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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅰ~ FENRIR ― 時代に取り残された黒猫 ― Season 4 #038~Season 4 #066
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53/189

Season 4「NoX」 #053

第53話「左肩の意味」


 抵抗軍の隊服が正式に配布されてから三日目の朝、レイブン・S・クロウは共同前線基地の営舎で目を覚ますと、まだ薄暗い室内でしばらく天井を眺めていた。


 昨夜は早めに横になったはずなのに、身体の奥には抜けきらない疲労が残っている。ベルガント回廊へ入ってからまともな休息を取れた日は少なく、眠っている間にも遠くから砲撃音が届くせいで、夢と現実の境目まで戦場に侵食されているような感覚があった。


 隣の寝台ではユリウスが毛布を頭まで被って眠っている。


 その向こうでは誰かが盛大ないびきをかいていた。


 レイブンは身体を起こして時計を確認した。


「……五時十二分」


 起床時間まで十八分ある。


 もう一度眠るには短すぎる。


 レイブンは静かに寝台から降りた。


 顔を洗い、髪を整えてからロッカーを開けると、そこには三日前に支給されたばかりの抵抗軍特殊作戦用隊服が掛かっていた。


 まだ見慣れない。


 だが、以前ほど違和感もない。


 袖を通して前を閉じ、装備を身につけていくうちに、身体の方が少しずつこの服を自分のものとして覚え始めていることが分かった。


 最後に左肩を見る。


 抵抗軍章。


 右肩には帝国を示す徽章が残っている。


 レイブンはその二つを交互に見た。


 父も同じような軍服を着たことがあるのだろうか、と一瞬考えたが、すぐに首を横へ振った。


 ヴォルターが戦っていた頃には、こんな軍服は存在しなかった。


 帝国軍と連邦共和国軍は敵だった。


 幼い自分が母や住民たちと町を逃げたあの日には、連邦軍の姿が見えただけで恐怖を覚えた。


 それが今では、同じ徽章を左肩につけている。


「……変わるもんだな」


 独り言を漏らした時、背後から声がした。


「朝から何が?」


 レイブンは振り向いた。


 毛布を頭から外したユリウスが、寝ぼけた顔でこちらを見ている。


「起きてたの?」


「今起きた。で、何が変わった?」


「軍服」


「三日前から同じだろ」


「そうじゃなくてさ」


 レイブンは左肩を指で軽く叩いた。


「昔なら連邦兵と同じものを着るなんて想像できなかったなって」


 ユリウスはしばらく眠そうな目で抵抗軍章を見ていたが、やがて身体を起こした。


「俺は今でも変な感じするぞ」


「やっぱり?」


「するさ。でも、撃たれないなら何でもいい」


「すごく現実的だね」


「戦場で味方に誤射されて死にました、なんて嫌だからな」


「それは俺も嫌だ」


 そこで起床を知らせる音が営舎に響いた。


 眠っていた隊員たちが次々に起き始める。


 レイブンは自分の装備へ手を伸ばした。


 朝食を終えた第一即応班が作戦室へ入った時には、すでに連邦共和国軍をはじめとする複数の部隊が集められていた。


 レイブンは最後列へ向かおうとしたが、途中で見覚えのある白い髪を見つけた。


 エリシア・L・ヴォルハラムもこちらに気づいた。


「おはよう、NoX」


「おはよう、Valkyrie」


「ちゃんと寝た?」


「寝たよ」


「何時間?」


「……それ聞く?」


「聞く」


「五時間くらい」


「少ない」


「エリシアは?」


「六時間」


「一時間しか違わないじゃん」


「その一時間が大事なの」


「母さんみたいなこと言うなあ」


「お母さんにも言われてたの?」


「昔から」


 エリシアが少し笑った。


「じゃあ、お母さんが正しい」


「何で会ったこともない母さんの味方するんだよ」


「正しいこと言ってるから」


 レイブンが何か返そうとしたところで、前方からグレイヴの声が飛んできた。


「そこ、朝から楽しそうだな」


 二人は同時に口を閉じた。


「すみません」


「……すみません」


「NoX」


「はい」


「あとで腕立てがしたいなら続けてもいいぞ」


「静かにします」


 周囲から小さな笑いが漏れた。


 レイブンはエリシアの隣へ立つ。


 やがて作戦室の照明が少し落とされ、中央へ地形図が投影された。


 ベルガント回廊から北西へ約四十キロ。


 山と森林に挟まれた小さな町が表示される。


「本日の任務について説明する」


 グレイヴが地図を拡大した。


「対象地域はアルケイン郊外。人口約四千八百。第一次異界大戦が始まって以降、住民の大半は南方へ避難したが、昨日夕刻の時点で約三百人が町に残っていることが確認された」


