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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅰ~ FENRIR ― 時代に取り残された黒猫 ― Season 4 #038~Season 4 #066
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Season 4「NoX」 #061

第61話「Valkyrie & NoX」


 療養休暇の最終日が終わり、復帰判定を受ける朝が来た。


 レイブン・S・クロウは軍医の前で左腕を肩より高く上げ、肘を曲げ、指を握っては開き、最後に肩へ抵抗を加えられた状態から腕を押し返した。


「痛みは?」


「ありません」


「違和感は?」


「少し張る程度です」


「痺れは?」


「なし」


 軍医は記録へ書き込みながら、もう一度傷痕を確認した。


 魔力弾によって負った傷は完全に消えたわけではないものの、戦闘動作を妨げるほどではない。


「射撃姿勢を取ってください」


 レイブンは診察室に用意された訓練用の模擬銃を受け取った。


 左手を前方へ添える。


 右肩へ銃床を当てる。


 頬を落とし、照準器の向こうを見る。


 左腕へ重量がかかる。


 痛みはない。


「そのまま」


「はい」


 三十秒。


 さらに三十秒。


 軍医が腕の震えを確認する。


「下ろしてください」


 レイブンは銃口を下げた。


「問題ありません」


「ということは?」


 軍医が書類へ署名した。


「本日付で戦闘任務への復帰を許可します」


 レイブンの表情が明るくなった。


「ありがとうございます」


「ただし」


「……はい」


「最初の数日は左腕の状態を必ず確認してください。痛みが戻った場合は即座に申告すること」


「了解しました」


「隠さないこと」


「了解しました」


「本当に?」


 レイブンは少し黙った。


「……努力します」


「レイブン」


 背後から声がした。


 振り返らなくても誰なのか分かる。


「隠しません」


 エリシア・L・ヴォルハラムは満足そうに頷いた。


「よろしい」


 軍医は二人を見比べた。


「随分しっかりした監督役ですね」


「婚約者なので」


 エリシアは平然と言った。


 レイブンだけが一瞬固まる。


「エリシア」


「何?」


「そういうの普通に言えるようになったんだ」


「昨日から練習した」


「何の練習だよ」


 軍医が笑った。


「それなら私は安心して復帰許可を出せそうですね」


「俺の信用は?」


「療養中に何度訓練しようとしました?」


「……」


「では、お大事に」


「はい」


 完全に負けた。


 軍医療施設を出ると、ヴォルターが待っていた。


 今日は技術士官の制服ではない。


 父として二人を見送るために来ていた。


「どうだった」


「復帰許可」


 レイブンが書類を見せる。


「そうか」


「今日から戻れる」


「だからといって初日から無茶するな」


「分かってる」


「本当に?」


「父さんまで言う?」


「お前だから言っている」


 エリシアが隣で頷く。


「私が見ています」


「頼む」


「ちょっと待って。何で俺の監視権限が父さんからエリシアへ正式移譲されてるの?」


「婚約したんだろ」


「そうだけど」


「なら慣れろ」


「夫婦ってそういうものなの?」


「少なくともクロウ家ではそうだ」


「母さん基準じゃないか……」


 ヴォルターは笑った。


 そのあと表情を少しだけ改める。


「レイブン」


「何?」


「タグ」


 レイブンは胸元へ手を入れた。


 二枚のドッグタグを取り出す。


 裏面。


 ELICIA L. VOLHALAM


 文字はそのままだった。


 エリシアも自分のタグを見せる。


 RAVEN S. CROW


「忘れるな」


 ヴォルターは二人を見た。


「それは死んだ時に相手へ届けるために刻んだ名前じゃない」


「分かってる」


「生きて持って帰るための名前だ」


 エリシアがタグを握る。


「はい」


「第一次異界大戦がいつ終わるかは分からん。帝国も連邦も、今は抵抗軍という一つの陣営で戦っているとはいえ、昨日まで敵同士だった事実まで消えたわけじゃない」


 レイブンは黙って聞く。


「だから、これからお前たちは面倒な立場になる」


「帝国兵と連邦兵だから?」


「ああ」


 ヴォルターはエリシアを見る。


「お前は連邦軍人だ」


「はい」


 次に息子を見る。


「お前は帝国軍人だ」


「うん」


「だが戦場では?」


 レイブンとエリシアは一瞬だけ互いを見る。


 答えは同じだった。


「抵抗軍」


「なら、それを忘れるな」


 ヴォルターはレイブンの肩へ手を置いた。


「行ってこい」


