Season 4「NoX」 #060
第60話「あなたを待つ名前」
エリシア・L・ヴォルハラムが目を覚ました時、最初に触れたものは枕元の銃ではなかった。
指先に冷たい金属が触れる。
昨夜から何度確かめたのか、自分でも分からない。
首から下げたドッグタグを持ち上げ、裏返す。
そこには昨日まで存在しなかった文字が刻まれていた。
RAVEN S. CROW
「……本当にある」
誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
夢ではない。
昨日、丘の上でレイブン・S・クロウから婚約を申し込まれた。
第一次異界大戦が終わったら結婚する。
二人で生きて帰って、その先を一緒に生きる。
自分はそれを受け入れた。
嬉しかった。
今でも嬉しい。
けれど喜びだけではなかった。
胸の奥には、これまでとは違う恐怖も生まれていた。
エリシアはタグを胸元へ戻した。
「……婚約者、か」
言葉にすると、頬が熱くなる。
昨日までレイブンは戦友だった。
背中を預けられる仲間であり、無茶をすれば腹が立ち、負傷すれば心配になり、帰還すれば安心する男だった。
それが今日からは違う。
いや、本当はもっと前から違っていたのだろう。
ただ二人とも、それに名前を与えていなかっただけだった。
扉の向こうで物音がした。
エリシアは顔を上げる。
レイブンの部屋の方だった。
「……まさか」
嫌な予感がして客室を出た。
扉を二度叩く。
「レイブン?」
「起きてる」
「入るよ」
「どうぞ」
扉を開けた瞬間、予感が的中した。
レイブンは左腕を伸ばしながら、軽い屈伸運動をしていた。
「何してるの?」
「身体の確認」
「昨日もやってたよね?」
「今日は軽い運動が許可されてる」
「だからって起きてすぐやる?」
「復帰判定が明日だから」
レイブンは肩を回す。
「かなり戻ってる」
「痛みは?」
「ほとんどない」
「『ほとんど』ってことは少しあるんでしょう?」
「本当に少しだけ」
エリシアは近づいた。
「見せて」
「え?」
「腕」
「大丈夫だって」
「見せて」
「はい」
素直に左腕を差し出す。
エリシアは包帯の状態を確認した。
腫れはほとんど引いている。
指先にも異常はない。
「握って」
レイブンが左手を握る。
「開いて」
開く。
「もう一回」
「軍医みたいだな」
「いいから」
何度か確認する。
問題はなさそうだった。
それでもエリシアは安心できなかった。
昨日までなら、介抱を命じられているから確認していると言えた。
今日は違う。
命令だからではない。
この腕がもう一度傷つくところを想像したくなかった。
この手が冷たくなってしまう可能性を考えたくなかった。
「エリシア?」
「何?」
「もういい?」
気づけば、まだレイブンの左手を握っていた。
「あ……」
慌てて離そうとする。
しかし今度はレイブンが握り返した。
「レイブン?」
「昨日までなら介助だと思ってたけど」
少し笑う。
「今日からは違うの?」
エリシアは顔が熱くなるのを感じた。
「……半分は介助」
「残り半分は?」
「心配」
「そっか」
「何で嬉しそうなの?」
「婚約者に心配されてるから」
「その言葉、わざと言ってるでしょう」
「ちょっとだけ」
「レイブン」
「ごめん」
そう言いながら、まったく反省している顔ではなかった。
エリシアは呆れながらも、手を振りほどかなかった。
朝食の席へ向かうと、すでにヴォルターとセレナ、ルナが揃っていた。
「おはよう、兄様!」
「おはよう」
「おはようございます、エリシアお姉様!」
「おはよう、ルナ」
エリシアが座ろうとすると、ルナがじっとこちらを見ていた。
「何?」
「今日もついてる」
ルナが指差したのは髪飾りだった。