 エリシアが眉を寄せる。


「避難できなかったんですか?」


「一部は高齢者と負傷者だ。だが、それだけじゃない」


 町の北側へ赤い表示が現れた。


「昨夜、異界軍の先遣部隊が北部森林へ侵入した」


 別の赤い表示が東にも現れる。


「今朝三時には東側でも確認されている」


 レイブンは地図を見る。


「挟まれ始めてる……」


「ああ。このままなら今日中に町へ到達する」


「避難経路は?」


「南側街道のみ生きている」


「なら住民を南へ」


「それをやる」


 グレイヴは地図上に一本の線を引いた。


「ただし問題がある。南側街道は道幅が狭く、三百人を一度に輸送できる車両がない。複数回に分ける必要がある」


「護衛が必要ですね」


 エリシアが言った。


「そのための我々だ」


 グレイヴが全員を見る。


「今回の任務には帝国、連邦共和国、その他抵抗軍参加国から計百二十名が投入される。アルケインへ進入後、住民を南側街道へ誘導し、輸送部隊が全員を回収するまで町を維持する」


 レイブンは無意識に左肩へ目を向けた。


 抵抗軍章。


 新しい軍服で行う最初の本格的な共同作戦になる。


「NoX」


「はい」


「お前とValkyrieは先遣偵察班に入れ」


「また二人ですか?」


「嫌か?」


「そういう意味じゃないです」


 隣からエリシアが小声で言う。


「私は嫌じゃないよ」


「聞こえるから」


「聞こえるように言ったから」


 グレイヴの眉が僅かに動いた。


「仲が良いのは結構だが、任務中に夫婦漫才を始めたら二人まとめて置いていくぞ」


「夫婦じゃありません!」


 今度は二人の声が完全に重なった。


 作戦室に笑いが広がる。


 グレイヴだけが表情を変えなかった。


「息は合ってるな」


「そこじゃないです!」


「NoX」


「……静かにします」


 エリシアは顔を逸らしながら笑いを堪えていた。


 午前八時二十分。


 抵抗軍車列はアルケインへ向けて出発した。


 レイブンは装甲車の中でSG-44を膝の上に置き、装備を一つずつ確認していた。


 弾倉。


 予備弾薬。


 P-38A《ADLER》。


 T-51《REAPER》。


 通信機。


 医療用品。


 そしてナイフ。


 最後の一本へ手を触れたところで、向かいに座るエリシアが気づいた。


「それ、前から持ってた?」


「ナイフ?」


「うん」


「持ってたよ。ただ、あんまり使う機会がなかった」


「使えるの?」


 レイブンは少し考えた。


「訓練では」


「実戦では?」


「できれば使いたくない」


「意外」


「何で?」


「NoXなら近距離でも平気そうだから」


「怖いよ」


「またそれ?」


「近ければ近いほど怖いって。銃なら離れたところから撃てるけど、ナイフは相手の顔が見える距離だろ」


 エリシアは少し黙った。


「確かに」


「それに、相手も何してくるか分からない」


 レイブンはナイフから手を離した。


「使わずに済むなら、その方がいい」


「でも必要なら?」


「使うよ」


 答えに迷いはなかった。


「帰るためなら」


 エリシアはそれを聞いて、何も言わずに頷いた。


 アルケインへ到着した時、町は驚くほど静かだった。


 車列が中央広場へ入っても、窓からこちらを見る住民はいるものの、すぐに外へ出てくる者は少なかった。


 異なる国の兵士が大量に現れたのだから当然だった。


 だが、最初に変化を見せたのは一人の少年だった。


 母親らしい女性の手を握っていた少年が、レイブンたちの左肩を見ている。


「あれ……」


 少年が指を差した。


「抵抗軍?」