「父さん」


「何だ」


「今度は怪我しないようにするよ」


「違う」


「え?」


「怪我をしないことを約束するな。戦場でそんな約束は守れん」


 父の手に少し力が入る。


「帰ってくることを約束しろ」


 レイブンは笑った。


「……うん」


 今度は迷わなかった。


「行ってきます」


 エリシアも一歩前へ出る。


「行ってきます、ヴォルターさん」


「ああ」


 ヴォルターは二人を見送った。


「行ってこい。二人とも」


 数時間後。


 抵抗軍統合基地の正門前へ、一台の輸送車両が到着した。


 門の向こうには帝国軍旗だけが掲げられているわけではない。


 連邦共和国の旗だけでもない。


 複数国家が異界軍への対抗を目的として結成した抵抗軍、その統合旗が中央に掲げられている。


 車両の扉が開いた。


 最初に降りたのはレイブンだった。


 帝国軍由来の戦闘服を基礎にしながらも、現在は抵抗軍仕様へ変更された隊服を身につけている。


 左腕の動きを確認する。


 問題ない。


 腰には帝国軍制式自動拳銃。


 装備一式も戻っている。


 ただしSG-44とT-51《REAPER》は基地の武器庫に保管されているため、まだ手元にはない。


 続いてエリシアが降りた。


 彼女も連邦軍本来の制服ではなく、抵抗軍共通規格の隊服を着ている。


 それでも装備配置には連邦軍人だった頃の癖が残っていた。


「戻ってきたね」


「ああ」


 レイブンは基地を見る。


 たった数日。


 それなのに妙に懐かしい。


「不思議だな」


「何が?」


「休暇初日は家に帰った感じがした」


「うん」


「今はこっちに帰ってきた感じもする」


 エリシアは少し笑った。


「帰る場所が二つになった?」


「もっとあるかも」


「部隊も?」


「もちろん」


 二人が歩き出した。


 最初に気づいたのは、整備班の兵士だった。


「……おい」


 工具を持ったまま動きを止める。


「戻ってきたぞ」


 近くにいた兵士が振り返る。


 そして声を上げた。


「NoX!」


 レイブンが片手を上げる。


「ただいま」


「本当に戻ってきやがった!」


「復帰許可出たからね」


「腕は!?」


「治った」


「本当に?」


「何で全員同じこと聞くんだよ」


 そこへ別の声が飛ぶ。


「普段の行いでしょう」


 エミリアだった。


 かつて訓練兵として同期だった女性は、今では戦闘技術士官としてこの基地にいる。


「エミリア」


「おかえり、NoX」


「ただいま」


 エミリアはエリシアを見る。


「Valkyrieも」


「ただいま戻りました」


「介抱任務は?」


 エリシアは一瞬だけレイブンを見る。


「完了しました」


「評価は?」


「要監視です」


「酷い」


「妥当ね」


「エミリアまで!?」


 周囲から笑いが起きた。


 それだけでレイブンは、自分が部隊へ帰ってきたことを実感した。


 だがエミリアの視線が、ふと二人の胸元へ向いた。


「……待って」


「何?」


「そのドッグタグ」


 レイブンとエリシアが同時に自分のタグを見る。


「何か変?」


「裏」


 二人は止まった。


「何で知ってるの?」


「さっきValkyrieのが裏返った」


「あ」


 エリシアがタグを見る。


 確かに、


 RAVEN S. CROW


 が見えている。


 エミリアの目が細くなった。


「説明してもらえる?」


「えっと」


 レイブンが頭を掻く。


「休暇中にちょっと」


「ちょっと?」


「婚約した」


 沈黙。


 整備班の工具が一つ、床へ落ちた。


「……は?」


「婚約」


「誰と」


「エリシア」


「見れば分かるわよ!」


 エミリアの声が整備区画へ響いた。


「何で療養休暇に出た兵士が婚約して帰ってくるのよ!」


「俺に言われても」


「あなたが告白したんでしょう!?」


「そうだけど」


「Valkyrie!」


「はい」


「受けたの!?」


「はい」


「即答!?」


「だって好きなので」


 今度はレイブンが固まった。


「エリシア」


「何?」


「それ俺にはまだ直接言ってなくない?」


 エリシアも固まった。


「……あ」


「今初めて聞いた」


「忘れて」


「無理」


「忘れて」


「絶対忘れない」


 エリシアの顔が赤くなる。


 周囲にいた兵士たちが一斉に笑った。


 騒ぎを聞きつけ、特殊即応部隊の仲間たちも集まってきた。


「何の騒ぎだ?」


 低い声とともに現れたのは、分隊長のアレクシス・ハルトマンだった。


 コールサインは〔猟犬(ハウンド)〕。


 その後ろから、通信担当のニコラス・フェルナー〔梟(オウル)〕、突入担当のダリオ・クレイン〔破城槌(ラム)〕、衛生担当のマティアス・ベルク〔衛生兵(パッチ)〕も姿を見せる。