「気に入ったから」
「本当?」
「うん」
ルナが嬉しそうに笑う。
そして今度はエリシアの首元を見る。
「こっちも昨日と違う?」
「ドッグタグ?」
「うん」
エリシアは少し迷ったあと、裏面を見せた。
「読める?」
ルナが文字を追う。
「R……A……」
やがて目を丸くした。
「兄様!」
「そう」
「兄様の名前!」
「昨日、お父さんに彫ってもらったの」
「どうして?」
エリシアはレイブンを見る。
彼も自分のドッグタグを裏返した。
「俺のにはエリシアの名前」
「お揃い?」
「少し違うけど、そんな感じかな」
「いいなあ」
ルナが自分の首を見る。
「私も欲しい」
「これは軍人用だからな」
「じゃあ軍人になる!」
レイブンの表情が固まった。
「それは駄目」
「どうして?」
「危ないから」
「兄様も軍人なのに?」
「俺はいいんだ」
「ずるい!」
「ずるくても駄目」
ヴォルターが珈琲を飲みながら口を挟む。
「昔の俺と同じこと言ってるぞ」
「え?」
「お前が志願すると言った時、俺も似たようなことを考えた」
レイブンは黙った。
「……そうだったの?」
「当然だ」
「でも最終的には許したじゃん」
「お前が自分で理由を見つけたからな」
レイブンはルナを見る。
まだ九歳。
軍人になるかどうかなど、ずっと先の話だ。
「……ルナ」
「何?」
「今は学校行って、いっぱい勉強して、いっぱい遊べ」
「それから?」
「大きくなって、それでもなりたかったら、その時に話そう」
「分かった!」
ルナはすぐ笑顔に戻った。
エリシアはそのやり取りを見ながら、ふと考えた。
この家族の中で、レイブンは兄なのだ。
NoXでもなければ特殊即応部隊員でもない。
妹の将来を心配する、ごく普通の兄だった。
そして自分は昨日、この家族の未来へ加わる約束をした。
その事実が、遅れて胸へ染み込んできた。
朝食後、セレナがレイブンを呼び止めた。
「包帯、今日取り替えるでしょう?」
「自分でやるよ」
「左腕でしょう?」
「もう動くって」
エリシアが立ち上がった。
「私がやります」
「エリシア?」
「介抱担当だから」
「まだその名目使うの?」
「休暇中は有効です」
セレナは微笑んだ。
「じゃあお願いしようかしら」
「母さんまで」
「あなた、自分でやると絶対きつく巻くでしょう?」
「……何で分かるの?」
「母親を何年やってると思ってるの」
昨日ヴォルターから聞いたのと似た言葉だった。
「父さんも同じこと言ってたな……」
「夫婦だから」
反論できなかった。
居間の椅子へ座り、レイブンが袖を捲る。
エリシアは古い包帯をゆっくり外した。
傷口が現れる。
魔力弾が掠めた痕はまだ赤い。
エリシアの指が一瞬止まった。
「痛い?」
「今は大丈夫」
「ここは?」
傷の周囲へ軽く触れる。
「少し」
「じゃあ触らない」
消毒を済ませ、新しい包帯を巻いていく。
レイブンは大人しくしていた。
「珍しい」
「何が?」
「抵抗しない」
「昨日まで散々怒られたから学習した」
「本当に?」
「それに」
「何?」
「エリシアにやってもらうなら悪くない」
彼女の手が止まる。
「……またそういうこと言う」
「何が?」
「婚約した途端に」
「嫌?」
エリシアは答えなかった。
代わりに少しだけ包帯を強く引いた。
「痛っ」
「ごめん」
「わざと?」
「違います」
「今、敬語になった」
「気のせい」
「絶対わざとだろ」
エリシアは笑いながら巻き直した。
けれど、その手つきはすぐに慎重なものへ戻る。
傷を見るたびに、戦場での光景が蘇る。
レイブンが負傷した瞬間。
左腕が満足に動かなくなってもSG-44を手放さず、身体の状態によって再装填が遅延する非常状態の中で非常装填へ移り、それでも仲間の撤退を援護し続けた姿。
