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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅰ~ FENRIR ― 時代に取り残された黒猫 ― Season 4 #038~Season 4 #066
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Season 4「NoX」 #062

第62話「二人で一つ」


 復帰二日目の朝、レイブン・S・クロウは目を覚ますと、反射的に左腕を動かした。


 肘を曲げ、指を握り、肩を回す。


 痛みはない。


 昨日一日を通して装備を身につけた状態で過ごしても、古傷が熱を持つことはなかった。


 ようやく身体が戻った。


 そう実感してから、レイブンは枕元へ置いていたドッグタグを首へ下げた。


 軍人としての自分を示す表面ではなく、指先が自然と裏側へ触れる。


 ELICIA L. VOLHALAM


 その文字を確認してから軍服を着る。


 以前なら起床後に最初に考えるのは、その日の訓練や任務だった。


 今は一つ増えた。


 今日も二人で帰る。


 それを確認してから、レイブンは部屋を出た。


 営舎の外では、すでにエリシア・L・ヴォルハラムが待っていた。


「おはよう、NoX」


「おはよう、Valkyrie」


 互いに軍装だった。


 休暇中に見慣れた普段着ではない。


 髪を整え、装具を身につけ、武器を携行した兵士の姿へ戻っている。


「左腕」


「異常なし」


「痛み」


「なし」


「違和感」


「なし」


「本当に?」


「本当に」


 エリシアはじっとレイブンを見る。


「何?」


「嘘ついてないか確認してる」


「顔で分かる?」


「最近は」


「怖いなあ」


「婚約者なので」


「その言葉、完全に便利な権限になってるだろ」


「嫌?」


 レイブンは一瞬黙った。


「……嫌じゃない」


「なら問題なし」


「強い」


 エリシアが笑った。


 レイブンも笑いながら歩き出した。


 二人が向かったのは射撃訓練場だった。


 復帰直後ということもあり、その日の午前は実戦任務ではなく、装備との再同調と連携確認に割り当てられている。


 射撃場にはすでにエミリアがいた。


「遅い」


「時間前だよ」


「私はもっと前からいる」


「それを基準にしないでくれ」


 エミリアは手元の記録板を見る。


「今日は復帰確認を兼ねる。NoXはSG-44とT-51《REAPER》、副武装の帝国軍制式自動拳銃を順番に確認。Valkyrieも同様に主武装、副武装を確認したあと、二人で連携射撃」


