照準器越しに敵を見る。
こちらへ向かってくる。
「ラム」
「おう」
「そろそろ怒られそう」
「誰に?」
「敵に」
「婚約者にもだろ」
「それはいつものこと」
四発目。
発射。
異界軍の魔導射撃が飛んできた。
建物外壁が吹き飛ぶ。
「うわっ!」
「位置割れたぞ!」
「予定通り!」
「予定より早い!」
「それはごめん!」
レイブンはT-51を抱えて移動した。
同じ場所から撃ち続けない。
隣の窓へ。
再び伏せる。
照準。
発射。
『NoX!』
エリシアの声が飛ぶ。
「聞こえてる!」
『撃たれすぎ!』
「見えてるの?」
『音で分かる!』
「工兵は!」
『門杭まで百二十!』
「なら続ける!」
『無茶しないで!』
「してない!」
直後、頭上を魔導弾が通過した。
「今のは無茶だろ」
ダリオが言う。
「向こうが撃ったんだから俺のせいじゃない!」
「そういう問題か?」
レイブンは次の弾を送った。
敵が近い。
T-51では扱いにくい距離へ入り始めている。
「ラム」
「来るぞ」
「REAPER終わり」
レイブンはT-51を背へ回し、SG-44を前へ出した。
薬室一発。
弾倉残量十分。
敵が階下へ入った。
足音。
今度は隠れていない。
「階段」
「任せろ」
ダリオが構える。
一体目が上がってきた。
レイブンが発射する。
倒れる。
次。
ダリオが撃つ。
三体目。
レイブン。
発射。
次弾を送り込む。
発射。
弾倉残量が減る。
まだ薬室には弾がある。
一瞬だけ敵の足が止まった。
その隙を使う。
弾倉を抜く。
新しいものを入れる。
戦術装填。
薬室内の一発を残したまま、次の交戦へ備える。
「来る!」
ダリオ。
「了解!」
再び発射。
階段が敵の死角になる。
しかし敵も学習している。
正面から上がってこなくなった。
「止まった?」
「いや」
レイブンの〔殺気看破〕が反応した。
「外!」
二人が離れる。
直後、壁が破壊された。
大型魔獣が外壁を突き破って三階へ入ってくる。
「それあり!?」
「異界軍に建築物を大事にしろって言ってこい!」
「戦争終わったら!」
SG-44を向ける。
発射。
一発では止まらない。
もう一発。
魔獣が突進する。
レイブンは横へ転がる。
爪が防具を掠めた。
「NoX!」
「大丈夫!」
立ち上がる。
近すぎる。
SG-44を構え直す余裕がない。
レイブンは魔獣の次の動きを見た。
前脚。
頭。
牙。
訓練兵だった頃に叩き込まれた近接戦闘が身体を動かす。
真正面で力を受けない。
横へ外す。
魔獣の首筋へ銃身を押し当てる。
発射。
轟音が耳を打った。
魔獣が倒れる。
「……近い」
「耳、大丈夫か?」
「鳴ってる」
「あとでパッチに見せろ」
「了解」
通信。
『NoX! こちらValkyrie!』
「生きてる!」
『まだ何も聞いてない!』
「先に言っとこうと思って!」
『こっちは門杭到達!』
レイブンの表情が変わった。
「カールは?」
『設置開始! 八分!』
八分。
今度は自分たちが守る番だった。
「ラム」
「聞いた」
「八分持たせる」
「帰りは?」
「その後考える」
「Valkyrieに怒られるぞ」
「じゃあ訂正」
レイブンはSG-44の残弾を確認した。
「八分持たせて、そのあと生きて帰る」
「それでいい」
第四門杭の根元では、カールたちが爆薬を設置していた。
青白い魔力が巨大な構造物の内部を脈打つたび、足元から低い振動が伝わってくる。
「第一設置!」
「第二へ!」
エリシアは工兵の前へ立っていた。
レイブンのいる西側から絶えず銃声が聞こえる。
T-51の重い発射音。
SG-44の発射音。
異界軍の魔導射撃。
そのたびに振り返りたくなる。
だが振り返らない。
レイブンが自分へ託したのは工兵だ。
なら守る。
「Valkyrie!」
アレクシスの声。
正面から異界兵。
「確認!」
エリシアが武器を構える。
発射。
前へ出させない。
「残り時間!」
「六分!」
長い。
六分があまりにも長い。
敵が左右から来る。
ニコラスが位置を伝える。
アレクシスが指示を飛ばす。
マティアス〔衛生兵〕まで射撃へ加わった。
「四分!」
エリシアの弾薬が減る。
薬室を維持したまま弾倉を交換する。
戦術装填。
レイブンが何度も使っているのを見てきた。
今では二人とも、言葉にしなくても同じ判断で同じ操作をすることが増えた。
「三分!」
西側で爆発。
エリシアの心臓が跳ねる。
「NoX!」
返事がない。
「NoX!」
数秒。
『……聞こえてる』
レイブンの声。
少し荒い。
「怪我?」
『軽い』
「どこ」
『あとで』
「今言って」
『左肩。動く』