「NoX!」


 ダリオが笑った。


「生きてたか!」


「勝手に殺すな」


「腕見せろ」


「もう治ってるって」


「本当か?」


「お前もそれ聞くの?」


 マティアスが左腕を確認する。


「軍医の復帰許可は?」


「これ」


 書類を渡す。


「正式だな」


「だから戻ってきたんだよ」


「よし」


 アレクシスが二人を見る。


「Valkyrie。護衛任務ご苦労だった」


「ありがとうございます」


「で」


 視線がドッグタグへ落ちる。


「さっき婚約とか聞こえたんだが」


 レイブンは天を仰いだ。


「もう基地中に広がる気がする」


「事実なのか?」


「……事実です」


「いつ」


「休暇中」


「誰から」


「俺から」


「返事は」


「受けました」


 エリシアが答える。


 アレクシスは数秒黙った。


 やがて笑った。


「なら、まず言うべきことは一つだな」


 二人を見る。


「おめでとう」


 レイブンとエリシアは同時に少し驚いた。


「ありがとうございます」


「ありがとう」


「ただし」


 アレクシスの声が隊長のものへ戻る。


「戦場で夫婦だから特別扱いされると思うな」


「もちろん」


「むしろ逆だ。互いを守ろうとして命令を無視すれば、俺が二人まとめて殴る」


「了解」


「了解しました」


「そしてもう一つ」


 アレクシスは二人のドッグタグを見る。


「互いの名前を刻んだなら、二人とも生きて持って帰れ」


 レイブンは一瞬、父の言葉を思い出した。


 同じことを言われた。


「了解」


 エリシアも頷く。


「必ず」


 武器庫へ向かう。


 扉が開く。


 レイブンは足を止めた。


 見慣れた銃がそこにあった。


 SG-44。


 銃床には筆記体で刻まれた名。


 Crow Raven


 訓練兵だった頃、父から渡された銃。


 その隣。


 長い銃身とブルパップ構造を持つ対物狙撃銃。


 T-51《REAPER》。


「久しぶり」


 エリシアが言う。


「数日だけだけどね」


 レイブンは最初にSG-44を受け取った。


 重量が腕へ戻る。


 左手で前方を支える。


 痛みはない。


 銃床を肩へ当てる。


 身体が覚えている。


「……大丈夫」


 次にT-51を受け取る。


 父ヴォルターが開発に関わり、自分へ直接託した銃。


 こちらも問題ない。


 レイブンは装備点検を始めた。


 弾倉。


 照準器。


 作動部。


 銃身。


 スリング。


 一つずつ確認する。


 エリシアも隣で自分の装備を受領していた。


 互いに話さない。


 必要がない。


 何度も一緒に戦ったことで、相手が何を確認しているのか大体分かるようになっていた。


 レイブンがSG-44の点検を終える頃、エリシアも自分の主武装を確認し終えた。


「NoX」


 呼ばれる。


 レイブンが顔を上げる。


 エリシアはもうValkyrieの表情になっていた。


「装備確認」


「SG-44、異常なし。T-51、異常なし。副武装、異常なし」


「負傷部位」


「左腕、異常なし」


「本当に?」


「本当」


「了解」


 レイブンも聞き返す。


「Valkyrie、装備」


「主武装、副武装ともに異常なし。通信機器正常。医療キット携行」


「身体状態」


「問題なし」


「ドッグタグ」


 エリシアが一瞬だけ笑った。


「携行」


「裏面は?」


「Raven S. Crow」


「よし」


「NoXは?」


 レイブンもタグへ触れる。


「Elicia L. Volhalam」


「紛失禁止」


「そっちも」


「了解」


 それだけだった。


 だが二人には十分だった。


 午後。


 二人は作戦司令室へ呼ばれた。


 そこには帝国軍と連邦軍、そして抵抗軍へ参加した複数国家の士官が集まっていた。


 机上には広大な戦域図が広げられている。


 第一次異界大戦は終わっていない。


 むしろ戦線は拡大していた。


 世界各地に出現した異界門から侵攻軍が流入し、帝国と連邦共和国が一時停戦しただけでは到底抑えられない規模になりつつある。


「復帰したか、NoX」


 帝国側士官が言う。


「本日付で」


「Valkyrieも護衛任務終了だな」


「はい」


 連邦側士官が書類を確認する。


「なら、それぞれ元所属部隊へ――」


「待ってください」