「了解」


「了解しました」


「それとNoX」


「何?」


「左腕に違和感が出たら即中止」


「分かってる」


「隠したら?」


 エリシアが答えた。


「私が止めます」


「よろしい」


「俺の意思は?」


「負傷歴のある兵士に拒否権はない」


「昨日から俺の権利がどんどん減ってる気がする」


 レイブンは射撃位置へ入った。


 最初はSG-44。


 銃床を右肩へ当て、左手で前方を支える。


 弾倉を装着する。


 初弾を薬室へ送る。


 身体が動作を覚えていた。


 呼吸を整える。


 照準。


 発射。


 訓練弾が標的へ命中し、反動が肩から身体へ抜けた。


 左腕は問題ない。


 次弾。


 照準を戻す。


 発射。


 さらに一発。


 反動を受けるたび、身体の状態を確かめる。


 痛みはなかった。


「どう?」


 後方からエリシアが聞く。


「問題なし」


「本当に?」


「今度は本当」


「今度は?」


「言い方間違えた」


 エミリアがため息をついた。


「射撃中に夫婦漫才しない」


「まだ夫婦じゃない」


 二人が同時に答えた。


「そこだけ綺麗に揃うのね」


 エミリアは呆れたように記録へ書き込んだ。


 数発撃ったところで、弾倉が空になった。


 ボルトが後退位置で止まる。


 レイブンは銃口を射線方向へ保ったまま空弾倉を外し、新しい弾倉を挿入して作動部を操作した。


 通常装填(ノーマル・リロード)。


 撃ち切った状態から銃を再び戦闘可能状態へ戻す、最も基本的な再装填だった。


 数発撃つ。


 今度は弾倉を空にしない。


 標的を確認したところでエミリアの声が飛んだ。


「接敵一時中断。次の目標まで十五秒」


 レイブンは即座に判断した。


 薬室には一発残っている。


 次の交戦まで僅かな時間しかない。


 弾倉を交換する。


 薬室の一発を保持したまま、次の戦闘へ備える。


 戦術装填《タクティカル・リロード》。


「準備完了」


 新しい標的が起き上がる。


 レイブンは即座に射撃を再開した。


 数発。


 最後の標的が倒れる。


「終了」


 銃口を下げる。


「左腕?」


 エミリアが聞く。


「問題なし」


「なら次。拳銃」


 SG-44を安全状態へ移し、所定の位置へ置く。


 腰のホルスターへ右手を伸ばす。


 帝国軍制式自動拳銃を抜く。


 両手で保持する。


 左腕にも力がかかる。


 照準を合わせる。


 発射。


 スライドが後退し、空薬莢が排出され、復座と同時に次弾が薬室へ送られる。


 照準を戻す。


 発射。


 再び戻す。


 発射。


 レイブンは速度を上げすぎなかった。


 以前なら撃てるだけ撃ったかもしれない。


 今日は一発ごとに身体の状態を確認していた。


 それを見ていたエリシアが少し笑った。


「何?」


「成長したなって」


「誰目線?」


「婚約者」


「またそれか」


「便利だから」


「認めたな」


 午前後半。


 T-51《REAPER》の確認へ移る。


 ブルパップ式の大型対物狙撃銃を受け取ったレイブンは、伏射位置へ身体を下ろした。


 二脚(バイポッド)を展開する。


 頬を銃床へ寄せ、高倍率光学照準器を覗く。


 遠距離標的が視界へ入る。


 この銃を握ると、SG-44とは別の感覚がある。


 散弾銃が自分と仲間の近くへ迫る脅威を排除するための武器なら、T-51は脅威が仲間へ近づく前に止める武器だった。


「距離八百」


 エミリアの声。


「風、右から左。微風」


「確認」


 レイブンは照準を調整する。


 T-51を認識した瞬間、第三スキルが静かに反応した。


 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕。


 銃そのものを認識し、さらに装填された弾種を認識することで、武器固有の基本能力から弾種固有の特殊能力へ接続していく。


 意識の中でT-51の状態が輪郭を持つ。


 装填弾。


 照準。


 銃身状態。


 射撃姿勢。


 レイブンは呼吸を止めるのではなく、ゆっくり吐いた。


 引き金へ圧力を加える。


 発射。


 T-51が肩へ大きな反動を返す。


 帝国式銃身後退反動制御機構が作動し、銃身と周辺可動部が射手側へ後退することで衝撃を吸収する。


 それでも対物狙撃銃の一撃は軽くない。


 レイブンは照準器から目を離さなかった。


「命中」


 エミリアが告げる。


「左腕」


 今度はエリシアだった。


「大丈夫」


「痛くない?」


「ない」


「なら次」


「了解、Valkyrie」


 二発目。


 三発目。


 問題なし。


 最後の一発を撃ち終えた時、レイブンはようやく確信した。


 戻った。


 身体も。


 感覚も。


 武器との繋がりも。


 だが本当の復帰確認は、その後だった。


 訓練場の一角へ模擬市街地が用意されていた。


 建物。


 路地。