 レイブンは足を止めた。


「知ってるの?」


 少年は頷いた。


「ラジオで言ってた。あの印の軍人さんが来たら、一緒に逃げていいって」


 レイブンは一瞬、何と答えるべきか分からなかった。


 三日前に配られたばかりの徽章。


 自分にとってはまだ新しい軍服の一部でしかない。


 だが、町に取り残された人々にとっては違うらしい。


「そうだよ」


 レイブンは少年の目線までしゃがんだ。


「俺たちは抵抗軍だ」


「助けに来たの?」


「うん」


「本当に?」


 レイブンは少しだけ笑った。


「そのために来た」


 少年の表情が緩んだ。


 その様子を見ていた母親も、ようやく小さく頭を下げた。


「ありがとうございます」


「まだですよ」


 レイブンは立ち上がる。


「全員で町を出て、安全な場所へ着いてから言ってください」


 自分で口にした言葉だった。


 だが、不思議と父の声が重なった。


 帰還するまでが任務だ。


 何度言われたか分からない。


 レイブンはほんの少し笑った。


「父さんなら、同じこと言うんだろうな……」


「何か言った?」


 隣へ来たエリシアが尋ねる。


「何でもない」


「また一人で考えてた?」


「ちょっと父さんのこと」


「帰ったら話して」


「何を?」


「お父さんの話」


「長いよ?」


「聞く」


「本当に?」


「うん」


「じゃあ帰ったら」


 その言葉が自然に出た。


 帰ったら。


 二人とも、それを前提に話している。


 レイブンはそのことが少し嬉しかった。


 最初の避難車列が町を出発したのは午前十時過ぎだった。


 高齢者と負傷者、幼い子供を優先して車両へ乗せ、残った住民には次の便まで地下施設や頑丈な建物で待機してもらう。


 第一便が南へ消えていくのを見送った直後、レイブンの身体に嫌な感覚が走った。


 〔殺気看破(アタック・シールド)〕。


 遠い。


 だが一つではない。


「来る」


 レイブンの声色が変わった。


 エリシアもすぐに銃へ手を伸ばす。


「方向は?」


「北……いや、東にもいる」


 無線を取る。


「NoXより全隊、敵性反応。北および東から複数。距離不明」


『了解。全隊戦闘配置』


 町の空気が変わった。


 兵士たちが道路へ展開する。


 帝国兵と連邦兵が同じ土嚢へ入り、別の国の機関銃手がその横で射界を確保する。


 レイブンもSG-44を構えた。


 弾倉を確認する。


 薬室には一発残っている。


 まだ撃ち切ってはいない。


 それでも、この先の接触を考えれば弾数は多い方がいい。


 レイブンは遮蔽物から視線を外さないまま、残弾の減った弾倉を抜いた。


 薬室に残した一発が、交換中の僅かな時間を完全な無防備にはさせない。


 新しい弾倉を取り出して挿入し、確実に固定されていることを指先で確認すると、抜いた弾倉は捨てずに空いているポーチへ戻した。


「Tactical完了」


 隣にいたエリシアが横目で見る。


「撃ち切る前に替えるんだ」


「次がどれだけ来るか分からないから」


「残ってる弾は?」


「あとで使える」


 レイブンはSG-44を構え直した。


 その時、北側の建物の間から異界兵が姿を現した。


「接敵!」


 誰かが叫ぶ。


 最初の銃声が町に響いた。


 異界兵は北側だけではなかった。


 東からも侵入し始める。


 レイブンは土嚢から身体を僅かに出し、SG-44を撃った。


 反動を肩で受けながら銃口を戻し、次の敵へ照準を移す。機関部が動いて次弾を薬室へ送り込んでいることを身体で感じながら、エリシアが右側を受け持っていることを視界の端で確認した。