あの時は怒った。
無茶をするなと思った。
だが今、同じ記憶を思い返すと、そこへ別の恐怖が混ざる。
あの時、この人を失っていたら。
昨日の告白はなかった。
ドッグタグに名前が刻まれることもなかった。
戦争が終わったら結婚しようという約束も存在しなかった。
「……レイブン」
「ん?」
「次は」
包帯を留める。
「次に怪我したら、もっと怒るから」
「何で?」
「何でって……」
言葉に詰まる。
レイブンが首を傾げる。
「昨日までだって怒ってただろ?」
「昨日までとは違うの」
「どう違う?」
「分からない?」
レイブンは少し考えた。
そして胸元のドッグタグへ触れる。
「ああ」
「分かった?」
「婚約者だから?」
「……そう」
エリシアは小さく答えた。
「戦友が怪我するのも嫌だった。でも今は……」
自分のドッグタグを握る。
「もっと嫌」
レイブンは黙って聞いた。
「昨日までは、一緒に帰ろうって約束だった。でも今は、その先まで約束しちゃったから」
「結婚?」
「うん」
「しちゃった、って後悔してるみたいだな」
「してない」
即答だった。
「全然してない」
エリシアはレイブンを見る。
「むしろ嬉しい」
「……うん」
「だから怖くなった」
レイブンの表情が変わった。
「怖い?」
「失うのが」
エリシアは初めて、その感情を口にした。
「父を失った。兄も失った。それから、もう誰かがいなくなることに慣れなきゃいけないと思ってた」
レイブンは何も言わない。
「軍に入ったら、もっとそうだった。昨日話していた人が次の日にはいなくなる。名前を覚えた人が帰ってこない。それが戦争なんだって」
エリシアの指先がレイブンの新しい包帯に触れる。
「でも、レイブンだけは慣れたくない」
声が少し震えた。
「レイブンが帰ってこないことだけは、戦争だからって受け入れたくない」
レイブンは右手を伸ばした。
彼女の手を包む。
「俺も同じだよ」
「……本当に?」
「エリシアが帰ってこないのは嫌だ」
「うん」
「だから昨日言った」
胸元のタグを持ち上げる。
裏面の名前を見せる。
ELICIA L. VOLHALAM
「これを遺品にしない」
エリシアも自分のタグを握った。
「私も」
「二人とも生きて持って帰る」
「うん」
「それで正式な指輪を買う」
エリシアが少し笑った。
「忘れてなかった」
「昨日の今日で忘れないよ」
「十年経っても?」
「戦争が十年続くのは嫌だな」
「例えばの話」
「忘れない」
「二十年」
「忘れない」
「五十年」
「そこまで生きてたら一緒に買いに行こう」
「約束ね」
「約束」
二人はまだ知らなかった。
その「五十年」という時間さえ、やがて二人にとって人生のほんの一部分に過ぎなくなることを。
この時の二人は、自分たちの身体に眠る変質が、やがて老いと死という人間に与えられた当然の終着点さえ遠ざけていくことを知らない。
今はただ、一つの戦争を生き延び、その先で結婚することだけが未来だった。
昼前、レイブンは庭で軽い運動を始めた。
軍医から許可された範囲に限り、ゆっくり歩いて身体を温めてから、関節の可動域を確認する。
エリシアは少し離れた場所で見ていた。
「監視されてる気分」
「監視してるから」
「護衛じゃなかった?」
「介抱兼護衛兼監視」
「増えた」
「婚約者権限」
「そんな権限あるの?」
「今作った」
「横暴だなあ」
レイブンは笑いながら腕を伸ばした。
左肩に僅かな張りがある。
顔には出さなかった。
「痛い?」
「……何で分かった?」
「顔」
「出てた?」
「少し」
「前より分かるようになったな」
「婚約者なので」
「便利な言葉になってない?」
「いいから休憩」
「まだ十分だよ」
「休憩」