エリシアは歯を食いしばった。
「帰ったら説教」
『予約しとく』
「絶対だから」
『了解』
「二分!」
カールの声。
門杭の明滅が速くなる。
異界軍も何かを察したのか、攻撃が激しくなった。
そして抵抗軍全体へ通信が入った。
『第一門杭、破壊準備完了』
別の声。
『第二門杭、準備完了』
さらに。
『第三門杭、準備完了』
残るのは第四。
「一分!」
エリシアは門杭を見上げた。
巨大な構造物。
この一本が、世界と異界を繋ぐ門を支えている。
これを壊せば、帰れるかもしれない。
戦争が終わるかもしれない。
レイブンと結婚できる。
母へ報告できる。
クロウ家へ帰れる。
普通の朝を迎えられるかもしれない。
その未来を想像した瞬間、怖くなった。
ここまで来て失いたくない。
「三十秒!」
エリシアは通信機を押した。
「レイブン」
『何?』
コールサインでは呼ばなかった。
「帰ってきて」
少しだけ間があった。
『うん』
「絶対」
『うん』
「約束したから」
『覚えてる』
西側でSG-44の発射音。
『エリシア』
「何?」
『そっちも帰ってきて』
「当然」
『なら』
レイブンの声に、少しだけ笑いが混じった。
『家で続きを話そう』
エリシアも笑った。
「うん」
「設置完了!」
カールが叫んだ。
「全員離脱!」
アレクシスの命令が飛ぶ。
工兵が門杭から離れる。
「NoX、離脱!」
『了解!』
レイブンとダリオも建物から飛び出した。
敵の射撃が背後を追う。
レイブンの左肩は痛んだが、腕は動く。
走れる。
なら問題ない。
『全門杭攻撃隊へ』
統合司令部。
『同期確認』
レイブンは走りながら巨大異界門を見た。
光が激しく揺れている。
『第一門杭、準備』
遠方。
『第二門杭、準備』
別方向。
『第三門杭、準備』
そして。
『第四門杭、準備』
エリシアたちは退避している。
レイブンも走る。
「ラム!」
「走ってる!」
「もっと!」
「お前が速すぎる!」
『起爆まで十』
十。
九。
八。
レイブンは泥を蹴った。
七。
六。
左肩が痛む。
五。
それでも走る。
四。
前方にエリシアが見えた。
三。
「レイブン!」
二。
彼女が手を伸ばす。
一。
レイブンも手を伸ばした。
『起爆』
世界が白く染まった。
四つの門杭が、ほぼ同時に爆発した。
第四門杭の表面を走っていた青白い光が一瞬で乱れ、巨大な構造体へ亀裂が走る。
地下から地鳴りが響いた。
「伏せて!」
エリシアがレイブンの腕を掴む。
二人は泥の中へ倒れ込んだ。
その直後。
巨大異界門が震えた。
今まで空間へ固定されていた巨大な光の輪が歪む。
中心部が波打つ。
異界側の景色が崩れる。
「始まった……」
レイブンは顔を上げた。
門が閉じようとしている。
抵抗軍全体から歓声が上がりかけた。
だが。
『全軍警戒!』
統合司令部の声がそれを止めた。
『異界門魔力値、低下していない!』
レイブンの笑みが消える。
「何?」
『むしろ上昇!』
エリシアも門を見る。
閉じかけたはずの光が、再び膨張し始めていた。
『解析班より全軍! 門杭破壊は成功! しかし異界側から強制的に魔力が供給されている!』
「異界側……?」
レイブンは立ち上がった。
巨大異界門の向こう。
崩れかけた景色のさらに奥で、何かが動いた。
これまで見たどの異界軍兵器よりも巨大な影。
それが門そのものを、向こう側から押し開こうとしている。
「レイブン」
エリシアが彼の腕を掴んだ。
「見えてる」
「……あれ」
「うん」
第一次異界大戦を終わらせるはずだった《Operation HOMECOMING》。
四つの門杭は破壊された。
人間側の作戦は成功した。
それでも戦争は終わらなかった。
異界側にもまた、この門を閉じさせまいとする存在がいた。
レイブンは泥に汚れたSG-44を握り直した。
左肩から痛みが走る。
エリシアがそれに気づく。
「無理しない」
「うん」
「本当に」
「分かってる」
レイブンは門から目を離さなかった。
「でも、あれをどうにかしないと帰れない」
エリシアも同じ方向を見る。
「なら」
彼女はレイブンの隣へ立った。
「二人で考えよう」
「二人だけじゃない」
レイブンは周囲を見る。
アレクシス。
ニコラス。
ダリオ。
マティアス。
カールたち工兵。
さらに遠くには帝国軍、連邦軍、抵抗軍各国の兵士たちがいる。
レイブンは小さく笑った。
「みんなで、だった」
「そう」
巨大異界門が再び開き始める。
その向こうから響いた咆哮は、数キロ離れた大地まで震わせた。
第一次異界大戦最後の敵が、門の向こうから姿を現そうとしていた。