「右は任せて!」


「了解!」


 レイブンは正面へ集中する。


 異界兵が一体、建物の陰へ入った。


 追わない。


 その奥から別の個体。


 発射。


 倒れる。


 さらに一体。


 弾数を頭の中で数える。


 まだある。


 だが少ない。


 前方から魔力弾が飛んできた。


 レイブンは身体を引く。


 土嚢が抉られる。


「NoX!」


「無事!」


 再び顔を出す。


 敵との距離が縮まっていた。


 SG-44を撃つ。


 さらに撃つ。


 そして引き金を引いた瞬間、いつもの反動が来なかった。


「空!」


 撃ち切った。


 レイブンは遮蔽物へ身体を沈めると、空になった弾倉を落としながら新しい弾倉を掴んだ。


 今度は薬室にも残っていない。


 完全に射撃不能な時間が生まれている。


 弾倉を挿入。


 固定。


 初弾を薬室へ送る。


「Normal完了、復帰!」


「前お願い!」


 エリシアが下がる。


 今度は彼女が弾倉を交換する。


 レイブンが前へ出た。


 SG-44を撃ちながら、彼女が再び戦闘へ戻るまで射線を引き受ける。


「復帰!」


「下がる!」


 二人の位置が入れ替わった。


 ほんの数秒。


 だが、その数秒を互いに守れるかどうかで生死は変わる。


 戦闘開始から二十分ほど経った頃だった。


「第二便、出発します!」


 後方から声が届く。


 レイブンは振り返らない。


「行かせろ!」


 グレイヴの命令が無線に入る。


『住民輸送を止めるな! 我々はそのためにここにいる!』


 レイブンは前を見る。


 異界兵がまた一体現れる。


 撃つ。


 倒す。


 その背後で、住民を乗せた車両が南へ向かって走り出す。


 あの中に、さっきの少年もいるかもしれない。


 それでいい。


 自分たちはここに残る。


 彼らは帰る。


 父へ初めて志願理由を話した日のことが脳裏に浮かんだ。


 家族だけではなく、この世界のためならどんな場所へでも駆けつけられるような即応の守護者になりたい。


 あの時はまだ、言葉にしただけだった。


 今は違う。


 守るべき人々が背後にいる。


 レイブンはSG-44を握り直した。


「……これか」


「何が?」


 エリシアが尋ねる。


「昔、父さんに話したことを思い出した」


「今?」


「今だから」


 レイブンは笑った。


「俺、こういうことがしたかったんだと思う」


「こういうこと?」


「誰かが帰るために、ここに残ること」


 エリシアは一瞬だけレイブンを見る。


 そして前へ視線を戻した。


「じゃあ」


「うん?」


「私も付き合う」


「危ないよ」


「今さら?」


 レイブンは何も言えなくなった。


「それに」


 エリシアは自分の左肩を軽く叩いた。


「同じ抵抗軍でしょう?」


 レイブンも自分の左肩を見る。


 戦闘で泥に汚れていた。


 それでも徽章は残っている。


「……そうだった」


「忘れないで」


「了解、Valkyrie」


「了解、NoX」


 二人は再び銃を構えた。


 午後一時を過ぎる頃には、アルケインに残っていた住民の半数以上が南側へ退避していた。


 しかし異界軍も諦めてはいない。


 むしろ攻撃は少しずつ激しくなっている。


 レイブンは建物の角から敵を確認し、すぐに身体を戻した。


「六。奥にもいる」


「T-51は?」


 エリシアが尋ねる。


「ここじゃ使いにくい」


 市街地では射線が短い。


 何より住民がまだ残っている。


「SGで行く」


「了解」


 二人が位置を変える。


 その途中だった。


 建物の窓が突然砕けた。


「下!」


 レイブンがエリシアを押した。


 直後、異界兵が窓から飛び出してくる。


 近い。


 SG-44を向けるには近すぎる。


 銃身を掴まれた。


「っ!」


 レイブンは引く。


 相手も離さない。


 互いの身体が壁へぶつかった。


 レイブンは銃を無理に引き戻すのをやめ、相手が前へ力を掛けてきた瞬間に身体を横へずらした。


 異界兵の体勢が崩れる。


 それでも倒れない。


 腕が飛んでくる。


 レイブンは頭をずらしたが、拳が頬を掠めた。


 視界が揺れる。


「レイブン!」


「来るな!」


 エリシアが射撃できる距離ではない。