「はい」
素直に縁側へ座る。
エリシアが水を渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
一口飲む。
「エリシア」
「何?」
「俺、今思った」
「何を?」
「父さんと母さんが夫婦なの、ちょっと分かる気がする」
「どういうこと?」
「父さん、母さんに全然勝てないだろ」
「……私がセレナさん側ってこと?」
「たぶん」
「じゃあレイブンがヴォルターさん?」
「それは嫌だな」
「どうして?」
「将来俺も勝てなくなる」
「もう勝ててないでしょう?」
レイブンは黙った。
「……確かに」
二人で笑った。
午後になると、ルナが学校から帰ってきた。
「兄様!」
「おかえり」
「エリシアお姉様!」
「おかえり」
ルナは鞄を置くなり二人の間へ入った。
「今日は何する?」
「兄様は療養」
エリシアが答える。
「もうかなり治ったよ」
「療養」
「はい」
ルナが笑う。
「エリシアお姉様、お母様みたい」
「やっぱり?」
「兄様、怒られてる」
「ルナまで……」
「兄様が無茶するから!」
「俺の味方いないの?」
「私が味方!」
「おお」
「でもエリシアお姉様の言うこと聞いて!」
「結局そっちか」
ルナは嬉しそうに兄の右腕へ抱きついた。
エリシアはその姿を見ながら笑った。
そして昨日の言葉を思い出す。
家族になる。
ルナは簡単にそう言った。
けれどエリシアにとって、その言葉は重かった。
父を失い、兄を失い、母を守るために軍へ入り、自分自身が家族を支える側になった。
その自分に、新しい家族ができようとしている。
レイブン。
ヴォルター。
セレナ。
ルナ。
まだ正式にクロウ家の一員になったわけではない。
それでも、この家を出て戦場へ戻ることを考えると、胸の中に寂しさが生まれるようになっていた。
夕食後。
レイブンは珍しく早めに眠気を訴えた。
「疲れた?」
エリシアが聞く。
「少し」
「運動したからだよ」
「大したことしてないけどな」
「身体はまだ回復途中なんだから」
「そうだな」
自室へ戻ろうとして立ち上がったところで、レイブンが僅かにふらついた。
「レイブン」
エリシアがすぐ腕を支える。
「大丈夫」
「本当に?」
「立つのが早かっただけ」
額へ手を当てる。
「熱は?」
「ないよ」
「座って」
「大丈夫だって」
「座る」
「はい……」
レイブンが再び椅子へ腰を下ろした。
セレナが少し離れた場所から二人を見る。
「エリシアさん」
「はい」
「今夜だけ、少し様子を見てあげてくれる?」
「もちろんです」
「母さん、大げさだって」
「あなたは黙ってなさい」
「はい」
完全に包囲されていた。
自室へ戻ったレイブンは寝台へ横になった。
エリシアは椅子を持ってきて隣へ座る。
「本当にいるの?」
「少しだけ」
「寝るだけだよ」
「寝たら戻る」
「分かった」
部屋が静かになる。
レイブンは天井を見る。
「エリシア」
「何?」
「明日で休暇終わりだな」
「うん」
「早かった」
「最初は長いって言ってたのに」
「今はもう少しあってもいいと思ってる」
「私も」
「また来よう」
「この家に?」
「うん」
「婚約者として?」
レイブンは少し笑った。
「次は最初からそうだな」
「変な感じ」
「嫌?」
「嬉しい」
「そっか」
「うん」
少しずつレイブンの声が眠そうになっていく。
「エリシア」
「何?」
「先に寝たらごめん」
「寝るために横になってるんでしょう?」
「そうだった」
目を閉じる。
「おやすみ」
「おやすみ、レイブン」
数分後には呼吸が規則正しくなった。
エリシアは椅子に座ったまま、その寝顔を見ていた。
戦場では見ることのない顔だった。
NoXは眠っていない。