 アレクシスが止めた。


 帝国士官が顔を上げる。


「何だ」


「二人の運用について提案があります」


「言ってみろ」


 アレクシスは戦域図の上へ二枚の駒を置いた。


 一つは帝国軍を示す色。


 一つは連邦軍を示す色。


 そして二枚を並べた。


「これまでNoXとValkyrieは共同作戦時に極めて高い連携能力を示しています」


「把握している」


「なら今後、必要に応じて二人をツーマンセルとして正式運用したい」


 連邦側士官がエリシアを見る。


「Valkyrieは連邦所属だぞ」


「NoXは帝国所属です」


「分かっている」


「だからこそです」


 アレクシスは抵抗軍の旗を見る。


「今の敵は帝国でも連邦でもありません」


 室内が静かになる。


「二人を引き離して国籍ごとに運用するより、抵抗軍直属の混成分隊として扱った方が合理的です」


 帝国側士官がレイブンを見る。


「NoX。お前はどうだ」


 レイブンは隣を見る。


 エリシアもこちらを見た。


 言葉は必要なかった。


「異存ありません」


「Valkyrie」


「私もありません」


 しばらく士官同士で協議が続いた。


 やがて決定が下された。


「正式な所属変更ではない」


 司令官が言った。


「NoXは帝国軍籍、Valkyrieは連邦軍籍を維持する。ただし抵抗軍共同作戦下では、両名を一つの独立戦闘単位として運用することを認める」


「了解」


「了解しました」


「識別名称が必要だな」


 誰かが言った。


 レイブンは少し考えた。


 しかしエリシアが先に答えた。


「Valkyrie & NoX」


 レイブンが彼女を見る。


「そのまま?」


「分かりやすいでしょう?」


「まあ……確かに」


 司令官が確認する。


「異議は?」


「ありません」


「では暫定識別名称をValkyrie & NoXとする」


 書類へ記録される。


 たった一行。


 それだけだった。


 しかしその瞬間、帝国兵と連邦兵だった二人は、抵抗軍の中で一つの戦闘単位として扱われることになった。


 司令室を出たあと、レイブンは廊下で笑った。


「Valkyrie & NoXって」


「嫌だった?」


「いや」


 SG-44のスリングを直す。


「好きだよ」


「ならよかった」


「でも順番、Valkyrieが先なんだ」


「私が提案したから」


「NoX & Valkyrieじゃ駄目?」


「駄目」


「何で?」


「響き」


「それだけ?」


「それだけ」


「強いなあ」


「婚約者なので」


「またそれ使う」


 二人は並んで歩いた。


 基地の通路には帝国軍人がいた。


 連邦軍人もいた。


 別の国家から派遣された兵士もいる。


 以前なら互いに銃口を向けていた者たちが、今は同じ方向へ歩いている。


 その中を二人も進む。


 レイブン・S・クロウ。


 帝国軍人。


 〔無名(ノックス)〕。


 エリシア・L・ヴォルハラム。


 連邦軍人。


 〔戦乙女(ヴァルキリー)〕。


 軍籍は違う。


 国籍も違う。


 育った場所も違えば、背負ってきたものも違う。


 それでも戦場では互いの背中を守る。


 そして戦場を離れれば、いつか夫婦になる。


「エリシア」


「何?」


「昨日まではさ」


「うん」


「俺たち、婚約者になったんだなって思ってた」


「今は?」


 レイブンは少し考える。


「夫婦になるために帰ってきた感じがする」


 エリシアは笑った。


「まだ夫婦じゃないよ」


「分かってる」


「戦争が終わってから」


「うん」


「二人で生きて帰ってから」


「分かってるよ」


「ならいい」


 歩きながら二人のドッグタグが揺れる。


 軍服の内側。


 装甲の下。


 互いの名前が刻まれている。


「でも」


 エリシアが続けた。


「戦場ではもう一つでいいと思う」


「一つ?」


「帝国軍とか連邦軍とかじゃなくて」


 少しだけ間を置く。


「Valkyrie & NoX」


 レイブンは笑った。


「二人だけの分隊?」


「そう」


「悪くない」


「でしょう?」


「じゃあ分隊長は?」


「私」


「即答!?」


「療養中のあなたを管理してた実績があります」


「それ関係ある?」


「あります」


「ないだろ」


 二人の笑い声が通路へ残った。


 その夜。