 二人が重なっている。


 撃てばレイブンに当たる。


 異界兵が再びSG-44を掴む。


 レイブンは片手を離した。


 腰。


 ナイフ。


 柄を握る。


 抜く。


 相手が腕を振り上げた。


 レイブンはその動きから逃げるように身体を横へずらし、空いた距離へ踏み込んだ。


 訓練で何度も繰り返した距離だった。


 だが訓練とは違う。


 相手の息が聞こえる。


 目が見える。


 殺そうとしていることが分かる。


 怖い。


 それでも止まれない。


 レイブンは相手の武器腕を制しながら、短くナイフを使った。


 異界兵の力が一瞬緩む。


 その隙にSG-44を奪い返し、身体を押し離した。


 距離が開く。


 レイブンはナイフを手放さず、SG-44を片手で保持したまま後退する。


 異界兵が再び踏み込もうとした瞬間、横からエリシアの銃声が響いた。


 敵が倒れる。


 レイブンは荒い呼吸をしながら壁へ背中を預けた。


「……近い」


 エリシアが駆け寄る。


「怪我は?」


「頬だけ」


「見せて」


「大丈夫」


「見せて」


 レイブンは渋々顔を向ける。


 エリシアが頬を見る。


「切れてる」


「ちょっとだけ」


「あとで手当て」


「了解」


 レイブンは手元を見る。


 ナイフ。


 実戦で使った。


 訓練とはまるで違った。


 手が少し震えている。


 エリシアがそれに気づいた。


「怖かった?」


「……うん」


「それでいいんじゃない?」


「いいのかな」


「怖いのに私を守ったでしょう」


 レイブンは彼女を見る。


「押しただけだよ」


「その押しただけで私は撃たれなかった」


 エリシアは小さく笑う。


「ありがとう」


 レイブンは何も言えず、ナイフを戻した。


 夕方が近づいた頃、最後の避難車両がアルケイン南側へ到着した。


『最終便、乗車完了!』


 無線から報告が入る。


『住民三百十二名、全員確認!』


 レイブンは思わず目を閉じた。


「全員……」


 エリシアも息を吐く。


「帰せたね」


「まだ」


 レイブンは目を開ける。


 父の声を思い出していた。


「俺たちも帰らないと」


 エリシアが笑う。


「そうだった」


 グレイヴから命令が届く。


『全隊、段階的に後退する。抵抗軍第一防衛群から順次撤退!』


 レイブンは残弾を確認した。


 薬室には一発。


 弾倉にもまだ残っている。


 だが、撤退戦が始まる。


 レイブンは残弾の少なくなった弾倉を抜き、新しいものへ交換した。


 抜いた弾倉は捨てない。


 ポーチへ戻す。


 薬室に残っていた一発がそのまま次の戦闘へ繋がる。


 エリシアがその動きを見ていた。


「またTactical?」


「撤退する時ほど必要だろ」


「確かに」


 レイブンはSG-44を構えた。


「帰ろう」


「うん」


「全員で」


「もちろん」


 二人は最後にアルケインの町を振り返った。


 窓ガラスは割れ、道路には戦闘の跡が残っている。


 それでも住民はもういない。


 守るべき人々は南へ向かっている。


 レイブンは左肩の抵抗軍章へ一度だけ触れた。


 三日前までは、新しい軍服についている見慣れない徽章だった。


 今は少し違って見えた。


 あの少年がこの徽章を知っていた。


 これを見れば一緒に逃げていいと言われていた。


 ならば、その期待を裏切るわけにはいかない。


「NoX、行くよ」


 エリシアが呼ぶ。


「今行く」


 レイブンは振り返り、彼女のもとへ走った。


 二人の右肩には違う国の徽章があり、それぞれが歩いてきた道も背負っている過去も違っていたが、夕暮れの町を撤退していく二人の左肩には、泥と煤に汚れながらも同じ抵抗軍章が残っていた。


 レイブンにとって、その意味を誰かから説明してもらう必要はもうなかった。


 帰りたい人間を帰すために戦い、自分たちも必ず帰る。


 父から教えられ、自分自身が志願した理由として選び取ったものが、今ではその左肩に縫い付けられているように思えた。


 そしてレイブンはSG-44を胸元へ引き寄せると、先を走るエリシアの背中を見失わないようにしながら、仲間たちとともにアルケインを後にした。

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