ここにいるのはレイブンだった。
エリシアはそっと立ち上がり、ずれていた掛け布を直す。
「……本当に無茶ばっかり」
返事はない。
眠っている。
彼女は胸元からドッグタグを出した。
裏返す。
RAVEN S. CROW
刻まれた文字を指でなぞった。
「婚約者……」
まだ慣れない。
少し恥ずかしい。
けれど何度言っても嫌ではなかった。
むしろ嬉しかった。
「絶対、帰ってきてね」
眠っているレイブンへ小さく言った。
「私も帰るから」
それは介抱役としての言葉ではなかった。
ValkyrieからNoXへ向けた命令でもない。
一人の女性から、未来の夫へ向けた願いだった。
エリシアはもう一度掛け布を整え、額へ触れる。
熱はない。
呼吸も安定している。
問題ない。
「よし」
椅子へ戻ろうとした時だった。
眠っているはずのレイブンの右手が動いた。
エリシアの手首を軽く掴む。
「……エリシア」
「起きてたの?」
目は閉じたままだった。
「行くの?」
「まだいるよ」
「そっか」
手の力が緩む。
しかし完全には離れなかった。
「……戦場でも」
「何?」
「離れるなよ」
寝ぼけているらしい。
エリシアは少し笑った。
「それは状況次第」
「冷たい……」
「冗談」
彼の手を握り直す。
「離れない」
「うん……」
「だから寝て」
「……了解」
再び呼吸が静かになる。
エリシアはその手をすぐには離さなかった。
昨日までなら、負傷兵の不安を落ち着かせるためだと言えただろう。
今は違う。
自分が離したくなかった。
戦争が終わったら、この手に指輪をつける。
その未来を初めて具体的に想像した。
父も兄も見ることのできなかった、自分の結婚。
母へ報告した時、どんな顔をするだろう。
ルナはきっと喜ぶ。
セレナも笑うだろう。
ヴォルターは何だかんだ言いながら、また息子へ「帰れ」と言うに違いない。
そして自分の隣には、この男がいる。
「……悪くないな」
エリシアは小さく笑った。
いや。
悪くないどころではない。
そうなってほしいと心から思った。
だから怖い。
未来を持つということは、それを失う可能性まで持つということなのだと初めて知った。
それでも、もう未来を持たなかった頃へ戻りたいとは思わなかった。
怖くてもいい。
失いたくないと思ってもいい。
その代わり、二人で生きて帰ればいい。
やがてエリシアは、レイブンの手を握ったまま椅子の背へ身体を預けた。
胸元では二枚のドッグタグが重なっている。
表側には、自分が誰なのかを示す情報。
裏側には、自分が誰のところへ帰りたいのかを示す名前。
休暇は、明日で終わる。
その次の日には、再び軍服を着る。
銃を持つ。
無線を装着する。
レイブンは〔無名〕へ戻り、エリシアは〔戦乙女〕へ戻る。
通常装填も、次の交戦に備えて薬室の一発を維持する戦術装填も、負傷によって身体が思うように動かなくなった時の非常装填も、再び二人の日常へ戻ってくる。
けれど休暇前とは違う。
NoXが倒れれば、Valkyrieが助ける。
Valkyrieが倒れれば、NoXが助ける。
それは以前から変わらない。
変わったのは、その先だった。
助けたあと、二人で帰る。
戦争を終わらせる。
そして軍服を脱いだ先で、正式な指輪を交換する。
エリシアは眠るレイブンの手を少しだけ強く握った。
「おやすみ」
今度は返事がなかった。
それでよかった。
眠っているということは、少なくとも今この瞬間は安全なのだから。
エリシア・L・ヴォルハラムはその夜、初めて婚約者としてレイブン・S・クロウの傍にいた。
介抱するためだけではない。
未来の夫を、明日の朝まで無事に眠らせるために。
そして胸元に刻まれた名前とともに、自分自身も必ずその未来へ辿り着くために。