 復帰初日の任務はなかった。


 翌朝から訓練と作戦待機へ戻る。


 レイブンは営舎で装備を整理していた。


 SG-44の弾倉を確認し、T-51の照準器を点検する。


 帝国軍制式自動拳銃も分解整備を終えた。


 最後にドッグタグを取り出す。


 裏返す。


 ELICIA L. VOLHALAM


 扉が叩かれた。


「NoX」


「どうぞ」


 入ってきたのはエリシアだった。


「まだ整備してたの?」


「終わったところ」


「左腕は?」


「問題なし」


「痛み」


「なし」


「疲労」


「少し」


「なら寝る」


「了解、分隊長」


「誰が分隊長よ」


「昼間自分で言ったじゃん」


「冗談」


「じゃあ俺?」


「それも嫌」


「何でだよ」


「二人しかいないのに分隊長いらないでしょう?」


「それもそうか」


 エリシアが隣へ座った。


 二人のドッグタグを並べる。


「明日からだね」


「うん」


「また戦場」


「うん」


「怖い?」


 レイブンは少し考えた。


「怖いよ」


 以前なら格好をつけたかもしれない。


 今はそうしなかった。


「エリシアは?」


「私も」


「じゃあ同じだ」


「うん」


 レイブンは彼女の手を握った。


「怖くても帰ろう」


「二人で?」


「二人で」


「怪我しても?」


「連れて帰る」


「動けなくなっても?」


「担いで帰る」


「レイブンが動けなくなったら?」


「エリシアが担いで」


「重い」


「そこは頑張って」


「努力します」


 二人で笑う。


 やがてエリシアが立ち上がった。


「おやすみ、NoX」


「おやすみ、Valkyrie」


 扉へ向かう。


 その途中でエリシアが振り返った。


「レイブン」


「何?」


「おかえり」


 一瞬、意味が分からなかった。


 だがすぐに理解した。


 基地へ。


 戦場へ。


 自分の隣へ。


 帰ってきたことへの言葉だった。


 レイブンは笑った。


「ただいま」


 少し間を置く。


「エリシアも、おかえり」


「ただいま」


 扉が閉じた。


 翌朝。


 抵抗軍統合基地の訓練区画へ、二人の兵士が並んで歩いていた。


 一人の背にはT-51《REAPER》。


 手にはSG-44。


 もう一人も、自らの武器を携えている。


 通信機の電源を入れる。


『通信確認。Valkyrie』


 エリシアが応答する。


『良好。NoXは?』


『良好』


『身体状態』


『問題なし』


『任務準備』


『完了』


 一瞬だけ互いを見る。


 レイブンの胸元にはエリシアの名。


 エリシアの胸元にはレイブンの名。


『NoX』


『何?』


『行こう』


 レイブンはSG-44のスリングを肩へ馴染ませた。


『了解、Valkyrie』


 二人は同時に歩き出す。


 帝国軍でもない。


 連邦軍でもない。


 もちろん、二人が祖国を捨てたわけではなかった。


 レイブンは帝国軍籍を持ち、エリシアは連邦軍籍を持つ。


 けれど少なくとも、二人が同じ戦場へ立つその瞬間だけは、国境より先に互いを見る。


 一人が撃てば、一人が守る。


 一人が装填すれば、一人が周囲を見る。


 一人が負傷すれば、一人が連れて帰る。


 一人では完成しない。


 だからこそ二人で一つだった。


 Valkyrie & NoX。


 それは抵抗軍の書類上では、たった二名からなる小さな混成戦闘単位にすぎない。


 けれど二人にとっては違った。


 戦争を終わらせるまで互いを生かし続けるための分隊であり、戦争が終わったその日から本当の夫婦になるための約束でもあった。


 そして後の時代、第一次異界大戦、第ニ次異界大戦、その先に待つ異界での長い戦い、帰還後の第三次異界大戦、さらに第四次異界大戦を越えてなお二人が並び続けることを、この時はまだ誰も知らない。


 不老不死となり、軍服の形が変わり、武器が変わり、部下が世代を重ね、やがてレイブン自身が父ヴォルターと同じ教官という立場へ辿り着いても、この二人の最小単位だけは変わらない。


 Valkyrieがいる。


 NoXがいる。


 片方が帰れば終わりではない。


 二人揃って初めて帰還となる。


 その長すぎる約束の最初の一歩を、まだ若い二人は同じ基地の床へ刻んでいった。

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