 破壊された車両を模した障害物。


 窓。


 扉。


 交差点。


 そこを二人だけで突破する。


「今回の目的は撃破数じゃない」


 アレクシス・ハルトマン〔猟犬(ハウンド)〕が説明する。


「二人が一つの戦闘単位として機能するかを見る」


 レイブンが聞く。


「想定敵は?」


「異界軍歩兵」


「民間人役は?」


「配置する」


「味方役は?」


「なし」


 エリシアが地図を見る。


「つまり完全に二人だけ」


「そうだ」


 アレクシスは二人を見る。


「昨日、Valkyrie & NoXという名前をもらったばかりだ。だから確認する」


 レイブンとエリシアが顔を上げる。


「婚約者だからといって相手を守ることだけ考えるな」


 その言葉に二人の表情が変わった。


「相手を守ろうとして視野が狭くなれば、二人まとめて死ぬ」


「了解」


「なら何をする?」


 レイブンは答えた。


「自分の役割を果たす」


 エリシアが続ける。


「互いを信頼する」


「そうだ」


 アレクシスは頷いた。


「守るんじゃない。生き残れる状況を互いに作れ」


 その言葉は、父ヴォルターの教えにも似ていた。


 守ることと、自分を使い潰すことは違う。


 レイブンはSG-44を握った。


「準備できた?」


 エリシアが聞く。


「いつでも」


「行こう」


「了解」


 開始合図と同時に二人は動いた。


 最初の路地へ入る前に、レイブンが先行する。


 〔透明(ゴースト)〕。


 スキルが発動した瞬間、足音だけではなく、装備が擦れる音、身体や軍装から生じる匂い、そして視覚的な存在そのものが周囲から消えていく。


 レイブンは姿を消したまま角へ接近した。


 エリシアは後方で待つ。


 以前なら心配して追いかけたかもしれない。


 今は違う。


 任せる。


 それも二人で帰るための選択だった。


 数秒後、インカムから声が入る。


『Valkyrie。前方交差点、敵役二。右建物二階に一。民間人役一名』


『了解』


『俺が二階を取る。地上二名を任せる』


『了解。三、二、一』


 レイブンが〔透明(ゴースト)〕を維持したまま位置を変える。


 エリシアが路地から出た。


 訓練弾が二発。


 地上の標的が倒れる。


 ほぼ同時に別方向からSG-44の発射音。


 二階の標的が倒れた。


『クリア』


『合流する』


 レイブンが姿を現す。


「問題なし?」


「問題なし」


「次」


 二人は進む。


 建物内部へ入る。


 今度はエリシアが先行した。


 レイブンは後ろを守る。


 階段。


 踊り場。


 扉。


 エリシアが拳を上げる。


 停止。


 レイブンも止まる。


 彼女が指を二本立てた。


 二名。


 レイブンが頷く。


 エリシアが扉を開ける。


 レイブンが反対方向を確認する。


 互いに違う方向を見る。


 同じ場所を二人で見る必要はない。


 エリシアを信じているから、レイブンは自分の担当方向だけを見る。


 訓練弾の発射音。


 一人。


 二人。


「クリア」


「後方クリア」


 二人は同時に前へ進んだ。


 次の区画へ入った時、突然レイブンの左側から標的が現れた。


 エリシアの射線。


 レイブンは反射的に銃口を向けかけた。


 しかし撃たなかった。


 エリシアがいる。


 次の瞬間、彼女の銃が発射された。


 標的が倒れる。


「任せて」


「了解」


 それだけだった。


 レイブンは前へ戻る。


 直後、エリシアの死角から別の標的が出た。


 今度はレイブンの担当だった。


 SG-44を向ける。


 発射。


 倒れる。


「ありがとう」


「お互い様」


 二人は止まらない。


 訓練が進むにつれ、言葉は減っていった。


 必要な時だけ話す。


 互いの足音。


 視線。


 身体の向き。


 銃口の方向。


 それだけで相手が何を見ているのか分かる。


 レイブンが弾倉へ手を伸ばせば、エリシアがその間の射線を引き受ける。


 薬室に一発を残した状態でレイブンが戦術装填《タクティカル・リロード》へ移れば、エリシアは一歩だけ位置を変え、彼が次の戦闘へ戻るまで正面を監視する。


 エリシアが装填に入れば、今度はレイブンが前へ出る。


 守ろうと考えているわけではない。


 相手が動けない時間を自分が埋める。


 それだけだった。


 だから速い。


 だから無理がない。


 どちらか一人へ負担が集中しない。


 最後の区画へ入った。


 模擬広場。


 複数方向から標的が出る。


「Valkyrie!」


「右!」


 エリシアが右。


 レイブンが左。


 発射。


 次。


 レイブンのSG-44が空になる。


 ボルトが後退位置で止まった。


「リロード!」


「任せて!」


 エリシアが前へ出る。


 レイブンは空弾倉を落とし、新しい弾倉を装着する。


 通常装填(ノーマル・リロード)。


 作動部を操作。


 初弾が薬室へ送られる。


「復帰!」


「交代!」


 今度はレイブンが前へ出る。


 エリシアが後退して再装填する。


 二人の位置が入れ替わる。


 その瞬間だった。


 背後に新しい標的。


 レイブンは振り返らない。


 自分の担当ではない。


 エリシアが撃った。


 命中。


 正面から二つ。


 レイブンが撃つ。


 一発。


 次弾。


 発射。


 終了ブザーが鳴った。


 二人はすぐに銃口を下げなかった。


 周囲を確認する。


「左クリア」


「右クリア」


「後方」


「クリア」


 最後に互いを見る。


「NoX」


「問題なし」


「Valkyrie」


「問題なし」


 ようやく銃口を下げた。


 観察区画では、アレクシスとエミリアが記録を見ていた。


 二人が戻る。


「どうだった?」


 レイブンが聞いた。


 アレクシスはすぐには答えなかった。


「一つ聞く」


「はい」


「途中、Valkyrieの死角から敵が出た時、なぜ声をかけなかった?」


「間に合ったから」


「なぜ自分で撃った?」


「俺の射線だったから」


「Valkyrieは?」


 エリシアが答える。


「任せました」


「怖くなかったか?」


「少しは」


「婚約者が撃ち損じたら?」


「その時は私が対応します」


「NoXは?」


「同じです」


 アレクシスは少し笑った。


「それでいい」


 二人が顔を見合わせる。


「夫婦になるからといって、戦場で一人分になる必要はない」


 アレクシスは記録板を閉じる。


「二人分の視野、二人分の判断、二人分の武器を持ったまま一つの目的で動け」


 レイブンはその言葉を聞いて、少し考えた。


「二人で一つだけど、一人にはならない」


「そういうことだ」


 エリシアも頷いた。


「覚えておきます」


 その日の午後。


 基地では第一次異界大戦の戦況を更新するための全体説明が行われた。


 巨大な戦域図の前に兵士たちが集まる。


 帝国軍。


 連邦軍。


 その他の抵抗軍参加国。


 所属の違う兵士たちが同じ地図を見る。


 司令官が指示棒を動かした。


「過去七十二時間で、異界軍の行動に変化が確認された」


 室内が静かになる。


「これまでは異界門周辺を中心とした無差別な進撃が多かった。しかし現在、複数戦域で組織的な部隊移動が確認されている」


 地図へ新しい印が付けられる。


「敵は学習している」


 レイブンの表情が変わった。


 隣のエリシアも同じだった。


「さらに、鹵獲資料と偵察情報を照合した結果、我々がこれまで遭遇していた部隊は、異界側の主力ではない可能性が高い」


 ざわめきが起きる。


「静粛に」


 司令官が続ける。


「大型異界軍兵器の出現以降、敵戦力は段階的に増強されている。そして本日未明、新たな情報が入った」


 地図の一点が示された。


 帝国と連邦の旧国境から遠く離れた地域。


「新規異界門が確認された」


 レイブンが目を細める。


「規模は?」


 誰かが聞いた。


「過去最大」


 空気が変わった。


「現在、先遣偵察隊を派遣している。しかし――」


 司令官が一度言葉を止めた。


「門の向こう側から、これまで確認されていない規模の魔力反応を検出している」


 エリシアが小さく息を吐いた。


 レイブンは胸元のドッグタグへ触れた。


 休暇は終わった。


 復帰訓練も終わった。


 そして戦争は、二人が休んでいる間も止まってはいなかった。


 説明会終了後、二人は基地の外へ出た。


 夕暮れが防壁の向こうへ沈み始めている。


「嫌な感じだね」


 エリシアが言った。


「うん」


「過去最大の門」


「しかも敵の主力がまだ出てない可能性」


「行くことになるかな」


 レイブンは答えなかった。


 だが分かっていた。


 偵察。


 索敵。


 味方支援。


 特殊即応部隊が最も必要とされる状況だった。


「エリシア」


「何?」


「一つ決めよう」


「何を?」


「これからの俺たちのルール」


 エリシアが彼を見る。


「婚約したからって、俺を優先しない」


「……」


「俺もエリシアだけを優先しない」


「言いたいことは分かる」


「うん」


「でも、簡単じゃないよ」


「分かってる」


 レイブンは防壁の向こうを見る。


「今日の訓練で思った。エリシアを守ろうとしすぎたら、俺はエリシアの担当方向まで見ようとする」


「そうすると自分の正面が疎かになる」


「うん」


「私も同じ」


「だから信じる」


 レイブンは彼女を見る。


「危ない時は助ける。でも、何でも先回りして庇わない」


 エリシアは少し考えた。


「相手ができることは相手に任せる」


「そう」


「怪我したら?」


「助ける」


「動けなくなったら?」


「連れて帰る」


「撤退命令が出たら?」


「二人で帰る」


「他の仲間が残っていたら?」


 レイブンは一瞬だけ黙った。


 以前の自分なら「全員連れて帰る」と即答していただろう。


 しかし父の言葉が浮かぶ。


 守ることと、自分を使い潰すことは違う。


「できる限り連れて帰る」


「できない時は?」


「……判断する」


 エリシアは頷いた。


「私も一緒に判断する」


「うん」


「一人で全部背負わない」


「それも追加」


「無茶したら?」


「止める」


「誰が?」


「お互い」


「よし」


 二人は手を出した。


 握手する。


 婚約者としてではない。


 戦友として。


 Valkyrie & NoXとして。


 その時、基地内の警報が鳴った。


 二人は同時に手を離す。


 表情が変わる。


 インカムから緊急通信が入った。


『全特殊即応要員へ。第一級出動準備』


 レイブンは即座に通信機へ手を伸ばす。


『こちらNoX。受信』


 エリシアも続く。


『Valkyrie、受信』


『新規異界門方面へ派遣中の先遣偵察隊から救難信号を受信。敵戦力と接触した模様』


 二人は顔を見合わせた。


『詳細は作戦室で伝達する。Valkyrie & NoXは完全装備で集合せよ』


『了解』


 二人の声が重なった。


 数分後。


 武器庫。


 レイブンはSG-44を受け取る。


 弾薬を確認する。


 T-51《REAPER》を背負う。


 帝国軍制式自動拳銃をホルスターへ収める。


 弾倉。


 医療用品。


 通信機。


 ナイフ。


 一つずつ身体へ戻っていく。


 エリシアも隣で装備を整える。


「NoX」


「何?」


「左腕」


「問題なし」


「本当に?」


 レイブンは笑った。


「本当に」


「分かった」


「Valkyrie」


「何?」


「怖い?」


 エリシアは一瞬だけ手を止めた。


「怖い」


「俺も」


「でも行く?」


「行く」


「私も」


 レイブンはSG-44のスリングを調整した。


 胸元でドッグタグが装甲の内側へ収まる。


 その裏側には、エリシアの名前。


 隣にいる彼女の胸元には、自分の名前。


「帰ろう」


 レイブンが言った。


「まだ出発してないよ」


「先に言っておく」


 エリシアは少し笑った。


「じゃあ私も」


 最後の弾倉を装具へ収める。


「帰ろう、レイブン」


「うん」


「二人で」


「二人で」


 武器庫の扉が開く。


 二人は並んで廊下へ出た。


 基地の外では輸送車両が次々と始動していた。


 兵士が走り、整備兵が最終確認を行い、通信員が各部隊へ命令を伝えている。


 休暇中の静かなクロウ家とはまるで違う世界だった。


 だが今のレイブンには、どちらも自分の世界だった。


 帰る場所がある。


 だから戦える。


 隣に帰る相手がいる。


 だから無駄に死ぬことはできない。


 車両の前でアレクシスが待っていた。


「準備は?」


「NoX、完了」


「Valkyrie、完了」


「今回の任務は先遣隊の救出と、新規異界門周辺の情報回収だ」


「敵規模は?」


「不明」


「大型兵器は?」


「不明」


「門の向こうは?」


「もっと分からん」


 アレクシスが二人を見る。


「だからお前たちを連れていく」


 レイブンはSG-44を握り直した。


「了解」


「乗れ」


 二人が車両へ乗り込む。


 扉が閉じる直前、レイブンは空を見る。


 夕日はもう沈みかけていた。


 その先に何が待っているのかは分からない。


 けれど一つだけ決めている。


 NoXだけでは帰らない。


 Valkyrieだけでも帰らない。


 そして互いを守るという名目で、どちらかが自分を捨てることも許さない。


 二人分の目で見る。


 二人分の耳で聞く。


 二人分の武器で戦う。


 二人分の判断で生き残る。


 一人ではないから強いのではない。


 互いを一人の兵士として信じられるから、二人で強くなれる。


 エリシアが隣へ座る。


「NoX」


「何?」


「さっきの題名、覚えてる?」


「題名?」


「私たちのルール」


「ああ」


 レイブンは少し考えた。


「二人で一つ?」


「うん」


「でも一人にはならない」


「そう」


 エリシアが拳を差し出した。


 レイブンも拳を合わせる。


「Valkyrie、準備完了」


「NoX、準備完了」


 車両が動き出す。


 基地の門が開く。


 その向こうには、過去最大規模の異界門と、救援を待つ仲間たちがいる。


 第一次異界大戦は、まだ終わらない。


 むしろ二人にとって本当の戦いは、これから始まろうとしていた。


 それでも胸元の二つの金属板には、すでに帰るべき未来が刻まれている。


 RAVEN S. CROW.


 ELICIA L. VOLHALAM.


 二人はそれぞれ相手の名を胸に抱きながら、夕闇の戦場へ向かった。

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